東鳩王マルマイマー第14話「リズエルの遺産(Aパート:その2)」 投稿者:ARM(1475)
【警告!】この創作小説は『ToHeart』、『雫』および『痕』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用し、サンライズ作品『勇者王ガオガイガー』のパロディを行っております…って逆か(^_^;LVN3作品のネタバレも含みますのでご注意。
……タマにゃこれ入れンとあかんわね(^_^;
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【承前】

 初音が載った機動空艇「高速巡航空艇TH四号」が、東京湾から浮上し、進路を新宿方面に向けた。
 ついに、あのエクストラヨークと決着を着ける日が来たのだ。4年前、来栖川電工研究所第2支所――という名称でカムフラージュされたMMM特別研究所に突如出現した、月島瑠璃子のオゾムパルスによって再起動したキングヨークの2号艦。9年前、母なるレザムを追放され、人類をエルクゥ化して兵隊にしようと、禁じられた星、地球に襲来してきたエルクゥの女王クイーンJが乗ってきたヨークを改修した機動戦艦。梓と楓を殺したクイーンJと対立した柏木耕一の手により、ダリエリたちが乗ってきたヨークの体当たりによって沈黙させられたあと、来栖川財団によって回収されたのである。
 初音にとって、クイーンJのヨークは忌まわしい存在の何ものでもなかった。だから、クイーンJとの闘いによる精神崩壊から再起した直後、京香に連れられてあの研究所を訪れた一回きりしかみていない。
 それにもかかわらず。

「…………懐かしさなんて、どうして感じてしまうのかしら」
「どうかしたの?」

 初音の独り言に応えたのは、TH四式艇長であるルミナ・ロワイヤルであった。綾香に似たこの外人は、ルーマニア出身で京香の古い知人らしい。知人といっても、見た目は初音と同い年にしか見えないのだが、結構とうがたっているらしい。らしい、が続くのだが、この四式に関しては、キングヨークことTH六号同様、戦闘目的に作られた戦術艇で、その特性上、MMM内部でも機密扱いにされているコトが多かった。
 どこからみても小学生にしかみえない管制オペレーターの二人、イビルとエビル。機関管制官であるアレイ。操舵手であるタマ・スーにいたっては、初対面であったはずの初音の名前を口にしたばかりか、まるで毎日出入りしていたかのように柏木家の内情に精通していた。TH四号の管制用自律型AIである「メイフィア」も、本当にプログラムされたモノかと疑いたくなるほど人間くさい。コミュニケーション用に用意されたモニターの中で煙草を吸う仕草など、本当はメイフィアという実在の人間が別のところにいて、その姿をCGに移し替えているのでは、と思ってしまいそうである。MMM内部ではこの謎に満ちたTH四式の乗員たちを、艇長の名からとって「ルミナ組」と呼んでいた。余録だが一部のMMM隊員たちから、「雀鬼組」とも呼ばれているのだが、それは、このメンツが暇なときはよく、艦橋に全自動卓を持ち込んで麻雀を打っている姿を目撃しているからである。不謹慎な、と思われるが、MMM隊員たちも仕事を抜け出してこの艦橋で息抜きで麻雀を打っているらしく、半ば黙認状態にある。

「ハツネ、なに、ぼぅ、っとしとるにゃ?」

 ふざけた語尾をつけるタマが、心配そうに聞いてきた。

「え?う、ううん、なんでもない」
『ふーん。なんか、魂抜かれたみたいな顔していたけど』

 と、メイフィアまでもが聞いてきた。初音は本当にAIなのか?とあきれつつ、ううん、と首を振って笑った。
 誰もがそれを、ぎこちない笑みだったと、ルミナ組のメンバーは後にMMM基地を強襲してきた鬼界四天王戦後に、沈痛そうな面もちで語るコトになるが、その時、まるで初音が遠くに見えるエクストラヨークをうっとりと見ていた理由を気付くよしもなかった。
 一抹の不安を残しつつ、TH四号は発進した。

   *   *   *   *   *   *   *

【まぁぁぁぁるぅぅぅぅちぃぃぃぃぃぃぃっ!あーんど、ヒロのボケに告ぐ】

 突然、振ってきたその声に驚いたレフィが、アルトを急停車させた。レフィの背中にしがみついていたマルマイマーは反動で落ちそうになった。

「な?なによ、今の声?」
「上からだ」

 レフィとアルト、マルマイマーは同時に見上げた。丁度そこは、新宿都庁舎の手前だった。

「…………志保さんの声ですよね、今の」
『…………ところ構わず喧しいオンナだよなぁ……って、あいつ、どこから?』
「都庁舎の屋上付近です」

 アルトがセンサーで音源を突き止めていた。

『……ンな高いところから、どうやってこの声を下まで?拡声器使ったって、まるで耳元で怒鳴られたみたいだったぞ』
「ソリタリーウェーブの反応がありました。音声をソリトン波に変換して送信したと思われます」
『さっきのあれ(オーガニックブースター)か。……ったく、何モンなんだよあいつわ』
【あー、あー。そこにあんたらがいることはわかっている。おとなしく投降してきなさい】

 続いて、志保のふざけた声が地上に届いた。

『アルト』
「なんですか、藤田さん」
『ばかめ、と返答してやれ』
「…………」

 アルトが躊躇していると、ごつん、と何か景気のいい音が地上に降ってきた。

【痛ったいわねぇ!何すんのよ――って、判っているわよ、本当。ンなコトゆってるバヤイじゃないわね。ヒロ、下に居るんでしよう?すぐ、こっちに来て!床が抜けて、黙示が落ちちゃったのよぉ!!はやく引き上げるの手伝ってぇ!】
『なぬっ?!』

 浩之は素っ頓狂な声を上げて、思わずTHコネクター内部で立ち上がってしまった。

『志保、お前っ!何していやがった!?』

 怒鳴ったところで、浩之の声は志保に届くはずもない。電脳回線内で当惑するマルチのイメージ顔を見て、浩之は頭を掻きむしり、はぁ、と溜息を吐いて着席した。

『マルチ。……無理か?』

 浩之の突然の問いかけ。しかしマルチは何が言いたいのか直ぐに理解した。

「……はい。いけます」
「ちょ、ちょっとマルチ!」

 驚くレフィが振り向いて、マルマイマーの両肩を掴んだ。

「THライドの出力が落ちちゃっているのに、無茶言わないでよ!」
「で、でも、ステルスマルーのスラスターはまだ80パーセント有効です。人を持ち上げるくらいのパワーはなんとかありますし」
「でもね!」
『無理を承知でお願いしたんだ、レフィ』
「藤田さん…………」

 浩之がレフィの回線にアクセスしてきた。頭を深々と下げている浩之のイメージ映像を受信して、レフィは当惑した。
 マルチが絶対的信頼を置く人物。そして自分は、そのマルチのデータを元に作られたAIを持つメイドロボットである。こんなコトをされて、レフィはどう断れようか。それに浩之も考えなしで動く人物ではない。マルチが言うように、人間の身体を持ち上げる程度なら、今のマルマイマーでもなんとかなろう。
 レフィを躊躇させたのは、AIで動くロボットにあるまじき、「予感」であった。しかしそんなコトを認めてしまったら、レフィのアイディンティティが崩壊してしまうことになる。だからレフィは何も反論できなかった。

「二人とも、そのTHライドをお願いしますね」

 マルマイマーは渋い顔をするレフィに託した、EI−08から回収したTHライドを差してそう言うと、ステルスマルー2のスラスターに火を入れて、都庁舎の高みを目指して飛んでいった。
 ぽつんと、残されたレフィとアルトは、ただ、それを黙って見送るしかなかった。

「……アルト」
「なんだい?」
「…………」

 レフィは黙り込んでしまった。だが、アルトには、レフィの悔しさが痛いほど判った。

「……とにかく、そのTHライドを急いで持っていこう。そして、マルチ姉さんの元へ追いつこう」
「……うん」

 レフィはようやく応えてくれた。

   *   *   *   *   *  *   *

 黙示が美紅と出会った場所は、黙示が来栖川家の警備室長でもある長瀬から与えられた任務で潜入していたコンビニエンスストアであった。美紅はそのコンビニの常連客であり、以前、そのコンビニで働いていたコトがあり、偶然、顔見知りの店長から人手不足になっている事情を聞かされると、数日後には美紅もバイトに入っていた。一緒に仕事をしているうち、美紅は黙示が来栖川家に縁のある人物であることを看破した。
 黙示が驚いて気付いたその理由を聞くと、美紅は、黙示の名字にあることを告げた。
 黙示、という珍しい名字は、古来より来栖川家に仕える一族に付いている名で、美紅は父親から、実家に忍者みたいな一族がいるコトを聞かされていたコトもあって、あるいは、と探りを入れて命中したようである。黙示はその時、美紅と来栖川家の関係を知った。
 バイト先では他の店員とはほとんど口をきかない、愛想の悪い店員で通していた黙示だったが、何故か美紅の前では、自分を偽ることが出来なかった。
 一目惚れしたのだろう。黙示がそのコトに気付いたのは、バイトをやめる最後の日に、まだバイトを勤める美紅からデートを誘われた時だった。
 だが、それは同時に、黙示を苦しめる結果となった。
 美紅の存在。来栖川を快く思わない存在にとって、格好のバッシング材料であった。
 子供の頃から、一族の者から来栖川家への忠誠を徹底教育された黙示にしてみれば、来栖川家に徒なす存在の処分は「抹殺」以外考えられなかった。
 初めて「処分」したのは、10歳の誕生日だった。
 相手は、一族の存在をスクープした、三流のフリーランスライターだった。それを来栖川家のスキャンダルとして、あること無いことを交えた記事を大衆紙に載せようとした事を知った当時の黙示一族の頭首は、腕を上げてきた黙示にその「処分」の仕事をあたえた。そのライターを交通事故に見せかけて「処分」したその手際の良さを、一族の者達は高く評価して誉めてくれた。
 黙示は、嬉しかった。自分が「ひととして」何をしたのか、理解出来ない年頃だった。そして黙示の倫理観は、そのまま成人となり、黙示一族の頭首に収まってからも変わらなかった。
 それが、美紅を前にして初めて揺らいだのである。
 黙示は、美紅とのデート当日、自分の考えで、美紅を「処分」する気でいた。
 結局、それは叶わなかった。デートの夜、黙示の部屋のベッドの上で、黙示の腕の中で、火照りを残し、すやすやと安心しきった顔で眠る美紅を見て、黙示は自分が心から頼り、築き上げてきたものが壊れていくコトを感じていた。
 悪い気分ではなかった。

 …………政樹さん…………政樹さん…………

 黙示はこの声を何度、耳にしたのか憶えていなかった。聞き慣れていた所為だろう。
 だが、今のは幻聴ではなかった。鈍い痛みが、現実と意識を不快に繋げた。

「…………?なに、泣いているんだ、美紅?」

 意識を取り戻した黙示は、直ぐに、都庁舎の展望室の床が崩落して、美紅と一緒に下に落ちたコトを思い出した。ここは、展望室の数階下のフロアなのだろう。

「……ケガ、していないか?」

 そう訊いたとき、黙示は、美紅の両脚が砕けていたコトに気付いた。自分には墜落が原因での目立ったダメージは無かった。恐らく美紅が、黙示を抱えて着地したのだろう。

「…………バカだなぁ」
「……だって……だって…………」

 黙示が意識を取り戻したことでほっとしたためか、余計に泣きじゃくる美紅の頬を、黙示は優しく撫でた。美紅の頬は、埃の混じった涙で汚れていた。

「…………せっかく、美紅の身体を再現してやったのに、こんなに汚しちゃって、まぁ」
「…………政樹さん」
「ん?」

 黙示が聞き返すと、美紅は黙示の胸にもたれるように飛び込んできた。

「……苦しい」
「――あっ」

 驚いて離れようとする美紅の身体を、黙示は両腕を美紅の背に回して抱きしめた。

「……良い。………………もう、離さない」
「政樹さん…………」

 美紅は、黙示の身体が重傷を負っているコトを知っているが、黙示の無理を黙って聞き入れた。

「――藤田浩之も、こんな気持ちだったのだろうな」
「え?」
「……3年だ。――この時を3年、待ったんだ」

 美紅の脳裏に、浩之の元へマルチを送った日のことを思い出した。
 それは、その目で観た光景ではなかった。
 にもかかわらず、目の当たりにしたかのように、はっきりと思い浮かべることが出来る。
 愛する者が還ってきた瞬間。浩之とマルチがどんな想いで再会を喜び合ったのか。今の二人なら、それがいたいほど判っていた。


『あいつは――』
「はい?」

 マルチが聞き返すと、浩之は少し照れくさそうに鼻の頭を掻き、

『もう一人の俺だ』

 マルチは、浩之が指す人物が直ぐに判った。

「…………わたしたち、ですよね」

 マルチが複数形にした理由を、浩之も直ぐに理解した。

『ああ』

 浩之がうれしそうにそう答えたのと同時に、マルマイマーは新都庁舎展望室のある高度に達していた。

              Aパート(その3)へつづく

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