7. ひとごろし
「…………人を……殺した……?マジかよ」
二木は動揺を隠せなかった。
橋本は肩を竦めてみせた。
「……もう一年も前になるかな。南雲んちの親父さんが死んでな、うちの寺で葬式あげたんだが…………。そこで参列した南雲ンとこの親族がこそこそ話していたコトを耳にしたんだ。ゆえが、殺した、って」
「――――」
みるみるうちに雅史の顔から血の気が引いた。
「親父さんの遺体、司法解剖を終えて病院から着いたんだ。親父さん、警察官だったらしい。南雲の周りに、制服姿の警官も何人か参列していたのを覚えている。俺も葬式手伝わされてな、親父さん見させてもらった。綺麗な顔だったよ。――俺は見ていないが、俺の親父が言うに、腹に刺され傷があったそうだ」
「司法解剖の傷ではなく?」
「ああ。商売柄、警察の関係者には俺の親父、顔が広くてな。参列していた旧知の刑事がそれとなく教えていたらしい」
暫しの沈黙。
その沈黙を破ったのは、意外にも芹香だった。
「……え?その葬式に南雲さんは居ませんでしたか、って?――あ、そうだよ、居たんだよな」
「――それ、変だよっ!」
珍しく雅史は声を荒げた。
「もし南雲さんが自分のお父さんを刺したのなら、今頃、高校に何か来ていない!」
「……正当防衛ってコトも考えられるが、それでも少し変だよなぁ。お父さんを殺める理由があるのか?」
「うーん、二木の言うとおりだなぁ。…………これ以上は南雲さんの家庭の事情を調べないと何とも言えないなぁ……って、え、先輩?刑事事件なら当時の新聞の記事を調べればいいかも?」
「……そういえばこの間、図書室に、ここ20年ばかりのA新聞の記事を収録したCD−ROMが入ったコト聞いたっけ。社会の資料用に、って買ったンだっけ」
「年単位に綴じられた本もあるよ。――行こう、浩之、二木」
その頃、あかりたちは屋上にいた。
あかりは、志保を前にしてボロボロ泣いていた。智子は、今にも爆発しそうな顔を持て余し、唇を噛みしめていた。
志保は青空を悔しそうな顔で仰いでいた。
「……酷い。酷すぎるよ……!」
「……判ったでしょ?――だから、浩之たちにはこれ以上、ゆえちゃんには関わらせないで」
「…………でもな。そんな話聞いて、南雲さんのコト、尚更ほっとけんわ」
「無視していいのよ。……どっちにしたって、あたしたちじゃゆえちゃんの哀しみ、慰められないんだから。――ましてや、男どもにはね」
「「…………」」
悔しそうに言う志保に、あかりと智子は何も言えなかった。
まもなく雅史たちは図書室に着いた。
「……来栖川先輩や部長までついてこなくていいのに」
「いいんだよ、ヒマなんだから。なぁ、来栖川」
にっ、と笑う橋本に、芹香も、照れ笑い気味にも、こくん、と頷いた。
「さぁって、と。――おっと、あれあれ。空いていたな、使ぉ」
二木が、カウンターにいた図書委員にCD−ROMの閲覧申請書を渡すと、問題のCD−ROMを手渡された。そして空いていたパソコンの席に座ると、CD−ROMドライブにCD−ROMをセットした。オートランバッチが機能し、新聞記事閲覧用のウィンドゥが自動的にモニタの中央に開かれた。
「部長、一年前、っていうと何月何日か、知っている?」
「いや、そこまでは……」
「絞り込み検索機能があるからそれを使おう。キーワードを『殺人事件』と『南雲』で」
「流石、佐藤クン、あったまイイ。――えーと、文字検索をクリックして、えーと、ブラウザの検索と同じく論理式で……殺人事件AND南雲、で、と」
二木が手慣れた手つきで入力する。二木は自宅にインターネット環境があるので検索は慣れているらしい。
10秒ほどして、検索結果が出てきた。
「……3件も、か。…………8月24日。……これか、社会面の隅に、警官が刺殺、ってのがある。…………被害者は南雲俊夫、39歳。容疑者は…………南雲…………」
二木の言葉に、一瞬、浩之たちに緊張が走った。
「南雲……芳信、42歳。…………おい、これ、兄弟って書いてあるぜ」
「あ、本当だ」
雅史はほっとするが、新たな情報に再び当惑した。
「南雲ゆえの犯行じゃないとしても…………どういうコトだこれ?兄弟喧嘩のもつれか?」
「その翌日にも載っている。見てみよう。――――自殺未遂?」
翌日の記事に、容疑者の娘の自殺未遂が載っていたコトを知って、雅史たちは一層困惑した。
「…………これって、まさか…………」
「多分、南雲のことだろう」
橋本は、ふむ、と頷き、
「一年前に、睡眠薬を飲んで自殺を図った、って聞いていたから、てっきり、罪の呵責かと思っていたんだが。………………ああ、そうか、だから警官が葬式の時、犯人でもない南雲を見張っていたのか」
「でも、何で自殺未遂なんか…………それに…………」
皆と一緒に首を傾げる雅史は、その時、もやもやとした良く判らない違和感を覚えていた。
「……うーん。あとは載ってないな。警官が関わっている事件は、当人が容疑者でない限り、大抵記事にはならない、って聞いたコトがある。今回のは、親族の殺人事件だから載っちまったのだろうけど、これで精一杯なんだろう」
「実際のところ、週刊誌の格好のネタだろうけどな。流石に、週刊誌の記事を収録したCD−ROMなんか学校で購入するわけもないし、実際、そんなイロモノCD−ROMなんて聞いたコトもない」
そう言って浩之は困ったふうな顔をして後頭部を掻いた。
「もう、お手上げだな……って、え?先輩?知り合いに新聞記者が居ます、って?その人に頼めば、もしかすると…………?そうだなぁ」
「――もういいよ」
雅史は大きく背伸びしながら言った。
「雅史……」
「少なくとも、南雲さんが人を殺めたワケじゃないのは判ったんだから。過去は過去、今は、今」
そう言って、雅史は、いつものような優しい笑顔を見せた。
「そーだとも、そーだとも。過去のコトにこだわっちゃいかん。流石はマイハニー」
「やかましい、衆道ぉ」
「なんだとぉ、外道ぉ」
またも橋本と浩之がにらみ合う。そんな二人を見て雅史たちはくすくす笑い出した。
昼休みも終わり、予鈴がなってから三人して教室に戻ってきた。浩之は自分の席に戻り、隣に座っている智子のほうに挨拶すると、何故か智子の目が赤くなっていたコトに気付いた。
「…………どうした。委員長?――ん?」
ふと、浩之は、後ろにいる雅史から、雅史の隣に座るあかりの様子がおかしい、とのアイコンタクトに気付いた。よくみるとあかりも目を赤くしている。――いや、まだ泣いているのだ。
気になった浩之は、智子の机の隅を指先で小突いた。
「……委員長。あかりと何かあったのか?」
すると智子は、ぶっきらぼうに、
「別に。何もあらへんよ」
「何も……って、現にあかりが」
「あかりと喧嘩したンや……あらへんよ…………」
怒鳴り返すモノと思っていた浩之は、まったく正反対の反応を示す智子に当惑した。まるで落ち込んでいるのだ。
「あかりちゃん……どうしたの?」
一方、雅史は隣にいるあかりが声を押し殺して泣いているコトを心配し、心配になって声をかけた。
すると、あかりはゆっくりと雅史のほうをむき、
「……あのね……雅史ちゃん…………南雲さんのコト……なんだけど」
「――――」
雅史はそう言われる前に、あかりの嗚咽が、なんとなく、ゆえの複雑な背景に深く関わっていることに気付いていた。
「……南雲さんが、どうしたの?」
雅史が優しく訊くと、あかりの泣き顔が一層崩れた。
「…………だって……だってね、南雲さん……あんな辛い……目に…………」
「辛い目――――」
あかりの憐憫。――ゆえの父親の死。ゆえの自殺未遂。おそらく、事情を知っている志保から例の事件のコトを聞いたのだろうか。
雅史の脳裏に次々と、ゆえを巡る複雑なキーワードが結合していく。
だか、ある事象だけが、その結合を許さなかった。
(南雲ゆえの自殺未遂――容疑者の娘?――あれ?――刺されたのは警官で、容疑者の弟――被害者が警官――あれ?あれ?容疑者が警官じゃないのか?)
ようやく雅史は、あの記事を読んだときには気付かなかった、あの違和感の正体に気付いた。
つづく