東鳩王マルマイマー・第13話「金色の破壊神」Aパート(その4) 投稿者:ARM(1475)

【承前】

「…………are you ready?」

 志保の声に呼応するように、瓦礫の下からワイズマンがゆっくりと立ち上がった。

「ふーん。あの至近距離の爆発で無傷とは。――生身でバリア張れるの?」
「…………お遊びはここまでだ」

 ワイズマンは右腕を上げた。その手にはいつの間にか伽瑠羅が握られていた。

「まったく、掴んでいたと思ったら、いつの間にか消えて、また掴んでいるし。やっかいな刀ねぇ」

 志保は鼻で笑うと、ジャン!と、ギターの弦をおざなりに弾いた。

「ま、もっとも、あたしの実力は今のでいい加減判ってくれたんじゃないかなぁ」
「…………」

 ワイズマンは何も言わず、伽瑠羅を青眼に構えた。

「……どう?これ以上あたしらがやり合ってもしようがないから、あんた、黙示はあきらめてくれない?」

 志保の意外な提案に、こめかみがぴくっと動いたワイズマンは、少なからず驚いたらしい。

「…………何のつもりだ?」
「別に。あたしの任務は、黙示政樹の身柄の確保。それだけ」
「街がここまで破壊されているのに、この俺を放っておく気か?」
「あんたらを叩く仕事はMMMの仕事。内調のテリトリーじゃない」

 クスリ、と笑って言う志保に、ワイズマンはしばし沈黙し、やがて剣先をゆっくりと床に向けた。

「…………大志にそっくりだよ、そういう合理主義なところは」

 そう言うワイズマンの顔に、志保はどこか懐かしいモノを振り返っているような微笑を僅かに認めた。

「人にはそれぞれ、役割ってモノがあるのよ。あたしは、あたしの任務を遂行する。柏木さん、あんたはあんたの目的があってエルクゥ側についた。それが本当に悪いことかどうか、あたしには判らないけどね。――知りたくもない」
「…………長岡、志保、か」
「志保で良いわよ」
「――そうか、やっと思い出した。お前、あのしー坊か」
「懐かしい呼ばれ方ね、おじさん」

 志保の言葉に、黙示は驚いた。まさか旧知の間柄だったのか。
 これが、ホンの数分前まで重火器やミサイルで殺し合っていた者同士の会話なのか。ほとばしる殺意さえ、向かい合う二人の微笑みに昇華されてしまったようだ。

「思い出せなかったのは無理もない。俺が知っているしー坊は、子供とは思えぬ笑顔さえない氷のような――まさに戦闘マシンだった。ここまで感情豊かになるとはな、正直驚いた。今の今まで別人かと思っていたよ――何があった?」
「子供はね、ほうっておいても成長していくモンなのよ」

 志保が意味ありげにワイズマンへ微笑んでみせた。
 ワイズマンはしばらく黙り込み、やがて、ふっ、と笑みを零し、

「――そうだな。…………どうやらしー坊、お前も、この闘いの真実を知っている人間らしいな」
「おかげで、あのバカを中学生時代から監視しなきゃいけなくなったンだけどね」

 ワイズマンは、「そのバカ」というわりに、妙にはにかむ志保が少し気になった。ややあって、ああ、と、うんうんと頷いてみせた。

「…………ふっ。そう言うことか。佳い女になったな」
「ありがと」

 志保はあかんべえで応えた。世辞に対する志保らしい照れ隠しである。

「お礼ついでにもう一度。――あきらめてくれない?」
「残念だよ――」

 ワイズマンはそう答えるや、瞬時に伽瑠羅を振り上げ、志保めがけて飛びかかってきた。

「本当、残念」

 次の瞬間、黙示の目の前の世界すべてが白色に塗り変わった。

   *   *   *   *   *

「また、爆発した!」

 再び新都庁舎の展望室から爆発が起きた。今度は巨大な閃光がほとばしり、新宿に居た者達やメインオーダールームの全員が同時に気付いた。

「ご主――いえ、浩之さん、どうします?」

 先ほどの爆発を警戒して、新宿御苑に不時着しているTH壱式の上に乗って様子を伺っていたマスターマルマイマーは、浩之に指示を仰いだ。

『調べなけりゃなるめぇ。エクストラヨークとキングヨークの交戦も膠着してしまったようだし、近くへ行ってみるか――ん?』

 浩之は、TH壱式から駆けだしてきた人影に気付いた。

『あれは――朝比奈さん!』

 驚いた浩之は、マルマイマーを美紅の元へ飛ばせて追いかけた。

「朝比奈部長!どうかされたのですか?」

 上からマルマイマーが美紅を呼びかけるが、美紅は振り向きもせず駆け抜け、新宿御苑から出ていこうとする。しかし途中、足がもつれ、芝生の上に転んでしまった。

『マルチ』
「はい?」
『お前のズッコケかた、って、あの人のデータをプログラミングされたんじゃねぇのか』
「あのぉ……(苦笑)」
『まぁ、早く起こして上げよう』
「あ、はい!」

 マルマイマーは美紅のそばに着地し、俯せになっていた美紅を抱き起こした。

「ありがとう、マルチ。うーん、まだこの身体を動かすコトに馴染んでないみたい」
「無理もないですよ。朝比奈部長の意識はまだ回復したばかりですから」
「ふふ。まぁ、生き返ったリハビリはゆっくりやるとして――お願い、マルチ。あたしを、都庁舎の展望台まで連れていって!」
『「――えっ?!』」

 驚くマルマイマーの両肩をいきなり鷲掴みにする美紅の顔は真剣であった。

「あすこに!あすこに、政樹さんが居るの!だからっ!」
『ちょっちょっちょっと!どうしてそんなコトが――』
「あすこには、ワイズマンが居る――」

 そう言った途端、美紅は口元を両手で押さえて蒼白した。まるで禁じられた言葉を口にしたかのように。無論、マルチと浩之には「わいずまん」と呼ばれる人物が何者か判らない。

『誰、それ?』

 浩之が電脳回線を通して訊くと、美紅はしばし沈黙し、やがて観念したように、はぁ、と吐息をついて口を開いた。

「…………エルクゥ側のリーダー格――のハズ」
『ハズ?』
「……消息が分からないから……でも、彼なら、エルクゥ側につくのは間違いない」
『「――――』」

 浩之たちは戸惑った。ワイズマンと呼ばれる人物は美紅も知っている――否、今の言い回しから、おそらくはMMM側に関係していた人物であろうコトは予想がつく。――MMMのメンバーだった人物が、敵だというのか!?

『朝比奈さん、あなた――』

 問い質そうとする浩之に、しかし美紅はマルマイマーの両肩を、ぎゅっ、と掴んで頭を振った。

「――今はすべてを説明しきれない。後で、後ですべて教えて上げる。だから、今はあの人を――」
『俺は、黙示が憎い』

 淡々とそれを口にした浩之に、美紅の身体が硬直した。

『あいつの策略でマルチはボロボロにされたんだ。いくら朝比奈さんを甦らせるのが目的だったとはいえ、――いや、俺にはそんな自己中心的な考えが余計に腹立たしい。最悪、マルチはマスターボディが見つからなかったら再起できなかったかも知れなかったんだ。だから――』
「………………!」

 マルマイマーの両肩を掴む美紅の手は、小刻みに震えていた。
 マルチは電脳回線を通して届く浩之の怒りに戸惑って何も言えずにいた。大切に、愛されているのに、嬉しいのに――それが今のマルチの心にはとても痛かった。

『だから――俺の手で一発殴ってやるまで、あんにゃろうは絶対死なせやしねぇよ』

 美紅は、はっ、として顔を上げ、マルマイマーの顔を見た。
 マルマイマーは微笑んでいた。マルチは、浩之のはにかみをトレースした瞬間、ほっ、と安心した。

『「――行きますよ』」

 美紅が嬉しそうに頷くと、マルマイマーは美紅の身体を抱きかかえて浮上し始めた。
 そんな時、メインオーダールームのあかりから通信が入ってきた。

「なんだよあかり、にやにやして?」
『あ……いや、なんか、今のやりとり聞いていたら、なんか嬉しくなっちゃって……』
「嬉しい?」
『うん。……なんか、浩之ちゃん、昔の浩之ちゃんぽくって、いーなー、なんて』
「昔ぃ?どういうコトだそれは?」
『あ――き、気、悪くしちゃった?』
「別に……でも曖昧にされるとシャクだ。言いたいことがあるなら、はっきり言え」
『うん……だって、大学入ってからの浩之ちゃん、妙に守りにはいっちゃっているというか、堅実過ぎるきらいがあったから…………あ、堅実が悪い、ってワケじゃないよ、本当!』
「…………あかり、帰ったら酷い目にあわせちゃる」
『えーっ!?そ、そんなぁ?!』

 狼狽するあかりの反応を見て、浩之は意地悪そうにくすくす笑った。おそらく、私事に回線を開いたあかりの後ろで、綾香たちも苦笑していることだろう。
 その反面、あかりは良く自分をみてくれている、と喜んでもいた。確かにあかりの言うとおり、マルチのコトとなると妙にだらしなくなる自分に、浩之は薄々気付いていた。
 そして今回の事件で、傷ついたマルチを目の当たりにして、その不甲斐なさが一気に吹き出した。浩之は、その根底にあるモノが、黙示に指摘されてようやく気付いた、マルチをひとりの女として抱きたい、と心の底で無意識にどす黒く悶々としていた昏い気持ちであったコトに気付き、困惑していた。
 俺は、あかりを愛しているのか、それとも、マルチを愛しているのか。
 ――あれだけ迷った想いが、今、霧散している自分の気持ちが、浩之にはとても不思議であった。
 いや、理由は判っている。
 浩之は今、マルチと電脳連結によって、二人の五感がシンクロし合っている。そのシンクロ率が驚異の200パーセントをマークし、精神的レベルでの融合まで果たしてしまっては、これ以上の一体感は無かろう。
 高揚感にも似た超感覚の中で、浩之はようやく気付いたのだ。
 浩之がマルチに求めていたモノは、あかりとは別次元のモノであることに。
 あかりは、女だ。男として、望んでいた最高の伴侶。
 だが、マルチは違う。
 マルチと融合したことで、それが判ったのだ。マルチとは、浩之の――――

『――浩之ちゃん?顔、赤いけど、熱でもあるの?』

 突然あかりに呼びかけられ、浩之は、うわっ、と驚いた。

『な、無い!なんでもないっ!――マルチ、行くぞ!』
「はい!朝比奈部長、しっかり掴まっててくださいね」

 マルマイマーは美紅の身体を背中から掴まえると浮き上がり、新都庁舎目指して飛んでいった。


「あいよ、お待たせ」

 よいしょ、とギターを背中に抱え直した志保は、壁に背もたれしている黙示に手を差し伸べた。

「あらあら、お腹におっきな穴。――ってもこれくらい、あんたならとっくに処置済みなんだろうけど」

 志保の言うとおり、黙示の腹部に出来た傷口からは血は止まっていた。風閂で血管までも縫い合わせて傷口を塞いでいたなどと、普通なら想像もつかないコトである。

「……ふっ。流石に、お前の後ろに空いたでっかい穴だけは、処置しきれんがな」

 志保の背後には、爆弾でも受けて空いたような巨大な穴があった。ただし、それが外側からの爆撃でないコトを示すモノは、炸裂して崩れた瓦礫がほとんど無いコトから判る。室内からの衝撃波にすべて、外へ押し出されたのだ。
 恐らく、その場から姿を消していたワイズマンもろとも。

「いいのよ。ここわね、見栄で都民の血税使ったバブルの塔なんだから。納税者がぶち壊しても文句なんか出ないわよ」
「長岡女史は都民か?」
「いーや。戸籍は今は神戸よ。霞ヶ関へは横須賀にある親戚のマンションから通っているわ」
「関係ないじゃないか」
「いーのよ。長岡志保サマは特別なのよ」

 二人は同時に破顔した。

 その頃、ワイズマンは新都庁舎から放り出され、空中に舞っていた。

「――しー坊め、ここまでやるとはな……しかし、黙示のような能力者は野放しにしては危険なのだよっ!」

 ワイズマンは身を縮めるととんぼを切り、近くを飛んでいた瓦礫を蹴ってジャンプする。そして、地面へ落ちていく瓦礫を次々と蹴って、エクストラヨーク目指して跳び続けた。

「――月島瑠璃子ぉっ!!あの穴を狙って撃てぇっ!!!」

【……了解】

 ワイズマンの指示に従って、エクストラヨークの中枢にいた瑠璃子は、エクストラヨークの新都庁舎に近い部位の体表にビーム口を開けた。

【……目標、新都庁舎展望台。――発射】

 ワイズマンの指示から発射まで、時間はかからなかった。エクストラヨークに開かれた砲門から荷電粒子が轟音を上げて放たれ、大気中にその大半を散らせながらも破壊エネルギーは、新都庁舎の展望台の中で、黙示の右手を掴んでいた志保の背中を白く染め返していた。

(Aパート終了:長岡志保が手にするギター型オーガニック・ブースター「ラウドネスVV(ダブル・ブイ)」の映像およびスペックが表示される。Bパートへつづく)