東鳩王マルマイマー・第13話「金色の破壊神」(Bパート:その4) 投稿者: ARM(1475)
【承前】

「――マルマイマー!おいらを使えっ!」

 ゴルディアームが、砂塵を巻き上げながらマルマイマーの元に到着した。

「よぉっしっ!ナックル・ヘル・アンド・ヘヴン、行くわよっ!」

 メインオーダールームの長官席に居る綾香は、ついにこの時が来たとばかりに勢い良く立ち上がり、胸元を開くと、首にチェーンでぶら下げ、深い胸の谷間に挟み込まれていた名刺サイズのケースを左手で引き抜いた。
 それを綾香は、マッチに点いた火を消すような仕草でケースを振ると、その中から、純金メッキを施された鍵が飛び出した。鍵に埋め込まれたプレートには、「日本政府内閣総理大臣承認」という文字が刻み込まれていた。飛び出た鍵を、綾香はしっかりと摘むと、それを一気に引き抜いて翳した。

「――MMM憲章、補記第8条13項に基づき、MMM長官である来栖川綾香が、日本国政府内閣総理大臣より委譲されたこの超兵器の起動承認を無制限採択宣言しますっ!ゴルディオンナックルシステムっ、発動ぉ承認ンっ!」

 綾香がそう宣言すると、長官席にあるコンソールパネルが展開し、その下から、キーが差し込める鍵穴が出現した。綾香はそれを確かめると、振り上げていた黄金の鍵を一気に差し込み、ひねった。すると、鍵穴の周囲にあったセーフティロック用のプレートが四方に広がった。セーフティロックは緊急回線用のサーキットスイッチであったらしく、カチリ、と音を立てると、鍵穴から緑色の光が、長官席のコンソールパネルに組み込まれていたサーキットを走り抜けた。
 やがて四方に広がっていったその緑色の光は、綾香の手前に席にいる、マルマイマーの専用管制担当席のコンソールパネルに集結すると、コンソールパネルに内蔵されているモニタが沈み込み、変わって現れた新しいモニタを登場させた。モニタには、「ゴルディオンナックルシステム」のロゴ文字と、細かいスペックがリストアップされて映し出されていた。

「了解っ!」

 新しいモニタが出現したコトを確かめると、あかりはその宣言に応え、MMMの制服であるベストの内ポケットに収まっていた金色のプリズムカードを取り出して、振りかぶってそれを、モニタの横にあるカードリーダーに差し込んだ。

「ゴルディオンナックルシステム、セーフティプログラム、リリーブ!!」

 あかりはそう宣言すると、システム解除承認プログラムが書き込まれているプリズムカードをカードリーダーに一気に通した。すると、キンコン!と軽快なチャイム音とともに、ゴルディオンナックルシステムのスペックが表示されているモニタが明滅し、システム解放OKのマークを表示した。
 同時に、システム解放承認の暗号キーがゴルディアームとマスターマルマイマーに送信された。すると、二人の電脳メモリバンクに登録されていた、ゴルディオンナックルシステムに関するプロテクトキーが解除され、キーの下に封入されていたアーカイブが展開された。アーカイブに収められていたシステムは、ゴルディオンナックルシステムの基幹プログラムファイルであった。そこから返信された信号をもとに、MMMのメインコンピューターから、ゴルディオンナックルシステムのプラグインが二人のアーカイブに送信され、基幹プログラムに組み込まれた。マルマイマーのファイナルフュージョンプログラムもそうであるが、膨大なデータ量であるために通常運用に支障を来すおそれから、プラグインという形で、MMM長官による発動承認が降りた時のみ、マルマイマーとゴルディアームにシステムプログラムが転送されるのである。
 ゴルディオンナックルシステムのプラグインインストールが完了し、最初にゴルディアームが動いた。

「うおおおおっ!システムチェェェェェェンジッ!!」

 ゴルディアームはバーニアに火を入れて飛び上がる。すると、ゴルディの頭部と左腕、そして背中の巨大な円盤状のパーツが、左肩のジョイントで接合された状態で、胴体から打ち上げられるように分離した。残された胴体と接合している右腕は手首と肘関節を収納して、右肩に装備されているアーマーに吸い込まれた。そして、胸部が観音開きのように二つに分かれて展開し、ちょうど両肩の部分に一対の、足の太さとほぼ同じサイズの棒状のパーツを露わにした。その直後、両脚部が腰から180度反転し、棒状のパーツの引き出してがらんどうになった胸部へ、吸い込まれるようにスライド収納されていった。
 変形したこの胴体部を一目見て、どんな形を思いつくか。きっと誰もが、巨大な右手を想起するだろう。右肩のアーマーは右親指に、胸部から出てきたパーツは人差し指と小指、そして反転して胸部にスライド収納された両脚は中指と薬指であった。

『「うぉおおおおおおおおおおおっっっっ!!ナックルコネクトっ!!』」

 変形完了後、アポジモーターを使ってマルマイマーの正面へ滑空したゴルディアームの胴体へ、マスターマルマイマーは、ブロウクンマグナムバーストが外れてむき出しになっている右腕のコネクトカバーを、丁度ゴルディアームの首があった箇所に開いているドッキングポートの穴にストレートパンチで殴りつけるように差し込んだ。果たして、BMBの代わりに、マルマイマーは巨大な右腕を得た。
 そこへ、さらに上へ飛んで空中で円盤状のパーツに収納されるような変形を果たしていた首と左腕がゆっくりと降りてきた。マルマイマーは、巨大な右腕を上に向けると、ちょうど指の第二と第三関節あたりの位置に、スライドするように降りてきた円盤状のパーツを接続させた。

『「――――ツールコネクト!ゴルディオン・ナックルっ!!』」

 マルマイマーは巨大な右手を――円盤状のパーツに指の部分も覆い尽くされ、さながらこれは金色のミトンと称するべきか、それをゆっくりとガッツポーズを取るように頭上に振りかざした途端、マルマイマーの全身が金色に輝き始めた。これは、マルマイマーの出力がゴルディオンナックルに内蔵されているWAサーキットによって急速にアップしたためだけでなく、ゴルディオンナックルから放出されているミラー粒子によって、マルマイマーの全身をミラーコーティングされたからである。
 全身が眩いくらいに黄金色に燃えるマルマイマーは、アンバランスに巨大な右腕をさらに振りかぶって見せた。すると、ゴルディオンナックルの全身に内蔵されている64基のアポジモーターが一斉に火を点し、ブロウクンマグナムよろしくゆっくりと時計回りに回転し始めたではないか。
 一方、マルマイマーのこの一連の動作中に、EI−08も超龍姫のイレイザーヘッドによる超振動攻撃によって受けたダメージを自己修復しながらゆっくりと立ち上がろうとしていた。

『「そうはさせないっ!うぉおおおおおおおっっっっっっ!!』」

 マルマイマーは、背部のスラスターに火を入れ、ドリルのように高速回転を続けている右腕を振りかぶったまま、EI−08目がけて突進した。

『「――コアは――THライドは、そこかっ!!』」

 マルマイマーのセンサーは、丁度人間の左胸に当たる位置に内蔵されていたEI−08のTHコネクターを感知した。するとマルマイマーは、回転する右腕で、EI−08の左胸目がけてストレートを叩き付けた。体制が整っていないEI−08は反撃するヒマもなかったが、暴走するTHライドが作り出した湾曲空間バリアがそれを受け止めた。

『「ナックル・ヘル!!』」

 EI−08の左胸の手前でドリルのように回転し続けるゴルディオンナックルから火花が放出されるや、なんとそれを受け止めていた湾曲空間バリアが抉られ、あろうことか一緒に、EI−08の胸部を空間ごとねじ曲げられて渦を巻きだしたのである。まさに見たとおり、ゴルディオンナックルは、マルマイマーのTHライドのパワーによって空間を抉るドリルであった。
 やがて、EI−08の胸部装甲も空間ごとねじ曲げられながら剥がされ、ついにはその下に隠されていた、真っ赤に燃え上がっている暴走THライドを露わにさせたのである。


「藤田!マルチ!そのTHライドは絶対破壊するな!回収するんだ!」

『「了解っ!!――――ナックル・ヘブン!!』」

 マルマイマーが長瀬の指示に応えると、ゴルディオンナックルは即座に回転をやめ、巨大な右手を一気に開かせた。そしてその右手でもって、EI−08のTHライドを周囲の組織ごと抉り掴み取ったのである。引き抜かれたEI−08のTHライドは断末魔のようにさらに真っ赤に光り輝いたが、それに呼応するかのように、ゴルディオンナックルの手甲に付いた円盤状のパーツから拡がり始めたエメラルド色の光が、生き物のように脈打つ組織ごとそれを相殺していく。組織は光の粒子と化して分解し、やがてその手の中には、暴走が収まり、エメラルド色に光り輝くTHライドだけが残った。浄解が完了したのである。

「浩之、マルチ!浄解が終わっても、まだそこには難物が残っているわよ!」

 綾香はスクリーンに映る、THライドをえぐり取られたEI−08の残骸を指した。EI−08は、全身に満ちていたパワーの制御を司っていたTHライドを失い、痙攣を起こすように全身を波立たせで暴れ始めたのである。

『このままだと爆発も時間の問題か――――いくぞ、マルチ!』
「はい!――ゴルディオン・フライパーーァンッ!」

 浄解の済んだTHライドを左手に持ち替えたマルマイマーは、再び右腕を振りかぶった。すると、手甲に装着されていた円盤状のパーツが分離し、折り畳まれていた左腕が元に戻ると、まるで巨大なフライパンのような形状をした物体へと変形したのである。そしてマルマイマーの巨大な右手は、柄となった左腕をしっかりと掴み取り、それを大仰に翳した。

 それと同時に、メインオーダールームでゴルディオンナックルモード中のマルマイマーの情報管制を行っていたあかりは、コンソールパネルに内蔵されているキーボードとトラックボールを巧みに操作しながら、モニタに映し出された、ポリゴンで描かれた球状のマップの情報を整理していた。

「衛星軌道上のTH伍号、サテライトシステム、モードF28へ移行。地球重力場の観測を開始します。――東京新宿上空に、ゴルディオンアームが誘引するグラビティゲイザーを確認、パターンA。PA観測6秒後にパターンCへ移行完了――来ます!」

 あかりがそう言った瞬間、新宿上空が黄金色に輝き、巨大な金色の光の柱がARFの中心、マルマイマーとEI−08がいる上空に降り注がれた。光の柱の中では、上空から光の雨が降り注がれ、マルマイマーとEI−08の体表に付くと、パチパチと音を立てて弾け散った。光の雨の正体は、大気中に漂う塵が、上空から空間制御を可能とするTHライドと、慣性制御を可能とするWAサーキットが作り出した、地球重力場内に生じた重力場の穴――グラビティゲイザーによって、重力ポテンシャルを失った重力場のゆがみが流入し、慣性の特異的喪失によって無限に加速し始めた重力のゆがみ、つまり重力波を受けて光の粒子(フォトン)に変換されたものである。しかしこの程度の重力波では、マルマイマーもEI−08も、塵のように光粒子へ変換されることはない。上空より放出される重力波がまだ、横波の性質を持っているからである。水面に浮くボールが波を受けても破損されるコトがないのは、波がボールという水面上に生じた空間のゆがみを受けて、湾曲面に沿って流されてしまうように、横波の性質を持つ重力波が慣性の特異的喪失で光速近くまで加速しても、マルマイマーとEI−08という大気中の塵よりも遙かに大きい質量の物体が作り出す空間のゆがみの湾曲面に沿って流されてしまうからである。
 そこで、マルマイマーのTHライドが持つ空間制御能力を活用することになる。つまり、グラビティゲイザー内で局所的圧縮空間を作り出し、そこを通り抜ける、横波の性質を持ったまま無限加速する重力波の重力ポテンシャルの傾きを狂わせて、波面を限りなく垂直に立ち上らせるのである。縦方向の波長を持った重力波。実際にはそのような横波の衝撃波など観測されたことはない。――理論上以外では存在しない波である。
 だがしかし、その理論が成立する事象は、存在する。それは、シュワルツシルト解によって導き出された、事象の地平面である。――つまり、ブラックホールの表面である。光さえも脱出出来ないその時空内では、限りなくゼロに近い時間内で、光は光の速度を超えることなく無限に加速し続ける。限りなくゼロに近い時間が流れ行く、無限の時間が存在する空間である。マルマイマーのTHライドは、グラビティゲイザー内に局所的な事象の地平面という特異点を創り出し、それを武器として用いるコトが可能なのだ。
 特異点が生じている場所は、ゴルディオンフライバーンの表面である。特異点自身が保有する局所慣性系さえも制御して特異点による自身の破壊を免れているゴルディアームのWAサーキットの能力は、人知を凌駕したテクノロジーであった。
 それを設計したのは、奇跡の永久機関THライドを創り出した、エルクゥ皇族四姉妹の長女リズエルである。リズエルはTHライドと違い、次郎衛門に手渡した金色の大槌に使用された試作型のWAサーキット1基以外、製作していない。それを長瀬を中心とするMMMが誇る地球的最高頭脳の手によってようやく実用可能なレベルにまで完成、量産化させたのである。
 人類と人類原種の英知が結集された存在。それが、ゴルディオンナックルシステムを組み込まれたマスターマルマイマーなのであった。

「GDN特異点、シュワルツシルト半径突破。――――定常限界面内からの活断ショックウェーブを観測しました!凄いッ!」

 マルマイマーが振りかざすゴルディオンフライパンの表面に生じている特異点を観測していたあかりが驚嘆の声を上げる。人類が初めて、理論上以外で、実測された生きたデータとしてのブラックホールを観測したのである。マルマイマーがあのままマスターボディを手に入れられなかったら絶対得られなかった貴重なデータであったから無理も無かろう。

『「いくぞっ!』」

 グラビティゲイザー発生から13秒後、ゴルディオンフライバーンを振りかざすマスターマルマイマーが、ついにEI−08の頭上に飛びかかった。

『「うおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっっっっっっっっっ!!EぃぃIぁぃ0ぉ8とぉっ!!ミートせんべいになれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっ!!』」

 マルマイマーは振りかぶったゴルディオンフライバーンをEI−08の頭上へ、一気に叩き付けた。特異点の直撃を受けたEI−08の身体は、慣性の特異的喪失を起こしている特異点の無限加速衝撃波を受け、みるみるうちに分子構造の維持さえも不可能となり、さらにその身体が存在する空間の素粒子ごと光粒子に変換されていった。変換された光粒子は、特異点が通り抜けたコトによって、空間を構成する素粒子の喪失から生じた絶対真空に吸われるように流動を果たし、光の渦を巻いて上空へ立ち上っていった。この物理上、空間さえも粉砕する攻撃は、核爆発さえも無力化してしまう。マスターマルマイマーが史上最強となった瞬間であった。
 EI−08は爆発エネルギーさえも分解され、跡形もなくなっていた。その足許に僅かに生じたクレーターは、THライドとWAサーキットの超制御力を持ってしても押さえきれなかった活断ショックウェーブのパワーの大きさを証明していた。

 圧倒する破壊がもたらした、暫しの静寂。――否、光の渦がマルマイマーの周囲から消え始めた頃、超龍姫たちは奇妙な声を耳にしていた。

           エピローグへ つづく