東鳩王マルマイマー第13話「金色の破壊神(Bパート:その3)」 投稿者: ARM(1475)
【承前】

 舞台は再び、新都庁舎展望室に戻る。マルマイマーを送った志保は、ひん死の重傷を負っている黙示と、まだ機械の身体になれていない美紅を何とか引き連れ、下の階へ降りようとしていた。

「――ちっ。エレベーター、まったく動く気配がない。……送電をカットされた所為、か」

 そう言って志保は溜息を吐くと、展望室に座り込んでいる二人を見た。

「……かといって、あんな二人を連れて階段降りるのは骨が折れるし。どーしよ…………ん?」

 暗然とする志保は、突然、建物が揺れ始めたことに気付いて驚く。
 都庁舎を揺らしていたのは、目の前にいるエクストラヨークが巨大な黒い翼をはためかせたためである。ちょうどそれは、オリジナルのEI−08を放出した直後のコトであった。もっとも、その振動程度では、都庁舎そのものを破壊に至らしめるものではなかった。
 ただし、ワイズマンと黙示が戦闘で壁や床を破壊した展望室は別である。
 展望室の床がいきなりメキメキと音を立てて崩れ始めた。驚いた志保は、その場に座り込んだままの二人を連れ出そうと展望室の中へ飛び込んだ。しかし、志保が一歩足を踏み入れたその足許から展望室の床が崩壊し、志保達は下の階へと落ちてしまった。

 舞台は、ディバイジングクリーナーによって三度新都心に開かれたアレスティング・レブリション・フィールド内に戻る。マルマイマーはARFの中心に降り立つと、飛来してくるEI−08を睨み付けた。
 飛来してくる敵は、ミミズのような触手を全身に隈無く巻き付けた、巨大なコウモリとも言うべき姿をしていた。その全長は優に10メートルを越している。小柄なマルマイマーが相手をするにはあまりにも不公平な体格差である。
 しかし、その体格差など、マルマイマーには、いや、今のマスターボディを取り戻したマスターマルマイマーには、恐れるに足らぬものであった。

「藤田!」

 TH壱式の艦橋にある大モニターを見つめていた長瀬が、思い出したかのように振り返り、背後にあるTHコネクターをこんこん、と叩きながら言った。浩之は現在、新宿御苑に不時着しているTH壱式の艦橋内に設置されているTHコネクター内にいた。

「さっきも言ったが、あのEI−08が保有するTHライド――純地球製のTHライドには、我々がまだ必要としている様々なデータを備えている。何とかして、あの暴走を止めさせて、THライドを回収するんだ」
『それは判りましたが――でも、回収するとなると、ヘル・アンド・ヘブンを――大丈夫なんですか?』
「ヘル・アンド・ヘブン自体は、マスターボディにはほとんど影響のない技だ。――だがそれよりも、ゴルディアームによる『ナックル・ヘル・アンド・ヘブン』のほうが確実だ」
『――――しかし』

 浩之が当惑している理由は、先ほどより消失してしまったゴルディアームの反応である。EI−08に奇襲を仕掛けたはいいが、返り討ちにあってしまい、そのまま地上へ叩き落とされてしまった。それ以降、ゴルディを管理している、智子が乗るTH弐式も、ゴルディの反応を喪失したままであった。

『――やるしかないのか』
「浩之さん」

 マルチが応えた。

「わたしは、このマスターボディの力と、浩之さんの力を信じます。だから――」
『みなまでゆうな』

 浩之は、ふっ、と苦笑し、

『余分なパワーを使わないよう、完膚無きまでにEI−08を沈黙させてから仕掛ける。いくぞ、マルマイマーぁっ!』
「はぁいっ!がんばりますっ!」

 マルチは嬉しそうに答え、EI−08のほうをみた。
 EI−08は、マルマイマーの頭上にのし掛かるものと思っていたが、意外にもマルマイマーのいる地点から十数メートル離れた地表に着地した。二本の足を地につけたEI−08は、全身に巻き付けていた触手を四方に広げると、その下にあったコウモリのような身体を急速に膨れ上がらせて変化していった。
 やがて、変化が収まると、そこに現れた異形の姿をみて、マルマイマーたちは息をのんだ。

「これは……」
『まるで鬼だな』

「――いえ、これはエルクゥ。鬼界昇華を果たした人類のあるべき姿」

 TH四号の艦橋で発進準備をしていた初音は、艦橋に設置されたスクリーンに映し出された、身の丈20メートル以上に及ぶ鬼の姿形へ変化したEI−08を観て、そう称した。

「あの地球製THライドは、浮浪者の魂が取り込まれて発動している。あの変化した姿は、取り込まれた魂がイメージした姿を物理的に映しだしているのだろう」

 長瀬はそう言うと、はぁ、と困憊しきった溜息を吐き、

「……あの姿こそ、ヒトのこころが抱いた恐怖心の発露」

 奇遇にもそれは、ちょうど同じ頃、来栖川財団の会長室で、MMMの専用回線から設置されたTVに映し出されている闘いの成り行きを見守っていた来栖川京香が口にした言葉と一致していた。
 京香はそういうと、憮然とした面もちでゆっくりと居間のソファから腰を上げた。

「…………次郎衛門。あれが、あなたが目指すヒトの進化の果てだというのですか?――あの姿を見て、あなたは本当にそうだと思うのですか?――あの姿は、ヒトが本能的に恐怖する極限のイメージ。これは進化などではない。――恐怖しているだけです。恐怖する進化など、あってはなりません」

『――だからさっ!』

 THコネクター内で浩之が吼えた。

「私たちがそれを制する!エルクゥがもたらす恐怖を、私たちが打ち払ってみせるっ!」

 マルマイマーもそれに呼応して吼える。

『「――――それが、俺(私)たちが闘う証っ!!』」

 ウルテクエンジンブースターを全開にして、マルマイマーがEI−08に突進した。

「うおおおおおおおおおおっっっっっっっっっっっっっ!!」

 マルマイマーは右腕を高速回転させ、ドリルと化した右拳をEI−08に叩き付けた。右腕内蔵のブースターによる加速もあって、EI−08の身体は押し飛ばされた。大人と子供以上の体格差などまったく関係ない、マスターマルマイマーの凄まじいパワーを物語った破壊力である。
 しかし飛ばされたEI−08は両の足で着地して踏みとどまった。

『タフだねぇ。――しかしっ!』
「ブロウクンマグナム・バーストっ!」

 まだ回転を続けている右腕を振りかぶり、体制を整えているEI−08目がけてブロウクンマグナム・バーストを撃ち放った。
 ところが、EI−08は背中からまわって出した無数の触手を、直進してくるブロウクンマグナム・バーストの回転に合わせる様に、渦を巻いて取り込み、受け止めてしまった。

『ちぃっ!戻ってこいっ!』

 慌てて浩之はBMBをコントロールするが、しかしそれを捕獲するEI−08の触手群が次々とドリルのように回転し始め、BMBを押し潰してしまったのである。

「ああっ!壊されちゃいましたっ!ど、どうしましょうぅぅぅ(汗)」

「ちぃっ!スペアアームの射出、直ぐには出来ないのにっ!」
『――姉さん、その心配はいらんでぇッ!』

 突然、スピーカーから怪しげなアクセントの関西弁が轟いた。

「――今のは――ゴルディアーム!?」

 思わずスクリーンを瞠る智子は、先ほどの戦闘でゴルディが墜落した地点である新宿大ガードに出来た瓦礫の山の上に、ゴルディアームが立っている姿を見つけた。

「あ、あんた――」
『舐めたらあかんぜよ!あのくらいでくたばるおいらじゃないぜっ!』
「――何故、土佐弁?」
『細かいコたぁ気にするなぃ、かっかっかっ』

 浩之はゴルディアームと智子のやりとりをみて、ゴルディの単細胞ぶりと、それ以上に、新都庁舎よりも高い高度から叩き落とされ、途中、ビルを三つもぶち抜いた末に大ガードに激突したのにも関わらず、外見もシステム的にもまったくダメージを受けていないその頑強ぶりに呆れた。
 もっとも、それは単に頑強だったからではなく、ゴルディに秘められたあるシステムの副産物によって防護されたのだというコトを、浩之は承知していた。
 しかし今は、そのようなコトを気にしている場合ではなかった。

『――ゴルディアームがARFの外周からここへ到達するあいだ、どうやって武装なしで凌ぐか、だな』

 ARFの直径は平均、四、五十キロメートル。最大音速まで可能なゴルディの背部にあるバーニアを使っても四、五分は要する。その間、主砲であるブロウクンマグナムを失ったままで、どうやってマルマイマーは闘えるのか。

『右手がなければ、ヘルアンドヘブンも使えない――くそっ!マルチ、ひとまずゴルディが来る方へ後退する――なに?』

 後退を告げた浩之は、EI−08の背中から映えているドリル状の触手が、一斉に地面に突き刺されるという奇妙な行動に唖然とした。

「――あかんっ!マルチ姉さん、はよ、上空へ逃げぇやっ!」

 低空飛行しながらマルマイマーの戦闘状況をモニターしていたゴルディが慌てて言った。

「えっ?――――う、うわぁっ!!?」

 きょとんとしていたマルマイマーは、半ばゴルディの言葉に反応するように飛び上がっていたが、その足許の地中から、なんとEI−08が地面に潜らせていたドリル触手の群れが次々と飛び出してきたのである。

『くそっ!!』

 慌てて浩之は電脳連結しているマルマイマーの身体を反転させ、それを交わした。ところが、そのうちの数本が、背部のステルスマルー2の両翼に張り出すウルテクエンジンブースターを左右両方とも串刺しにして、マルマイマーの動きを空中に封じ込めてしまったのである。

『まずいっ!!』

 浩之は咄嗟の判断で、ウルテクエンジンブースターをステルスマルー2から分離させ、ステルスマルー2のバーニアで一気に飛び上がった。分離してジャスト2秒後、地上17メートルのところまでマルマイマーが飛び上がったその時、ドリル触手に串刺しにされたウルテクエンジンブースター2基が大爆発を起こす。噴き上がる爆炎に巻き込またマルマイマーは、空中でバランスを失って地上に墜落した。墜落地点がゴルディアームに近かったことに対して、運が良かったと言ってよいものだろうか。マルチと浩之は、そのショックで意識がもうろうとしていた。

「――あかんっ!智子の姉さん、――イレイザーヘッドを打ち出してくれっ!あれなら直ぐ射出できるやろっ!」

「イレイザーヘッド、って、あんた、あんたが使えるわけが――――」

「ええから、はようっ!――向こう側にあるアレを見ぃ!」

 ゴルディに怒鳴られて渋い顔をする智子は、ふと、ゴルディアームとは反対側から接近してくる熱源の存在に気付き、はっ、となる。

「――そうかっ!イレイザーヘッド、射出!!」

 智子のかけ声とともに、TH弐式のミラーカタパルトからアプリケーターのカバーを施されたイレイザーヘッドが、ARFの中心目がけて射出された。

 一方、一時的に人事不省に陥っているマルマイマーに、容赦なくEI−08のドリル触手が襲いかかってきた。
 すると、マルチと浩之の制御がない状態で、マルマイマーは攻撃に対して回避行動を取りはじめた。

「――千鶴くん――いや、マルルンか」

 TH壱式艦橋から戦闘を見ていた長瀬がぽつりともらした。マルルンがマルマイマーの身体を動かしているというのだ。なるほど、マルマイマーの四肢は脱力したようにぶらぶらとしていながら、バーニアやアポジモーターを使って飛び跳ねるように逃げ回る姿は、浩之とマルチがノックダウンしているコトを考えると、唯一、自律行動がとれるマルルンの制御であることは容易に判る。

「――まるで、ど根性ガエルのピョン吉のような……げふんげふん」

 思わず、ぼそり、と呟いて咳払いで誤魔化す長瀬だったが、マルルンのTHライドの中にいる千鶴がそれを聞き逃さず、むっとしていたコトなど知る由もなかった。
 だが、流石にバーニアでの回避運動には限界があった。かろうじてドリル触手を避けていたのが、いつの間にかそれが身体に掠り始めて装甲が削り取られ、周囲に鉄片を散らすようになっているのを見て、長瀬は、まずい、と焦った。嫌らしいコトに空中からではなく、いったん地中にドリル触手を埋めてから、見えない地中から一気にマルマイマーに襲いかかる予測しづらい攻撃に、千鶴は次第に焦った。
 そしてついに、そのドリル触手が額にある右側の角を貫通してえぐり取った時、次に顔を狙って来る攻撃を避けられないと千鶴が悟った矢先、気絶しているマルマイマーの額目がけて、地中から噴き上がったドリル触手が迫ってきた。

『もう駄目――――?!』

 マルマイマーの額貫通まで30センチというところで、そのドリル触手は、真横から突き出された超龍姫の右拳によって粉砕された。

『超龍姫!』
「マルマイマー、お待たせました!――――イレイザーヘッド!!」

 やっと間に合った援軍は、ゴルディアームより早くARFに飛び込んでいた超龍姫であった。超龍姫は既にキャッチしていたイレイザーヘッドの先を地面に突き立てて飛び上がった。

「イレイザーヘッドは使い方次第で武器になるっ!くらえっ!」

 どぉん!超振動を開始したイレイザーヘッドの触媒部が、突き立てられた地面を凄まじい勢いで振動させた。地面に放出された超振動の衝撃波は、地中にうごめくEI−08のドリル触手を直撃し、地面ごと次々と粉砕していった。そしてその衝撃波は、EI−08本体にまで届き、EI−08の足許の地面を粉砕してその足をすくったばかりか、体表に亀裂さえ与えたのである。超振動攻撃によってダメージを受けたEI−08はその場に崩れるように倒れ込んだ。
 超龍姫の活躍の中、ようやくマルチと浩之の意識が回復した。

『「…………ううっ……ちょ、超龍姫……か』」
「――良かった、間に合って!」

 砂状と化した地表に着地して粉塵を噴き上がらせた超龍姫は、嬉しそうな声で答えた。
 そしてようやく後方から、ゴルディアームが現場に到着したのである。

「――マルマイマー!おいらを使えっ!」

      Bパート(その4)へ つづく

http://www.kt.rim.or.jp/~arm/