ToHeart if.「雅史の事情」第5話 投稿者: ARM(1475)
5.約束

 浩之たちが志保の不審な言動に当惑していた傍らで、雅史はゆえと話し込んでいた。何でもゆえは、このペットショップへは、ウサギ用に新調したトラベルボックスを取りに来ていたそうである。ウサギの扱いに慣れていないのは、ゆえではなく、ゆえの母親が飼っているウサギだかららしい。
 そこで雅史は違和感を覚えていた。――親子なのに、どうしてゆえではなく、ゆえの母親が飼っているのか、と。
 だが、雅史はその疑問は口にせず、ウサギの扱い方について色々とレクチャーした。どうやらゆえの母親も、小動物の飼うことは初心者らしく、ゆえは雅史の説明にふむふむ、といちいち感心し、嬉しそうに頷いた。

「……だいたい、そんなところかな。――そうだ、昔、うちでウサギを飼っていた時に、姉さんがまとめたレポートがあるから、それを貸して上げるよ」
「え……?で、でも…………」
「大丈夫。こう見えてもうちの姉さんは、小動物を飼うコトにかけては超一流なんだよ。うちの姉さん、マメなところがあって、飼っている動物に関する資料を後学のために集めて整理するのが好きでね。参考にしてくれるなら姉さんも喜んで貸してくれるよ」
「…………そう」

 ゆえはためらいがちに頷いた。

「じゃあ、明日、学校に持ってくるよ」
「え……?」
「……?どうしたの?何か都合悪いの?」

 無論、雅史はゆえが不登校児であることを智子から聞いていた。それを承知で言っていたが、問い返す雅史はおくびにも出して言わない。見事なまでのポーカーフェイスである。

「……学校で?」
「うん」

 と、にっこり笑う雅史。ゆえはそんな雅史の笑顔が辛いのか、俯いて黙り込んだ。
 だがまもなく、ゆえはゆっくりと、どこか恥じらうような仕草で面を上げた。

「……うん。わかったわ」
「――よかった」

 ゆえが頷いたのは、単に雅史と約束したからではなく、嬉しそうに浮かべる雅史の笑みがまぶしくて、視線を逸らしたように見えた。

   *   *   *   *   *

 雅史がゆえと再会した翌日――ゆえに、姉が小動物の飼い方をまとめたレポートを貸し出す約束をした日の朝。

「佐藤ぉ〜〜っ!例の彼女、見つかったんだってなぁ」

 雅史は、教室に入るなり、にやけた顔の二木に出迎えられた。

「何だよ、二木。どうして知って――ああ、志保が教えたのか?」
「俺さ」

 と、二木の後ろから浩之が出てきた。

「こいつ、妙に勘が鋭くてさ」
「藤田たちに教えた以上、最後まで知る権利はあるしな。で、来るのか、彼女」
「う、うん…………。一応」
「そいつは良かった」

 と、二木は、にこりと笑う。

「これでうまくいけば、オレ様の夢がまた一歩、完成する」
「夢って何だよ」
「ふっふっふっ。藤田、キミには無縁の、漢のロマンさ」
「ロマン、ねぇ……」

 ロマンが聞いたら怒り狂うよ、と雅史は心の中で呟いた。そんな下心にあふれた男が、雅史がゆえと再会できたと知って、良かった、と言ってあんなに嬉しそうな笑顔を見せるのだから実に不思議である。雅史は、ふっ、と破顔した。

「ところで佐藤、相手は誰なんだ?」
「誰?――あれ、浩之?」

 雅史が不思議そうに浩之をみる。

「そこまで教える義理は無ぇよ」
「ケチ」
「ケチで結構、わははのはー」

 無論、浩之の不親切さは、ゆえの評判を考慮してのコトである。
 だが二木は、それ以上のコトを無理に聞き出そうとしない。細かいコトにはこだわらないというよりも、勘の鋭い男だから、それとなくワケありを察しているのかも知れない。
 なんだかんだ言っても二人とも、雅史のコトを思いやっている。雅史は、良い友人に恵まれている自分がとても嬉しかった。

「「――それはそれとして、さぁ、彼女に会いに行こうっ!!」」
「声をそろえてゆうな、声を」

 本当に、イイ友達である。(笑)

 一息ついた雅史は、ついてくる浩之と二木を追い返しながら、隣の2−Aの教室に来た。
 ゆえは、いなかった。

「……あれ?」
「ん?居ないのか?」

 浩之が雅史の肩越しに、2−Aの教室内をきょろきょろ見回す。

「……長岡の姿も見えねぇ」
「志保はいつものように遅刻だろ」
「あんたたちとは違うわよ」
「「うわぁっ!!?」」

 突然、音もなく背後に立って憮然とする志保に、二木と浩之が同時に驚いた。

「あ、丁度良かった。――志保、南雲さん、見かけてない?」
「南雲――――」

 その名を聞いた途端、志保の顔に動揺の色が走った。

「し、知らないわよ――第一、あたしは今、来たばかりで――」
「……志保ちゃん」
「――うわぁっ!!?」

 今度は志保が背後に立った人物に呼ばれて仰天した。
 志保をここまで驚かせた人物こそ、あの南雲ゆえだった。

「…………ゆ、ゆえちゃん!い、今は来ちゃ駄目だって……!」
「でも、佐藤君と約束していたし……」

 そう言ってゆえは、雅史に、ペコリ、と済まなそうにお辞儀した。

「……おい、志保」
「はぁ…………。何よ、ヒロ」
「やっぱ、お前、南雲さんのコト、知っているんじゃねぇか。――しかも知り合い」
「うっ…………」

 浩之に睨まれ、志保はたじろいだ。そんな志保をかばうように、ゆえが慌てて間に入った。

「良いのよ、志保ちゃん」
「だって……!」

 そんな志保とゆえのやりとりを黙ってみていた二木だったが、やがて次第にその顔に困惑の色が広がり始めていた。

「……南雲……ゆえ…………って、あの南雲ゆえ?」
「どうした、二木?」
「あ――?い、いや、なんでも…………」

 志保のほうを向いていた浩之が、一方で、二木の微妙な変化にも気付いていたコトに、二木は驚かされていた。もっとも、直ぐ隣で、意味深深げにゆえのフルネームを呟かれては、気付かないほうがおかしいが。

「変なヤツ。――まぁいいや。おい、雅史、南雲さんに渡すモノ、あるんだろ?」
「――あ、ああ、そうだね。ハイ、南雲さん」

 浩之たちのゴタゴタに、身の置き場に少し困って途方に暮れていた雅史だったが、浩之に促され、ようやく用件を思いだした雅史は、手にしていた姉のお手製、「小動物育成トラの巻」と表紙に書かれたノートをゆえに差し出した。

「――あ、はい」

 雅史から約束のノートを差し出され、ゆえは済まなそうにそれを受け取った。

「……なんか、すごいタイトル」
「あはは……。うちの姉さん、カタチから入るの、好きで」
「……ふぅん」

 そう感心して、ゆえは、ふっ、とどこか嬉しそうに笑みをこぼした。そしてノートをパラパラを開き、中にびっしりと、丁寧な字で綺麗にまとめられた小動物の飼い方のノウハウの各項目をみて、うんうん、と感心した。

「……すごい。こんなに個人でまとめたなんて」
「うちの姉さん、動物を飼うのがとても好きでね。おかげで、僕も好きになったんだけど。――どう?判る?」
「う、うん……。大切なモノをお借りできて、とても嬉しい」
「よかった……」

 雅史はまるで自分事のような笑顔を作ってみせた。すると、ゆえも少しはにかんでみせる。
 そんなゆえをみて、浩之は、脈あり、と思い、いきなり雅史の背後から、雅史を首根っこを抱きかかえた。

「――ホラホラ、雅史。他にも伝えたいコト、あるんだろ?」
「お、おい……!」
「何だよ、怖じ気づいたか?――ねぇ、南雲さん。雅史のこと、どう思います?」
「え……?」

 きょとんとするゆえに、浩之は、にぃ、と笑ってみせ、

「佐藤雅史、サッカー部で活躍する、ただいまフリーの男の子。――――どう?」
「どう…………って?」
「――雅史と付き合って上げてくれませんか?」
「ひ、浩之…………!」

 たちまち雅史の顔が赤くなっていく。浩之は相変わらず惚け顔で笑っていたが、悪意はまったく感じられない、優しい笑みである。
 浩之の言葉に、ゆえはようやく頬を赤らめた。こんなのんびりとした反応に、浩之は何となく来栖川芹香に似ているな、と思った。
 だが、ゆっくりと瞼を閉じ、次第にその美貌に陰りが生じていく様は、芹香とのつき合いには見られなかったものであった。

「…………南雲さん?なんか、気ぃ悪くした?」

 しまったぁ、と浩之が慌てて雅史の首から腕を離すと、ゆえは、ううん、と首を横に振った。

「……お気持ちは嬉しい。…………でもね」

 その時志保は、沈痛そうな面もちをするゆえの心情に気付き、思わず、あっ、と声を上げて戸惑った。

「…………私は、佐藤君には釣り合わない」
「「「え?」」」
「だって私、」
「ゆえちゃん、ダメっ!」

 同時に、志保の怒鳴り声が重なった。

「――私、人殺しだから」

         つづく

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