羅刹鬼譚・第10話 投稿者: ARM(1475)
【羅刹奇譚:あらすじ】
 柏木耕一が鬼神の血に目覚め、それを制してから8年がたった。柏木の家督を継いだ耕一のそばには、植物人間状態になって目覚めぬ千鶴の妹たちと、耕一が鬼神の力に目覚めたあの夜、千鶴と結ばれて生まれた娘である千歳、そして、柏木の血を引く叔父、柳川裕也が居た。耕一と柳川は8年間、200年前に〈魔界〉と締結された〈不可侵条約〉を守る人間界側の守護者を勤めていたのだが、ある日、隆山で起きた変死事件に巻き込まれる。〈魔界〉の過激派による仕業と思われていたその事件には、奇妙な背景が隠されていた。やがて変死体は甦り、隆山署は大パニックに陥る。柳川は変死体をからくも撃退するが…………。(第1章〜第12章までは、「りーふ図書館」に所収されています)

第13章 「不死なる一族」

 ブランカの言葉に、耕一は当惑した眼差しを、壁に突き刺さっている鞘に注いだ。

「封印する力を持っているとしても、これじゃ刀ぐらいしか出来ないんじゃ」
「……だから、刀を封印しようとしているんじゃないの?」

 紫煙と共に吐き出た一重の言葉に、最初に反応したのは耕一だった。

「……何の、刀?」
「無論――尋常ならない、刀だな」
「この日本という地域に限定するならば、二、三、心当たりがあります。――『伽瑠羅(かるら)』、『天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)』、妖刀『村雨』――」
「そして、『覇王殺し』」

 一重がその名を口にすると、耕一は思わず息をのんだ。

「……歴代の権力者を破滅に導いたという、いわく付きのあの妖刀か。――しかし、あれは」
「ああ。あれは、『月光荘事件』で破壊されているハズだ。あれを掴んでしまった月詠夫人を、超一流の剣術者、いや最悪の殺戮者に変えてしまった妖刀は、俺たちが苦労の末に破壊した」
「だったら――」
「あれが、あの一本限りでなかったら?」

 ブランカの指摘は、決してあり得ないことではなかった。


 耕一たちが別荘の地下の壁に突き刺さっている空の鞘を前にして当惑していた黄昏時、その別荘にゆっくりと近づいてくる者が居た。

「………先を越されたか」

 そういって鼻で笑って見せたのは、あの妖女、鈴苗まちるであった。深紅のコートに身を包んだまちるは、おもむろに懐へ手を入れると、そこから何かを取り出した。
 それは、竹とんぼであった。
 まちるは取り出した竹とんぼを、朱色がかった空へ飛ばした。高く高く飛んでいく竹とんぼには、落ちていく気配が全くなかった。
 このまちるの奇異な行動は、よもや、単に童心に帰っているわけではなかろう。それが何か意味をなすモノであることは、明白である。
 では、「それ」は何なのか?

「――やれ」

 まちるの口をついて出たその言葉から「それ」を伺い知ることは叶うのか。
 次の瞬間、別荘が突然押しつぶされるように弾け飛んだ。


「な、なんだ、今の衝撃は?!」

 驚く耕一たちは、次に、締めていた地下室の扉の隙間からもの凄い量の粉塵が吹き出しているコトに気づいた。

「いかん――上の家が潰されたか?!」

 瞠る一重が上を向いたその時、その頭上へ大量の土砂が降りかかった。瓦礫さえ混じる土砂は一瞬にして一重の身体を押しつぶし、噴きあがる血肉もろとも埋め尽くされてしまった。

「一重っ!?」
「コーイチ!あの穴から逃げますよ!」

 まるで一重の死など気にしていないかのような素っ気なさで、ブランカは一重が居た場所の上に空いた穴を指すと、さっさと飛び出して行った。一瞬怯んだ耕一も、ちぃ、と舌打ちしてその後を追うように穴から飛び出した。
 穴から脱出した耕一とブランカの頭上に、倒壊する家屋が降り注ぐ。それを耕一が、鬼化した両の剛腕をもって次々とはじき返しながら、外へ脱出する。別荘が完全に押しつぶされる直前に、耕一とブランカは粉塵の中から転がり出てきた。

「……なんだ?爆撃か?」
「違うワ」

 そう言ってブランカは、上を指した。ブランカの指す先には、粉塵が入道雲のように高く立ち上っていた。
 耕一が瞠ったのは、その粉塵にではない。
 それは、粉塵の中に居た。
 居るのだ。
 しかし、それを目視するコトは叶わなかった。

「…………粉塵の中に、…………空間が…………?」

 それを目の当たりにして耕一を慄然させているモノとは、立ち上る粉塵の中に、粉塵が入り込んでいない不可思議な空間だった。そしてそれが、人型の形をしているとなると、驚かぬほうがおかしい。

「……ジン、ですネ」
「ん?酒?」
「大界魔皇聖パズ=スの眷属、風の精霊のひとつです。これはどうやらジン使いの仕業のようですネ」
「ジン――」

 ブランカの説明に、耕一は昨夜のストリップ小屋での出来事を思い出していた。

「――あの、まちるとかいうストリッパーだな!やい、出てこい!」

 無論、返答などあるわけもない。応じたのは、風の精霊の見えざる一蹴だった。耕一とブランカは慌てて飛び退き、紙一重で交わせた。粉塵が不可視の足の形を作りだしていたおかげだった。

「化け物めっ!」

 耕一は歯噛みしながら上着を脱ぎ捨てた。そして一気に鬼化して臨戦態勢をとった。
 その隣で、ブランカは右手をゆっくりと胸元に寄せた。その胸元から、五閃の光が吐き出された。白魚のようなそのブランカの右手の爪が、刀のように長く伸びたのだ。
 同時に、ブランカたちの背後から、この世ならぬ叫び声が聞こえてきた。声の主はあの不可視の巨人であった。風の精霊ジンは粉塵の中でのたうち回り、やがてその身を四散させて消失した。

「……ジンをも屠りさるその技は、――吸精爪、『戒爪(かいそう)』か。五本も出せるとは、流石は〈不死なる一族〉の若き長」
「…………居タナ」

 耕一はまちるの声が聞こえてきた方向へ即座に振り向いた。海の方向だった。
 砂浜に佇むまちるの姿は、沈み行く夕陽を背に受け、茜色の世界に闇を穿っていた。

「…………良イ度胸ダナ」

 鬼化した耕一が、まちるの居る方へ一歩進む。
 そんな耕一を見て、まるちの口元がつり上がったことを、ブランカは見逃さなかった。

「――耕一、あの女に近づいてはいけないっ!」
「遅いんだよ――――」

 突然、まちるは笑い出し、両腕を振りかぶった。
 同時に、耕一の四方の足許から、巨大な竜巻が噴き上がり、耕一の進退を阻んだのである。

「ナ、ナニ?!」
「いけっ!」

 驚く耕一の目前で、四本の竜巻は一瞬にして四人の巨人と化し、すかさず鬼化した耕一の身体に巨大な拳を打ち放ったのである。
 鋼のような鬼の身体さえもモノともせずに、砂色の剛腕が四本も耕一の身体に突き立てられた。耕一は、二、三回、痙攣を起こし、口から大量の血を吐き出すと、ジンの腕に四方から支えられるようにその場でうなだれた。


 不甲斐ない。


 曖昧な意識の中、耕一の脳裏に、柳川と初めて出会った時の、柳川の第一声が過ぎっていた。


 時間は、耕一がまちると再び対峙した昨日の昼にまでさかのぼる。
 ホテルのロビーで柳川と別れた耕一と一重は、昼間近くから海岸の近くにある貸し別荘を監視していた。

「……今年の春から、うちの予算で伊勢名義で借りていた別荘か。どうやらあすこが暴力団との裏取引に使われた場所みたいだが、誰か現れたか?」
「いいや。俺の予想じゃ、こんなところにのこのこと現れるはずもあるまい」

 肩をすくめた耕一たちが待っていたのは、伊勢の死を知った暴力団関係者が、この別荘に現れないかどうか待ったいたのだ。とりあえず夕方まで

「こんなロケーションの良い別荘を見つけだすなんて、内緒であいつツアコンのバイトもやっていたんじゃないのかね」
「内調の経費で借りていたのなら、今夜からあそこに泊まるかい?」
「いやいやいや。梓さんや千歳ちゃんの手料理を一度食べると、隆山ではお宅ンとこ以外泊まる気にはなれんさ」
「それは実に光栄だが、今回の滞在費はちゃんと室長に請求するからな」
「けち」

 そういって一重は耕一にあかんべえをしてみせるが、耕一はワザと無視して別荘のほうをみつめた。

「……うーむ。流石に、誰も来ないか」
「家捜しするか」
「いいのか、一重?令状も無しに?」
「あそこは内調の経費で借りて居るんだ。誰も文句は言わんさ」

 まあな、と頷いた耕一は、岩陰に隠れながら先に進み始めた一重の後を追った。

「あれから柳川のダンナから、連絡は?」
「さあ、ね。一応アレは表向きは警官だからな。伊勢殺しの捜査で動いている。それに、群れるのは性に合わないらしいみたいだしな」
「それで連帯感の強い警官やってんだから、良く判らないよ」

 すると一重は不思議そうに耕一の顔を見つめ、

「……付き合い長いのに?」
「そんなもんさ」

 耕一はにべもなく言った。


 耕一が初めて柳川と出会ったのは、耕一の父親が事故死した夏、隆山の本家に夏休みを利用して滞在していたときである。あの時はまだ捜査課の警部だった長瀬が千鶴に話を聞きに訪れた時、一緒にいた刑事だった。
 大人しそうな青年だった。あの時は長瀬の毒気に当てられて気にしていなかったが、今想い返せば、柳川が、千鶴や自分を見る目が少し妙であった。
 冷めた視線だった。まるで忌まわしいものを見るような目で。
 その理由が、耕一たちの祖父が認知しない――堕ろせ、とまで言われたらしい――妾の子だったという昏い過去を背負っていた為だと言うことを柳川から聞かされて気づくまで、耕一には不気味な男という印象を持っていた。無理もない。あれは、柏木家を憎む目なのだ。
 柏木家を憎む男と、二度目に出会ったとき、耕一は彼に殴られていた。

 貴之が鬼籍に入って四日目の朝に、柳川が出会った鏡とは、酒におぼれている耕一であった。
 ホンの一週間ほど前に会ったときの耕一は、父親を亡くしたばかりだというのに、妙にさばさばとした青年という印象があった。後に柳川は、耕一と耕一の父親の関係を知る機会があり、その複雑な事情ゆえの結果であるコトを理解した。
 そんな耕一が、これほどまでに落ち込んでいるとは、柳川は意外だったらしい。それが、父親の死に押し潰されたためでなく、最愛の人を守りきれなかった為であるコトを一重から告げられた時、柳川は絶句した。
 まさに耕一は自分にとって鏡であった。柏木家の当主である長女の千鶴が、<不死なる一族>の武闘派が人間世界に流した新型麻薬を投与した、遠い柏木の鬼の血を甦らせた男によって暴行され、廃人同然にされたというのだ。
 問題の男は、柳川が殺害した男が所属していた暴力団の組長であった。柳川はそこで、耕一が千鶴を襲った組長を倒したコトで、組長の一枚岩だった暴力団が壊滅状態に陥り、柳川に降りかかっていた窮地から救われた事実に気づいたのである。柳川はこの奇縁に絶句したのだ。
 二人とも、「鬼」の力を制御できる希有な「柏木の男」であった。制御できるようになった理由が、共に、大切な人を守りたい一心で鬼の力を発動させた結果だと言うことは理解していた。しかしそれを果たせなかった今、揃って自暴自棄になっていたとは、これを奇縁と言わずしてなんと言おうか。

(……きっと、俺は、こいつに呼ばれたのだ)

        第11話へつづく