IT’s 3・「恐怖のブラックメイル〜ホワイトアルバム鬼哭の章〜」 投稿者: ARM(1475)
 藤井冬弥はその日、ちょっとしたアクシデントの所為で、恋人である森川由綺の住むマンションへ訪れるのが遅れてしまった。

「――くそぉ、こんな時期にとんでもない出費だったなぁ…………って、あれ変だ。ベルを鳴らしているのに出てこない…………あれ、鍵かあいている」

 不審に思いつつ、冬弥が由綺の部屋に入ると、その奥から、中島みゆきの歌が流れてくるコトに気づいた。

 うらみまぁぁすぅ〜〜♪

「………………………………まずいっ(*_*;」

 冬弥はその時点で、事態が最悪の方向に進行しているコトに気づいた。恐る恐る部屋の奥へ進むと、居間で、MDコンポをまじまじと睨み付けている由綺が居た。

「………………冬弥君」

 まるで地獄の底から届いた怨念のような陰々滅々とした低い声だった。その時点で、冬弥は、バレた、と確信した。
 考えてみれば、アレでばれない方がおかしい。ここまで来る途中で、自分の顔をさしてくすくす笑う主婦の多いコト多いコト。

「…………観たよ」
「―――――――」
「………昨日の………『ブラックメイル』」

 べべーん(SE)。由綺はそう言うと、手に持っていたビデオのリモコンの再生スイッチを押した。
 ビデオと一緒に電源が入ったTVには、派手な装飾が施されたスタジオの中央にセッティングされた席に、正装した久品仏大志が座っている姿が映し出されていた。画面下に時刻を示すカウンターが出ていることから、どうやらこの映像はビデオで撮ったものらしい。
 
『こんばんわ、ブラックメイル(脅迫状)の時間がやって参りました!人気コーナー「フイルムを止めて」、今夜は、この方から参りましょう。――悠凪市の藤井冬弥さんです、それではスタートっ!』

 久品仏がそう言うと、画面下に、30,000円、と言う表示が現れ、まるでメーターのように1,000円単位で金額が上がり始める。
 それと同時に、急に画面が変わり、隠しカメラで撮影したと思しき、とあるマンションの一室で藤井冬弥が森川由綺のマネージャー、篠塚弥生と向かい合っている映像が映る。

『さぁ、藤井さん、この映像に見覚えがあるでしょう?これから映し出される出来事を可愛い恋人に知られる前に、とっとと電話し――あ、電話が入りました。早いですね、画面ストップ!……4万8千円でストップ。弥生さんが上着を脱いだところでした。電話の担当者が告げた口座へ画面上の金額をとっとと振り込むよーに』

 ブツンッ。由綺はビデオを止めると、冬弥のほうを向いた。
 泣いていた。

「…………冬弥君、ごめん」

 由綺が口にした「ごめん」という言葉は、奇しくも由綺が向いた途端、謝ろうとした冬弥のそれと重なった。

「由綺…………ど、どうしてキミが謝るの?」
「だって…………あたしがこういう仕事をしているから、冬弥君と一緒にいてあげられないから…………だから…………冬弥君を責める資格…………無い…………」
「そんなこと、ないっ!」

 堪りかねた冬弥は、泣き崩れる由綺の両肩を思わず掴み、悔しそうな顔でその泣き顔を見据えた。

「由綺っ!キミは何も悪くないっ!全部、俺が悪いんだっ!キミみたいな素敵な女性を愛し通せない、優柔不断な俺が、全部、悪いんだっ!!」
「…………冬弥君、えぐっ、えぐっ」

 由綺は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、ううん、と面を横に振った。

「…………いいの。だって、冬弥君が惹かれた女性が弥生さんなら、あたし、許せる」「由綺………………」
「弥生さん、冷たそうだけど、本当はいい人だし。そんな人が好きになる男の人を愛せた自分が、少し誇らしいの――――」

 次の瞬間、冬弥は由綺の身体を力一杯抱きしめていた。

「――莫迦ゆうな」
「冬弥君…………」
「…………これ以上、どんなに詫びてもキミの心を傷つけた罪は消えない。だからもう許してくれ、とは言わない。ただ、願わくば、本当に俺を許してくれるのなら、――――俺はもう、キミだけしか見つめない」
「冬弥君…………!」

 感極まった由綺も、冬弥の身体を抱きしめた。
 その時、手に持っていたリモコンのスイッチが入り、TVがついた。

『――――これは「ブラックメイル」始まって以来ですっ!!』

 ブラックメイル、という単語を耳にした途端、冬弥と由綺の身体が凍り付いた。
 TVの中では、久品仏がエキサイトしていた。

『今夜も、悠凪市の藤井冬弥さん宛のとっておきのネタがあったのに、未だに彼から連絡が来ないっ!良いのか藤井さん、あなたの大学にいる浮気相手の名前が公表されてしまいますよ、あと3秒っ!』

 一瞬、由綺のこめかみに怒りの四つ角が浮かび上がった。
 しかしその時点で冬弥は由綺への告白によるテンション上昇でハイになっていたコトもあり、すかさず、

「由綺、愛しているぞっ!!」

 といって力一杯由綺を抱きしめ、TVの声をごまかそうとした。
 みぃぃぃぃぃぃぃぃっ!TVからホイッスルの音が流れてきた。

『凄いぞ藤井っ!見上げた根性だっ!』

 興奮している久品仏は、懐からクラッカーを取り出し、ぱんっ!と鳴らした。

「…………冬弥君」

 訊いてくる由綺の声に、再び怨嗟の響きが混じり始めた。

「…………大学…………とゆうと、河島さん?それとも、美咲先輩?」
「……………………(汗)」
「…………言い訳しないの?」

 すると冬弥は由綺の髪をやさしく撫で、

「言ったろ?キミだけしか見つめない」

 その言葉に、由綺の顔を支配していた緊迫感がとろけた。

「…………信じて…………いいのね」
「ああ」
「…………うん。あたしの耳も、あなたの声しか聞かない」
『では、藤井さんの浮気相手の名前を発表しますっ!』
「……………………」
「…………由綺。しっかり、耳をそばだてているだろ」
「………………(*^_^*)そ、それはそれとして(汗)い、いいじゃない、聴くだけっ(汗)名前なんて、直ぐ忘れるわよっ(^_^;」
「はいはい」

 冬弥は苦笑した。TVから鳴り続けていた緊迫感をあおるドラムの音が同時に収まった。

『藤井さんの浮気相手のその名は、――「七瀬彰」さんっ!』

 由綺の部屋に、例えようもなく冷たい静寂が訪れた。

『うーん、男みたいな名前ですね』
「ってゆうか、男ぢゃん――冬弥」
「いやぁん(*^^*)」

 由綺から離れた冬弥はしなを作り、こういってごまかす。

「IT’s」

And Now……For Something Completely Different.

☆ここで「自由の鐘」のテーマソングが流れ、サイケなOPが続く。締めは、画面
中央にあるくまの頭が、画面上から出てきた、セイカクハンテンダケを食したヤン
キー初音の素足に踏みつぶされる。

 再び、画面は、「ブラックメイル」スタジオに。

「今夜は藤井さんという豪快さんから始まりましたっ、『ブラックメイル』!さぁて次は最近人気アップの視聴者投稿ちくりコーナー、『他人の不幸は密の味』っ!先ずは最初の葉書、石川県にお住まいの阿部貴之さん!『久品仏さん、兄貴って読んでも良――ビリッ!(葉書を破り捨てる音)…………さぁて、次の葉書!同じく石川県のA・Kさんっ!『うちの姉は、貧乳のクセに見栄を張って20センチもサバ読んでます。そのうち、タイが輸出禁止にした豊乳効果のあるクリーム、ガウクルアを密輸しかねません。更正させるのは今のうちと思い、姉の本当のバストの数字を公表したいと思います』…………うーん、これは武士の情けをかけたくなる酷い数値。わたしとてヒトの子、ここは具体的な数値は言わず、トップとアンダーに差は全くありません、と申しておきましょう。絶壁です、絶壁。もっとも、ここで改めて具体的な数値を言わなくても、既に公称の数値より20センチ減らせば本当の数字になるのですからね、柏木千鶴さんっ(笑)。さて次は、…………おっと奇遇ですね、この葉書は、今の柏木千鶴さんからの投稿だっ。『私の妹は、本当は「ガウクルア」で胸を大きくしたインチキ女です。証拠はありませんがきっとそう!こんな女に正義の鉄槌をっ』…………歪んでますねこの姉妹。そうゆうわけで柏木梓さん、あなたのお姉さんが当番組に投稿してきた誹謗中傷に、ちゃんと答えてあげましょうねっ!続いて、…………あら、また同じ住所だ。なになに、K・Kさん…………『あたしの妹は、高校に通っていますが、本当はS学生です』?別にいいんじゃないの、学力がついていけば飛び越し入学だって…………ふむふむ、『S学生のクセに、あたしの大切な人を寝取りました。こんな妹に正義の鉄槌をっ』…………流石、あの柏木家の姉妹ですね。そう言うわけで、柏木初音ちゃん、あまりマセたコトすると、お姉さんの楓さんが何しでかすか判りませんよっ!いやぁ、今夜のこのコーナーは図らずも石川県の柏木姉妹スペシャルになってしまいました。(笑)……………………ん?なんか、スタジオの気温が下がっていないか?――――どうした、おい、そこの――――誰?そこにいる人、お客さん?――え?森川――――――――(ぶつん)」

 ここで突然、映像が切れる。

<エンディング>

 再び、映像が戻る。すると、あれだけ派手だったスタジオは、見るも無惨に破壊し尽くされていた。至る所におびただしい血溜まりがあり、そこであったであろう殺戮が容易に想像できた。
 そこへ、画面脇から、ゆっくりと由綺が現れてきた。どういうわけか由綺、全身が血塗れ。自分の血ではなく、明らかに返り血である。

「諸般の都合により、今宵を持ちまして、『ブラックメイル』は終了させていただきます。……………………あー、すっとした」

 そういって由綺はカメラのほうへペコリ、とおじきするが、横で物音が聞こえると、すかさずそちらのほうへ振り向き、

「――――あなたも、彼氏を男に寝取られたあたしを莫迦にするのね。…………うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 由綺の笑顔は、目が笑っていなかった。よく見ると、由綺は腰にH&K−MP5アサルトマシンガンをつり下げていた。物音のほうへ振り向いた由綺はすかさずMP5のグリップを握りしめ、物音のほうへ発砲する。途端に断末魔の悲鳴が帰ってきた。

「…………ちぃ、ひとり逃がした。逃さないから。――それではみなさん、お休みなさい」

 ぺこり、とお辞儀すると由綺はポケットから取り出した一枚の紙をカメラに貼った。その紙に書かれてある文字は、

          「The End」

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