<序章>
娘は、嫁ぎ先の裏山の中腹に、小さな神社があるコトを知っていた。
親の縁談に素直に従ったのは、あの町に住むのが嫌だったからだった。
あの娘が住む町を。
顔を合わすのも嫌だった。
嫌いなんかじゃない。大切な、親友。笑顔の綺麗な娘。
親友の幸せな顔を見ていると、それを妬ましく思ってしまうかもしれない。――そんな事を考えてしまう自分
が、嫌なのだ。
だから、あの町から離れた、こんな山間の里に嫁いできた。
伴侶となる男は、とても笑顔の似合う、優しい人だった。親の縁談だったが、彼の笑顔が決め手だった。
ここなら、幸せになれる。きっと、幸せになれる。
幸せになるんだ。
だから娘は、この神社に、あの鏡を奉納しようと思った。娘はお堂の前に立ち、両手に持っていたこの鏡を中
に収めた。
志保は、お堂の中から問題の鏡をとりだし、訝しげにそれを見つめていた。
「…………本当に御利益あるのかしら?…………まぁ、話半分ってところね」
その場に浩之が居たら、お前のどの口がゆうか?とツッコミが来そうなセリフをつぶやき、ふむ、と言ってそ
を翳した。
「…………」
栗色の髪が秋風に靡く。鏡を見つめる少女の目は、どこか切なそうだった。
「………………ちゃんが、好きだ、っていってくれますように。
そう言って鏡は再びお堂に収められた。
第1話へ つづく