正調・幻相奇譚=序章= 投稿者: ARM(1475)
<序章>

 娘は、嫁ぎ先の裏山の中腹に、小さな神社があるコトを知っていた。
 親の縁談に素直に従ったのは、あの町に住むのが嫌だったからだった。
 あの娘が住む町を。
 顔を合わすのも嫌だった。
 嫌いなんかじゃない。大切な、親友。笑顔の綺麗な娘。
 親友の幸せな顔を見ていると、それを妬ましく思ってしまうかもしれない。――そんな事を考えてしまう自分
が、嫌なのだ。
 だから、あの町から離れた、こんな山間の里に嫁いできた。
 伴侶となる男は、とても笑顔の似合う、優しい人だった。親の縁談だったが、彼の笑顔が決め手だった。
 ここなら、幸せになれる。きっと、幸せになれる。
 幸せになるんだ。
 だから娘は、この神社に、あの鏡を奉納しようと思った。娘はお堂の前に立ち、両手に持っていたこの鏡を中
に収めた。


 志保は、お堂の中から問題の鏡をとりだし、訝しげにそれを見つめていた。

「…………本当に御利益あるのかしら?…………まぁ、話半分ってところね」

 その場に浩之が居たら、お前のどの口がゆうか?とツッコミが来そうなセリフをつぶやき、ふむ、と言ってそ
を翳した。


「…………」

 栗色の髪が秋風に靡く。鏡を見つめる少女の目は、どこか切なそうだった。

「………………ちゃんが、好きだ、っていってくれますように。

 そう言って鏡は再びお堂に収められた。

          第1話へ つづく

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