東鳩王マルマイマー第12話「鬼神の方舟」Bパート(その6) 投稿者: ARM(1475)
【承前】

 ゴルディが出動した時、浩之はTHコネクターの内部に居た。

「……各部コネクター反応異常なし。OK、だ」

 エーテル素子の海の中に入る時、浩之には溺れるという恐怖感はあったが、しか
し実際に入ってみるとただの空気と変わらず、拍子抜けした面もちで深呼吸して見
せた。

「藤田くん」

 THコネクターの前に、長瀬がやってきた。

「マルチとマルルンの整備は完了した。マルチはマスターボディなので、フュージ
ョンモードはOR――オリジナルモードに切り替えてくれ」
「判りました。――マルチ、フュージョンを」
『はい!』

 メンテナンスケイジに居るマルチが、元気よく答えた。

「マルルン!フュ――ジョン!!」

 マルチがそう叫ぶと、正面にいたマルルンがマルチに変形しながら飛びつく。マ
ルルンの頭部がマルチの胸部を覆い隠し、胴体部から腰部アーマーを引き出して装
着が完了した。
 フュージュンが完了すると、THコネクター内が活性化し、浩之の周囲はバーチ
ャルモニターで一杯になった。
 その時である。浩之の正面に、奇妙な人影が現れたのだ。

『……浩之さん』
「…………柏木…………千鶴……さん?」

 かつて初音が暴走した時に現れた、緑色に光る、全裸の千鶴が、再び浩之の前に
現れたのだ。千鶴は穏やかな面もちで浩之をじっと見据えていた。
 浩之はしばらく千鶴と向かい合った後、やがて溜息とともに、

「…………マルチの正体は、やはり貴女なんですか?」

 ところが、千鶴は首を横に振り、

『……私は、マルチを護る者』
「護る者?」

 当惑する浩之に、千鶴はゆっくりと面を縦に振り、

『…………浩之さん。マルチを大切にしてくださってありがとう。……マルチは不
幸な子でした』
「――不幸?どうして」

 驚く浩之に、千鶴は一瞬怯むが、やがて、ああ、と呟いてニコリと微笑んだ。

『……そう、ですよね。長瀬先生や、浩之さんや神岸さんから大切にされ愛されて
いるんですよね。…………あの子は決して不幸じゃない』

 そう言って千鶴は瞑った。気の所為か、浩之のそのまなじりに光るものが見えた
気がした。

「……千鶴さん。俺はてっきりマルチは貴女の生まれ変わりではないかと思い始め
ていたんだ。なのに、貴女は違うという。――本当のコトを教えてくれないか?」
『今は……言えません』
「どうして?!」
『貴方はまず、耕一さんに会わなければならない』
「耕一――」

 浩之はその名を知っていた。柏木耕一。しかし彼は8年も前に死んでいるハズと
初音から聞かされていた。

「…………彼は…………生きているのか?」

 千鶴は、こくん、と頷いた。

『耕一さんと貴方が出会うのは運命。そしてそれが、貴方と神岸さん、そしてマル
チを結ぶ大きな運命を知るコトでもあります』
「――あかり?――どうして、あかりが?」

 驚く浩之が千鶴に問いただそうとしたが、千鶴の姿が急に歪み始めた。

「お、おい――」
『私が――姿を維――きるのはあと僅――だか――ダ――リ――はや――クイーン
Jを――』
「お、おい――」

 浩之は思わず立ち上がったが、結局千鶴の映像はそこで終わってしまった。
 入れ替わるようにそこへ、アンダーウェア姿のマルチの姿が現れた。

「ご主人様、どうかされました?」

 立ち上がっている浩之を不安げに見るマルチに、浩之は、なんでもない、と答え
て席に着いた。

「……ご主人様、大丈夫ですか?」
「こら、マルチ」
「はい?」
「ご主人様は、やめろ、って言ったろ」
「あ…………」

 マルチは眼を丸めて口元に手を寄せた。そんなマルチを見て、浩之は手招きをし
た。恐る恐る近寄ってきたマルチに、浩之は、ふっ、と微笑み、頭を撫でた。

「浩之さん、って言え、って言ったろ?」
「はい…………」

 マルチは頬を赤らめて頷いた。

「……まぁいい。マルチ、新型のディバイジングシステムを使うコト、判っている
な?」
「はい」

 メンテナンスケイジにいるマルチは、手前に置かれた、どこから見てもジューサ
ーにしか見えない逆円錐形の物体を見た。これを予備知識なしに見て、まさか透明
のケースの中に見えるミキサー刃が、垂直面に空間湾曲を発生させる新型ディバイ
ジングツールであると、誰が判ろうか。

「……英国の来栖川工業と業務締結しているカシナート・ディメンジョンインダス
トリーと協同開発された、『カシナート・ドライバー』を、マルーマシンと一緒に
放出するから取り洩れるなよ」
「はい、浩之さんっ!」
「よぉし、いい子だ」

 ニコリと笑う浩之は、撫でていたその手でマルチの頭を引き寄せ、優しく抱きし
めた。仮想空間で実際には物理的接触はないが、電脳連結によって仮想接触を可能
にしている。浩之もマルチも、互いの仮初めの感触を実感していた。
 突然、THコネクターが激しく揺れ始めたのはそんな時だった。

「な、何だ?」
『強力な重力波を検出――特異点が開かれるぞ!』

 長瀬から通信が入った。

「どういうコトだ、主査?」
『どうやら、あちら側から再びアレスティング・レプリション・フィールドを形成
されようとしているらしい』
「ARF?マルチ以外に誰が?」
『キングヨークだろう』
「「キングヨーク?」」


 再び、三次元。閉ざされたARFの特異点に、キングヨークの照準が重なった。

「Jクォース・シューティングフォーメーション、モードL!」
「了解!」

 キングヨークの管制を務める琴音からの指示を受け、隣のトレースコクピットに
立つ葵が大きく腕を振りかぶった。

「ジェイ・クォ――――スっ!!」

 葵の腕の動きと同調して上に持ち上がっていた、過剰エネルギーによってプラズ
マが放電していたキングヨークの両腕が、ゆっくりと下がり、正面で十字に組み重
なった。すると、重なった箇所から凄まじい放電が広がるや、巨大な光線が特異点
めがけて放たれたのである。


「…………まるでウルトラマンのスペシュウム光線だな」
「のんきなコト言わないっ!」

 新宿西口公園の手前に止まっている、ヤマハV−MAXに跨りながら間近で仰天
の光景を観ていたフルフェイスメットの男に、志保の叱咤が浴びせられた。

「黙示はそう遠くへは行ってないんです!早く見つけないと――」
「目処はついて居るんだろう?」

 フルフェイスの男が、バイザーを開けながら志保に訊く。志保は、ええ、まぁ、
とおざなりに返答した。

「それでこそ、日本国において代々諜報能力に長けた長岡一族の女というもの」
「茶化さないでください、室長……!」

 困ったふうな顔をする志保に、浩之の父、藤田内閣調査室室長はメット越しに意
地悪そうに笑った。

「で、何処へ行った?」

 藤田室長が訊くと、志保はまるで風を測るように徐ろに右手を挙げ、しばしその
体勢を維持する。やがて、うん、と頷くと、ある方向を指した。
 そして、少し不機嫌そうな顔をして、

「……やられました。さっきいた場所に戻ってます」
「そうか――」

 藤田室長は暫し俯き、ふむ、と呟いた。

「……ただのフェイクとは思えんな」
「――多分」

 志保は、黙示が去る時の言葉を想い出した。
 この落とし前は必ずつける、と。

「どうする?」
「あとはあたしに任せてください」
「判った」

 藤田室長は、にっ、と笑ってみせると、後部座席に置いてあったギターケースを
つかみ取り、志保に投げ渡した。

「……『これ』使うの、久しぶりかしら」
「相手はもはや『静かなる黙示』だけではないからな。――気をつけろ」
「大丈〜〜夫、任せてください!これさえあれば鬼に金棒、ガオガイガーにゴルデ
ィオンハンマー!」

 にやり、と笑ってみせる志保は、ギターケースを背負い、室長にVサインを突き
出すと、新都庁舎目指して走り出した。


 志保が新都庁舎を目指した頃、キングヨークのJクォースが命中した特異点が再
び空間湾曲を開始した。見る見るうちに広がっていくARFの下から、浩之たちが
落ち込んでいる並列空間が顔を覗かせていた。

 それを、新都庁舎の展望台から見下ろしている人影があった。

「……ここまで計画通りだと、却って不気味だな――そう思うだろう、黙示君?」

 ワイズマンが振り返ると、展望台の入り口をゆっくりと潜る黙示政樹の姿があっ
た。

「……ワイズマン。貴様は、殺す!」

 いつもの茫洋とした雰囲気はそこにはなかった。伊達眼鏡を外した黙示の凄まじ
い殺気が、不敵な笑みを浮かべるワイズマンに吹き付けられていた。
 そんな時、突然、ビルが激しく揺れ始めた。

「な――――?!」
「――これからがクライマックスなのだよ。――人類の鬼界昇華を統べる、鬼界創
神の復活だ!」


 空間湾曲の底では、恐るべき事態が起こっていた。
 最初に気づいたのは、TH壱式の下にいたゴルディだった。EI−08に何か不
穏な動きが見られた場合、即座に攻撃しようとやってきたのだが、突然のARF発
生に怯んだその時、いままで漂っていたEI−08がいきなり動きだし、なんと真
下にあるエクストラヨーク目指して飛んでいったのである。

「く、くそっ!!」

 驚いたゴルディはバーニアに火を入れ、その後を速射破壊砲を連射しながら追い
かけた。EI−08はいざという時の為にパワーを溜めていたらしく、ゴルディの
攻撃を易々と交わしていく。やがてエクストラヨークの表面に到達すると、無数の
触手をその表面に突き立て、放電を開始したのである。

「こ――この野郎っ!エクストラヨークに充電していやがるっ!!――げっ!!」

 ゴルディが驚愕の声を上げたのは、奇しくも、TH壱式艦橋から下の異変に気づ
いて伺っていた長瀬たちのそれと同時であった。

「エクストラヨークよりエネルギー反応増大――このままではヤツが再起動――い
や、再起動開始しましたっ!!」

 エクストラヨークを観測していたTH壱式オペレーターの宮沢女史がたまらず悲
鳴を上げた。

「うおっ!!」

 エクストラヨーク目がけて速射破壊砲を撃ち続けていたゴルディが、突然動き出
したエクストラヨークの巨影に思わず怯む。スピードを一気に上げて突進してくる
エクストラヨークをよけようとしたその時、足に風閂が絡まり、身動きがとれなく
なってしまう。絶叫するゴルディの姿は、接近してきたエクストラヨークの巨大な
身体に一瞬に飲み込まれてしまった。

「エクストラヨーク接近っ!――うわっ!!」

 急速浮上を始めたエクストラヨークは、TH壱式に激突する。だがTH壱式を狙
っていたワケではないらしく、TH壱式が張っているプロテクトシェイドを削るよ
うにそばを通り抜け、開放されているARF目がけて飛んでいった。

「こ、ここから逃げる気だっ!」

 バリアリーフ基地のあかりたちも、開放されたARFの中で何かただならぬ事態
が起きているコトに気づき始めていた。

『……ARF内部より、高エネルギー反応を確認。これは、TH壱式でもマルマイ
マーの出力とも違う――比べものにならない大きさだ!』

 TH参式艦橋から、多次元コンピューター・フォロンを使って開放されたARF
内部を調査していたミスタは、この異常事態に動揺していた。

「この出力は――キングヨークと同等――――まさか、あの中にっ!?」

 TH参式の観測データが異常を示し、様子をうかがっていたメインオーダールー
ムのあかりたちにも動揺が広がり始めていた。
 だが、その中でひとり冷静さを保っていた<レミィ>が、あかりの居る管制席に
ある、マルマイマーのファイナルフュージョン要求アラームの点灯に気がついてい
た。

「――あかり。マルチたちから連絡よっ!」
「え?――あ、本当だっ!マルチちゃん、浩之ちゃん!!」
「駄目よ。通信回線は回復していない。THライドからの超空間マイクロウェーブ
通信だから、あの次元の底からなんとか送信出来ているみたい。――綾香!」
「判っているっ!――待っていたわよ、ファイナルフュージョン、承認っ!」
            エピローグへ つづく