東鳩王マルマイマー第12話「鬼神の方舟」Bパート(その5) 投稿者: ARM(1475)
【承前】

 再び、三次元の日本・新宿上空。
 新都庁舎近くの甲州街道上にいる超龍姫と、システムチェンジを完了させた霧風
丸の作戦準備を行っている姿を、弾丸TH六号――キングヨークの艦橋の正面大モ
ニターが映し出していた。

「葵。トレーサーシステムの準備は良い?」
「こっちはOKよ琴音。芹香さん――いえ、隊長、大丈夫ですか?」

 葵と琴音の後方にある司令席に居る、黒のコネクタースーツに身を包んだ芹香が、
こくん、と頷いてみせた。
 そこへ、大モニター上に生じたウインドウ画面に、あかりの顔が映し出された。

「特戦隊、準備は良いですか?」
「こちらはOKです。――機動戦形態へ移行、戦闘艦橋へ変更します」

 琴音はそう答えると、正面にある大きなハンドルを掴んで右に回す。ハンドルの
根本にある巡航と表示されていたパネルが、ハンドルの動きに合わせてスライド回
転し、機動戦という表示が現れた。その途端、琴音が座っていた座席がせり上がる。
そして琴音が使用していたコンソールパネルがゆっくりと変形展開し、琴音を挟む
ように左右に移動した。すると、がら空きになっている琴音の正面の空間にたくさ
んのホログラム・スクリーンが現れた。
 それは琴音ばかりでなく、隣にいる葵の席も同様な変形を始めた。葵の場合、両
手を球形のハンドルに差し込んだまま、座席自体も垂直に変形し、果たして左右に
コンソールパネルを配した状態でその場に立った。
 二人の座席が変形を完了した時、あかりが映し出されているウインドウの横に、
今度は、どこか辛そうな面もちの綾香が映るウインドウが現れた。

「綾香さん……」
『葵、姫川さん、ご苦労様です。――姉さん』

 綾香の当惑は、葵と琴音を底辺とする正三角形の頂点に配する姉の存在にあった。

『……本来なら……そこにはあたしが座るべきなのに……』

 唇を軽く噛む綾香を、芹香はいつものように茫洋とした面もちで見つめていた。

『……え?「気にしなくて良い」?――そんな』

 すると芹香は、こくん、と頷き、

『……これは私の仕事ですから?――姉さんには、争い事は似合わないわ。柳川さ
んだって――大丈夫?何、言っているよ、あの突っ慳貪が、芹香姉さんだけには心
を開いている理由、判っているの?』

 綾香にそう言われた時、芹香は少し困ったような顔ではにかみ、

『……わたしだって、大好きな人達を護りたいから?――違う。姉さんは、護られ
るべき人なの。――そんなコト無い?――姉さんは優しすぎるのよ!そんな人が、
傷つき、傷つけ合う争い事なんかしちゃ駄目なのよ!!』

 綾香は我を忘れて、声を張り上げていた。
 葵は、こんな綾香を見るのは初めてであった。確かに熱血漢の気はあるが、どん
なときでも冷静さだけは失わない強さを秘めた、静かなる炎という印象を葵は持っ
ていた。だがやはり、肉親相手では流石に冷静でいられるハズもないのだ。葵は失
望どころか、また一つ綾香が好きになった。

「長官」

 当惑している綾香に、ホログラムスクリーンに映し出されていた情報の管制制御
作業を行っていた琴音が呼びかけた。

「隊長――いえ、芹香さんは、部下である私たちの目から見ても、たとえどんな相
手であろうとも、おっしゃるとおり争い事が似合う方ではありません」
「琴音――」

 琴音の発言に驚いた葵が話に割って入ろうとしたが、琴音は、待って、葵に手を
突き出してそれを制する。

「――だけど、どんなに優しい人だって、絶対に護りたい人が居る。その想いは、
決して誰にも否定できない――否定してはいけないコトなのです」

 そして、ふっ、と見せた琴音の笑顔に、葵も綾香も、何も言えなかった。

「…………だから、葵や私たちが、芹香さんの護りたい想いの力になる。私たちに
とっても、芹香さんは護りたい人だから――――だから、私たちは、闘うコトを決
意したのです!」
『姫川さん…………』
「闘いコトは――――」

 琴音の言葉に高揚した葵が、堪えきれずに口を開いた。

「――争うコトは決して、忌まわしいコトではありません。――だってわたしは、
綾香さん、貴女にあこがれ――貴女を越えたい為に格闘の道を選んだんですよ!」
『葵…………』

 無意識にであろう、おもむろに両拳を胸元に上げていた葵は、拳をぎゅっと握り
しめると、にこり、と満足げに微笑んだ。

「……想いは…………強さになるンです!」
『だから、優しい人は、闘える。――マルチちゃんたちのように』

 葵の言葉を継いだのは、もう一つのウインドウに映っていたあかりだった。
 芹香は、あかりの言葉に、こくん、と頷いた。照れているようで、それでいて、
誇らしげな笑みが、ゆっくりと上下に揺れた。

「綾香」

 キングヨーク艦橋とつなぐモニターをじっと見つめていた綾香の後方から、TH
コネクターの中にいる初音が声をかけた。

「力を強さとしない者――それが、勇者よ」
「勇者は、誰にでも資格はある」

 <レミィ>がキーを打ち続けながら、ふっ、と微笑んで言って見せた。
 綾香は暫し俯いていた。やがてゆっくりと面を上げると、気合いを入れるためか、
両掌で自分の頬を、パシン!と叩いて見せた。

「……まったく。どいつもこいつも、…………熱いんだから」
『クソ熱い総元締めが、どの口でゆうセリフや?』

 TH弐式の艦橋から、智子が揶揄してきた。綾香は、莫迦、と小声で言い返した。

「――――判りました。特戦隊キングヨーク隊長来栖川芹香。メガ・フュージュン
・プログラム、発動承認っ!!」


「――なんだと?」

 JR新宿駅南口前に居た柳川は、新都庁舎の上空で、弾丸型の飛行物体がゆっく
りと変形していく姿を唖然としてみていた。

「メガ・フュージュン・プログラムが完成していたのか?――芹香」

 キングヨーク艦橋内は、赤い光に包まれていた。メガ・フュージョンが綾香によっ
て承認された直後、琴音たちの席と同じように展開変形している司令席の中で、芹
香の身体が、ふわり、と宙に浮き、座席の背後にあった巨大なTHコネクター内に
吸い込まれると、THコネクターが爆発したように赤く光り輝いたのである。
 しかしこの輝きは、制御不能となったTHライドの暴走時のモノとは別の色をし
ていた。よく見れば赤い光の中には、緑色や青色、黄色も混じっており――虹の7
色で構成された輝きをしていたのである。中央に芹香を配するその光景は、さなが
ら虹色の万華鏡の世界であった。

「……あれが、オリジナルのTHコネクター、か」

 メインオーダールームに設置されている、緑色に輝くTHコネクターの中にいた
初音は、巨大な万華鏡の世界に漂う芹香を陶然とした面もちで見つめていた。初音
が入っているTHコネクターと比較すると、芹香が入っているそれは倍以上もあっ
た。これこそ、人類原種が銀河を渉る<方舟>「ヨーク」を操縦するために開発し
た、感応操縦制御システムのオリジナルであった。
 初音は、このオリジナルTHコネクターを見ていて、どこか懐かしい気がしてい
た。前世で、初音、いや、リネットがその中に入り、人類によって改修される前の
オリジナルヨークを操縦していたのだから、無理もない。

「「キングヨーク!フィギュアモード・システムチェンジっ!!」」

 琴音と葵が声をそろえて叫ぶと、弾丸型のキングヨークが変形を開始した。まず、
両側面の装甲が開くが、その先からそれぞれ五本の指が出てくると、それが巨大な
腕部であるコトが判った。そして艦体の後部が左回りに180度回転しながら装甲
部が展開し、二つに分かれた推進部が地面のほうへ向くと、鳥の足に似て膝が後方
を向いていたが、それが人の足に当たる部分へ変形したモノだと言うコトが判った。
 やがて、艦体の前部が持ち上がり、足を生やした後部が下へスライドしながら艦
橋部を挟み込み、人の身体で言う腹部へ収納するような形で上下に積み重なる。ま
さに人型だ。――いや、人型と呼ぶにしては、異形なシルエットを持っていた。
 人の首にあたる頂部から現れた頭部が、その異形さに適した形容を、それを目撃
している人々の脳裏によみがえらせた。――鬼だ。いや、映画の「プレデター」に
出てきた、下顎から巨大な牙を生やした頭部が出現した瞬間、それを目撃した人々
は、まるで巨大ロボットアニメの世界だと驚きや苦笑ばかりで、流石にその正体を
知らぬ者の中で、人類最強の兵器の出現を確信した者は皆無だった。

「葵。トレーサーの調子は?」
「大丈夫。リバーサーも無いわ」

 そう言って葵が右腕を上げると、フィギュアモードのキングヨークも全く同じ動
作で右腕を上げた。電脳連結システムを応用し、パイロットの動きをトレース出来
る操作システムを採用しているのだ。これにより、葵の優れた格闘能力をそのまま
キングヨークに反映させることが出来るのである。
 そして隣にいる琴音は、艦全体の管制制御を務めるコ・パイロットであった。無
数にある管制制御システムを、物体を持ち上げる強大な念動力を保有する琴音の精
神感応(サイキック)能力をフルに活用し、大量の情報を同時に、常人よりも高速
の反応で処理出来るのである。
 そして、THコネクターに入っている芹香は、保有する魔導力を開放し、人の身
でありながら、人類原種製の巨大なTHコネクターを制御する役目を持っていた。
魔導力と呼ばれるそれは、しかし決して神懸かりな力ではなく、我々の世界に存在
する法則のらち外の力――言うなれば、異界のエネルギーなのである。それが我々
の世界に取り込まれるコトで、森羅万象の理を司る絶対法則を変革させ、膨大なエ
ネルギーを得ているのである。いわば、芹香の存在は、キングヨークが使用するす
べてのパワーに対する生きた触媒なのだ。
 この優れた才能を持つ三人の力を結集するコトで、人類の人知を越えた技術の塊
であるキングヨークの運用を可能としているのである。そんな途方もない力を、彼
女たちは臆するコトなく動かそうとしている。
 たったひとつの、想いの為に。――護りたい人が居るから。

「……え?」

 琴音は、芹香が何かを呟いたコトに気づいて振り返った。

「…………そうですね。――藤田先輩たち、絶対、助け出しましょう!」

 葵が活を入れるように、元気よく言ってガッツポーズをとった。

「葵、いきます――『Jクォース』エネルギーチャージ開始。右腕部ブロゥクンエ
ネルギー開放、左腕部ディバイジングエネルギー開放――ロクマル出力まで、あと
コンマ83。40よりカウント開始」
「了解。――Jクォース・フォーメーション!!」

 葵は、人型のシルエットを持つモノにしては、かなり長めな腕部を持ち上げた。
腕部には大量のエネルギーが流れているらしく、所々放電を始めていた。


 再び、並列空間上のTH壱式へ舞台が移る。
 MMM技術主任である観月は、TH壱式内にあるメンテナンスケイジの中で、設
備のチェックを行っていた。

「……ふぅ。SDQ−DR2−JKも無傷でよかった。超龍姫のいざという時、こ
れが無ければ大変なことになるからな……」

 頭に包帯を巻いている観月は安堵の息を吐くと、背中にコウモリのような翼を生
やした奇妙な形状をした人型の機械が納められている保管ベットのふたを閉めた。

「……ん?」

 ふと、観月は、今まで自分の後ろにいたゴルディアームが黙り込んでいるコトに
気づき、振り返った。

「どうしたんだ、ゴルディ?」
「……解せん」

 ゴルディアームは、パイプ椅子の上にあぐらを組み、腕を持て余したまま、TH
壱式中央コンピューターとつながってるアナライザーのコンソールパネルを睨んで
いた。

「特異点の存在、な、――あら、しのぶ姉さんの風閂だってコトは判る。――それ
が、どれと繋がっているか、解せんのや」
「――――」
「おいらでもマルチ姉さんでも美紅部長でも、このTH壱式でもない。――どの、
THライドと繋がっとるンか、や」
「…………やはり、ヤツか」

 TH壱式に帰還したゴルディアームが、EI−08とEI−01とおぼしき物体
に対する観測データから特異点が発見されてから、すでに長瀬たちは、風閂と同じ
直径の特異点が、しのぶの風閂がEI−08と繋がっているためのTHライドの干
渉現象によって生じたモノだと推論済みであった。ゴルディはその推論が正しいか
どうか、今まで壱式のコンピューターを利用して並列演算処理を行っていたのであ
る。果たしてそれは正解であった。
 ふむ、と観月が小首を傾げると、ゴルディアームは椅子から飛び降り、つかつか
とメンテナンスケイジから出ていこうとする。

「お、おい――」
「このまま、マルチ姉さんが特異点を使ってARFをこしらえても、あのヘタレが
このまま黙っとるとはとても思えン」
「まさか、おまえ――」
「ちょっと撫でてくるだけや。心配あらへん。姉さんたちにはとっととARFこし
らえて、こんな辛気くさい所から出ていってもらうわ」

 ゴルディアームは観月に一瞥もくれずにそう言ってメンテナンスケイジから出て
行った。

「ちょ、ちょっとまて、こら」

 観月は出ていくゴルディアームを呼び止めながら、ふと、側にあるテーブルの上
に置いてあったトランクを見つけるとそれをひったくるように掴み、ゴルディの後
を追った。

「とめてくれるなおっかさん」
「誰がおっかさんじゃ。――コイツを持って行け」

 そう言って観月はトランクを開けた。
 その中には、以前、アルトに装備されていた速射破壊砲が入っていた。

「超龍姫のオプション用に強化改良していたモノだ。マイクロウェーブによる新方
式の強制冷却システムを組み込んであるから、連射も可能になっている」
「観月主任…………」

 観月のほうを向いて佇むゴルディアームに、観月は、にっ、と笑い、新型速射破
壊砲を取り出してそれを手渡した。

「……まったく、お前さんの落ち着かない所は、あの保科参謀にそっくりだな。―
―いいか、これは参謀の代理としていっておく。必ず生還しろ。そして、保科参謀
にちゃんとスジを通せよ」
「ンなコト、判ってらぁ。――観月主任、了解した」

 ゴルディアームは観月に敬礼すると、速射破壊砲を担いで走り去った。

 艦橋にいた浩之たちが、左舷の気密室から飛び出す光を見つけたちょうどその時、
観月が艦橋に戻ってきて、ゴルディが出撃した旨を伝えた。

 ゴルディアームはTH壱式の艦底をなめるように飛行し、その下にいるEI−0
8と、直ぐ下にいるエクストラヨークに近付いていく。その途中で、EI−08に
向かって延びる超極細の綱糸をセンサーで見つけた。

「やっぱりかい。――ん?」

 ゴルディアームのセンサーは、次に頭上に、もの凄いエネルギー反応を観測して
いた。

「――――?!特異点から、ブロゥクンエネルギーとディバイジングエネルギーの
重合反応だと?」
               Bパート(その6)へ続く

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