東鳩王マルマイマー・第12話「鬼神の方舟(Aパート:その3)」 投稿者: ARM(1475)
【承前】

『――それでこそ、マルチ姉さんのご主人や』

 艦橋のスピーカーから、奇妙な関西弁が聞こえてきたのは、そんな時だった。

「今の声――」
「主査、左舷気密室からの通信です」

 オペレーターの言葉に、長瀬は、はぁ、と呆れ気味に溜息を吐き、そしてマイクを手にとって、

「……こらこら、ゴルディアーム。勝手にメンテナンスケイジから離れるな」
『――なにゆぅてけつかるねン!』

 スピーカーから響く怒鳴り声に、浩之たちは当惑してしまう。

「……なんつー怪しい方言だ(汗)」
「AIで使用している言語ロムは急ごしらえだったからなぁ」

 浩之の隣にいた観月も呆れ顔で言った。

「ところで、なんで関西弁なの?――かなり怪しいけど(汗)」
「AIのモデルが、保科参謀の人格をコピーしているからだよ」

 応えたのは長瀬だった。

「保科の……って?」
「知っての通り、THライドを装備するこころを持ったロボットを作るには、THライドを臨界点にまで暴走さ
せる必要がある。しかし暴走するTHライドを止めるには、マルマイマーのヘル・アンド・ヘヴンしかない。だ
が現状はそれは不可能なコト。従って、新しくこころをもった勇者ロボを作るには、こころを作るのではなく、
こころをコピーするしかないのだ。それで、思考や行動パターンをトレスしてデジタイズ化し、それをAIとし
て構成した、AI型の第2号勇者ロボが、コードナンバーMMM−GTMF893、ゴルディアームなのだ。保
科参謀の思考パターンを使用したのは、今言った問題に始まる開発面に時間をかけられなかったコトと、ペンタ
ゴンの現役参謀たちにも高く評価された卓越した戦術技能の根源である、彼女の冷静な判断力が、マルマイマー
最強のGツールたるあいつにはどうしても必要だったからだ」

 あ!藤田くん、うちのたこ焼き、勝手に喰ったなっ!――なによ、そこにおいてあるのが悪い?――なにゆー
てん!食いモンの恨みはおそろしいんやでぇぇぇ!!

「……ん?藤田君、どーした、そこで疲れたようにがっくりと肩を落として?」

 浩之は、先日メインオーダールームで智子が買ってきたたこ焼きを勝手に食ってしまったときの、智子の逆上
ぶりを想い返し、あいつのどこが冷静やん、と壁に向かって嘆息した。

『おらっ!コトは一刻を争うンや!とっとと開けンと、ぶち破るで!』
「主査、どうしましょう?」

 困惑するオペレーターに訊かれ、長瀬は腕を持て余し、ううむ、と首を傾げた。

「……うむ。考えてみれば確かにこの状況は、ゴルディの性能ならではだな。よかろう、外壁ハッチを開けてや
れ。――ゴルディ。プロテクトシェイドの外は計測しきれない高圧力が掛かっている可能性がある。『WAサー
キット』を全開にしたまえ」
『おっしゃあっ!了解ぃっ!』

 威勢のいい返事がスピーカーから届くと同時に、左舷気密室の近くと思しき位置からオレンジ色の光が飛び出
していった。

「今、見えたあのオレンジ色のヤツが?」

 艦橋から見ていた浩之に、長瀬が頷いて見せた。

「ああ。あいつの全身には、システムチェンジ時の姿勢制御用アポジモーターが合計64基内蔵されている。宇
宙空間でも使用可能に設計してあるから、こんな船外活動には一番適したヤツと言える」
「ところで……」
「ん?」
「今、ダブル・エー……サーキット、って言ってたよね」
「?知らないのか?」
「……いや、話には聞いていたけど……」
「WA(ダブル・エー)サーキット――THライド用Without−Activ−ater(無限活性化)回
路の略称だ。THライドを効率よく稼働させるために開発した、人類製のオリジナルTHライドともいうべきも
ので、THライドと併用して使用するコトでその出力は一気に向上する新発明だ」
『壱式の絶対プロテクシェイド圏、突破するで!』

 スピーカーからゴルディアームの声が聞こえた途端、マルチが漂っている方向で閃光が炸裂した。
 続いて、ゴルディアームのうめき声が聞こえた。

「ゴルディに内蔵されているアナライザーから、外部圧力の数値が判明しました。――15600tppm!?
木星内中心近辺の圧力に相当します!」

 オペレーターの驚愕する声に、観月は深い溜息を吐いた。そして浩之と長瀬がいるほうへ複雑そうな面を向け、

「……彼がプロテクトシェイドを発動させてくれなかったら、この壱式は次元崩落を乗り切っても潰されていた
な。万全を期して、艦橋の防御ガードは降ろしたほうが良い」
「了解」

 観月の指示を受けたオペレーターの操作により、艦橋のガラスの上をチタニウム複合金製の防御ガードが滑り
降りる。以降は、外部カメラを使用し、艦橋内正面にあるメインスクリーンで外界をチェックするコトになる。
 一瞬、防御ガードが閉まった艦橋内が暗くなり、メインスクリーンに外部の状況が映し出された。

「……凄え。ゴルディアーム、平気でこの高圧力の宇宙を突っ切っている」
「あれは一番最後に作られた勇者ロボだからな。マルチたちのデータからTHライドを効率よく使用できるデー
タを得られたそのすべてを注ぎ込んだ。何より、ヤツはマルマイマー最強のGツールとして造り上げた」
「最強のGツール……」

 浩之はそれがどのようなものか、一応聞いていた。
 〈リズエルの遺産〉。
 リズエルがリネットを介して次郎衛門に与え、雨月山のエルクゥたちを一瞬にして殲滅させた最強の武具。
 雨月寺に大切に保管されていた、リネットがリズエルから預かっていたメモリバンクから復元させた、仰天驚
愕最強武器であるということを。

「そろそろ、だな」

 長瀬がそう呟いたちょうどその時、ゴルディアームは、プロテクトシェイドを張っているマルマイマーの元に
無事辿り着いた。

『――――主査っ!た、大変だぁっ!!』

 長瀬が思わず目を向いたのは、最高のスタッフが自信を持って、冷静沈着なように設計されたAIの持ち主で
あるゴルディの狼狽する声を聞いただけではなかった。
 長瀬ばかりか、艦橋内でゴルディアームに内蔵されているアナライザーから光学式通信で送られてきた、マル
マイマーの姿を映し出しているメインスクリーンを観ていた一同も、声を無くしていた。
 ただ一人、浩之だけが、他の者と違う驚愕の色をみせていた。

「…………な……なんで…………マルチが……二人居るんだ?」

 ゴルディアームの正面にあるプロテクトシェイド圏内では、ボロボロになって壊れているマルマイマーと、マ
ルマイマーが辛うじて抱えているEI−08の核であったメイドロボット、そして――その二人を包み込むよう
に両腕を広げ、エメラルド色に光り輝いている、マルチにそっくりな素体のメイドロボットがいた。

「…………これは……奇跡か…………あれは――マスターボディだ!!」

 長瀬は我を忘れてメインスクリーンに映し出されているもう一人のマルチを指して叫んだ。

「……ミスタが、いや祐介が『爆弾』の力を解放し、月島瑠璃子を取り込んで暴走したエクストラヨークを破壊
すべく起こした次元崩落現象でいっしょに破壊されてしまったハズのマスターボディが――――THライドも外
されてプロテクトシェイドなど使えない素体がまさかどうしてこんなところに?!――――」

 長瀬は打ち震えながらいうが、やがて彼の脳裏に何か閃くモノがあったのか、ゆっくりと、どこか諦めたよう
な顔になった。

「……いや。流石は、〈リズエルの遺産〉というべきか」
「〈リズエルの遺産〉……って、GツールやTHライドのコトだろ?」

 浩之が不思議そうに訊くと、長瀬は首を横に振った。

「……マルチのマスターボディは、正確には我々が造り上げたモノではない。あれは、かつてリズエルが次郎衛
門とともに、暴走する同胞を葬り去るために造り出したリズエルの鎧。――雨月寺にGツールとともに秘密裏に
保管されていたそれを、我々がリストアし直したものだ」
「――――」

 浩之は絶句した。

「……暴走する同胞を嘆いたリズエルは自らの魂をTHライドに移し、マルマイマーとなって、最後の討伐戦で
苦戦していた次郎衛門を助けた。それが、雨月山鬼伝説での次郎衛門譚の真相だ」
「なん……と……」


 野原に、光が立ち上っていた。
 すべては、鬼たちの命の光。
 すべては、慄然としている若き侍が手にしている、黄金色の巨鎚の仕業。
 若き侍は、その巨鎚の所業に恐怖し、凍り付いていた。
 その隣には、異形の鎧に身を包んだ緑色の髪をもつ少女と、長い朱塗りの六角棒を手にした長い黒髪を持った
巫女が立っていた。
 向こうには、地に膝を突いて泣き崩れている、この星でひとりぼっちになってしまった鬼の娘がいた。

 ……逝くのか。
 ああ。この身では長く保たない。――我らエルクゥは、汝らと違い、オゾムパルスを持てない。――私の意識
はやがて浄解され、このTHライドの中に充満するオゾムパルスと完全に熔けてしまう。――後悔はせぬ。

 異形の鎧をまとっている緑の少女は、若き侍と、共に闘った巫女と、そして最愛の妹に微笑んで見せた。

 ダリエリが同胞をすべてTHライドに導いてくれた。――これで私も含め、みんな、こころをもったひと、に、
なれるから。――ジローエモン、キョウカ。――リネット、そして人類の未来を、頼むぞ。


 マルチのマスターボディを見つけて呆気にとられていた者達の中で、最初にそれに触れる資格を持っていた者
は、ゴルディアームであった。
 ゴルディアームは、マスターボディに郷愁感のような不思議な想いを抱いていた。自分はこのボディの直ぐそ
ばに居なければならない、そんな強迫観念に近い逸る想いが、マルマイマーのプロテクトシェイド圏を造り出し
ている位相空間を急いで中和侵食し突破した。

「マルチ姉さん”たち”!いま、おいらが助けて――?」

 ゴルディアームが差し出した右手を突然掴んだのは、二人のマルチではなかった。

「……あなた……Gツールのゴルディアーム……ね」
「な――なんや、この姉(あね)さん!?人間――いや、この反応は――姉さんもメイドロボットか――EI−
08の核になっていた方かい?姉さんも、自我を得られたんやな」
「あたしの名は、ミク」

 ミクと名乗ったメイドロボットは、今まで俯いていた顔をゆっくりと起こし、

「……ゴルディ。TH壱式の下の方をよく見なさい」
「は?」
「いいから、見なさい」

 不承不承、ゴルディアームは後方を振り返った。どうしてか判らないが、このミクと名乗るメイドロボットの
言葉にはどうしても逆らえない気がした。
 ミクの指示に従って振り返ったゴルディアームは、絶句した。

 それは、ゴルディアームから送られるモニタ映像が映し出されているメインスクリーンを観ていた浩之たちも
同様だった。
 ゴルディアームが見ているその光景を目撃した者達は、全員、これ以上何があっても驚かないぞと揃って思っ
ていた。
 そして、戦慄していた。

 巨大な黒い影が、TH壱式の下方にいた。
 途方もなく、でかい。
 ゴルディアームのアナライザーは、それが最大4000メートルにも及ぶ、巨大な質量を持った鋼鉄製の物体
であると確認した。

 それを形容するのに、たとえ陳腐と言われようとも、それ以上のものはなかろう。
 即ち――。

「あ…………悪魔?」
「否」

 それを否定したのは、ミクであった。

「あれは、エクストラヨーク。――元は30メートルしかなかったやつが、この空間に存在している鉱物やエネ
ルギーを取り込みながら、あそこまで巨大化していったものよ」
「なんで、そないなコトを知っているンや、姉さん?」
「マルチのマスターボディが、3年間、ここで見張っていたそうよ」
「へ?」

 ゴルディアームはゴーグルバイザーを開け、眼鏡のような大きな両目をマスターボディのマルチに向けた。
 途端に、凄まじい情報量がゴルディアームの中へ入り込んできた。ゴルディアームは溜まらず呻いた。

「な、なんやこれは――」
「大丈夫。あなたのメモリーバンクへ、マスターボディが情報を送信しているだけ。直ぐ済むわ。――それにし
ても凄いわ、THライド無しでも稼働するなんて。流石は〈リズエルの遺産〉」
「――終わった」

 ゴルディアームはほっと胸をなで下ろし、

「……しっかしなぁ。なして目覚めたばかりの姉さんが、おいらのコトを筆頭に、MMM最高機密をどうしてそ
んなに知ってるンや?」

 ゴルディアームは不思議そうに訊く。
 するとミクは、くすくすと笑い始めた。

「……何がおかしいンや?」
「いや……ね。3年前はあなたはまだ創られていなかったから知らないんだろうけど――そのオレンジ色の頑丈
そうなボディと、システムチェンジ後の『ゴルディオン・ミトン』そして『ゴルディオン・フライパン』を設計
したのは――他ならぬ、あたしだからね」
「――え?」

「……やはり」

 艦橋のスピーカーから、ゴルディアームとミクのやりとりを黙って見ていた長瀬が、そう呟いた。

「――あたしの名は、朝比奈美紅。MMM研究部部長――だった女よ」

(Aパート終了:MMM−GTMF893「ゴルディアーム(フィギュアモード)」の映像およびスペックが表
示される。Bパートへつづく)

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