波の音が聞こえてきた。
深い夜の波間に、透き通るような白い肌の、裸の少女が漂っていた。
ぼんやりとするその顔は、このまま闇の奥へ吸い込まれそうな暗い世界に怯えている様子もなかった。
ただ、ぼんやりと。
その白さは、寒さゆえによるモノではない。ほんのりと朱を帯びている頬がそれを物語っている。水が、人の
肌くらいに暖かいのだ。
なにより、そこはとても懐かしい光景であった。
それは覚えているハズのない、最初の記憶。
少女の耳に届いていた潮騒は、次第に人の声へと変化していった。
あそこへいくのが、怖い?
「……ううん」
でも、心配そうだよ。
「……わたし……あそこへ行っても、いいのかな」
どうして、そんなコトを心配するの?
「……わたし……多分、あそこへ行っても、……」
また、そんなことをゆう。
「……どうして、あそこへ行かなきゃいけないのかな?」
それは、ね。
キミに逢いたいヒトたちがいるからだよ。
「……わたしは、別に逢いたいとは想っていないよ」
それでも、ね。
あそこには、キミを待っているヒトが、いるハズなんだよ。
「…………」
信じられない?
少女は、潮騒の声に頷いてみせた。
………………
「……怒っているの?」
……怒ってなんか、いないよ。
ただ、寂しいな、って想っただけ。
「…………」
ねぇ、信じてみようよ。
あそこには、きっとキミを信じて待っているヒトたちがいるハズだから。――
琴音は、その不思議な夢の後に目覚めた。
自室の窓から、朝日が射し込んでいた。
家の中は、とても閑かだった。
無理もない。今日も、自分以外居ないのだから。
海洋学者の父親はカナダの大学へ出向中。
品川にある海洋博物館に勤めている母親は、ある事情でここしばらく職場へ泊まり込んでいる。
今朝もひとりぼっちの朝を迎える。
半年前なら、寂しかった朝。
だけど今は、少しだけ、変わった。
でも、少し、変わっただけ。
寂しいのは、変わっていない。
決して誰にも愛されていないとは想っていない。
学校に行けば、実のお兄さんやお姉さんのような、頼りになる優しい先輩たちが居る。
彼らのおかげで、諦めていたはずの、同級生の友達も出来るようになった。
それでも、寂しいのは、変わっていない。
どうして、なんだろう。
その自問自答に、琴音は応えられる自信がなかった。
何が、足りないのだろう。
その場に居ない人たちの、愛?
愛に飢えているなんて、想いたくもなかった。