羅刹鬼譚 第4話 投稿者: ARM(1475)
第7章 まちる

「はい、バナナを食べまーす」

 ぱくっ。

「おおおおおおっ!!!!」

 まちるのショーに、ステージへかぶりつきになっていた観客の男どもが一斉に湧いた。

「次は、ゆで卵ぉ」

 まちるはゆで卵を取り出して見せた。

「おおおおおっっっっ!!湯気が、湯気が立っているぅぅぅぅ!!」

 またもや、観客の男たちが歓声を上げた。しまいには、もはや伝説とまで言われているストリップの大業「花
電車」まで披露するに至っては、観客の中で一番高齢であろう、北街通りで本屋を営む鈴木老人が、なんてめで
たい観音様だろう、ありがたやありがたや、と拝む始末である。
 まちるの芸に歓喜の声を上げる観客の中には、付けヒゲとサングラスで変装している耕一も居た。あれほど自
己嫌悪に陥っていた耕一がここまで大喜びするのだから、隆山と言う土地はかなり娯楽に飢えたところなのだろう。

「さぁて、次は――」
「まーないたー、あ、そっれ、まーないたー」

 最初にとんでもないコトを口走って煽ったのは、あの一重であった。しかし仮にも、隆山観光協会の役員であ
る耕一の居る目の前で、「そんなコト」をしたら、このストリップ小屋は潰されてしまうコト、必至である。

「まーないたー、あ、そっれ、まーないたー!」

 一重の掛け声にあわせて、いつの間にか耕一も笑い顔でそう叫んでいた。


 その頃、遠く離れた病院の一室で、目覚めを忘れた千鶴の唇が僅かに動いている奇跡は、誰も気づいていなか
った。読心術が使える者ならばその動きが、

「ふ・け・つ」

と呟いているコトが解っただろう。


 しかしなんともはや、ストリップダンサーの芸に大声援を送っている耕一のこの姿は、本当に千歳や柏木姉妹
たちには見せられない不適切(笑)な光景であった。

「ん――わかったわ。もうとことんサービスしちゃう!」

 大声援に折れたまちるの笑顔に、観客たちは異様なまでに興奮し、誰からともなく揃って万歳三唱し始めるに
至って、

「でも、あたしにも選ぶ権利があるから――――んーと、そこのヒゲの人?」

 まちるは耕一を指しているのに、その隣にいる、無精ひげが2、3本しかない一重が鼻の下を伸ばし、惚けた
声で「ぼくですかぁ?」と聞き返した。

「無精ひげ、違う。――隣のハンサムさんよ」
「……え?」

 一重に肘で小突かれて、ようやく耕一は自分が指名されたコトに気づく。ヒゲの人、と言われてもこれは付け
ヒゲなのだから、気づかないのも無理はない。

「ひゅーひゅー、色男」
「あんちゃん、得したねぇ」

 観客たちは下卑た顔で、変装している耕一を煽った。誰一人として彼が柏木家の当主であることに気づいてい
ない様子である。

「えーと……判りました、ご指名、有り難く拝命いたしまーす!」

 ゆっくりと立ち上がった耕一が右手を上げながら惚けた口調で言うモノだから、観客たちはどっと湧いた。

「ところでおねいさん、二、三、質問があるのですが」
「ん?なぁに、ハンサムさん?」
「おねいさんのバスト、何センチ?」

 耕一の質問に、観客たちがどよめいた。
 どよめくのも無理はない。剥き出しになっているまちるの、まるでゴムマリのような爆乳のサイズを、誰もが
知りたかったからだ。
 うふっ、と笑みを零したまちるは、指を三本、突き出してみせた。

「30センチ?」

 ボケる一重に向けて、観客たちが罵声と共に一斉に物を投げてきた。

「ううん。3ケタ――108センチ」

 まちるがそう答えるや、観客たちはまるで爆発したような勢いで歓喜の咆吼をあげた。
 どよめきが収まらない中、腕を持て余して立ち尽くしている耕一は、質問を続けた。

「それで――――心臓の音が聞こえないのか」

 ピタリ。まさに、ピタリ。室内に突然静寂が訪れた。

「……ん?どういう、意味かしら?」
「さっきお姉さんが登場したときから気になっていたんだが……いくら脂肪のどでかい塊が上に乗っていても、
胸に心拍の動きが全くないのは変。何より――呼吸をしていない」

 耕一がさきほどステージにかぶりついたのは、色ボケしたのではなく、まちるに近づいて確かめようとしたか
らである。無論、離れた状態から心拍や呼吸の異常に気づいたのは、鬼の力のなせるワザである。

「流石ね、――柏木耕一」

 まちるがその名を口にすると、耕一は付けヒゲとサングラスを外して変装を解いた。そして、辺りを目で一望
して、

「……全員、催眠術にかけていたか――いや、最初から、か?」
「ここが良く判ったわね」

 訊かれて、耕一は座っている一重の頭を肘で軽く小突いた。

「ほれ、説明せい」
「ズンズン教神の啓示です」
「撫でるよ――鬼の手で」
「痛いのもスキ(笑)」

 憮然とする耕一は、一重を拳骨で殴った。

「……痛い(泣)」
「今度こそ、爪で裂く」
「それだけはご勘弁を。――伊勢が隆山にやって来た同じ日に、このストリップ小屋が始まった」
「……それだけ?」
「それだけ」

 サクっ!右手を鬼の手に変えた耕一のアッパーが一重に決まった。

「次は殺ぉす」
「……耕一。柳川の大将に似てきたんじゃない?」
「ほっとけ。――本当のところはどうなの?」

 耕一に睨まれ、頭からダラダラ流血している一重は苦笑してみせた。

「ストリップ小屋が同じ日に始まったから、というのも理由の一つだ。伊勢が隆山に来た初日、このストリップ
小屋に入るのを目撃したという証言があった。それに、このストリップ小屋の持ち主だが、調べてみると、奇妙
な名前とぶつかった」
「名前?」
「外人だった。――レイシェル・フォン・グラージ」
「ご名答ぉ」

 まちるが陽気な笑顔で言った。

「それっておねいさん?」
「NON、NON。あたしのご主人様のビューティホーな、お・な・ま・え・よ」
「それは失礼した。――で、何処にいらっしゃるかな?」
「知りたい?」
「「是非とも」」
「そう?――なら?」

 まちるの眼が妖しく閃いた。

「――わたしを斃してからね」

 涼しげなまちるの返答を耳にした途端、耕一は本能的に身構えた。この女、一筋縄ではいかないようである。
耕一はまだ知らないが、同じ頃、まちるが主人と仰ぐレイシェルの使徒である伊勢に、柳川が奇怪な技によって
敗れている。
 このまちるも、伊勢に劣らぬ魔技の使い手であるコトは間違いない。しかしその事実を知らなくとも、耕一た
ちは過去の人智の及ばぬ数多くの闘いから、相手が強敵であるコトを即座に理解した。何より、耕一の中にある
鬼の本能が真っ先に反応しているではないか。身体の底から噴き上がるように目覚め始めた鬼の力が、強敵の出
現を悦んでいるのを、耕一は必死に堪えながら感じ取っていた。

「るるるるるるるるるる(泣)」

 不意に、睨み合う耕一とまちるの横で、すすり泣く声が聞こえた。
 そちらへ振り向くと、声の主である一重が、いつの間にか血の海となった床に突っ伏しているではないか。

「血が……止まらないんですけど…………あかん……意識が……るるるるるるるるる(泣)」

 がんばれ、死なずの一重!出血の量が「ちょっと」多そうだが、気合いで頑張れ(笑)

                つづく

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