羅刹鬼譚 第2話 投稿者: ARM(1475)
第3章 柳川裕也

 柳川は、暴力団を激しく憎んでいた。
 特に、麻薬絡みとなると、不断のクールな印象からは想像もつかないほど、まるで別人のようになってしまう。捜査の途中、暴走して暴力団関係者を半殺しの目に遭わせてしまうコトもしばしばで、先月など所轄内で始末書の記録更新を果たしたほどである。それを聞いて、こんな危険な男がよくも刑事を続けていられるものだ、と耕一は呆れていたものだが、懲戒にならないのは柳川の上司である長瀬課長が、何とか取りなしているお陰であった。もっとも、8年前に任命されたある任務のお陰で、所轄のI県警本部も簡単には辞めさせられなくなったらしい。こういう危険な男は、野放しにしているより、警察という大きなカゴで囲って監視していたほうが安全なのだろうと耕一は一人納得している。
 柳川がそうまでして憎悪する理由は、大切な友人を、暴力団の人間が使用した麻薬によって失っていたからである。
 阿部貴之。柳川が以前住んでいたマンションの隣の住人で、暴力団の男に囲われていた青年だった。
 当時、柳川はホンの偶然から貴之と知り合った。貴之は柳川を兄のように慕ってくれた。先々代の柏木家当主の妾の子として生を受け、大学在学中に病弱な母を亡くして以来、孤高を保ち一匹狼を気取って生きてきた柳川だったが、自分を必要としてくれる貴之には不器用ながら心を開いていた。
 しかしある日、貴之を囲っていた男が麻薬を使って貴之を廃人にしてしまい、逆上した柳川は自らの立場を省みず、「鬼」の力を使って男を殺害してしまった。
 この行為が柳川にとって命取りであることは明白であった。事実、国家試験を突破した前途有望なキャリア組の刑事の殺人事件と言うことで、マスコミが警察を激しく糾弾し、柳川は追いつめられる結果となってしまった。
 だが柳川は自ら犯した行為に対し、後悔などしていなかった。裁かれる運命に抗う意志さえも毛頭もなかった。取り調べをした上司の長瀬にすら、面と向かって、失うモノなど無い、と悪びれ、呆れさせたほどだった。
 しかし、柳川自身は気づいていないようである。孤独な者ほど、他人に頼られると無下にしない、情の厚い人種なのであるというコトに。孤高の比喩に持ち出される狼ですら、自らの家族には非常に情の深い生き物である事実を知れば、柳川という男が本当の意味で、一匹狼と呼ぶに相応しい男であるコトを理解するだろう。自暴自棄になりながらも、柳川は、薬物中毒で衰弱しきっていた貴之の身だけが気がかりであった。
 やがて、3日も経たず柳川をめぐる騒動は突然沈静化した。それは、柳川が殺害した男が所属していた、暴力団の人間が全員、一斉に検挙され、ある大衆紙のスクープとして貴之が麻薬汚染の被害者であったという記事が掲載されると、柳川に対する同情の声が上がり始めたから。
 また、ほぼ同時期に、柳川が所属する所轄内で、巨大な肉食獣の仕業としか思えない大量殺戮事件が起こり、柳川が起こした殺人事件の話題がすっかり世間から霧散してしまったコトも幸いした。
 一時は辞職願いまで提出していた柳川だったが、結局一ヶ月の謹慎で現職に復帰するコトが出来た。その影響で、今なお階級は警部止まりであるが、しかし常識から考えれば現職復帰などあり得ないことである。
 それが、柳川が謹慎中に、柳川が起こした殺人事件が、素手であったはずの男が「手にしていた銃を避けるための、正当防衛による殺人」で本庁へ書類送検され、辞職願いが破棄されていたとは、柳川は露も知らなかった。
 そしてその謹慎の間に、柳川の元へ「巨大肉食獣による大量殺害事件」の捜査に来ていた一重が、内調への出向命令書を携えて訪れた。出向先は、内閣調査室所属の特務機動捜査機関。柳川は、当時より三年前に設立されたばかりの、内閣総理大臣直属の、超法規諜報組織の特命捜査官に任命されたのである。
 一重は、事件の一部始終や、柳川が柏木一族の者であること、そしてあろうことか鬼の力までも知っていた。動揺する柳川に追い打ちをかけたのは、貴之が入院していた病院からの知らせであった。一重が柳川の元へ訪れた丁度その時、貴之が死亡したのである。
 その日から3日間、柳川は自室に閉じこもり続けた。
 その間の柳川を知る者は、誰もいなかった。3日間、柳川の家の前を訪れた一重だけが、一歩も部屋を出ずに閉じこもっている柳川の様子を、室内から僅かに覚えるアルコールの臭いと小さなうめき声から、それとなく察していた。
 四日目の朝、柳川は柏木邸に逗留していた一重の元に訪れた。
 一重はその時の柳川の顔を未だに覚えている。ろくに食事もとらずアルコールばかり飲み続けてげっそりと衰弱しきった異相。忘れようにも忘れられないほど、昏い貌であった。
 そしてそこで柳川は、自らの姿を映した鏡を見ることになる。


「……で、殺された伊勢氏が、新型麻薬の件で武闘派の連中と一悶着を起こし、殺された、とゆうわけか」
「本当に繋がっていたかどうか、怪しいところだがな」
「二重スパイ、というやつか」
「世渡り上手な男だったからなぁ。ああいうクセのある男も、世界には必要だ」

 一重はいつの間にか二本目のガラムをくわえて紫煙を立ち上らせていた。


 一時間後。耕一と柳川は、押っ取り刀で現場にやって来た長瀬課長と共に、ホテル鶴来屋に泊まっていた伊勢の部屋で行われてた鑑識課の現場検証に立ち会っていた。

「防犯課がこういうコトするのは管轄侵害だと捜査課から怒鳴り込まれそうだな。……こんなところ漁っても大したモノなど出て来はしないだろうに」

 と小声でぼやいたのは長瀬である。

「……そんなこと言わないで下さいよ」

 と、ショートカットの毛先を震わせながら苦笑混じりに突っ込みを入れたのは、今年、隆山署の鑑識課に配属された早田という女性警官である。4年前に地方の有名医大を卒業後、警察官になった。パトリシア・コーンウェルの人気推理小説「検屍官」シリーズの愛読者で、自分も検屍官になりたいと思っての志願である。
 通常、日本では件の小説に出てくる検屍官のような捜査権は持っていないが、異状死体を検死する監察医や警察医が実在する。推理マニアの早田は、現場に出て捜査したいがばかりに、医師ではなく警官になったのだ。近年の、警察内部での女性進出はめざましいものがあるが、それでも、惨たらしい遺体と対面する機会が多い鑑識課を志望する者は少ない。志願から短期間でのこの配属も含め、異例とも言うべき鑑識婦警の誕生は、監察医に等しい医学知識を早田が身につけていた為である。
 温泉町では、その知識も持ち腐れかと思われがちだが、客商売を主産業とする地域では、意外にも都市部より死亡率は高い。旅先という環境や心情の変化は、不断生活している状態と違い、緊張感が薄れ、スキが出やすくなりやすいのである。湯治に訪れた病人の体調急変はもとより、羽目を外して大量のアルコールを摂取したり、気が大きくなって他の客といざこざを起こして怪我をしたりと、都市部のそれより死亡の原因となる要素は増えるのだ。

「まぁ、課長のおっしゃるとおり、確かに観光客が泊まっていたとは思えない綺麗な部屋ですけどね」
「これほど生活臭の少ないようじゃ、せいぜいカモフラージュ用に予約を取ったと見るべきだろう」

 一見無責任そうな発言を口にした長瀬は、室内にホテル側から用意されたタオルや歯ブラシに、伊勢がまったく手を着けていない点に着目した上での発言だった。

「滞在予定は一週間。四日前から泊まっていたコトになっていますが、その間、ルームサービスは一切受けず、室内に誰かを入室させたような目撃もありません」

 長瀬の言葉を補足するように、ホテルの責任者として立ち会った耕一が証言した。

「この部屋のお客について、ルームキーパーさんたちの間で噂になっていたのを聞いていました。荷物らしい荷物ももたずに逗留していたそうですから、着の身着のままで不衛生かと思いきや、昨日、氏の横を通り抜けた係員の証言でも、悪臭ひとつしなかったそうです」
「ふーん。じゃあ、究極の潔癖性、と言うワケか」
「それはちょっと違いますよ課長」

 あまりにも呑気すぎる長瀬に、柳川が呆れ顔で突っ込んだ。
 こんな天然ボケをかます長瀬課長も、柳川と同じキャリア組で、しかもエリートコースを保証されている赤門出であった。
 昔は、霞ヶ関にある本庁で切れ者と評されていた有能な警察官だったらしいが、それがこんな地方の温泉町にある小さな警察署で、4年前にようやく課長になったばかりというこのエリートコースからドロップアウトしている理由を、柳川は知らない。キャリア組の者ならば、長瀬の歳なら、とっくの昔に地方の警察で署長をしばらく務め、本庁へ栄転していてもおかしくない頃である。恐らくは自分と同じ問題を起こした為だろうと勘ぐっているが、柳川はそれを面と向かって訊く気にはならなかった。恐らく今後も訊くことはないだろうとさえ思っている。こういうひょうひょうとした男が警察のエリートコースを進めば、少しは官僚の腐敗など無くなっているだろうとまで思っているのだが、決して皮肉のつもりではなかった。
 少なくとも、所轄内の警察官で、気難しい柳川が心を開いている屈指の人物であるコトは周りも認めていた。逆に言えば、柳川ですら安心して任せられる有能な人物なのである。現場主義の強さゆえにこのように現場へ足を運ぶ姿勢に好感を持つ警官は決して少なくない。署内での長瀬に対する人望の厚さは、署長以上とまで囁かれているほどだった。

「柳川警部。一重氏から連絡は?」
「分かれてからは無いです」

 一瞥もくれず返答する柳川に、長瀬は思わず苦笑する。
 長瀬はこの、部下の警部とホテル鶴来屋の会長が、内調の関係者である秘密を知っている。さらに、二人が「鬼」の力を持った超人であることも知っている。
 それは、二人から告げられたからからではなく、長瀬個人のずばぬけた勘と推理力が看破したモノであった。8年前の耕一の父親の死亡事故以来、柏木家に関心を持った彼は、様々な資料と後日所轄内で起きている奇妙な事件を捜査しているうち、この二人が途方もないバックを持って事件の裏で暗躍しているコトに気づき、多くの可能性を整理しているうちにそれを導きだし、推理した結果を二人に突きつけたのである。耕一たちがあっさりと返答したのは、柳川の薦めもあったが、こういうキレる男は敵に回すより、事情を説明して協力者にしたほうが得策と考えた為であった。その選択は正解であった。二人が抱えた事件で起きた問題に、この男の助言が解決の糸口を掴むきっかけになったのは決して少なくなかった。

「……長瀬課長。まだ、はっきりとした結論は申し上げられませんが……やはりこの部屋からは、何も出そうにありませんね」

 早田が悔しそうにいうと、長瀬は胸を張り、

「ほら、言ったとおりだ」
「……あのですね」

 流石の柳川も、言わずにはいられなかったらしい。

「こうなると、あの遺体を徹底的に洗うべきだろうよ」
「生理食塩水で?」

 早田がボケた。

「……サムい」
「あはは……済みません」

 柳川に突っ込まれ、早田は照れ臭そうに苦笑する。早田は、署内でも苦手の筆頭とされているこの突っ慳貪な柳川に平気で軽薄な会話をしてみせる。人見知りのしないタチ、と早田は自負しているが、こんな怖い男のそばで、平気でボケるのはかなり度胸がいるコトである。
 不思議と、柳川は早田と一緒に居ると口数が多くなるコトを、長瀬は知っていた。口にこそしないでいるが、端から二人を見ると、怖い兄貴とその妹という印象を長瀬は感じていた。柳川自身も、それを表にしたコトは一度も見たコトがないのだが、人懐っこい早田を妹のように感じているのかも知れない。あの美人姉妹のいる柏木邸に住むようになって、柳川は少し欠如していた人間性を取り戻しているのだろうか。一人きりで暮らすより、血縁のある柏木邸に住む事を勧めたは正解だったと長瀬は満足していた。

「じゃあ、署に戻るべ。捜査課の連中から何か聴けるかもしれんし」
「課長。自分は一重氏のところへ寄ってから戻ります」
「?あ、そう?」
「渡したい資料があると聞いていましたので。――それでは」

 そう言って柳川は部屋を出ていった。耕一もそれとなくその後に続いて退室した。

「んじゃあ、早田ちゃんたち、うちらも戻るべ」
「……」
「?どうしたの?」

 出ていった柳川をじっと見送っていた早田の様子に気づいた長瀬が訊いた。

「え?ええ、――いつもあのお二人、一緒に行動していますね」

 素朴な疑問だが、言われてみればもっともである。刑事でもない、温泉町のホテルの会長が、刑事の柳川と行動を良く共にしている姿は、確かに不自然であった。
 流石に本当のことは言えず、長瀬は暫し仰いでから、ヤニ臭い顔を早田に近づけてその耳に囁いた。

「……あの二人、本当はデキてるんだ――」

 いやらしそうに笑う長瀬の鼻先を、閃光が駆け抜けた。直ぐ隣の壁から、ぼすっ、という鈍い音が届く。二人してそれを追うと、壁には柳川が良く吸うマルボロが一本、めり込むと言うよりも、矢のように突き刺さっているではないか。それを目の当たりにした二人は、一斉に汗を吹いた。


第4章 ストリップ小屋のふたり

「ブランカからのお土産」

 鶴来屋の近くにある喫茶店の店内で、一重が当惑する二人に差し出したのは、浜名湖名物「うなぎパイ」と「海老パイ」であった。

「……コレが渡したい資料なのか?」
「どうせなら、本物のうなぎのほうが……」

 無駄口を叩く耕一を、柳川が、ギロリ、と睨む。

「それはそれ。――こいつ」

 続いて一重は、横に置いていた「ぷよまん本舗」の紙袋からバインダーを取りだした。

「『不死王』が最後に住んでいた住居に残していた資料の一部だ。これでなにか手がかりでも得られればいいのだが、そう簡単にはみつからんだろう」

 バインダーを受け取った耕一は、とても複雑そうな顔をすると、それをじっと見つめて黙り込んだ。

「……済まないな、一重」

 耕一に代わって柳川が礼を述べた。

「これもささやかながら、おたくら二人の働きに対する報酬だと思ってくれ。こんなぐらいじゃとても足りないくらいだ」
「ところで、伊勢の件だが」
「何か、判った?」
「なにも」
「そう」

 一重が気落ちした素振りもみせないのは、この一件が簡単に解決できるヤマでないコトを承知していたからだった。

「……簡単に判るハズは無いと思っていたけどな。そうそう、内調のほうでも調べていたんだが、伊勢の隆山での足取りで、面白い場所を見つけた。どこだと思う?」

 訊かれて、耕一と柳川は首を横に振った。
 すると一重は隆山の観光事務所が発行している観光案内を懐から取りだし、

「ここ」

 一重が指したところは、隆山の繁華街の中で、風俗色の強い場所だった。

「……ここ?」
「ああ。――ほら、今、このストリップ小屋に、その筋では有名な”鈴苗まちる”ってダンサーがゲストで来ているんだ。行こ行こ!」

 好色そうな顔で喜悦する一重とは裏腹に、耕一と柳川は顔を見合わせて当惑した。


 その晩。耕一と一重は、問題のストリップ小屋にいた。

「むっふー(笑)いやぁ、隆山の踊り子さん、なかなかいけてまんなぁ」

 ショーの前座が終わり、すっかり一重の鼻の穴は興奮のあまり全開している。その隣の席では、サングラスに付けヒゲをつけて変装している耕一が、ポリポリと頬を指先で掻いている。変装の下に隠されている表情が、かぶりつきでいた一重に呆れているのは明白だった。
 いよいよゲストの鈴苗まちるが登場する段となり、一重のテンションが更に挙がる。それに比例するように、耕一の自己嫌悪度がアップした。

「こんな姿、梓さんや千歳ちゃんにはみせられないな」

 手前ぇがゆうか!?と、ついにキレた耕一は一重の後ろから羽交い締めにする。
 ドタバタしていた二人の動きが、とつぜん止まった。
 二人は息を呑んでステージのほうを見つめていた。
 絶世の美女が、ピンクのスポットライトが差し込むステージ中央で、あられもない姿で立っていたのだ。

「……あれが?」
「そう。噂の、まちるちゃん。――驚いたろ」

 耕一は自己嫌悪に陥っていた我を忘れて思わず、ごくり、を息を呑んでしまった。
 均等の取れたプロポーションに、豊満な肢体。まるで彫刻で作られたようなこんな美女の全裸をみて、心を奪われない男など居はしないだろう。

「……どうする?」

 一重に訊かれるまでもなく、耕一は一重の身体を放し、夢遊病者のごとくフラフラとステージの被りに寄った。

「柳川氏も連れてくれば良かったかなぁ?」

 一重は、昼間、喫茶店で呆れた顔で一言、「お前らだけで行け」といって署に戻ってしまった柳川の背を思い出していた。


 署に戻っていた柳川は、今頃逆上せ上がっているであろう耕一を思いだしては、その件を梓に告げ口しようかどうか考えていた。

「どーした、警部」

 席に座って考え事をしているらしい柳川に気づいた長瀬課長は、物珍しそうに訊いた。

「家庭内の不和の元をどうすればいいのか、考えていたところです」
「ふーん」

 柳川が呆れているコトは、長瀬にも直ぐ判った。

「それよか、一重氏から何を預かった?」
「別件で依頼していた資料です」
「ふーん」

 長瀬はそれ以上訊こうとはしなかった。一重から渡される資料が、内調関係のモノであるコトは長瀬も知っている。管轄外のコトにはまったく興味を示さないし、それがこういう仕事を続ける上で賢いやり方だと思ってさえいる。根本的なところでこの男はサラリーマン的な考えの持ち主なのだ。
 だが、この男には、サラリーマンのそれと一線を画すモノがいくつかあった。
 そのひとつが、勘、である。

「ちょっとそれ、見してもらっていい?」
「?」

 珍しく長瀬が、一重から渡された資料に興味を示した。
 柳川は、何を、と戸惑いかけるも、直ぐに思いとどまって資料のバインダーを長瀬に手渡した。
 一重が渡した資料とは、<不死なる一族>の過激派たちが捜している『不死王』が、一番最近まで住んでいたと見られる浜名湖湖畔の別荘で見つかった研究書類であった。書かれている内容は、生憎各国の文字が羅列する意味不明な記号ばかりで判らず、長瀬にも日本語で書かれている殴り書きのところしか読めなかった。
 長瀬は、そんな殴り書きの一箇所をまじまじと見つめていた。

「……どうしました?」
「ここ」

 そういって長瀬が指したものは、簡略された地図のような絵であった。

「……隆山の海岸に似てないか?」
「海岸――?!」

 驚いた柳川が、長瀬が手にするバインダーを覗き込み、そして瞠った。

「……さっき読んだときにはこんなモノには……あれ?」

 柳川はそこで長瀬がバインダーを逆さに持って読んでいたコトに気づいた。

「……嘘だろ?」

 半ば呆れ気味に呟く柳川だったが、こんな長瀬の一見うかつな行動が、事件の解決のきっかけとなったことは決して珍しくない。

「×印のついている場所は、何件か貸し別荘が建てられている。――そこに、なにかあるのか?」

 訊かれても、柳川には答えられなかった。ただ、地図が書かれているだけで、そこに何があるのか、柳川にも皆目見当がつかないのである。
 柳川は、やれやれ、と洩らすと席を立った。

「二人を迎えに行ってきます」
「今、どこにいるの?」
「北通りにあるストリップ小屋」
「ああ、”鈴苗まちる”嬢のショーが行われているンだっけ。――俺が行く」

 好色そうにニヤニヤ笑う長瀬をみて、柳川は、なんでこいつも知っているんだ?と心の中で言って、はぁ、と溜息をもらした。

「……いや、これは業務とは別件のコトですから、課長は関係ないと……」
「けち」
「課長、あんたねぇ(笑)」
「いや、お前さんはここにいたほうが良い――気がする。これは、勘、だが」

 突然、真顔でそう言われて、柳川は当惑した。

「勘、って、何――――?」

 突然、柳川の顔が硬直した。

              第3話へ つづく