東鳩王マルマイマー第12話「鬼神の方舟(Aパート・その1)」 投稿者: ARM(1475)
(アヴァンタイトル:エメラルド色のMMMのマークがきらめく。)

「――マルチと千鶴君と死なせるわけには行かないんだ!いそげっ!!」

 観月は、長瀬がこんなに狼狽する姿を初めて見た。EI−08に、禁じていたヘルアンドヘブンを敢行したマルマイマーが、核となっていたメイドロボの摘出直後、ついに限界を越えて大破してしまった途端、血相を変えてTH壱式の管制室にいたスタッフに檄を飛ばしたのである。
 そんな上司が、突然呆然と外を見つめ始めたとき、観月は不吉な予感を覚えた。
 最初は、マルマイマーが全壊したモノだと思っていた。そんな最悪の事態は免れたが、しかし最悪な事態であるコトには代わりがなかった。

「――いかんっ!ヤツらの狙いは――あのTHライドを再起動させる気だっ!!」

 THライド。表向きは、長瀬主査が発明した疑似永久発電機関となっている。
 それが、今、人類を脅かす地球先住民、人類原種「エルクゥ」が創り出した無限情報サーキットであるコトを知る者は、世界中には一握りの者しかいない。現在、そのTHライドをたたき台に、人類製のオリジナルTHライドとも言うべき無限活性化情報サーキット、通称「WA(ダブル・エー)サーキット」を2機のロボットに組み込んで実用試験中なのだが、出力こそ革新的なものではあるが、コピー版のTHライドともども比較して、やはりオリジナルには遠く及ばない。二つのシステムに携わってきた観月は、それを比較する度、やり切れぬ敗北感に見舞われていた。

(……やはり、素粒子0Zという諸刃の力を利用しなければ、無理なのか?――人類原種のロボットに過ぎなかった人類種を革新させるためには、エルクゥや月島瑠璃子が行おうとしている「扉」を開けるしか、無いのか――――うわっ?!!)

 観月がそう思ったときであった。

「「――ARF内に、並列空間へ落ちる穴が空いてしまう!!」」

 長瀬と、そして長瀬のいる先で、艦橋から真下のARFを見つめていた、あの藤田浩之が声を揃えて悲鳴を上げたその途端、観月は白色の世界に呑み込まれた。

(――これは、次元崩落?!ダメだっ!次元転移なんて凄まじいエネルギー移動に生身の身体が耐えられるワケがないっ!壱式ごとみんな粉々になって――――)

 声も上げられぬ程凄まじい衝撃波に全身を叩き付けられた観月は、そのまま意識が遠ざかろうとしていた。白色に呑み込まれる意識の中で、観月は妻の沙織に、ごめん、と謝った。
 ところが、である。
 粉砕されると思ったその身に、次第に次元崩落による衝撃波の圧力がゆっくりとおさまっていることに気づいたのである。どうやらTH壱式もろとも身体を粉々にされずに済みそうなのは理解できたが、しかしどうして衝撃波が収まり始めたのか理解できなかった。
 だが、その回答は、直ぐ目の前にあった。
 観月は長瀬のほうを見た瞬間、すべてを理解した。

(――そうか――これが――ダリエリの力――――)

 観月の意識はそこで暫し途切れることとなる。

(OP後、「東鳩王マルマイマー」のタイトルが画面に出る。Aパート開始)

 黙示政樹は、自分が仕掛けたある計画の顛末を目の当たりにして呆然と立ち尽くしていた。

「……美紅……そんな…………?!」

 不断の、何か胸に一物あるような得体の知れない雰囲気をもつ黙示を知る者にしてみれば、やがてがっくりと膝をついたその弱々しい姿など想像もつかない光景であろう。
 だから、長岡志保が、内調(内閣調査室)からの指令を受けて捜索中だった黙示のそんな背中を都庁の展望室で発見したとき、その目を疑ったのも無理もないコトであった。
 志保が最初に黙示と会った時の印象は、軽い男、であった。
 軽いが、底が知れない。初対面の自分に愛想を振りまきつつ、隙をまったくみせないこの男に、志保は得体の知れない不気味さを感じていた。自分を「この道」へ引きずり込んだあのアメリカ人に良く似ていたが、不気味さの度合いは黙示のほうが遙かに上である。
 志保は展望室に入室しながら、躊躇わず懐からゆっくりとグロック17を取りだした。

「……陸幕2部の黙示政樹だね」

 がっくりとしているその背に、志保は緊張を孕んだ声をぶつけた。しかし、黙示は振り向こうともしなかった。

「……わたしは」
「……内調の長岡女史だろ」

 ようやく返ってきた黙示に反応に、志保はびくつき、思わず銃口を彼の背中に向けてしまった。

「……グロックは良い銃だ。軽さや扱い方の簡便さもさることながら、セーフティが引き金と一つになっているところなど、抜き撃ちに最適な銃と言える。だから、狙ったら躊躇わず撃たないといけないな」

 そう言って黙示はゆっくりと立ち上がった。それと反比例するように、志保が握っていたグロックの銃身が、何の前触れもなく、まるで見えない鋭い刃物に一瞬にして断たれたかのように、綺麗な切り口で輪切りにされて床に落ちた。

「な――」

 驚きつつ、しかし志保は即座にグロックを手放し、腰に掛けたホルスターに収めているチーフテンへ手を伸ばそうとした。
 その手が止まったのは、黙示がようやく振り向いたからである。
 志保は初めて、黙示の目が開いている姿を見た。別に、不断のあのぞんざいな一本線の目が瞑っていると言うわけではないのだが、目が人並みに開かれているその貌に、志保は動揺したのだ。

「……悪いね。今は、君たちに構っているヒマはないんだ」
「あんた――」
「……この落とし前は必ずつける。……私のミスだからな」

 そう言って黙示は呆然と立ち尽くす志保の横を通り抜け、展望室から出ていった。
 黙示が出て行ってからきっかり3分後に、志保は脂汗でいっぱいの苦悶の相を浮かべてその場に崩れ落ちるようにへたり込んだ。

「……痛た……たた……!バラバラにされるかと思った……!『静かなる黙示』……忘れてた……」

 どうやら志保は、黙示が二つ名で呼ばれるゆえんらしき何らかの手段によって全身を拘束されていたらしい。それでも志保は痛みを堪えながらゆっくりと立ち上がり、その後を追い始めた。
 あの時、動揺して気力が萎えたのは、黙示の奇怪な技によるモノでも恐怖心からでもなかった。

 なんて哀しい目をするんだろう。

 もはや任務だけでは済みそうにないな、と志保は思った。そして、何としても黙示を止めさせなければならないと、その歩みを早めた。

*   *   *   *   *   *   *

 黙示ががっくりと床に膝をつけて途方に暮れていた時、奇しくも別の場所で、ほぼ同時に倒れ込んだ人物がいた。

「……神岸さん?」

 折り目が少ない真新しいMMMの制服に身を包んだあかりは、丁度その時、MMM総代室に居合わせ、あの惨劇を総代室のモニタから目撃していた。ショックのあまり焦点のあやふやなあかりは今にも昏倒しそうに真っ青になっていたが、その身体を、隣にいた来栖川京香に抱き支えられた。

「……あ……そ、総代、済みません……」

 京香に支えられながら、あかりはなんとか持ち直す。だが、ボロボロと溢れ出てくる涙だけは、どうしようもなかった。

「……こんなコトになって……わたしたち…………これから……えっ!?」

 動揺するあかりに、京香の隣で相変わらず沈黙を守っていた、MMMの制服に身を包んだ芹香が首を横に振って応えた。

「……大丈夫です?――でも、浩之ちゃんもマルチちゃんもみんな――えっ?みんな無事?……どうしてそんなコトが?」

 あかりは怪訝そうに芹香を見つめるが、あいかわらずのほほんとするその表情からは、自らの発言がどういった根拠に基づくものなのか伺い知ることは出来なかった。
 それでもあかりは、その言葉を信じた。いや、信じたかったのかも知れない。

「……え?あれは並列空間に飛ばされただけで、消滅したワケではない?――それならなおさら……どうやってこの世界へ戻ってこれるのですか……えっ?空間は塞がっていない?」


「――What’s?」

 場所は変わって、MMMメインオーダールーム。室内は惨劇を目の当たりにして全員悲しみに暮れていた。
 そんな中、大泣きしていたレミィは、ふと、正面にあるコンソールパネルに表示されているアレスティング・レプリション・フィールドモニタが、異常を示す警告ウィンドゥが開いているコトに気づき、思わず声を上げた。

「――レミィ?どうしたの?」
「……ARFが閉じてませン!――ARF出現ポイントに特異点発生を確認!」
「特異点?ARFがまだ開いているの?」

 綾香は戦慄した。並列空間へ直結しているARFが開いていると言うことは、そこからこの世界にあるモノが吸収されてしまう恐れがあったからである。いわば地上に生じたブラックホールとも言うべき代物だ。

「特異点の大きさは?」
「……Oh?VeryVery、小さいネ……測定できました、直径、おおよそ百五十分の一ミクロン…………What’s?」
「どこかで聞いたような…………あっ?――しのぶ!」


「……長官、聞こえています」

 ARFが一瞬にして閉ざされた初台にいるしのぶは、耳センサーに届いた綾香の声に応えた。

「……このコトですよね」

 そういうと、しのぶは呆気にとられている超龍姫の目の前で、何かを引くような仕草で右手を引き上げた。
 すると一瞬、超龍姫の視覚センサーに、しのぶの右手と地面を繋ぐ、煌めく何かを感知した。

「しのぶ……今の、ってもしかして……」
「……『風閂』です」


『どうゆうコトや、綾香?』

 TH弐式の管制室から、智子が綾香を呼んだ。

「どうもこうもないわ、智子」

 そういって綾香は、にっ、と微笑んだ。

「しのぶの『風閂』が、EI−08を捉えたままなのよ」
『え?でも、並列空間に落ちたら、この世の物質は次元転移の凄まじいエネルギーで粉々になンとちゃうの?』
『THライドの共振現象です』

 応えたのは、しのぶだった。

『おそらく、あたしのTHライドと、EI−08のTHライドが風閂によって繋がったコトで、次元転移に耐えうるソリトンのコーティングが風閂に施されたのでしょう』
『……ありえんコトではないな。THライドは量子制御を可能にする力を持っている。量子レベルの世界にまで細まったサイズなら、共振現象の影響で局所的な空間湾曲が生じてもおかしくあらへん。――これは悪いコトやないで』

 妙に躍る口調の智子に、綾香は、ふう、と困憊しきった溜息を吐いてみせた。

「Oh!これなら、並列世界と繋がったままだから、ヒロユキたちも無事に戻るコトが――」
「……早計よ、みんな」

 笑顔のレミィに、綾香は自分のまなじりに残っていた涙を親指で拭い払い、頭を振った。

「……次元転移に耐えられるのは、THライドを持つモノのみ。TH壱式はウルテクエンジンで動いているから、…………とても…………」

 それから先は、綾香はどうしても口にしたくなかった。そう思うと、また折角拭った涙がまた頬を伝う。今度はどうしても拭う気にもなれなかった。

『――待って下さい、長官』
「……なによ、しのぶ」
『藤田さん達が乗り込んでいるのが、あの機動整備巡航艇TH壱式であるコトをお忘れですか?』
「壱式……?――――あっ」

 綾香の脳裏に、希望が閃いた。

『……壱式は、あたしたちの予備装備が保管され、かつ、開発中の装備や施設が入っています。それは、戦略面においてMMMの要とも言うべき拠点であるコトでもあります。それらを敵の攻撃による損失から護るために、設計段階においてマルマイマーに装備されている「プロテクトシェイド」システムが搭載されています。THライドを使用しない試作型で機構的に大きくなりすぎたため、マルマイマーには装備できなかったシステムの初号基を、試験的に組み込んでいたのです。PSなら、次元転移エネルギーを空間湾曲によってレジストするコトが可能です』
「でも……あの一瞬でそれが稼働していたとは……」
『長官らしくないっ!』

 綾香を叱りとばしたのは、超龍姫だった。

『MMM憲章第5条125項!』

 超龍姫が言っている憲章とは、MMMという組織が結成されたときに制定された規範のコトである。綾香は、超龍姫が何を指しているのか、直ぐに思いだした。

「『……MMM隊員は、いかに困難な状況にあろうとも、決してあきらめてはいけない』……!」
『いかな困難な時でも、わたしたちは絶対あきらめない!それは、並列空間に落ちてしまった姉さん達も承知しているはず!――0.01パーセントの可能性でもそれがあるのなら、それを信じるのが勇者でしょ!?』

 超龍姫に叱られ、綾香は沈黙する。メインオーダールーム内にいた者達は必然的に綾香を注目した。
 やがて、ゆっくりと綾香は手を挙げ、右手で涙を拭った。
 涙を拭い取った右手の下から現れたのは、何の迷いもない自信に満ちた綾香の笑顔だった。

「――これより、マルマイマーならびにTH壱式の救出作戦を開始する!!」
「「「『『――――了解っ!!!!!』』」」」

 みんな、この一言を待っていたのだ。


「……綾香から要請がありました。神岸さんは至急メインオーダールームへ向かって下さい。――特戦隊隊長、来栖川芹香」

 京香の指揮に、芹香が一歩前に出た。そして、その後ろに、二人の女性が追うように立ち並ぶ。

「――並びに、弾丸TH六号主任管制官、姫川琴音、同主任操舵手、松原葵。以上特戦隊隊員は、現時点をもって正式にMMM長官来栖川綾香の指揮下に入ることをここに通達します。同時に、弾丸TH六号はN式待機体制よりA式待機体制へ移行――『キングヨーク』システムの稼働を承認します」
「「「「――了解!!!!」」」」

              Aパート(その2)へつづく