(エルクゥ鬼界四天王のひとり、エディフェルの映像が映し出される。Bパート、開始)
眩しい夏の日差しを背にして、白い幅宏帽を被った千鶴が笑っていた。
多分、俺を見て笑っているのだろう。
千歳(ちとせ)。俺が両腕に抱いている、俺たちの子供。千鶴に良く似た、可愛い女のコの赤ん坊だ。
向こうの川岸では、裾を上げて川に足を浸かっている初音ちゃんと楓ちゃんが俺たちのほうに笑顔で手を振っている。梓は……あはは、じゃんけんに負けてみんなのカバンをひとりで持たされているのか。あ、こっち睨んで嫌がる。俺は意地悪そうに涼しげな笑顔で応えてみせた。……おいおい、そんな恨みがましい顔するなよ、今の俺には梓以上に重い荷物抱えているんだから。
丁度、今頃だっただろうか。一年前のあの忌まわしい出来事は、しかし俺たちを苦しめていた呪縛を解き放つ、良いきっかけだった。
俺はあの晩、憧れていた千鶴と結ばれ、子をもうけた。あの晩の逢瀬で命中したようである。もともと、俺が鬼の力の制御が出来ていないと勘違いした千鶴が、俺をその手に掛けるせめてもの罪滅ぼしとばかりに俺との子を遺そうと考えたのだろう。……まったく、いま考えてみれば結構短絡的というか、事務的ってゆうか……いや、不器用なだけなのだろう。両親を亡くしてから苦労続きだったからなぁ。俺はそんな彼女だから、好きになったのだ。それは自信持って言える。
僥倖にも、生まれた子供は女の子だった。しかし、たとえ男の子が産まれていても、俺は子供に力の制御を教える自信がある。実際、俺は、鬼の力の制御のコツを理解しているからな。
大切な人を守りたい。
その想いがあれば、鬼の力など、そして柏木の男たちを縛り続けていた”次郎衛門のオゾムパルス”など――
……くっくっくっ。……出来るのか?貴様に、次郎衛門の呪縛から解き放たれるコトが?
――こんなぶざまな失態をしでかした貴様の口が言うか?
全ては夢だった。
――みるみるうちに千鶴さんの身体が冷たくなっていく。惑乱としている俺の許へ、初音ちゃんたちが慌ててやって来た。
……ごめん。……俺、千鶴さんを護れなかった。
梓が死んだ。ヤツの槍のような手刀が、心臓を一突きしたのだ。
楓ちゃんも殺された。為す術もなく壁に叩き付けられて、首が在らぬ方向に折れ曲がっている。
初音ちゃんは、ショックのあまり正気を失っていた。ヤツの正体を知ってしまった時、彼女の心が壊れてしまったのだ。
無理もない。ヤツの正体こそ――。
どうした、耕一。そんな状態で、この俺を倒せるのか?
ヤツはあざ笑っていた。今の俺にはもう、ヤツを倒す体力は残っていない。
これで最期かと覚悟したとき、彼が現れた。
ダリエリ。
ヤツはダリエリの出現に慄然した。ダリエリは、人類種にしか使えないオゾムパルスの本当の使い方を知っていたからだ。
ダリエリが放った、人類原種のエルクゥ波動を浄解する緑の光、ヘル・アンド・ヘブンが、ダリエリにEI−01と呼ばれたヤツの身体を打ち貫いたとき、俺が持っていたお守りが発動した。――
……ダリエリか?まさか、そんな姿に転生しているとは思わなかった……!
(柏木耕一。――お前、ここで何をしている?)
……負け犬に声をかけてくれるか?……所詮、俺は”次郎衛門のなり損ない”に過ぎないのに。
(……俺は亡霊には用はない。――用があるのは、人類原種に闘いを挑んだ人類の戦士、柏木耕一だけだ)
……勝てたのは、君の力だ。……俺は、あまりにも非力すぎた。……大切な人たちを皆、傷つけそして失ってしまった。戦士と呼ばれるのにはあまりにもおこがましすぎる。今の君のほうが、人類の救世主といえる。
(……諦めるな。救いはある)
そういって、ダリエリは俺にTHライドを差し出した。
(……梓にはアズエルのTHライドを。楓にはエディフェルのTHライドを使え。彼女たちのオゾムパルスは、THライドの中で再生の時まで暫し眠りにつく。来栖川一族が、リズエルが遺した遺産を元に、THライドを守る最強の護衛者(ガーディアン)を開発している。来栖川京香に請うが良い。そしてあの二人には――)
二人?……うん、一人は千鶴さんか……だとしても、初音ちゃんは死んではいないぞ――――おい?ダリエリ、今、なんて言ったんだ?――――
MMMバリアリーフ基地に近い天王洲公園のベンチですっかり寝入っていた竹田輝夫は、奇妙な気配を覚えて目覚めた。
「……柳川?!」
「……無防備だな」
柳川は竹田を見下ろしながら、相変わらず嫌味そうに笑っていた。
「……なるほど。ダリエリとは、ヤツのコトだったのか」
「――――」
「驚くことはあるまい。エルクゥの血を持つ者同士の交感現象だ。お前が見ていたヤツとの夢を、近くにいた俺に幻視現象を起こさせていたのだ」
「……彼には――藤田浩之には、その事は――」
酷く狼狽して言う竹田の様子がツボに入ったらしく、柳川は意地悪そうに笑いだした。
「おい――」
「……判っている。しかし、あの男もいづれそれは知るコトになろう。それが運命というものだ」
柳川に諭され、竹田は黙り込んだ。竹田もそのコトは感じていたからだ。
「……ところで、何のようだ?」
「公園でうたた寝する冴えない探偵に仕事を持ってきた。昨夜、来栖川電工の研究所施設から、THライドが一基盗まれた」
それを聞いた途端、竹田は思わず立ち上がっていた。
「――まさか、EIナンバーズ?」
「いや、盗まれたのは地球製のTHライドだ。第一、EIナンバーは既に全基、出荷済みだろうが」
「……そうだったな」
竹田は、ふぅ、と溜息を吐いて再びベンチに腰を下ろした。
「しかし、いづれにせよTHライドが奪われたのは事実だ。こんな時分にあれを盗むのは、十中八九、EI−01の手の者の仕業であることは間違いあるまい。捜すのに協力しろ」
「……それが他人にモノを頼む態度か?」
竹田は小声で嫌味を呟いた。柳川を挑発しているコトは明白である。
だが、柳川はそれを、鼻で笑うだけにとどめた。
「そんな憎まれ口を叩けるうちは、まだ貴様は腑抜けではない。――今の貴様にはまだ、護りたい者が、居るのだろう?」
「――――」
「何だ、その不思議そうなものを見る目は?」
「……い、いや……」
最愛の女性、柏木千鶴を殺した忌むべき男。
柏木の男たちが苦しめられてきた呪縛を断ち切れず、暴走に身を任せ、果たして全てを失った哀れな男。
そんな男の言葉が、やけに心に深く染み入る。竹田は一種の感動を覚えるが、しかし顔に出そうになるのを誤魔化すように、彼は慌ててベンチから腰を上げた。
* * * * * * * * *
終礼のチャイムが鳴ると、生徒たちは一斉に立ち上がり、いそいそと帰り支度を始めた。
結局講義がない浩之は、物理準備室でずうっと、呆然と今日一日を過ごしていた。
「……うーむ。これだったら家で寝ていれば良かったか――」
とぼやいたとき、準備室の電話が鳴った。浩之は大きく背伸びしてから受話器を上げると、それは職員室から、来客が訪れているとの連絡であった。
「……もくじ?ページに知り合いは居ないけど……はいはい冗談ですって、すぐ行きます」
物理準備室から飛び出すように出てきた浩之は、直ぐ下の階にある玄関へ向かった。来訪者はそこにいるらしい。
階段を下りて玄関を伺い見た浩之の視界に、一人の背広姿の男が入った。
何とも印象的な男である。リムレスの丸メガネの下にある、ボールペンでぞんざいに一本書きされたような、糸のような細い目の持ち主。浩之は、どこかニヤついているような顔つきよりも、その目のほうに気を取られてしまった。これほど印象深い顔なのに、浩之にはまったく記憶がない。いったい何者であろうか。
「……え……っと」
「藤田浩之さんですね」
浩之が声をかけようとするや、先に来訪者のほうから声をかけてきた。
「……え……あのぅ……どちらさまで?」
「あなたのファンです」
といっていきなり、来訪者は浩之の両手を掴んだ。
「ぼくたち、ともだちだよね」
「――まてい(汗)」
「冗談です」
顔面汗だくになった浩之をみて、この酷くなれなれしい来訪者は意地悪そうに笑った。
「失礼しました。私は陸幕2部の黙示政樹ともうします」
「陸幕――」
暫し呆気にとられた浩之だったが、やがて気を取り直し、
「――あ。そうか、MMMの情報部に、陸上自衛隊の幕僚本部から出向している人が居ると聞いていたっけ。これは失礼しました、なにぶん新参者で……って、ところで何のご用で?」
「藤田さんの護衛です」
「護衛?マルチにつくのならいざ知らず、俺についてどうするんですか?」
きょとんとする浩之に、黙示は肩を竦めてみせた。
「……君は、自分で思っているほど以上に重要人物だと言うことを自覚していないね。君はあのマルマイマーの所有者であり、――そして、彼女の心の支えであるコトをもう少し誇りに思うべきだろう」
「はぁ……」
言われてみれば確かに黙示の言うとおりである。指摘されて浩之は、自分が所属するMMMと言う組織が、異星人と戦争している最前線であることを思い出した。
『足りないところは勇気で補えっ!』
『いてまぇっ!うたわしたれっ、ボケっ!!』
『ナマムギ、ナマゴメ、三段飛行甲板空母TH弐式発進!』
浩之は少し俯き加減に嘆息した。
「……どうかされました?」
「あ……いや、何でもないです」
「そうですか。ところで、お時間ありますか?」
「……時間?え、ええ。――何かあったんですか?」
「デートしません、デート?」
「…………」
「ヤだなぁ、冗談ですよ冗談、はっはっはっ。でも、少しお話を聞きたいことがあるので、お近くの喫茶店までおつきあい願えませんか?」
加えて、こんな変な陸幕の男が出向する組織。浩之は堪らず不安がった。
「……こういう150円コーヒー店のカウンターで、立ったまま話を聞くというのはやはりアレですかね」
「…………」
「あ?怒った、怒ったでしよう?」
「……いや、そういうワケじゃなくって…………」
浩之は、レミィの太陽を思わせる陽気さと少しベクトルがずれているような、こういう変に陽気過ぎるタイプには会ったコトが無かったので、自分はこういうタイプが心底苦手なんだな、とようやく知った。
「……ところで、ご用って何ですか?」
「マルチのコトです」
「PC9821Cシリーズ?」
「そうそう。私、昔コ○マ電器で、5台限定で千円で売られたヤツを3日徹夜して買ったコトがあるんですよ」
どうやらボケに関しては黙示のほうが上手であった。浩之は渋々軌道修正を図った。
「……で、うちの来栖川電工製KHEMM−12SPX型万能女中機、愛称マルチのコトで、何をお聞きしたいのですか?」
「ええ、これを見て下さい」
そう言って、黙示は内ポケットから数枚の写真を取りだした。
「……ん?」
浩之はマルチの写真かと訝ってそれを手に取ると、そこに写っていたのは、陽気にVサインをしている黙示と、その隣で無表情にいる奇妙な栗毛の美女だった。
奇妙と感じた違和感の正体は直ぐに判った。
美女の耳には、マルチと同じ耳カバーがついていた。つまり、この美女はマルチと同じメイドロボットなのだ。
「可愛いでしょ?」
ニコニコ笑って写真を指す黙示に、浩之は戸惑った。なにせ可愛いと聞いて指しているものが、黙示の顔だったからだ。間違いなのか本気なのか。
「……ええ、まぁ」
「やっぱり。うんうん、同性も可愛いといってくれるか」
本気だったらしい。浩之は今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。
「でも、私より、隣にいるメイドロボットのほうがもっと可愛いんですよ」
「……あのぅ、メイドロボット自慢だったら、後にしてくれませんか?ここは学校から近くて、生徒たちの目もあるし……」
「うちのメイドロボット、ミクっていうんですよ。来栖川電工製の、通常の生産ラインで作られたタイプではなく、オーダーメイドされた特別製の万能女中機、KHEMM−AS型。自慢の愛機です」
「……ひとの話をきけい(怒)」
「藤田さんトコのマルチも特別製でしょう?HMシリーズの試作機で、最初にこころを持ったメイドロボ。まるで人間と遜色のない感情を持ったロボット」
浩之は沈黙するが、黙示がMMMに関わっている以上、マルチのコトは知っていてもおかしくはない。ただ、自衛隊の人間にもマルチのコトを知られていたことが少しショックだった。
黙示は、そんな浩之を見て、にぃ、と笑う。まるで浩之が悩んでいる姿を楽しんでいるように。
「きみのところにいるマルチは、本当に良く出来たロボットだ。あそこまで人間に近い――いや、人間そのもののようなAIが生み出されたのは、奇跡と言えよう。…………実にうらやましい」
「……うらやましい?」
浩之は黙示の言葉に訝った。
「――藤田さん。キミは、マルチを抱いたコトはないかね?」
「抱く……?」
「抱っこじゃないよ。――男と女の営み」
浩之は困窮した。黙示の口元は、そんな浩之を見て一層、妖しくつり上がった。
「……わたしは、ミクを愛している。一人の女としてね。――キミもそのハズだ」
Bパート(その2)へ つづく
東鳩王マルマイマー第11話「希望の消えた日(Bパート(その1))」