東鳩王マルマイマー・第11話「希望の消えた日(Bパート(その2)」 投稿者: ARM(1475)
【承前】

(――こいつ、アレか?)

 公然と、メイドロボットを抱いていると言い放った黙示に、浩之は絶句した。
 なのに、浩之は、黙示から狂気を感じなかった。
 黙示は、浩之を真っ直ぐ見ていたからだ。

「(……何なんだ、こいつ」)

 浩之がそう思ったのと同時に、黙示が一字違わずそれを口にした。

「――――?!」
「……驚かせてしまったようだね」

 黙示は、にぃ、と笑った。

(まさかこいつ――)
「(――相手の心が読めるのか?」)

 またである。浩之は慄然となった。

「……半分正解。私は、相手の心が”見える”」
「――”見える”?」

 黙示は頷くと、右手を自分の左胸に重ね当てた。

「我ながら的確な表現とはいえないが、とにかく見えるのだ。人の心の中にある、ある動きを見知るコトで、相手が何を考えているのか判る特異体質――能力者と言ったほうがいいのだろう。この能力のお陰で、私はこの歳で一佐になれた」
「…………」

 黙示を見る浩之の顔が、不快感から険を増した。

「怒らせてしまったようだね。しかし藤田さん。キミがマルチを一人の女として見始めているのは揺るぎ無い事実だ」
「……莫迦を言え。マルチは機械仕掛けのロボットだ。一人の女としてなど……」
「キミは人間でなければ、愛される資格はないと思っているか?」
「――そんなコト!!」
「あるワケ無い――あるワケ、な」

 周り構わず怒鳴りつけた浩之に、しかし黙示は臆するコト無く言ってみせた。

「……愛する、と言うこころの働きは、決して種の保存に突き動かされるモノばかりではない。愛にはいろんな形がある。そしてどんなモノにも愛される資格はある。――私は、ミクが私に尽くしてくれるメイドロボットだから、それに応えているだけだ。オーダーメイドで装備したセクサロイド機能は、私がミクを女として愛しているコトを形として応えたいためにつけたモノに過ぎない。ミクを抱けなくとも、私はミクを愛し通せる自信はある。……たとえ、私たちの間に越えられない深く暗い谷があってもだ。――イかれていると思うか?キミなら判ってくれると思ったのだがな、藤田浩之よ」

 黙示は終始、真っ直ぐな眼差しで浩之を見ていた。
 蛇に睨まれたような気分だった。
 だが、浩之の中からは、黙示に対する怒りや苛立ちが、いつの間にか晴れていた。
 この男は、決して狂っていない。
 あまりにも危険だが、しかし浩之はその事を確信せざるを得なかった。

(……お前は特別なんだ。――心がある。無茶な命令は拒否することだって出来る。――心をもったロボットは、もうロボットとは言えないんだよ!お前は女の子だ。俺の大切な、俺が愛している、俺の女だ!)

 かつて、傷つくことを怖れず戦場へ赴こうとしたマルチを止めようとして、浩之はこう叫んでマルチを引き止めようとしたコトを思い出した。あの時は狼狽していた所為もあり、本心からの言葉だとは浩之も思っていなかった。マルチを引き止める詭弁だったとさえ思っていた。
 だが、目の前にいる男は、他人のこころが見えるというこの男は、そんな浩之のこころの奥底にあった想いを見抜き、肯定してしまった。

「……確かキミには、神岸あかりさんという婚約者が居たね。彼女に気を遣ってのコトか?」

 それを聞いた途端、浩之は黙示をきっと睨んだ。
 黙示は頭を振った。

「……たとえば、だ。幼なじみの彼女がもし、人間でなかったらとする。何でもいい。神様だろうがエルクゥだろうが、だ。しかし同じように一緒に暮らし育ったとしても、キミは人間ではないからと言って愛さなかったのか?」

 無茶な質問である。浩之は応えなかった。
 しかし、考えてしまった。答えなど出しようがないのに。

 あかりが人間だったから、自分は愛したのか?
 そうでは、ない。――そんなコト、あってたまるか。
 なのに、俺があかりを愛しているこの気持ちは、マルチへのそれとどう違うというのだ?
 二人とも、俺にとって大切な”ひと”だ。――――

 なぁ、あかり。人とロボット、どう違うんだ?――だってさ、人の内臓だって、機械で代用できるじゃないか。いつか人が、全身の四肢を機械と差し替えられる時代になったとして、記憶さえも移植されるようになったら、そんな人間は人間と言えるのか?――こころが、ある限り、か。でもさ、AIなんかでプログラミングされたものはどうする?――同じ?――ああ、そっか。そうだよな。人間だって、生まれ持って全てを知り尽くしていたわけじゃないしな。他人から教わった知識や色々な経験を自分なりに組んで”自分”を作るのだから、それをプログラミングと言わずして何と言おう。プログラミングされた心を否定することは、人間の心を否定するも同じか…………そうだよな。やっぱり、こころまでは、機械仕掛けには出来ないよな。

「……こころまでは機械仕掛けには出来ない、か。キミの婚約者は佳いコトを言う」
「――て、手前ぇっ!!」

 またも心を”見られた”浩之は、とうとう堪りかねて黙示の胸ぐらを掴んだ。

「――俺の心をかき乱して何が楽しい?俺がマルチとあかりを同じくらい愛していようが、貴様には関係ないことだろうがっ!」
「……関係……あるさ」
「どういう?!」
「キミは、私と同じ目をしている」
「莫迦野郎!どこぞの映画みたいなコト、真顔でゆうなっ!」

 浩之が歯をむき出しにして睨むと、黙示の貌が不意に昏くなった。

「……素直に認めたまえ。それを認めない限り、キミも、マルチも神岸さんも、みんな不幸になる」
「不幸、だと?――貴様に何が判るというのだ?」
「判るの、ではない。――”見える”のだよ」

 物怖じせずいう黙示に、浩之は堪りかねて突き放すように黙示の胸ぐらから手を離した。ただ、もうこれ以上はうっとおしいかっただけなのかもしれない。浩之は大きく深呼吸すると、カウンターの上にあった自分のコーヒーを一気に飲み干し、その場から去っていった。黙示は止めようともせず、その背を見送っていった。
 浩之が喫茶店から出て視界から消え去ると、黙示は自分のコーヒーカップを手に取り、少し飲んだ。

「…………言わずにはいられなかったのだよ、藤田浩之。……どうしても。……君たち三人の”こころ”を”見て”しまった以上はな」

 そう呟くと、黙示は、カップの中のコーヒーに映えている自分の顔をまじまじと見つめた。

「……運命とは、残酷なモノだ。――私はそんな運命を弄んでまで、美紅を取り戻そうとしている。――勝手な言いぐさだが、私にとって、君たちは希望なのだ。自分勝手な男だと恨んでくれてもいいよ、藤田浩之」

 そう言って黙示はコーヒーを飲み干した。まるでコーヒーに映える土色の自分の貌を消し去るように。それは今の黙示には思い出したくない貌だった。

   *   *   *   *   *   *   *   *   *

「どうしたのですか、マルチ姉さん?」

 メインオーダールームの掃除で、モップを持ったまま呆然としていたマルチに、アルトが気になって声をかけた。マルチはアルトに声をかけられ、はっ、と我に返った。

「あ、いや、何でもないですぅ(汗)。久しぶりの出番だったので呆然としちゃって(大汗)ってそーゆーミもフタもないコト言っちゃまずいですよね」
「なにを訳の分からないこと言っているのよ、マルチ」

 と、アルトの横からメイド服姿のレフィがツッコミを入れた。

「まだ、その新しいボディが馴染まないわけ?」
「……うん。多分」

 アルトとレフィは肩を竦めた。

「……どうしようもないわね。いったい、どうしてそんなに馴染まないのかしら?」
「もともと、マルチ姉さんは闘うために設計されたワケではない。そんなシステムに、無理を強いるコト自体が間違いなのだ」
「でも……わたしでないと……オゾムパルスブースターと化した妹たちを元に戻せませんし……」
「それよ、それ!」

 と、レフィがマルチの鼻先を指した。マルチは驚いて、寄り目でレフィの指先を見つめた。

「なんでマルチばかりに浄解をやらせているのか、前々からボクには理解できないのよ」
「以前、わたしのTHライドが特別製、って長瀬主査がおっしゃってましたけど」
「――うンにゃ!いくらマルチのTHライドが発する緑色の光が、暴走したTHライドを正常に戻せるとはいえ、人が作りだしたモノで、ましてやメンテナンスも出来るンなんだから、唯一無比の特別製とは言い切れないでしょ?同一システムのモノをボクたちにも装備できるでしように!」
「確かに、な。――自分はレフィとは別の面で、納得できないところがある」
「「?」」
「地球人が作ったTHライドを、何故エルクゥが狙うのか、だ」
「「…………」」
「我々のメモリー内には、ヨークの中から発見された、THライドの原型となったエルクゥ製のTHライドの存在がメモリーされている。狙うのなら、稚拙なレプリカより、原型のTHライドを狙うべきではないのか?」
「原型のTHライドだと、オゾムパルスが発生出来ないからじゃないの?」
「どういうコトだ、レフィ?」
「前に初音さんが言ってたじゃない。エルクゥはオゾムパルスが使えない、って。――ボク、思うの。地球製のTHライドって、地球の素材で造ったレプリカだからオゾムパルスを発生させてしまうんじゃないかって」
「でも、そんなコトいうと、来栖川グループがそんな危険なものを野放しにする理由をどう説明します?」

 マルチの疑問に、アルトとレフィは、そういえば、と同時に頷いた。

「マルチ、あんたにしては珍しく鋭いわね。……でも、本当どうしてなんだろう?」
「来栖川が意図的に欠陥品を市場に投入するとは考えにくい。しかし気づいていないとは到底思えない。異常がないから投入するしたハズですし」
「わたし、思うんですけど……」
「「??」」
「……暴走するTHライドって、もしかして特別なメリット……いえ、特別な何かがあるのではないのでしようか?」
「「…………う〜〜む」」

 アルトとレフィはマルチの指摘に唸った。

「たとえば……」
「「たとえば??」」
「それに気づいた人に、おまけでもう一体メイドロボットがプレゼントされるとか」

 珍しくマルチが議論に積極的に参加していたモノだから、二人とも期待していたのだが、しかし今ひとつ捻りのないマルチのボケに、二人は一緒に嘆息した。

「……ボクたちメイドロボットはおもちゃの缶詰かい(^_^;」
「過去に暴走したTHライドを組み込まれたメイドロボットは、全部量産ライン上を通って組み立てられたものです。その点からして、意図的な要素は薄いといえます」
「だとすると…………」
「「だとすると??」」

 しかしマルチは首を傾げて黙り込んだままで居た。

「……何よマルチ。何をもったいぶっているの?」
「い、いえ、そうじゃなくって……もしかして、暴走するTHライドって、エルクゥが造ったものじゃないかなぁ、ってそんな気がして」
「……マルチ。ボクがさっき、エルクゥ製のTHライドはオゾムパルスを発生させないって推測、聞いていないの?」
「そ、それは仮定に過ぎないから……」
「しかし、そんな物騒なものを生産ラインに流す必然性はまったくありませんよ」
「だ、だから……わたしも違うんじゃないかなぁ〜〜って思って言うのを止めたんです〜〜〜ぅ(泣)」
「ねぇ、マルチ〜〜、チョット来てぇ〜〜」

 と、困っていたマルチを、向こうの席から呼んだのは綾香だった。マルチは渡りに船とばかり、元気良く返事して綾香の元へ走っていった。

「……まったく。うちの切り札様は呑気でいけないわね」
「あの明るさがあるから、マルチ姉さんは強いのさ」

 アルトが、ふっ、と笑みを零した。だが、レフィが何も言わなくなったのに気づき、怪訝そうな面持ちを(無論、感情表現が唯一出来る口元ではあるが)レフィに向けた。

「……どうした?」
「……いや。ただ、マルチの言うことにも一理あるかな、って思っただけ」
「しかし、自分はメンテナンスでレフィやしのぶのTHライドを見たことがあるが、市販されているTHライドと何ら変哲もなかったぞ」

 アルトがそういうと、レフィは頭を振ってみせる。

「そのTHライドが――エルクゥが作ったモノとまったく同じ仕様で造られていたら?」

 レフィの疑念に、アルトは暫し絶句する。

「……あり得ないコトではない、な。――しかし、いくらなんでも、マンガじゃあるまいし、エルクゥ製のTHライドが市場に紛れているなどと、あまりにも非論理的だ」
「ボクだってそう思っているさ。――意図的でない限り」

 二人は思わず黙り込んだ。

「……判らなすぎる」
「うん……」
「整理してみよう。主査いわく、マルチ姉さんのTHライドが特別な造りになっているらしい……また、暴走するTHライドも、特別なモノである可能性があるらしい……そして、オリジンであるエルクゥのTHライドが地球製と遜色ない造りになっているらしい……」
「あくまでも仮定だけどね」

 そう言うと、憮然とするレフィは指先で頬を掻いた。

「……こんな時、フォロンと常時リンクしているしのぶがいたら、それなりに分析が出来るんだけど……こういう日に限ってあの娘、外回りしているし」
「……なぁ、レフィ」
「ん?」
「そもそも……THライドとは、何なのだ?」

 奇妙な疑問である。人間で言うなら「心臓とは何なのだ?」と言う内容である。捉え方によっては実に哲学的な内容だろう。
 答えは簡単だ。答えるのは実に簡単だ。
 しかし、それを肯定できるのは、他から与えられた知識があるという前提があってのことである。
 ――その知識がもし、偽りの知識だとしたら。
 自分たちが「知識」として与えられた「情報」が、真実でなかったとしたら?

「「……ありえん……そんなコト、あってたまるか」」

 アルトに言わせてみれば非論理的な推論である。しかし二人とも、釈然としないものを感じてならなかった。

            Bパート(その3)へ つづく