【承前】
「……あー、もう、うざったい!」
レフィは両腕を振り上げて忌々しそうに言った。
「ボクたちメイドロボットは、与えられた情報のみに動けばいいの!余計な推論は人間に任せる!それでいいじゃない!」
「……ふっ。自律AIの持ち主が言う台詞ではないな」
「なによぉっ!」
睨むレフィに、アルトは苦笑してみせた。彼も、それで佳いのだと納得していた。
「……まったく。珍しくマルチが真面目な話題に乗ってきたモンだから、ボクたちまで深刻になっちゃったじゃないの!マルチ!一発ブン殴ってやる!」
「おいおい(汗)」
「いーのよ!だいたい、マルチが真面目な話をすること自体間違っているのよ!あーゆーのが不断しないようなコトすると、ろくなコトが起きないのよ。雪でも降るわよ、きっと!」
「おいおい(苦笑)」
「そうでなかったら――――」
みぃ――――っ!それに呼応するように、緊急事態を告げる警告アラームがメインオーダールームに轟いた。
「――城西地区F91に、オゾムパルス反応増大!オゾムパルスブースターが出現した模様ネ!」
オペレーションシステムの一部変更によって改装されたコンソール席に座っていたレミィが、モニターに映し出された情報を元に、MMM長官の綾香に報告した。
「……ほら、みなさい」
レフィは、ぎりっ、と歯噛みしながら呟いた。
(……今度、マルマイマーがヘルアンドヘブンを使用したら、マルチのボディが保つかどうか、五分五分……。)
観月主任がシミュレートした、ヘルアンドヘブンの危険性に関する報告データがレフィの脳裏をかすめていた。
戦慄くレフィの左肩に、アルトの右手が重なった。
「……行こう、レフィ。――50パーセントの可能性なら、残りの50パーセントを我々で補えばいい」
「……ええ」
もう一人の自分に励まされたレフィはようやく、ふっ、と口元に笑みを零した。
『――場所は渋谷区初台方面。現在、霧風丸が交戦中でス』
学校へ戻る途中だった浩之は、レミィから緊急通信を受けて急遽引き返し、通りがかったタクシーに飛び込んで通信機から情報を聞いていた。
「わかった。長瀬のおっさん――いや、主査に、俺を月島辺りで、TH壱式で拾ってくれるよう手配を取ってくれ。――で、マルチは?」
『一応、出撃の手配は取ったヨ』
「そう……か」
浩之は、ちぃ、と舌打ちし、
「出来るだけマルチには戦闘でのダメージを押さえるようにしてくれ。タダでさえヘルアンドヘブンの反動で、ボディがボロボロになるんだ。霧風丸を主力にして、核となっているメイ……いやコア部を摘出させるんだ」
『でも、コア部を露出させる必要があるよ』
「そん時は、超龍姫のパワーを使ってえぐり出させる」
『無茶言わないでヒロユキ。コア部を摘出したときに、機体が爆発したら、イレイザーヘッド無しでどうやって消去するの?』
「う……」
レミィに諭され、浩之は冷静さを欠いている自分に気づいた。
「……済まねぇ」
通信機の向こうで、レミィは少し嬉しそうな笑顔を横に振った。
『Don’t mind!……マルチのコト、心配しているの、ヒロユキだけじゃない。アタシもアヤカもハツネもトモコも、それに、ア――』
「……爆発か。――初台といやぁ、新宿新都心の直ぐ近くだったな。避難状況は?」
『避難?ええ、OZB出現ポイントを中心に、半径10キロ四方に避難勧告を発令しているヨ。でもサスガに人が多すぎて、避難しきれていないワ』
「10キロも?ディバイジングクリーナーを使えば1キロも要らないじゃないか………………ディバイジング……クリーナー……」
『……What’s?ヒロユキ、どうしたの?』
レミィは浩之の様子がおかしいコトに気づき、応答を求めた。
「……俺に、ヘルアンドヘブンに代わる考えがある。ディバイジング・クリーナーの出力を8割以下に押さえるんだ」
『どういうコト、浩之』
綾香が通信に割って入ってきた。綾香はレミィからヘッドフォンを受け取り、浩之と会話を続けた。
『綾香か。残りのディバイジングエネルギーを使って、ヘルアンドヘブンの代用にするンだ。詳しくはそちらで説明する。――そうだ、前にあかり達を助け出した時のアレをやるんだ』
「……なるほど。ディバイジングクリーナーで核を取り出すワケね。判った。マルチたちにはそう伝えるわ。アルト、レフィ、マルチ、準備良い?」
『――おい、待った!マルチはまだ居るか?』
「?あ、うん、ちょうど出ようとしていたところ。――マルチ、来て」
綾香に呼ばれて、戦闘服に着替えたばかりのマルチがとことこと駆け寄ってきた。
「あ、ご主人様。何でしょうか?」
愛している。
『……あ、いや……無茶するんじゃねぇぞ』
「あ、はい!」
マルチは嬉しそうに答えた。
通信機を切った浩之は、危うく口を衝いて出そうになったあの言葉に、一人動揺していた。
「……お客さん。なんか辛いことでもあったんですか?」
今まで無関心を装っていたタクシーの運転手は、赤信号に捕まったついでもあったのだろう、浩之の様子に堪りかねて訊いた。
「?」
「……いや、あたしがゆうのも何ですが……とても哀しそうな顔……してますぜ」
そういって運転手は、こんなもんで申し訳ないが、と運転席の脇に置いていた紙タオルを浩之に差し出した。
「……?」
「……とりあえず涙を拭いて。着くまでには笑顔で降りられるようになってくださいな」
浩之はそこでようやく、自分がくしゃくしゃになって泣いているコトに気づいた。
いつもなら平気で彼女に言えるはずの、そんな簡単な言葉。
ミクを抱けなくとも、私はミクを愛し通せる自信はある。……たとえ、私たちの間に越えられない深く暗い谷があってもだ。――イかれていると思うか?キミなら判ってくれると思ったのだがな、藤田浩之よ。
黙示のあの言葉が脳裏をかすめてしまい、どうしてもそれが言えない自分が、とても悔しかった。
「……マルチ。どうしたの?」
「え?」
「それ」
と綾香は、マルチの頬を指した。
つううっ、と涙が頬を伝い落ちていたのだ。
「……浩之、なんか無茶なこと……言ってたっけ?」
「え……?え……?」
混乱するマルチは慌てて、袖で涙をぬぐい取った。
マルチにも、自らが涙する理由が判らなかった。
ただ、何となく、嬉しさと、何故か例えようのない哀しさが、感じられた。
「――うわぁっ!!」
霧風丸は、オゾムパルスブースターの鋼鉄触手に弾かれて道路に叩き付けられた。その衝撃の凄まじさを物語っているのが、霧風丸が叩き付けられた道路のアスファルトが波立って粉々に弾けたのを見れば判るだろう。
『霧風丸!?』
「――大丈夫です」
ミスタの呼びかけに応答して、平然と飛び上がった霧風丸は、オゾムパルスブースターと距離を取って着地した。道路の上に鎮座する巨大なクラゲを想起させるOZBは、かつてのEI−02と同じように、周囲の電器製品や建材を取り込んで十メートルもの巨大な姿に膨れ上がっていた。
「……今度のOZBは、EI−06やEI−07のような火力は皆無とはいえ、出力的には今までのタイプとは比較にならないほど大きいです。その割にはひとつも移動しようとはしないのですが、やはり、KHEMM−AS型には、報告にあった通り、ロストナンバーのひとつ、”りねっと”のTHライドが搭載されていたのでしょうか?」
『可能性はある。――あの「静かなる黙示」なら、可能だろう。動機も、ある』
「……『オゾムパルス・リーダー』」
霧風丸は戦慄した。ただし、目の前の敵ではなく、この事件を引き起こしたと思しき人物に、である。
だが、いつまでも動揺しているわけにはいかなかった。逃げまどう人々の悲鳴が、霧風丸に一層の緊張を与えた。
OZBは人々を捉えようと、無数の鋼鉄触手を振り乱しているのだ。
「マルマイマーが来るまで被害を増やすわけにはいかない!――『超分身殺法』!」
そう叫ぶが早いか、霧風丸は全身にミラーコーティングを張り、跳躍する。
すると突然、ミラー粒子で光り輝く霧風丸が3つに別れるや、人々に襲いかかっていた鋼鉄触手を次々と切断・粉砕していったのである。
分かれた光の正体は、ミラー粒子が剥がれていくと共に判った。それは合体を解いたしのぶと狼王、翼丸であった。鋼鉄触手を尽く粉砕されたOZBは、とどめとばかりにしのぶが放ったシルバークロスに両断され、その衝撃で吹き飛ばされた。
「……直に再生するでしょうが、少しは時間稼ぎになるというもの。――来ましたね!」
しのぶが背後の空へ振り返ると、TH弐式の機影がしのぶの全身に落ちた。
「お待たせしました、しのぶさん!ディバイジング・クリーナー!」
掛け声と共に、ディバイジングクリーナーの刷毛先を突き出したマルマイマーが、アルト、レフィと共に落下してきた。しのぶとOZBとの間に割って入るように着地したマルマイマーは、DCのディバイジング(空間湾曲)エネルギーを80%出力で解放した。
解放されたディバイジングエネルギーが、初台から新都庁舎がある西新宿方面を目指すように、甲州街道を光の飛沫をあげながら走り抜ける。まもなく新都心に、相対性理論で語られるところの「重力場」つまり「空間の歪み」であるアインシュタイン空間とは異なる性質を持った、巨大な戦闘フィールド、位相空間(アレスティング・レプリション・フィールド)が形成された。
「……ディバイジングクリーナーを使用したか。ふふっ、ワイズマンさまの狙い通りね」
新都庁舎の屋上で、柏木楓の顔を持つ鬼界四天王がひとり、エディフェルが満足そうに笑った。
その横には、柏木梓の顔を持つ、同じく鬼界四天王がひとり、アズエルが、何故か憮然とした面持ちでARF発生の様を見届けていた。
「……アズエル姉さま。何をそんなに不満なのですか?」
エディフェルは、アズエルが複雑そうな顔をする理由を知っているかのように、妙に意地悪そうな笑顔を浮かべて訊いた。
「……不満と言うわけではない。ただ」
「ただ?」
するとアズエルは暫し沈黙し、やがて重々しそうに口を開いた。
「…………こんなやり方、好きではない」
「こんなやり方?――あの黙示という男の計画を利用したコト?それとも、我らがエルクゥの女王、クイーンJ様の復活が?」
エディフェルは、まるでとがめるような口調でアズエルに訊く。
アズエルは応えなかった。
「――アズエル姉さま。貴女が言いたいコトは判ります。私とて、母さまの復活は大変怖ろしい事態を招くコトは承知しています。――でも……でもね」
次第に神妙な口調になっていくエディフェルをいたたまれなくなったか、アズエルは妹のほうへ困却する面を向けた。
エディフェルは辛そうな面持ちで親指の爪を噛んでいた。
「……ジロー……エモン」
「……えっ?」
「……ジローエモン。それであのヒトを取り戻せるというのなら……わたしは……たとえ神だろうが、邪魔する者は排除する……!わたしは二度と手放さないから……二度と……二度と!」
エディフェルは弾けるように叫びんで立ち上がるや、屋上から颯爽と飛び降りていった。そんな妹の背を、アズエルは終始複雑そうな顔で見送った。
「……哀れな……女……。――でもね。そんな貴女がとても幸せに見えるのは何故かしら……。ねぇ、リズエル姉さま。あたしは……あたしは……」
少し伸びた栗色の髪先が、ビルの上昇気流に煽られて上を向いた。
露わになった梓の顔は、まるで迷子になって途方に暮れている子供のように、とても辛く哀しげであった。
新都心に形成されたARFの縁にいた、汚いフードを被った人影が2つ、穴の中でOZBと戦闘を続けているマルマイマー達の様子を伺っていた。
「……予想通り、ディバイジングエネルギーは一部のみ解放したか」
ひとりは、あのワイズマンであった。ではもう一人は?
もう一人がフードを脱いだ。その中から出てきたのは、鬼のような凶相を持った男であった。以前、柳川によって屠り去られた者と同じ、EI−01のエルクゥ細胞を埋め込まれたEI−01の替え玉(ウォーリアー)であった。
「さぁ、リズエルよ。ヘルアンドヘブンを使うのだ!……その時が、我らが救いの神、『エクストラ・ヨーク』の復活の始まりなのだ!」
Bパート(その4)へ つづく