ToHeart if.『正調・幻相奇譚』第2話 投稿者: ARM(1475)
【承前】

「ドッペルゲンガー」。

 または「ダブル」とも呼ばれているそれは、一人の人間が同時に二ヶ所に存在する、多重存在現象のコトを言う。超常現象研究家の間では、ドッペルゲンガーとは、本人に知覚されたもう一人の自分の場合のみであり、他人に知覚されたものは「生者の幻像(イリュージョン)」というカテゴリに括られている。
 ドッペルゲンガー現象は、世界各国で過去にしばしば報告例が残されている。有名な例では、ドイツの詩人・作家ゲーテが、ある日の午後、外出中に今まで見たことのない服を着た自分を目撃していた。しかしそれから八年後、ゲーテはドッペルゲンガーを目撃した同じ場所で、あの時もう一人の自分が着ていた服で外出している自分を思い出した。その為、この例は時空の歪みによるものではないかという説もある。
 また、有名人以外の例として、研究家の間で著名なドッペルゲンガー現象もある。それは19世紀中頃、リヴォニア(現リトヴィア)の小学校に勤めていた女教師のケースで、授業中、彼女が担任を務めるクラスの生徒たちが、黒板の前に立つ二人の女教師を目撃したり、校庭と教室内に同時に存在する女教師を目にしているのだ。
 女教師はもう一人の自分が出現するとき、決まって突然疲労感に見舞われるのだが、それが消滅すると元気が戻っていた。その症例から、もう一人の彼女とは、女教師の「生霊」ではないか、と推測されている。それを裏付ける理由でもあるのだが、この事件が研究家の間で著名な訳は、女教師が存在している時、女生徒がもう一人の女教師の身体に触れる機会があったからだ。感触の手応えはあったらしいが、それは生身のそれではなく、霧を掴むような感触であったらしく、手が身体の一部を通り抜けたそうである。これらから、ドッペルゲンガーは生身ではなく、本人の霊体が外部に漏れてもう一人の自分を作り上げたものではないか?といわれている。
 但し、このドッペルゲンガー現象というものが生じる理由を、超常現象研究家の間でも明確な説が出せないでいた。何故なら、本人に助言を行うケースもあれば、なんと悪意で本人に襲いかかったケースもあったからである。中には現実にドッペルゲンガーが殺人を犯した記録も残されている。いったい、ドッペルゲンガーが出現する意味には何があるのであろうか。
 伝承の中に、その答えを求めた者もいる。そもそもドッペルゲンガーの語源はドイツ語なのだが、ドイツでは古くからドッペルゲンガーは怖れられる存在だった。ドッペルゲンガーは死を告げる者――もう一人の自分の幻像を目撃すると言うコトは、己の死期が迫っているからだという伝承があるのだ…………。

「……てコトは、だ。あかりがドッペルゲンガーを目撃しているというコトは、あかりに死期が迫っている、と言うコトなのか?」
「……さあ?うちにもナンとも言えん」

 保科智子は、憮然とした面持ちで自分を睨む浩之に、肩を竦めてみせた。

「だけど、アレが現れたのは去年の秋やろ?もう、ええ加減、半年も経っとるし、今さら死期もナンもあらへんとちゃう?……そら、最近のあかりは確かにやつれとるけどな、あれはドッペルゲンガーが出没したっちゅうノイローゼの所為やろ」
「とくに、直接的に危害を加える様子もないようですしね」

 相槌を打ったのは、浩之たちの一年後輩である姫川琴音だった。
 屋上にいた浩之に声をかけたのは琴音だった。三人は、学校の図書館内にある閲覧コーナーで、智子が学校や区立の図書館で調べた超常現象の資料をもとに、今回の異常事態に関する対策を話し合っていたのだ。

「ところで姫川さん。来栖川先輩、なんぞゆっとった?」
「来栖川先輩のほうも、その辺りに明るい研究家の方に問い合わせされているそうです。でも、あまりはかばかしくないそうです」
「……そうか」

 浩之は困った顔をして、前に腕を組んで唸った。

「まず、いま調べなきゃならんコトがふたつ。あのヘタレ生霊が、ホンマにあかりのドッペルゲンガーなのか。もしまったく別人の生霊なら、なんであかりに化けとるのか、や」
「あかりのドッペルゲンガーでない、とは言い切れないのが辛いな。あの生霊が出現した当日、あかりは風邪で寝込んでいたから、参加できなかったコトをとても残念がっていたからな」
「でも、それだけの理由で魂が分離するとは考えにくいと思います」
「うちも姫川さんのゆう通りやと思う。来栖川先輩も、あの生霊があかりのドッペルゲンガーである可能性は低いと見とるよぅやし」
「では、別人だとする。ならば、どうしてあかりに化けているのか、だ」
「……多分、藤田さんや神岸さんの知り合いの方ではないかと思うのですが」

 琴音の意見に、浩之と智子も頷いた。

「肝試しに不在だったあかりに化けた、ってのがええ証拠やな。生霊がたまたまあの場に居合わせただけなら、来られなくなったあかりの存在を知っとるワケらへんし。……あきらかに、藤田クンとあかりのコト、知っとらへんと、あかりに化けるマネせぇへんわ」
「……そうだとしても、だ」

 浩之は、ふぅ、と困憊した溜息を吐いた。

「俺とあかりのコトを知っている人間と言っても、結構居るぜ」
「そやなぁ。該当者全員を当たるなんて手広く呑気なマネしとったら、ホンマあかり、ノイローゼで逝ってまぅわ。この際や、手堅いところから当たったほうがセオリーやな」
「「手堅い?」」
「まずは、あの肝試しに参加しとったメンツから調べるンや。偶然居合わせた、っちゅう可能性も捨てがたいが、うちにはあの肝試しが行われるコトを知っとるヤツやないと、あの場に居たとは考えられへんのや」
「それもそうだな。えーと、あの日、参加していたメンツは、まず俺と委員長に琴音ちゃん、芹香先輩と綾香……あ、琴音ちゃん、書き写してくれてんの?済まないね。……って、他は、レミィに理緒ちゃん、葵ちゃん、そしてマルチだ」
「そないに数はあらへんハズや。……って、えーとあれ?そう言えば」
「ひとりだけ、調べられないヤツがいる。そいつは後回しだ」
「……ああ、長岡さんか。そやなぁ、流石にそればかりは今は無理やね」

 長岡志保。
 問題の肝試しを発起した少女。浩之とあかりの中学生時代からの友人で、一緒の高校に入学したが、昨年の初冬、父親の転勤で大阪へ引っ越していった、噂話がとても好きな少女であった。
 浩之にとって、あかり以外に屈託のない付き合い方が出来る異性でもあった。その時ははた迷惑と思っていた「志保ちゃんニュース」さえ、今となっては口から先に生まれてきたような志保らしい付き合い方だったのだと懐かしく思えてさえいた。

「志保は後回しにするとして。しかし、当たる、と言っても、どう当たるンだい?」
「調べ方ですね。もし生霊だとしたら、芹香さんの話だと、生き霊を出してしまった人間は体調が悪くなるそうです。ここ最近、体調がすぐれない人を探せば良いのだと思います」
「俺の知る限り、該当者は……あかりしか居ねぇ」

 浩之は苦笑する。智子と琴音が合わせるように肩を竦めると、浩之はその顔を見回した。

「で、二人のほうは?」
「へ?うちら?」
「手堅いところから、って言ったろうに」
「……まぁ、そうですね。私は特に……」

 琴音は妙に言葉尻を濁す。浩之の顔が少し険しくなると、琴音は慌てて面を横に振った。

「そ、そうじゃないんです!今も、『力』のコントロール訓練を続けていて、結構疲れていますが……!」

 慌てて言い訳する琴音に、浩之は意地悪そうに微笑んだ。

「そんなに慌てなくて良いよ。琴音ちゃんが頑張っているコトぐらい知っているさ」
「……もぅ。藤田さんの意地悪」

 膨れる琴音だったが、それでいて怒っている雰囲気は微塵もなかった。
 浩之は、琴音の努力に感心していた。かつて、自分の超能力を誤解していたばかりに、他人を寄せ付けようとしなかった琴音だったが、浩之が命がけでその誤解を解いてやったコトで、琴音はようやくこころの壁を取り払えるようになった。以来、今までのふさぎ込むような暗い印象は無くなり、同級生たちとも普通につきあえるようになったが、その影で、ときおり屋上や図書室などで、衝動的な能力発現が起こらぬよう瞑想による精神鍛錬に励んでいる姿を見かけるようになった。その甲斐あって、琴音の不幸予知――不幸を想像してしまうような悲観視は、まったく起こらなくなっている。

「で、委員長のほうは?」
「うちならなんともあらへん。前みたく、勉強に打ち込むばかりじゃなくなったしな。休めるときはしっかり休んでる」

 言われてみて、浩之はひどく納得する。今の智子は、相変わらずきつい言い回しをするが、それは個性というか性分なので仕方が無いとして、それでも以前のようなピリピリとした雰囲気はなくなり、今、浩之にこうして応えながらする笑顔も珍しいものではなくなっていた。親友の志保がいない今、浩之以外であかりの異常事態に真っ先に動いてくれたのはこの智子だった。浩之たちにとって、志保の抜けた穴を埋めるのに充分すぎる存在になっていた。

「……そっか」

 浩之は妙にほっとしていた。浩之を取り巻く少女たちの中で、かつて他人を拒絶しなければならない道を選んだばかりに不幸になっていたのは、他ならぬこの二人であった。
 そんな二人が、今、不幸に見舞われているあかりの為に立ち上がってくれた。浩之はこれ以上ない味方が得られたコトと、なにより彼女たちの心の成長が、この上なく嬉しかった。

「――あ、いたいた!ヒロユキ!」

 不意に、廊下のほうから浩之を呼ぶ声が聞こえてきた。この日本人離れした独特なアクセントの主は、この学校には一人しか居ない。とゆうより、声質そのものは、浩之たちは聞き慣れたものだったので直ぐに誰か、理解した。

「なんや、宮内さんかい。どーしたん?」
「うん。一階で、マルチがヒロユキを探していたヨ。なんでも、あかりのコトで急用、だって」
「マルチ?」

 来栖川電工が次世代メイドロボットの試作品として造り出した、限りなく人間のこころに近いAIを持ったHMX−12型メイドロボット、マルチ。実用テストで浩之たちのいる高校に一週間だけ通い、試験運用後は封印される予定になっていたが、その試験中にあった、浩之という人間とマルチとのこころの交流に興味を持った芹香の粋な計らいで封印は取りやめになり、その後も週に3日だが、運用テストという題目を得て学校に通えるようになったのだ。

「あれ、今日はあいつ、学校に来る日ではなかったよな。――まぁ、いいや」


 浩之たちが一階の玄関に来ると、そこには制服姿のマルチと、その傍らに立つ白衣姿の中年男がいた。

「やぁ、藤田クン、ひさしぶり」
「あれ、長瀬のおっさんじゃないか。何の用?」
「来栖川のお嬢さまたちに頼まれてな。神岸さんに、奇妙なことが起きているそうじゃないか」
「う、うん……まぁ」
「今日来たのは、及ばずながら事件解決に手を貸そうと思ってな。ほら、マルチ、振り返って」

 長瀬主任に言われて、マルチは浩之たちのほうへ背中をみせた。

「わぁ、可愛い。それ、マルチちゃんの?」

 喜色の琴音に、マルチは複雑そうな顔で照れてみせた。

「……ランドセル?」
「ランドセル型の量子感知器だよ。聞けば、相手は生き霊とか」
「……まさか、それって、幽霊を感知できる機械とかゆうんぢゃ」
「なんだね、その胡散臭そうな目は」
「長瀬主任〜〜、やはりこのランドセル型とゆうのがいけないのでは……」
「何かね、マルチ。お前までマニアック呼ばわりするのかね」

 浩之が指摘する前に、長瀬主任自らが白状していた。浩之の隣にいた智子は呆れて肩を竦めている。浩之は、以前から智子が、長瀬主任がロリコンでは無いかと疑っていたコトを知っていた。その根拠は、まるっきり小学生にしか見えないメイドロボットを設計したという点なのだが、確かに同時期に製作されたHMX−13型セリオと比較すると、マルチはメイドと呼ぶにはあまりにも幼気すぎた。芹香に仕えるあの偏屈剛腕爺さんことセバス長瀬の息子なのだから、性格に多少の難は仕方ないとしても、まさかそこまで酷くはないだろう、と浩之は心の中でホンの気持ち程度に擁護していたのだが、今やその意志はランドセルを背負ったマルチを見て大きく揺らいでしまった。

「見た目はともかく、だ。この量子感知器は、昔、芹香お嬢様の依頼で作成したもので、ちゃんとオカルト研の幽霊部員に”協力”を得て、幽霊体を立派に感知した実績をもっている。決してインチキなシロモノではない」
「シロモノやのぅて、イロモノとちゃう?」

 ぼそり、智子が嫌味を言うが、長瀬主任は無視して話を続けた。

「幽霊体が出現すると、大気中の素粒子の密度が増加する傾向にあってな。エネルギーの物質化現象に原因があると推測し、調査した結果、幽霊体が物質化する時、電子と陽電子の対消滅が大量に行われているコトを発見したのだ。そこで、随時、大気中の素粒子を測定するコトで幽霊体の出現およびその位置を検出する仕組みになっているのだ。無論、そんな大仰なシステムがこんなコンパクトに収まるわけではなくてな、アナライズのターミナル機能のみを搭載している。ジェネレーターはマルチたちメイドロボットが使用しているマイクロフライホイールバッテリーで動作し、来栖川グループのひとつ、クルスガワ・サテライトネットワーク社が保有する、気球船を利用したエアサテライトネットワークを利用して電研のホストコンピュータと直結して、検出したデータを測定している」
「ああ、地上波や通信衛星からの衛星波をキャッチし、電波の届きにくい地域へ中継配信するあのネットサービス?勝手にそんな商用ネットワーク使ってええの?」
「許可は下りています。芹香さん、今回の一件をひどく気にされていましたから……」

 マルチが応えた。酷く済まなそうに応えるその姿に、まるでマルチに責任があるように錯覚してしまいそうになるが、無論そんなコトは全くない。

「そっか……。何から何まで、先輩には世話になりっぱなしだな。有り難くお借りするよ」
「それで、どうするの?」
「まずは、これで校内をチェックする。あのドッペルゲンガーが一番出没する可能性が高いのは、校内みたいだしな。放課後、裏の境内から調査してみよう……ん?なんだこのシグナル音は?」
「……この音は、量子感知器が反応している音です」
「反応?」

 マルチの説明に、浩之はきょとんとしたまま、隣にいたあかりの顔を見た。

「つったって、なぁ。あかり、どこに幽霊がいる?」
「ん――判らないなぁ」

 あかりがぶるんぶるんと首を横にふると、浩之は、はぁ、と溜息を吐いた。

「――――ってぇぇぇぇっっっ!!???」
「「「「わぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!??」」」」
「?」

 いつの間にかあかりのドッペルゲンガーが直ぐそばに出現していたコトに、マルチを除く一同がパニックに陥った。

「――あ、あんた、えぇ度胸しとるなぁ(汗)」

 いつもクールな智子も、この唐突さには流石に恐れ入ったらしい。

「ほ、保科先輩、誉めている場合じゃないです!!――逃がさないわよ!」
「!?」

 あかりのドッペルゲンガーの動きが、急に止まった。唖然としている様子から、自分の意志で止まっているワケではないのは分かる。琴音が念動力でドッペルゲンガーを捕捉していたのだ。

「おおっ、サイコキネシスで幽霊体が固着されているのか?これは凄い光景だぞ、両方とも未知のエネルギーとはいえ、運動物理学が適用されているとは。是非とも研究したい」
「何を呑気なことを言ってるんだよ、おっさん!ほらほら、幽霊をこのまま封じ込める方法はないのか?」
「無茶をゆうな。あの機械は感知するだけで、捕捉する機能は備わっておらん」
「なんやぁ、肝心なトコで役にたたんやっちゃなぁ。――そぉや、先輩や、先輩ぃ!宮内さん、来栖川先輩呼んできてぇ!」
「OK!」
「…痛いよぉ…浩之ちゃん」
「――え?」

 スカートを翻し、慌てて走っていくレミィの背を見送っていた浩之は、不意に聞こえた、あかりの呻き声に当惑した。

「……怖くなって……学校に来たのに……痛いよぉ……姫川さん……お願いだから……放して……」
「え?え?」

 これには琴音も当惑した。

「だ、だって、幽霊検知器が反応しているって……」
「あかんわ、姫川さん!ペテンやペテン!意識の集中、持続してぇ!」
「は、はい!」

 琴音は慌てて精神集中し直し、ドッペルゲンガーを拘束する。ドッペルゲンガーはあかりの顔で一層、苦悶の相を浮かべた。

「痛い……痛い…………!」
「ううっ……」

 浩之は相手が生き霊とはいえ、流石にあかりの顔をしているものが苦しむさまを平然と見ていられなかった。

「何、動揺してんの、藤田クン?落ち着きぃや、アレがあかりなワケないやろ?」
「し、しかしなぁ……」
「浩之ちゃぁ……ん……あたし……本物のあかりよ……信じて……」
「ううううううううう……っ!」
「こらっ!惑わされるンやない!」

 動揺しまくる浩之の横で、智子が怒鳴っていた。琴音はそんな二人と、サイコキネシスで動きを封じられて苦しむあかりのドッペルゲンガーの顔を絶えず行き来し、戸惑っていた。

「……あ」

 やがて琴音は、ドッペルゲンガーが、がくん、と力尽きるように頭を垂れたのを見て驚いた。

「うっ!?あかり、しっかりしろ!琴音ちゃん、放してやってくれ!」
「あ?あ、はい!」
「あかんわ、姫川さん!来栖川先輩が来るまでしっかり押さえときぃ!」
「え?あ、はい!」
「ダメだよ、琴音ちゃん!放してやって」
「あかんて、姫川さん!押さえときぃや」
「ううううううう……もうダメですぅ(汗)」

 浩之と智子に挟まれ、困り果てる琴音。ついには気力の限界から眩暈を覚え、とうとうその場にうずくまってしまった。
 同時に、拘束されていたあかりのドッペルゲンガーも倒れ込んだ。驚いた浩之は智子の怒鳴り声を振り切って、あかりのそばへ駆け寄った。

「あかり!しっかりしろ!」
「うう……う……ん……」

 浩之は昏倒していたあかりを抱き起こす。完全には意識を失っていたわけではないらしく、浩之にうめき声混じりに返答してみせた。浩之はそれを聞いて、ほっ、とする。

「……まさか、お前、本物のあかりなのか?」
「残念でした」

 疲弊しきっていた姿がまるで演技だったかのように、あかりは、にっ、と笑ってみせると、不意打ちのように浩之の顔を両手で押さえ、呆気にとられた浩之の唇に自分の唇を重ねた。

「――?!」

 あかりは直ぐに浩之の唇から離れると、目を白黒させる浩之の反応を楽しむようにくすくす笑い始めた。

「……浩之ちゃん、優しいから大好きだよ。またね」

 にこり、と笑うあかりの姿が、浩之たちの目前でまたもや瞬時に消失した。

「――あ゛あ゛あ゛っ!またかいなぁっ!!あのアマ!」

 呆気にとられていた智子はそこでようやく我に返ると、心底悔しそうに地団駄を踏んだ。
 その横では、一人呆然とする浩之がいた。
 あかりとキス。あかりの顔をしたモノとのキス。
 ファーストキス。

 浩之は、何かを汚されたような気分で一杯になった。

                    つづく

http://www.kt.rim.or.jp/~arm/