東鳩王マルマイマー:第11話「希望の消えた日」Aパート1/2(改稿版) 投稿者: ARM(1475)
(アヴァンタイトル:エメラルド色のMMMのマークがきらめく。)

 鬼界四天王のリーダーであるワイズマンは、東京港に面した倉庫の中にぽつんと佇んでいた。
 現在、午前2時。昔で言う、「逢魔が刻」である。最凶の鬼が人の世を闊歩するのにこれほど相応しい時刻は無かろう。
 ワイズマンは闇の中にいた。倉庫の天窓から、血色に染まった十六夜の月光が差し込み、僅かながらその輪郭を浮かび上がらせていたが、闇に包まれた魔性をすべて露わにするにはあまりにも足りなかった。

「……俺をここへおびき寄せたのは、貴様だな?」

 ワイズマンは、闇の奥に佇んでいた他の存在に気づいていた。

「……ふむ」

 感心したふうに呟いたのは、ワイズマンをおびき寄せた存在のほうだった。

「……その素顔、初めてお目にかけました。総代の言うとおり、あのエルクゥの末裔にそっくりですね。いや、似て当然と言うべきか。なにしろあなたは柏木耕一の――――」

 謎の人物がそういった途端、周囲の温度が4度下がった。持ち主の会社が倒産して以来、この倉庫の冷却機は一度たりとも稼働していない。現在は4月中旬。まだ花冷えのする時期というコトもあるが、謎の人物が口を開くたびに白い珠を紡ぐのは、あまりにも異常なコトである。今の発言がワイズマンの逆鱗に触れてしまったらしい。
 しかし、謎の人物は物怖じもせず、あまつさえ、くすっ、と笑って見せた。

「……失礼した。ワイズマン殿。別にあなたの氏素性をとやかく言うためにここへ招待したわけではありません。――これからの提案が、あなたには決して悪い話では無いコトを約束しましょう」

 気温は相変わらず下がったままだが、闇の中からみるみるうちに殺気が消え去っていくのが、謎の人物にも判った。

「――私は、あなたたちが捜しているTHライドを知っている」

 謎の人物がそういった途端、沈黙を保っていたワイズマンが思わず呻いた。

「……捜している?」
「隠さなくてもよろしいです。MMMの情報分析力を甘く見ないほうが良い。何故、エルクゥがメイドロボットのTHライドを暴走させているのか。――答えは簡単だ。THライドのブラックボックスに封じ込められている、あなたたちの同胞を見つけだそうとしているからだ」
「…………」
「全部で31基あるコトも既に判明しています。うち10基は、ブラックボックスが解放されてしまい、残る21基をなんとしてもあなたたちの手によって解放しようとしているコトも判っています」

 ワイズマンは沈黙を守っていた。

「……かつて、ダリエリと呼ばれたエルクゥの勇士が乗っていた宇宙船ヨークには、彼を含め、31人の人類原種――エルクゥが乗り込んでいた。その中には、エルクゥの女王クイーンJの娘である、エルクゥ皇族四姉妹のリズエル、アズエル、エディフェルそしてリネットもいた。――すべては、ヨークから得た情報ですが、今だ解せない点もある。たとえば、クイーンJとリズエルの確執。リズエルが地球に着いて『マスターマルマイマー』を造ったのはクイーンJと闘うためだった。それなのに何故クイーンJは、自らを凌駕するほどの才能を持つ実娘に怖れ戦き、対立の末に事故に見せかけて地球に追放したハズのその力を、今さら欲するのか――――」
「……興味深いのは良い心がけだが、それが命取りになるコトもあるぞ」

 ワイズマンがひどく落ち着きを払った声で忠告した。
 謎の人物は、ワイズマンの脅しに肩を竦めて苦笑する。

「そのご忠告、素直に受け止めましょう」
「……いったい、貴様、何者だ?」
「……失礼。私は陸幕2部(陸上自衛隊幕僚本部第2部)の黙示政樹(もくじ・まさき)と申します」
「黙示……来栖川の遠縁に、陸幕に所属する男で、三佐でそういう名の男がいたな」

 ワイズマンがそういうと、黙示と名乗る謎の人物は破顔した。

「……ようやく思いだして下さったのですね。最後にお会いしたのは5年前、MMMが結成されたばかりの頃でしたか。ちなみに今の階級は、一佐です」
「……ふむ。20代で一佐にまで上り詰めたとは流石だな」
「おかげで他の同期から疎まれています」
「才覚あるものが上に立つのは当然のことだ」
「だからあなたは、クイーンJの側についた」

 黙示の言葉に、ワイズマンは沈黙した。しかし今度は殺気立った様子はない。

「……才覚ある存在がすべてを統括する。それはあなたの言われるとおり、当然のことです」

 そういうと、黙示は突然、ワイズマンに向かってひざまずいた。

「……だからわれわれ人類が、あなたたちにひざまずくのは当然のコトなのです。何故なら、あなたたち人類原種こそ、我々人類を創り出した『神』なのだから。――とりあえず一体。あなたたちが捜している、エルクゥの『魂』が封じ込められているTHライドを持ったメイドロボットの所在をお教えしましょう」


 時は、黙示とワイズマンの再会から4年を遡る。
 西の空が、暗雲を吐き出し続けていた。天気予報では、夕方頃には雨が降り出すという。
 この時はまだ、来栖川電工研究所第2支所は健在であった。長瀬源五郎は研究所のほぼ中央に配置された特殊器材専門分析室の窓から、今にも泣き出しそうな空をみて、ふぅ、と嘆息した。

「傘を忘れたんですか?」
「雨は嫌いなんですよ」

 長瀬が苦笑いしてそう答える。長瀬に問いかけたのは、研究室の机に向かって、机の上に散乱している器材の中から取りだした書類を封筒に入れて整理していた、妙齢の美人であった。彼女は、来栖川電工中央研究所特殊器材研究部の部長、朝比奈美紅(あさひな・みく)と言う。
 職位では一応、主査である長瀬の上司に当たる。一応、とは言ったが、彼女はその職務に見合った才覚を備えた聡明な女性であるのは事実だった。
 但し、それは表向きのこと。二人にはもう一つの職務があり、そちらでは同格である。
 二人のもう一つの職務とは、超法規秘密防衛組織MMM(スリーエム)の研究部門の責任者であった。
 二人の担当は、マルチを含む万能機動女中機――勇者メイドロボットの開発であった。

「マルチは雨が好きでしたよね」
「あいつは何でも好きなんですよ。足許がびしょぬれになるのが嫌なんです。洗濯が面倒だし」
「いい加減、可愛い奥さんでももらったらどうなんですか?」

 朝比奈が意地悪そうに言うと、長瀬は少し困ったような顔をした。

「ええ、何度、朝比奈部長にプロポーズしようと考えたことか」
「それは残念。そういうことはあたしが黙示と婚約する前にいってほしかったな」

 朝比奈がそういうと、二人は同時に破顔した。互いの人となりを知り尽くした冗舌の応酬であるコトは、二人とも承知している。
 マルチには、両親が居た。生みの親である。正確に言うとマルチというロボットを造り上げた二人の技術者を指している。それが朝比奈と長瀬であった。
 特に朝比奈は、マルチの心の中枢ともいうべき「THライド」の開発における第一人者であり、最新のメイドロボットに搭載されている疑似感情AIはすべて彼女が設計・プログラミングしたものであった。MITを10代で卒業した後、遠縁であったために懇意にしてもらっていた来栖川グループに、分野を問わない数多くの有益なパテントを与えた朝比奈という天才の名を知らぬ知識人や政財界の人間はいない。

「……最近、黙示くんからは連絡は?」
「あいかわらず忙しい人です。今は、米国で起きた『モスマン』の一件で飛び回っています。そういえば、その途中で面白い人物を見つけたって」
「『エルクゥ』の人格発現者のコトだよね」
「あ。知ってたんですの?」
「昨日、MMM長官からその件のメールをもらっていてね。これで二人目になるかな」
「そういえば、一人目はどうしています?確か、発見されてからもう5年経つのですよね」
「彼の発現はあの日以来でしたが、依然、監視は続けている。現在は、これ以上はない最適な監視をつけているよ」

 長瀬が不敵そうに口元を吊り上げた。それを見た朝比奈は、誰を指しているのか直ぐに気づいた。

「……なるほど。……思えば、あまりにも数奇な運命で結ばれているのですね、あの二人は」

 そういうと、朝比奈は、室内にある、棺桶のような巨大な保存ケースに目を向けた。
 その中には、あのマルチが眠っていた。朝比奈は、机の上を整理する手を止めて、じっとマルチをみつめていた。その目は、不安げな色を隠しきれずにいた

「……このマスターボディを再び起動させる時は、そう遠くない気がする」
「同感だ。エルクゥが創り出した生体兵器『モスマン』の活動が活発になったコトは、エルクゥの末裔である柏木耕一が撃退したEI−01が再び動き出そうとしている予兆に間違いない」
「柏木耕一氏の行方は、ようとして知れないんでしたっけ」

 朝比奈の問いに、長瀬は暫し沈黙し、やがて重々しく頷いた。

「この闘い、彼の協力無くしては、人類に勝ち目はない。――しかし」

 そういうと長瀬も、マルチのほうに目を向けた。
 それは酷く重く、昏い眼差しだった。

「…………あの時……彼女たちを救うためとはいえ……私は………彼に対して、人として赦されないことをしてしまったと思っている」
「……そんなコトは、ありませんよ。長瀬主査。あなたの行ったことは、間違いなく正しいことです」

 長瀬の曖昧な呟きの意味を、朝比奈は知っていた。

「……35グラム」
「?」

 長瀬が朝比奈のほうを見ると、朝比奈はその手に、机の隣に置いてあったTHライドを大事そうに抱えていた。THライドは35グラムよりも重かった。

「……たった35グラム。THライドのブラックボックスに収められている、たった35グラムのしかし掛け替えのないものを、あなたは護ろうとした。――命を紡ぐ仕事を成す者として、あなたの採った判断をあたしは支持します。決して間違ったコトではありません」

 朝比奈の穏やかだが、しかし毅然とした口調に、暗い面持ちでいた長瀬は少し気が楽になったか、ふっ、と笑みを零した。

「……済まない。それでも…………私は、初音君にはマルチのコトを千鶴君だと説明していたが、……本当のことを告げたら、決して彼女は私を赦さないだろう。いづれ耕一君と再会できたら、彼にも真実を告げなければならないだろう。例えその時、私が彼に殺されても文句は言えない。それだけ重い罪であるコトは間違いないのだから」

 朝比奈はその真実を知っていたから、それ以上は何も言えなかった。
 暫しの沈黙を破ったのは、いきなり頭を掻きむしりだした長瀬であった。

「いかんいかん、雨の所為で湿っぽい話になってしまった」
「それだけじゃありませんよ」

 朝比奈は苦笑し、そして直ぐにその顔を曇らせた。

「……長瀬主査。今日の昼に、向かいの整備工場で見た、キング・ヨークとエクストラ・ヨークのコトですが」
「ん?」
「……これから起こりうる闘いに……本当にあんなものまで投入しなければならないのでしょうか?」

 朝比奈のどこか責めるような眼差しは、長瀬に返答までの時間を長引かせる原因となった。

「……『人類原種』がエクストラ・ヨークのような怪物を天文学単位で保有しているのは事実。それだからこそ――いや、それでも我々は僅かであってもあんな怪物の力を保有しなければならない。勝ち目?そんなモノ、私にもハナッから無いとふんでいるさ。何せ相手は我々の『神』なのだからな。――それでも足掻かなければならない。それが生きると言うコトである以上は」

 長瀬の言葉に、朝比奈は沈黙した。否、沈黙せざるを得なかった。
 不意に、二人の耳に、遠雷の音が届いた。いつの間にか、外は雨になっていた。

 凄まじい惨状が広がっていた。
 爆風で額を切った長瀬は、おびただしい出血が流れ込んだ左目を開けられず難儀しながら、瓦礫の中を立ち上がった。

「――朝比奈くん!」

 長瀬は、瓦礫の下敷きになっている朝比奈に気づき、慌ててしゃがんだ。
 脈を取るが、既に、朝比奈は事切れていた。ホンの数分前までは、血と泥に薄汚れてしまったこの綺麗な顔は爽やかな笑顔さえ浮かべていたというのに。
 やがて長瀬は、ようやくあるコトに気づいた。
 絶命している朝比奈が、恐らく破損を怖れてかばったのであろうか、死してなおも大事そうに抱えているTHライドに生じている異変に。――


「……ん?」

 寝ぼけ眼の長瀬は、いつのまにか機動整備巡航艇「TH壱式」内にある自分の研究室で居眠りしていた自分に気づいた。

「……まいったね。ひさしぶりに朝比奈くんのコトを思い出してしまったか」

 そういって長瀬は机のほうに手を延ばした。
 手の先に触れる、妙な感触。それでいて、触り慣れている感触。
 THライド。
 長瀬は、机の上に置いていたTHライドをじっと見つめていた。
 どこか懐かしそうに。どこか忌々しそうに。
 そして、そこはかとなく哀しそうに。
 長瀬はTHライドから手を離した。そしてその手を、今度はその直ぐ隣にある端末のキーボードへと延ばした。
 長瀬の指がキーに触れると、画面にマルチの設計図と思しき映像が映った。
 ヘッダーには、「EI−07戦直後」と記されている。先日の戦闘後に記録されたものであろう。マルチの四肢を指す、破損率という文字は、異様に高い数値を示していた。

「……ヘル・アンド・ヘブンの多用は、戦闘の度、マルチのマスプロボディを著しく破損させている。おそらくこれ以上、ヘル・アンド・ヘブンの使用は避けなければなるまいが……」

 そういうと、長瀬は次に別のキーを打った。
 すると今度は、見慣れない形状のロボットと思しき設計図が映し出された。

「……ヘル・アンド・ヘブンに代わる、いや、それ以上の効果を持つGツール『ゴルディアーム』は完成した。しかし、マスプロボディでの使用は、ヘル・アンド・ヘブン以上の破損をマルチに与えるコトになる。――へたをすれば、マルチに『死』をもたらしてしまう恐れもある。今はまだ、使用は出来ない」

 長瀬は半ば無意識に天井を仰いでいた。

「……朝比奈くん。君の死は、我々にとってあまりにも痛恨な出来事だった。キミさえ健在ならば、マルチのマスターボディ復元など、これほど深刻な問題にはならなかったであろうに――」

(OP後、「東鳩王マルマイマー」のタイトルが画面に出る。Aパート開始)

            Aパート 2/2へ つづく