東鳩王マルマイマー:第11話「希望の消えた日」Aパート2/2(改稿版) 投稿者: ARM(1475)
【承前】

 風に散った桜の花びらが、校門をくぐる浩之の口の中に飛び込んだ。どこかで覚えのある出来事に驚いた浩之は、慌てて花びらを吐き出すが、それを教え子の女生徒たちに見られてしまい、くすくすと笑われてしまった。

「藤田先生、それ美味しいの?(笑)」
「るせぇ。――ほら、遅れるぞ」
「はーい!」

 浩之に言われ、女生徒たちは嬉しそうに返事すると校舎の玄関目指して走っていく。その背をやれやれと見送ると、浩之は想い返したように校門へと振り返った。
 マルチと出会ったのは、丁度今ぐらいであろうか。
 あれから何年経ったのだろうか。
 マルチとこの母校の校門前で二人だけの卒業式をしたあの日から。
 そして、再会したマルチと再び訪れたこの場所で、教師を志すことに決意したあの日はいつだったか。まるで昨日のようで、しかし遠い昔のように感じた。
 浩之はこの春より、母校の海葉高校で物理の教師として勤めていた。母校に勤めることになったのは来栖川家の紹介があったからなのだが、よもや勝手知ったる、そして思い出深いこの母校に勤められるとは、浩之は思いもしなかった。

「――こら、藤田くん!先生が遅刻したらシャレにならないわよ!」

 と、後ろから感慨に耽っている浩之の鼓膜にドップラー効果を叩き付けたのは、半年前まで浩之が住んでいたマンションの隣室に住んでいた、あの水無月沙織であった。

「あ、水無月さん?――あっと、そんな時間?」
「ほら、急げ!」

 相変わらずの体育会系のノリで急かす沙織に、浩之は腕時計を見て、ようやく急がなければならないコトに気づいて駆け出した。二人が横並びで玄関をくぐった時、ちょうどチャイムが鳴った。

「……学校の校医がこんなに遅く来て良いんですか?」
「うちの学校に朝っぱらからケガするおばかさんはいないわよ。人のことより、藤田くんこそ、えらい遅いじゃない?」
「今日は受け持つ講義は無い予備日なんですよ。今朝の2時までバリアリーフで旦那さんと打ち合わせしていたもんですから眠い眠い――待てよ、だから慌てる必要はなかったんだ」
「あ?そーいやウチのひと、えらく遅かったのはその所為か」

 浩之に睨まれた沙織は、ワザと視線を逸らしてそう言った。

 沙織の夫、水無月透は、MMMの研究開発部において、長瀬主査の補佐を勤める主任格の技術者である。ひょろっとした風貌の長瀬を一回り大きくしたような長身の主任は、無口だがてきぱきと働く有能な技術者であった。初め、浩之が彼の働きぶりを見た時、本気で、傍目からはほとんど働いているようにみえない(といっても本当に働いていないのだが(笑))ルーズな長瀬のお守りをしているように見えてならなかった。勇者メイドロボットのデザインも彼の仕事のひとつで、ハードもソフトもオールマイティな、MMM研究開発部の事実上の大黒柱である。
 浩之は今年の春より、母校の教師を勤めるのと同時に、水無月と一緒に長瀬のサポートを勤める技術オブザーバーとしてMMMに参画していた。自分を犠牲にしてまで闘おうとするマルチに対し、何も出来ずにいた歯がゆさに耐えきれなくなった末の選択である。だが、マルチとあかりから、折角の教師の道だけは捨てないで欲しいと哀願され、MMMには専従として参画するコトだけは諦めた。

「レフィは元気?」

 と沙織にいきなり訊かれ、渋々靴を履き替えていた途中の浩之は面食らって転けそうになる。

「――え、ええ、あの娘はあいかわらず元気ですよ」
「そっかぁ。ウチのひと、あんましレフィのコト教えてくれないから。今度ヒマになった時にでも、うちに来るように言っておいてよ。教えたいお菓子のレパートリーがあるから」
「……わかりました」

 沙織の屈託のない笑顔に、憮然としていた浩之もつられるように笑顔で頷いた。この笑顔があるからこそ、男女問わず生徒達から「校医のお姉さん」として慕われているのであろう。相変わらず、浩之の第一印象通りの太陽のような女性であった。
 しかしそう答えてはみたものの、今の浩之には、マルチ以外の勇者メイドロボットのことをかまっていられる気にはなれずにいた。実際、浩之はマルチのみのメンテナンスとサポートを担当しており、レフィたちのサポートは水無月がほとんどこなしていた。
 浩之に心のゆとりがないのは、ひとえに、毎回の戦闘で必ず受けていたマルチのダメージの大きさに原因があった。
 半年前の太田香奈子の事件から、EIナンバーのオゾムブースターは都合3体も出現していた。
 ジャンボジェット機と融合したEI−05。海上自衛隊のフリゲート艦と融合し、東京湾にてMMMの戦略機動空母TH壱〜参式および初出動となった高速巡航空艇・TH四号と大海戦を繰り広げたEI−06および07。いずれの闘いにおいても、マルマイマーのヘル・アンド・ヘブンによって決着がついていたのだが、マルマイマーはその度、大ダメージを受けていた。特に、酷かったのはEI−06の核となっていたメイドロボットの救出時で、EI−07がH&Hの隙をついて放った76ミリ砲の砲撃によってマルマイマーの下半身が破壊されてしまったのである。
 辛うじてTH壱式に搭載されていた予備のマスプロボディを換装したことでにより、マルマイマーはEI−07から核のメイドロボットを救出するコトが出来たが、その新品であったハズのボディが、その時のたった一度のH&Hで二度と使いモノにならなくなってしまったコトには、長瀬も絶句するばかりであった。
 マルマイマーに蓄積されていく戦闘データ(経験値)のあまりの甚大な量に、必生必勝のヘル・アンド・ヘブンが過剰の破壊力を持ってしまい、THライドを臨界点にまで稼働させるためにそれを搭載するボディにスペック以上の耐久度を要求する諸刃の技に変わってしまったというのが、浩之を含めた研究部技術者の一致した見解であった。
 さらに、水無月がシミュレートしたH&Hの分析結果は、増加し続けている出力と破壊力が、H&Hを仕掛けたのと同時に、マルチのボディを破壊する恐れがある予測を打ち出したのに至って、マルマイマーのH&Hに代わる新たな浄解手段の開発を要求したのであった。
 だが、浩之にはH&Hに代わる浄解方法がどうしても思いつかなかった。真っ赤になって暴走するTHライドを沈められるのは、同じ臨界点に達しながら制御された出力を維持出来ているコトを証明する、THライドから発せられる緑色の光だけである。臨界点に達することなくマルチのTHライドからその浄解の力を得るなど、不可能なコトであった。
 一方で、長瀬と水無月には代用できる浄解方法があるらしいかった。浩之はそれにすがってみたが、しかし技術的な面でまだ未解決なところがあるため、実用化にはほど遠いらしい、と言われてしまった。完全に手詰まりであった。
 今度、オゾムパルスブースターが出現したら――浩之は自らの想像に戦慄した。

「……ん?どうしたの、顔色悪いわよ」

 沙織が浩之の様子に気づき、心配そうな顔で訊いた。

「――え?あ、ああ、何でもありません」
「嘘おっしゃい」
「嘘、と言っても、水無月さんには関係ないコトですから……むぎゅっ?!」

 そこまで言った途端、いきなり沙織は浩之の頭に両手でヘッドロックをかけた。

「関係ない――はないでしょ?どうせキミのコトだ、マルチちゃんのコトでまた悩んでいるんでしょ?」

 浩之は沙織に図星を突かれてしまう。黙り込んでいたのは、流石に反論しようにもヘッドロックされたままなのでは何も言えなかったからではあるが。

「仮にもキミは、3年間もあたしんちのお隣さんだったんだからね。今さら他人行儀は赦さないわよ」

 浩之は、沙織が本気で心配してくれていることが痛いほど判った。まぁ物理的にも痛かったが。 沙織は、隣近所に関心を示さないこの世知辛い世の中に、たった3年間の近所づきあいしかないのに、血縁でもない隣人のために思いやれる心の持ち主だと浩之は信じて疑わない。
 浩之が生まれてから生涯、絶対叶わないと認めた、母親以外の女性は3人いる。そのうち二人はいうまでもなくあかりとその母親だった。彼女たちと知り合えたコトに浩之は感謝していた。こういう女性がもっと多くいれば、誰も争わない世界になるに決まっていると浩之は信じて疑わなかった。
 こんな女性が、母親でいない事実が、浩之にはとても哀しかった。
 昨夜、浩之はその事実を沙織の夫からそれとなく聞かされていた。
 身体機能の問題ではない。精神的な問題だった。
 過去に、沙織を襲った、ある忌まわしい事件。
 その後遺症が、今なお沙織のトラウマとなっており、本人の意思に関係なく夫との営みを拒絶させていた。夫が沙織の身体を抱こうとすると、彼女は覚えのない恐怖感が沸き上がり、身を縮めて震えだしてしまうのである。

「……僕はべつに子供のコトは拘っていないしね」

 昨夜の作業中、子供がいないコトを不思議に思い、夫がワーカーホリックではないかと浩之が揶揄したのがきっかけだった。不断は物静かな主任が、珍しく饒舌になった。
 彼は真相の全てを知っていた。沙織すらおぼえていないあの悪夢の出来事を、3年前にMMMに参画したばかりの水無月は、その時知り合った長瀬祐介から告げられていたからである。
 それを祐介から聞かされたとき、水無月は不思議と、誰に対して怒りは湧かなかった。むしろ、一層妻への想いが深まったようである。その日以来、二人の誕生日と結婚記念日と同じ毎月の日付には、彼は定刻で退社し、妻が待つ自宅へ帰るようになっていた。
 沙織は水無月とは、浩之とあかりのそれと同じく、親同士の付き合いがあった幼なじみであった。中学までは一緒だったが、水無月が都立の工業高専へ進学し、寮に入ったことでしばらく交流が途絶えていた。二人が再会したのは、成人式の会場だった。
 当時、沙織は高校の時に知り合いつき合っていた同窓生と、ある事情で別れたばかりで、酷く落ち込んでいた。つき合っていた男から一方的に別れを告げられたらしい。しかし沙織は彼氏を責めることなく、無理につくった笑顔でそれを承諾した。
 一晩泣き腫らした沙織の両目を、水無月は今も覚えている。久しぶりにあった、綺麗になった幼なじみの酷い顔に当惑し、つい面白がって揶揄したばかりに平手打ちされた所為もあったが。バレーボールで鍛えられたそれはとても痛かったらしい。しかしその平手打ちがなければ、二人が子供の頃からつき合っていた、互いを知り尽くしていた幼なじみ同士であるコトを想い出し、そしてそれを改めて実感させるコトは出来なかっただろう。その日から二人が自然と付き合い出し、一緒になったのは既に決められた運命のような自然さであった。水無月がそんな沙織とのなれそめを浩之に詳細にそして饒舌に話したのは、浩之も同じ境遇にあるコトを知っていたからである。

「……僕はあいつと一緒に暮らしているだけでいい。――いつかは、何らかの結論は出さなければならないだろうとは思っているが、今はこれで良いと思っている。あいつが、笑顔を忘れないうちは、ね」

 浩之は、このワーカーホリックがただ優しい男でないコトを理解した。とても強い男なのだ。

「……藤田クンは、彼女とはどうなっているんだ?」
「?あかりのコトですか?――ええ、まぁ」

 そこで浩之は、ここしばらくあかりと会っていないコトを想い出した。倦怠期というわけではなく、単に、あかりが何かを勉強している所為で会える時間が少なくなっていたからである。しかし浩之は、あかりがどんな習い事をしているのか知らずにいた。もっとも浩之自身も、教師とMMMの技術オブザーバーという二重生活が忙し過ぎて、あかりと連絡を取るヒマが無くなっていた所為もあった。しかしそれでも、会えない時間が二人の仲を冷めさせるコトはないと確信していた。水無月夫妻のコトを知った今は、なおさらに。だいたい、そんなにベタベタと会っていては、逆に息苦しくなるコトだって――――

「――あ゛?藤田クン、息してる?」

 ようやく沙織は、浩之の頭から滑って間違って首を絞めているコトに気づいた。首を絞められて、すっかりのびて虫の息となっていた浩之に気づいた沙織は、ひとり狼狽えた。

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 ワイズマンは、黙示から得た情報を元に、問題のTHライドを保有するメイドロボットがいるマンションへ向かった。
 目的のマンションの向かいにある雑居ビルの屋上に立った時、ワイズマンは黙示の情報が嘘でないコトが判った。試しに送ったエルクゥ波動の反応が、紛れもなくお目当ての特別なTHライドであると告げていた。

「……さて。黙示め、何を企むか。――まぁよい。あの男の小細工如きに臆していては、俺の目的も達せられぬわ。――いくぞっ!!」

 両腕を大きく振りかぶったワイズマンは、全身から凄まじいエルクゥ波動を放出し、正面のマンションの一室で、椅子に座っているメイドロボット目がけてそれを注ぎ込んだ。
 それを受けた問題のメイドロボットは、THライドが収められている左胸を、過去のそれと同様に真っ赤に光らせ、たちまち有害な素粒子OZ――オゾムパルスを全点放出しながら暴走を開始した。
 のちにワイズマンは知るコトになる。
 そのメイドロボットに収められているTHライドに刻まれた、『人類原種』特有の言語で描かれていた文字が、リネット、と読めるコトを。

(Aパート終了:エルクゥ鬼界四天王のひとり、リズエルの映像が映し出される。Bパートへつづく)