東鳩王マルマイマー第10と5/10話(番外編)「勇者たちの平穏な一日」Aパート 投稿者: ARM(1475)
(アヴァンタイトル:エメラルド色のMMMのマークがきらめく。)

 エルクゥによる人類の〈鬼界昇華〉侵攻が始まってから、既に半年の歳月が流れていた。
 人類は持てる英知と、そして過去にエルクゥ自身が残したウルトラテクノロジーを徴収して、エルクゥに対抗出来るスーパーウェポンを造り上げるコトに成功した。
 なかでも、エルクゥ戦において主力となる勇者メイドロボット、「万能機動女中機(Multiple Mobility homeMaidservant)」の開発に成功した来栖川財団は、来栖川家の次女、綾香を長官に据えた超法規秘密防衛組織「MMM(通称スリーエム)」を結成し、有能な人材を登用してエルクゥの侵略に限りない勇気と万全の体勢をもって立ち向かっていたのである。


 その日、その青年は、ある人物と会うために新宿のホテルのロビーを訪れた。
 青年の待ち人は、彼がロビーを訪れてから30分後にやってきた。

「……あのぅ、済みません、ここに……ん?」

 恐る恐るホテルのフロントにやってきた、ピンクのパーカーに黄色のキュロットを履いた緑色の髪を持つ少女は、後ろのロビーから声をかけてやってきた、黒のTシャツの上にライトブルーのジャケットを着た青年に気づくと、慌てて振り向いた。

「京香さんから話は伺っている。君があのマルチ君だね?」
「は、はい」

 マルチは頷きながら、今朝、来栖川姉妹の母親でMMMの最高責任者である来栖川京香から自分宛に掛かってきた電話を思い出していた。

「……マルチさん。今日はある仕事を頼みたく、お電話を差し上げました」

 綾香と芹香を足して2で割ったような印象をもつ京香の慇懃な口調は、人間に仕えるメイドロボットが相手でも相変わらずらしい。しかしこんな感じのままで時折、冷徹な発言もするクールな面もある。まだ青臭いところもある二十代前半の面々で組織されたMMMにおいて、いろんな意味で大人というべきこの最高責任者は、マルチたち万能機動女中機たちに常に緊張感を与える存在であった。

「な、な、なんでしょうか?(汗)」

 応えつつ、おずおずとするマルチはおもわず助けを求め、浩之さえ不在となった、とても静かな藤田家の中を見回した。浩之はこの春より、母校の海洋高校で物理の講師として教壇に立つコトになっており、その前準備として、3日前から研修所に泊まり込んでいたのだ。マルチは、クマ型ロボットのマルルンと一緒にお留守番を務めていた。

「ある方から、連絡をいただきました。その方から、ある品を受け取って欲しいのです」
「……ある品、ですか?」
「はい」

 マルチは、穏やかな笑みを浮かべる青年が差し出した小さな箱を受け取った。

「……もう京香さんから聞いているだろうが、これを渡してくれ。これはとても大切なものだから」
「なんですか、これは――?」

 と聞こうとしたとき、マルチはあかりのお下がりであるキュロットの裾を、くいくい、と引くマルルンに気づいた。存在感は非常に薄いが、常にマルチの足許に寄り添っているクマ型ロボットは、どうやら余計なことは訊くな、と言いたいらしい。

「……?……ん、判りました。ご命令通り、京香さんにお渡ししま――」

 不意に、青年が人差し指でマルチの唇を押さえた。

「……命令じゃない。俺がマルチ君にお願いしたんだ。命令どころか、こちらがマルチ君にお礼を言わなければならないところだ」

 そういって、ふっ、と青年は微笑んだ。
 マルチは青年の笑みに、一瞬、どきっ、と胸をときめかした。こんな動揺は、浩之に初めて出会って優しくされた時以来である。
 何故だか判らなかった。青年の笑顔が、とても懐かしく感じてしまう理由が、どうしてもマルチには理解できなかった。
 半ば陶然としているマルチは、青年の穏やかな眼差しがいつしか、足許にいるマルルンに注がれているコトにようやく気づいた。

「……マルルン。いつもご苦労様だね」

 どうやら青年はマルルンのコトを知っているらしい。青年はマルルンの頭を優しく撫でてやった。青年に頭を撫でられているマルルンは、傍目ではまるっきり変わっていないのだが、しかしマルチの目には、マルルンが青年に撫でられているコトをどこか気持ちよさそうに感じて陶然となっているように見えてならなかった。

「……あのぅ。マルルンをご存じなのですか、――えーと、竹田さん?」
「竹田輝夫。本職はしがない探偵だが、これでも一応、MMMには戦略オブザーバーとして参画しているからな」
「……そうですか」
「ところで、いまマルチ君に託した品、確かめなくて良いのか?」
「え?で、でも……」

 戸惑うマルチに、竹田と呼ばれた青年は肩を竦めて見せた。

「俺の素性がハッキリしないうちに、安易に正体不明の品を受け取ってしまう姿勢は戦士としても、メイドロボットとしても失格だぞ」
「あ……!は、はい……その通りですぅ……!」
「柏木耕一」

 その名を耳にした途端、マルチの身体が硬直した。

「……の遺産だ」
「――へ?」

 竹田は意地悪そうに笑って見せ、

「先週、京香さんに頼まれてある調査を行っていた時だ。捜索先で柏木耕一が残したある品を発見したのでね、その鑑定および調査をMMMにお願いしたいのだ」
「柏木耕一さん……の、残した品……ですか」

 柏木耕一。マルチがマルマイマーとして闘うときのパートナー、柏木初音の従兄。八年前、EI−01の襲来時に死亡したと言われている人物で、初音の初恋相手の男性(ひと)でもあった。
 しかし何故今頃になって、耕一が残した品が出てきたのであろうか。いや、それ以前に、八年前に死んだ男が残した品を、竹田はどこで発見したのであろうか。
 あまりにも疑わしい話である。しかしマルチが竹田のコトを猜疑の目で見ないのは決してマルチがお人好しというわけだけではなく、この日向のような笑顔が似合う青年を見ていると、どうしても彼の言葉を疑う気にはなれなかったからであった。

「さて、これで俺の仕事は終わった。――マルチ君、これから何か予定はあるか?」

 言われて、マルチの顔が強張った。

「……って、これからわたし、今、竹田さんから託された品を京香さんへ届けに行くンですけど……」
「気にしない、気にしない。――これからデートしよう、デート。な」

 屈託無く笑って言う竹田に、マルチは口を開けたまま絶句した。

(な……なんですのぉ、この方ぁぁぁぁぁぁ???(大汗))

*   *   *   *   *   *   *   *   *   *

 マルチが竹田にデートを誘われた丁度その頃。
 品川・天王洲に築き上げられた、来栖川建設グループが開発した人工島『クルスアイランド・ファースト』の海底土台柱、『MMMベイタワー』の最深部に、MMMの中枢ともいうべき司令基地、MMMバリアリーフがあった。
 MMMバリアリーフに接岸されている三隻の大型戦術機動飛空艇のひとつ、機動整備巡航艇「TH壱式」内にある研究所の扉を潜り抜けた美女がいた。

「ご苦労様です、保科参謀」
「おや、アルト、待っててくれたの?ふぃぃぃ。AI移植はハードやからねぇ。ちと、メインオーダールームまで乗せてってくれへん?」
「それは構いませんが……」

 というと、アルトは智子をまじまじと見つめ、

「その白い水着だけでうろつくのは少し……そのぉ、ここはフロリダではありませんから……」
「構へん。どぉせこのTH壱式でうろついているのは、長瀬のおっさん一人だけやしな。しかも今日は出張で不在ときとる。うちの天下や、かっかっかっ」
「しかし……風邪などを召されてしまうと」
「あー、わぁった、わぁった。どうせ小一時間でまたここに戻るんやけどな。ジャケットだけでも羽織ってくるから、そこで待ちぃ」
「ラジャ」

 アルトに命令した智子は踵を返し、研究室へ戻った。
 研究室内には誰もいない。先ほど行っていた作業は、TH参式のメインコンピューター、フォロンのサポートで、智子一人で行っていたのだ。
 椅子に掛けっぱなしだったMMMの制服であるジャケットを手に取った智子は、ふと、部屋の奥にいる、奇妙な人影を見つめた。
 それは、外装を全て外してフレームを剥き出しにし、無数のケーブルがささった状態で壁に立て掛けられていたロボットであった。

『……なんやアネさん、忘れモンか?』

 なんとそのロボットは剥き出しであるにもかかわらず、ちゃんと稼働しているではないか。智子の入室に気づいたロボットは、頭部と思しき部位に埋め込まれた光学センサーをちかちかと明滅させながら、流暢にしゃべり始めた。

「ちょいとウブなあんたの兄ぃさんに叱られてな」
『無理もあらへん。そないなカッコしてうろつきゃ誰だって怒るわ』
「そぉ?西海岸じゃ、こないなカッコ、ちぃとも珍しゅうないで」

 どうも、米国留学で智子は多少、思考的な改革を施されてしまったらしい。絶妙なプロポーションの局部を、白い薄布だけで隠している今の智子の姿は、二台が指摘するように非常に危険で悩ましい格好である(じゅるじゅる(笑))。
 もっとも、智子のこの悩ましい姿を見て我を忘れて襲いかかる者がいたとしても、留学中に、綾香と一緒に護身用として習ったマーシャルアーツの餌食になるだけである。均整のとれたプロポーションに、張りのある筋肉が備わっているのは、綾香のコネで体験入門した陸軍の一ヶ月にわたるハードな修練で獲得した賜物である。知り合って意気投合した綾香の誘いで入門したのだが、初めは興味本位だったのは否めなかった。なのに、よく最後まで根を上げなかったものだと、智子は今も自分を誉めていた。


(……神様ぁ。あんた、なにしてんのぉ?!)

 額から血を流している智子は、10歳になったばかりの、ホームステイ先の一人娘アリエッタを抱きしめながら、満月の夜空を仰いで絶叫した。
 今にも崩れそうなビルの屋上に追いつめられた智子とアリエッタに迫り来る、獣のような巨大な人影。智子は、自分たちを守って殺された刑事の手から掴み取ったグロックセブン(グロック17)の銃口を再び異形に向けるが、しかし既に全弾撃ち尽くしていた。
 アリィを助けなければ――智子はこの窮地から、いかにしてこの少女を逃がすか、必死に考えた。
 ひとつしか、思い浮かばなかった。
 智子は、少し涙と埃に汚れたアリエッタの頬を優しく撫でると立ち上がり、慌ててしがみつこうとするアリエッタを押し飛ばして駆け出した。
 異形に体当たりを仕掛け、バランスを崩させる。半ば崩壊しかけているこのビルの屋上の惨状と、異形の質量を利用すれば、人間の体当たりでビルの下へ落とすことが出来るはずだ。無論、体当たりを仕掛けた時点で、異形の鬼のような爪に身体を切り裂かれるのはどうあがいても避けることは出来ない。
 死を冷静に受け止めた智子の胸に、日本にいる憧れの少年の笑顔が去来した。バイバイ、藤田クン。
 突然、世界が閃光に包まれた。智子は凄まじい爆音に驚き、転んでしまう。再び顔を上げた時には、土手っ腹に巨大な穴を開け、頭部が吹き飛んだ異形の仁王立ちだった。それが、留学先のMITで知り合った来栖川財閥の次女、綾香が乗り回していた奇妙なバイクが変形した戦闘ロボットの頭部に内蔵されている速射破壊砲の仕業であると知ったのは、まだ混乱していた智子の頭では直ぐには理解できなかった。

(……なぁ、綾香。ウチにも……出来るか?……やつらと闘うコトが)


 陸軍で習った筋力トレーニングは今も継続しており、表の仕事である来栖川会長の秘書の業務が終わると、バリアリーフ内にあるトレーニングジムで一汗かいてから帰宅していた。当面続けていかなければならないだろうが、好きでやっているうちは苦にもならない。

「しばらくメインオーダールームにいるから、なにかあったら連絡してきぃや」
『あいな。くれぐれも風邪だけには注意せいよ』
「あんがと、ゴルディアーム」

 智子はロボットに背を向けたまま手を振ってみせた。
 アルトは、研究室からジャケットの上着だけを羽織って出てきた智子に気づくと、即座にクルーザーモードに変形した。

「参謀。こうして我々が並ぶと、サーキットにいるキャンギャルみたいですな」
「パラソル探してこか(笑)」

 智子が苦笑しながらシートにまたがると、アルトは発進した。
 やがて智子たちはメインオーダールームに到着すると、そこでグラビア誌を読んでいる綾香とレミィの姿を見つけた。

「「あら、作業はもう終わり?」」

 と、智子と綾香が偶然同じコトを、声を揃えて言った。

「最終調整の息抜きや。それよか、綾香こそ今日は会議じゃなかった?」
「A.W.O.L(苦笑)」
「あんたなぁ……(苦笑)。仮にも来栖川警備保障の重役やろが」
「便宜上の職務に義理立てする気は無いの。あんな会議にはあたし、居たって居なくたって影響ないし。影響があるのははっきりいってMMM(ここ)だけよ」
「だからといって、料理の本とにらめっことゆうのもアレネ、綾香」

 苦笑するレミィに、綾香は、いーだ、と笑いながら歯を見せた。

「いいじゃない。たまには女の子らしいコトもしてみたいのよ」
「ん?何や、手作りお菓子の本?」

 綾香のそばにやってきた智子が、横から綾香が手にするグラビア誌を覗き見した。写真の点数を増やし図解にして内容の分かり易さを強調したコトから、多くの若い女性層に支持されている、リーフ出版ムックシリーズの一冊であった。

「ふぅん」

 と感心した智子は、いやらしそうに、にぃ、と笑い、

「何ぃ綾香ぁ、すみにおけんなぁ、彼氏になんぞ食わせる気ぃ?」
「彼氏ぃ?」

 綾香は何故か物凄く嫌そうな顔で応えた。

「それ、凄ぇ嫌味?彼氏なんかつくってるヒマないわよ、今の仕事してりゃ。それはあなたたちもよぉぉぉぉぉぉく、判ってる癖に」
「チョット綾香、それ、アタシも入っているノ?」

 レミィが不満そうにつっこんできた。
 すると綾香と智子は目を瞠って驚き、

「「えっ、何よレミィ!?い、いつの間に??」」

 二人にまじまじと見つめられたレミィは、すると困ったふうな顔して俯き、顔の前で両人差し指の先を、ちょんちょん、と突っつき始めた。

「……Noォ。二人とも意地悪。どーせアタシ、男ッ気無いわヨ」

 レミィがそう応えると、三人とも、この広いメインオーダールームに充満してしまいかねないほど、とてつもなく昏く深く重い溜息を吐いた。
 無理も無かろう。三人の理想の男性像は、奇しくも一致していた。しかしそれを表立って言うわけにはいかない事情があった。その理想通りの人物が実在し、かつ、彼には既に相手が存在していたのは不幸であった。手が届くほど間近にいる理想像へ、秘めたる想いを胸にしまい続けつつ、それ以上の理想の相手を捜さねばならないコトは、ある意味拷問に近かった。

「あ〜〜〜!もう、なしなしなし!そんな話はこれ以上承認できないわ!全員、心の棚にしまっておく!」
「「了解!!」」

 とか了承しつつ、再び三人ともも、とどめとばかりに深い溜息を吐いた。

             Bパートへ つづく