東鳩王マルマイマー第10と5/10話(番外編)「勇者たちの平穏な一日」Bパート 投稿者: ARM(1475)
【承前】

「ホンマ、そないな話はどうでもええ。――しっかし、珍しぃのぉ、どうしてそないな本を読む気になった?」
「あのねぇ……。あんた、いつもあたしが『空手マガジン』とか『武術』ばかり読んでいると思っていたの?」
「……違うのか?」

 真顔でいう智子に、綾香はがっくりと肩を落としてしまった。

「……こう見えても、あたしは子供の頃から料理は得意だったのよ。汗くさいことばかりしていても、ヒマを見つけて、こんなクッキーやスコーンを作っていたの」

 すねて言う綾香に、智子は眉をひそめた。

「……だって綾香、留学中、うちは一度もあんたが料理作っている姿見たコトあらへん」
「――うっ(汗)」
「智子、ホント?」

 レミィに訊かれて、智子が、うん、と頷くと、綾香は手にしていたムック本で顔を隠した。

「参謀。綾香さんは一応作っていらっしゃったのですが、そのぅ……出来が今ひとつ……」
「こらっ、アルト!余計なことは言わない!!」

 赤面して怒る綾香は、ムック本をアルトに投げつけた。

「好きと得意は別物かい、……ふっ」
「なによ、その嘲笑は!あんただってろくに料理できないじゃないのっ!!」
「……あぁ、ゆーたなぁ!?ウチは料理出来るで!」
「ほぅ、なら何が出来るか、言ってみなさいよ!」
「……目玉焼きに、サラダに、トースト……や」
「それのどこが料理よ!小学校の家庭科の課題並みじゃない!!」
「そんなコトないヨ、綾香。立派な朝食のメニューじゃない」
「レミィは黙っててよ!一般常識の料理は、インスタントな作品は入らないの!」
「そんなコトないヨ。最近のインスタント食品も、なかなか美味しいわヨ」
「あんたねぇ……!そんなコト言ってていいの?まさかレミィ、自分で料理しないでインスタントやレトルト食品ばかり食べているから、そんなコトゆうんでしょ?」

 綾香に指摘され、レミィの笑顔が硬直する。どうやら図星らしい。
 たちまちメインオーダールーム内は険悪なムードで充満する。女三人集まれば姦しいとはよく言ったものである。

「突然ですが、志保チャンニュース!『姦しい』ってこれは、かしましい、て読むんだけど、漢字の使われかたから何となくエッチな響きに聞こえるわね。でも決してそうゆうものじゃなく、『うるさい』『やかましい』という意味なのよ!だからこんな黙り込むような状況に使用するのはチョットあれだけどね。うーん、なんかこの漢字、女性差別してない?……なによ、雅史、さっさと話を進めさせろって?いーぢゃんあたし、マルマイマーにはほとんど出番がないんだから、こーゆー時ぢゃないと出られないのよ!(笑)よぉし、丁度イイ、今回はネタがネタだけに、思い切って暴走しちゃおう!名付けて『グラハム・志保の世界の料理ショー!』ほらほらスティーブ、キッチン用意して!スティーブったらあんたのことよ雅史!へ?どうしてこんな古い海外番組を知っているんだって?ふふん、内閣調査室に不可能は無いのよ!今やアタシはラジオのDJまでこなすスーパーエンターティナーなんですからね!ほらほらほら、とっとと用意する!さぁて、今日の料理は……うーん、何が良いかしら…………って、そうだ、『キノコのリゾット』に決定!無論、セイカクハンテンダケを使って、無害な料理に仕上げてみせるわよ!あのあたしより人気がある貧乳寸胴(笑)に、志保チャンのほうが上だってコト思い知らせてやるンだから!あれ、隣のスタジオに置いてあったでしょ?へ?今は森川由綺の撮影中?知ったことかあんな新参者、ムキィ〜〜〜〜!主役のクセに人気が今ひとつの割に、好き好きリーフであたしより色紙高く売れやがってっ!!いまにみてなさいよぉ、プレステ版で純真な青少年の支持もらってブレイクしてやるんだからっ!…………あれ?なんか急に気温が下がり始めたじゃない?えっ?なによ雅史、そんな青い顔して後ろって…………あれ、出刃包丁がきらりと――――」

 突然画面が、ぷつっ、と切れた。

「……なんか、いま、画面の外が騒がしかったような(^_^;」
「無視や、無視(汗)はれぶたの矢玉アナのマネする身の程知らずなんぞ、出刃包丁の露に消えて当然や」
「イノチあっての物種ネ(苦笑)」

 三人が冷や汗をかいているそんな時、出来立てのスコーンと紅茶が注がれたティカップを乗せたキャスターを押して、メイド服姿のしのぶが入室してきた。

「あれ、しのぶ?今日はマルチの護衛に行かんでえぇの?」
「今日は別の方が行かれていると、ミスタさんが」
「別の方?」

 智子は辺りを見回し、

「レフィ?」
「いえ。レフィさんは今日、藍原さんに呼ばれて」
「藍原……あ、ああ、そういや今日やったな、太田香奈子サンの退院の日は」
「なんでも、新城さんの家で退院パーティーをされるそうで」


「あははははははははは!ほらほら、飲みが足りないわよ、太田さん、瑞穂!」
「いや……あのぅ……まだあたし、病み上がりだし……」
「ちょっ、ちょっと……沙織さん……それ……2本目よね……(汗)」
「ノンノンノンノン!――3本目よ!きゃははははははははははははっ!!」

(……うーん(汗))

 瑞穂がレフィを呼んだのは、新城沙織が、自分がモデルになったレフィとまだ対面していないと聞いていたからだった。そこで瑞穂は香奈子が退院する機会を利用し、綾香にお願いしてレフィの出席許可をとったのである。
 レフィは、自分のオリジナルデザインが、こんな豪快な女性だったとは予想外だったらしい。右手に銘酒「美少年」の一升瓶、左手にグラスをもった沙織は、隣に当惑した顔で座ってるレフィの首を右腕で引き寄せて大笑いしていた。

「……もしかして、こんな状況下で新城さんがボクのモデルに決まったのかしら……なんかヤ(泣)」
「あははっ!ほらぁ、レフィちゃん、あんたも飲みが足りない!」
「い、いや、ボク、消化機関ないですから……(汗)」
「うそぉ?旦那、前に言ってたわよ!マルチってメイドロボットには消化機関がちゃんと備わっているって」
「それは、3年前に事故で喪失した、試作品のマスターボディのほうです。ボクたち量販ラインで製作されたタイプで、オーダーメイドで搭載が希望されたもの以外には人体に近い機能は搭載されていません」
「なんだぁ、つまらない……!あんたも結構イケるクチだとおもったのに……」

 ロボット相手に何をゆうのか、とレフィは心の中で呆れた。
 憮然となるレフィに、上機嫌の沙織は自分の頬でレフィの頬に頬ずりし出した。

「……それにしても、話には聞いていたけど、こうして会って本当良かった!レフィ、貴女、あたしの妹みたいで気に入ったわ。これからもこのお姉ちゃんの所に遠慮なく遊びにいらっしゃい!ひっく!」
「あ……ははは。………………はい」

 ちょっとついていけない所もあるが、何だかんだ言ってもレフィは沙織が好きになっていた。

「……ねぇ、沙織さん……このあいだの同窓会の時も驚いたんだけど……」
「何、瑞穂?」
「……全然、顔に出ないのね」

 瑞穂の指摘通り、大量にアルコールを摂取しているにもかかわらず、一向に沙織の顔は素面のままである。アルコールの分解能力は人それぞれだが、飛び抜けて分解能力が高い体質の人間もいる。俗に「ざる」と呼ばれる酒豪を現実に目の当たりにした瑞穂は、畑違いのところもあるが、まじまじと沙織を見つめている様子から、医者として沙織のアルコール摂取状況に関心を抱き始めたようである。ついには、瑞穂はおもむろに沙織の額に掌を当て、自分の額の体温を比較し始め、腕の脈まで取り始めた。沙織は相変わらずケラケラ笑ったままで、なすがままにされていた。

「……お互い、苦労しそうね」

 本日の主賓はすっかりおいてきぼりを感じたようで、苦笑混じりにレフィの耳元に囁いた。レフィも苦笑して応えるしかなかった。


「……レフィじゃないとすると、後は例の特戦隊の……そーいや、こんど特戦隊に配備される2機って、詳細な情報もらっていなかったな」
「まだ試験中だそうです。ちなみに本日、マルチお姉さまを護衛されている方は、人間だとか」
「人間?誰?まさか初音?」
「初音は隆山の実家へ戻ってるヨ」
「そーやったなぁ。EI−05から07までほとんど連戦だったから、法事を兼ねて久しぶりの休暇で息抜きしとる頃やろな……まさかミスタ?」
「いえ、ミスタさんは参式で待機中です」


 TH参式の艦橋で根付いたようにいつものシートに背もたれしていたミスタは、将棋盤とにらめっこしていた。どうやら詰め将棋に興じているようだが、しかし、少しばかり様子がおかしかった。

「2二歩」

 ミスタはそういって駒の歩を動かすと、おもむろに将棋盤を抱え、それを180度水平回転させた。

「……6五桂」

 そういってミスタは駒の桂馬を動かす。するとまた将棋盤を抱えて、また180度水平回転させた。

「……そーきたか、祐介。なら、3五銀でどうだ」

 そういってミスタは駒の銀を動かし、またもや将棋盤を180度水平回転させる。

「……うっ(汗)た、拓也さん、そ、それ、ちょっと待って!」
「いーや、ダメ」

 ちなみに艦橋にはミスタ一人しか居ない。会話は全て、ミスタ一人の口から吐いたものである。駒の指し方を口にしていたのは棋譜をとっていたからで、別に、文章だと駒の指し方が判らないから演出の都合でわざわざ口にさせていたワケではない(苦笑)。ひとつの肉体に二人分の精神が同居しているミスタだから、たった一人で将棋を指せるのだ。正確には多重人格者というワケではないので二人で対戦しているには間違いないのだが、これはなんとも不気味な光景というより、マヌケな印象のほうが強かった。


「あ、アルト。先にいらしたのですか」
「あ、しのぶ、ごめん。参謀を迎えに行って直接こっちへ来たものだから、そちらへ戻れなかった。無事、焼けていたかい?」
「?何や、そのスコーン、しのぶが焼いたの?」
「いえ、アルトです」

 しのぶがそう応えると、何故か綾香と智子とレミィの顔が凍り付いた。

「先ほどまで、アルトが作っていました。あたし、感心しました」
「……そ、そうね、……ひとついただくわ」

 綾香は顔を引きつられたまま、アルトお手製のスコーンをひとつ摘んで口にした。

「……美味い(汗)」

 綾香の言葉に誘発されるように、智子とレミィがスコーンを摘んで口にする。

「「……美味い(汗)」」
「さ、サテライトシステムの情報は、か、カンペキ、よ、ね」

 顔を引きつらせたまま言う綾香に、しのぶは首を横に振った。

「……いくらサテライトシステムで作り方の情報が受けられても、所詮、一般的な作り方に過ぎません。アルト、時々レフィと一緒にお菓子造りしていたのですよね」
「ま、まぁ」

 アルトは頬を掻きながら照れて見せた。

「我々は闘いばかりしているわけではありませんからね。やはりこういう仕事も出来ないと。しかも、せっかく『こころ』を持っているのですから、画一的なコトばかりでなく、向上心を持って仕事をするべきだと、その、……マルチ姉さんから教えられまして、はい。あ、隠し味はあかりさんから教えてもらいました。あとは自分のアレンジで」
「……立派です、アルト。努力すれば、バイクに変形するロボットでも、こんなに丁寧にお菓子が作れるのですから。ねえ、長官…………?」

 感心しながらしのぶが綾香たちのほうを見ると、そこに凄まじい殺気が対流しているコトにようやく気づいた。

「「「……ぶつぶつ……バイクに変形するロボットでも…………お菓子は作れる……
…………お菓子は作れる…………ぶつぶつ」」」

 MMMの中枢である3名は、まるで呪詛のように、しのぶが言った言葉を繰り返し呟いていた。諜報部所属の万能機動女中機、しのぶ。不断は口数の少ない物憂げな少女に見えるが、しかしその言動は、彼女の上司の影響が強いのか、時として毒をもつ場合が見られる。今回は事情を知らなかったとはいえ、今の綾香たちにはあまりにも痛恨な一言であった。
 最初に動いたのは、智子だった。無言の智子は、据わった目でアルトの足許に落ちていたお菓子造りのムック本を睨むと、それをおもむろに取り上げた。

*   *   *   *   *   *   *   *   *   *

 竹田はマルチとマルルンを連れて、後楽園遊園地にやってきていた。

「ブロウクン・マグナム!!」

 と声を張り上げたのは、マルチではなく、竹田たちがいるイベント用ステージの上にいたマルマイマーの着ぐるみだった。オリジナルの姿とは、アレンジが強いというか、かなりかけ離れたデザインの着ぐるみであったが、ギミックは精巧に出来ているらしく、ブロウクン・マグナムはちゃんとロケット内蔵のラジコン製で、オゾムパルスブースター(と思しき良く判らない形をした怪獣)目がけて飛んで行った。命中したブロウクン・マグナムはちゃんとオゾムパルスブースターの胴体を貫通し(どうやら初めから穴は空いていたらしい)、豪快な効果音とともにオゾムパルスブースターは粉々になった。

「ははは……。本物のブロウクンマグナムは、本体の右腕は内甲カバーで被われ、それに被さっている腕パーツだけが飛んでいくのですから、玩具のロケットパンチみたいに右腕がすっぱり抜けて飛んでいくコトは無いのですが……ははは」

 エルクゥの侵攻が始まって半年。マルマイマーの闘いが世間に知られるようになったのは最近のことだが、情報管制によりマルチがマルマイマーであるコトはごく一部の関係者しか知られていない。それでも、人類を守る勇者ロボットの存在が世間に認知されており、このように子供向けの着ぐるみアトラクションショーや、漫画や小説にもアレンジされた作品が出回っていた。

「ほら、観てごらん。この少年サンライズって少年誌じゃ、君の闘いを元に先週から『勇者王ガオガイガー』って題名で連載が始まっているよ。アニメ化も決定しているそうだが」
「……あのぅ、いくら番外編でもそれ、かなり危険なネタぢゃあ(笑)」
「?」
「い、いえ、なんでもありません(苦笑)」

 肩を竦めるマルチをみて、竹田はツボに入ったらしく、顔を赤面してくすくす笑い出した。そして、懐からマルチの耳カバーを取り出し、それをマルチに差し出した。

「……コレつけて、わたしが本物のマルマイマーです、ってステージに出てみるかい?」
「そ、それだけは勘弁を(汗)」

 マルチの耳カバーを外させたのは竹田であった。来栖川電工製のメイドロボットは耳カバーを外すと普通の人間と区別がつかないくらいくらい精巧に出来ている。ましてやマルチのような、人のそれと遜色ない働きをするこころを持ったロボットなら、耳カバーが無ければ傍目では人間としか思わない。マルチを連れまわすにあたり、竹田はマルチが奇異の目で視られぬよう、半ば強制的に耳カバーを外させたのだ。本来なら規則で外せない耳カバーの脱着は、主人である藤田浩之と神岸あかりの二人ぐらいしか命令できないハズなのだが、なぜかマルチは竹田の言葉に、自分でも不思議なくらい素直に従ってしまった。
 アトラクションショーが終わった後、竹田はマルチを連れてジェットコースターやメリーゴーランドなどいろんなアトラクションを載っていった。
 初めはジェットコースターのようなスリル性の強いアトラクションに嫌々載っていたマルチであったが、いざ載ってみると、意外にも、怯えていたのが嘘のように、きゃあきゃあ、と楽しんでいた。どうやら闘いでこの手のモノにはすっかり馴れてしまったらしく、恐怖心とそして闘いという殺伐とした要素が全く無い為か、普通の子供のようにはしゃいでいるようである。
 竹田はそんなマルチにしかし拍子抜けもせず、逆に嬉しそうな顔で、楽しいです、楽しいです、と連呼するマルチの笑顔を優しく見ていた。

 西の空が赤みを帯び始めた頃、竹田とマルチ、そしてリュックサックモード(ロボコンモードと言いたまえ:長瀬主査談)でずうっとマルチの胸にフュージュンしていた状態を解いたマルルンは、遊園地内の屋外レストランに腰を落ち着けていた。

「竹田さん、今日はとても楽しかったですぅ。ありがとうございます」
「マルチくん、こういう遊園地は初めてだったのか」
「え?あ、はい。ご主人様もあかりさんも、こういう所にあまり行かないらしく…」
「もしかしたらキミに遠慮しているのかも知れないな。綾香君か京香さん経由で藤田クンに言ってもらおう」
「えっ?い、いえ、いいんですよ、こう言うのは今日限りで」

 マルチが苦笑して言うと、突然竹田は憮然とした顔をして、マルチの鼻先を人差し指で軽くつついた。

「……遠慮しなくて良いの。マルチ君はロボットでも、人間以外にこころをもった希少な存在だ。いわば、命あるものでもある。本来なら人間と対等にあって良い存在なのだぞ」

 真っ直ぐ見て言う竹田に、マルチは少し困ったふうな顔で俯いた。

「……でも」
「でも?」

 訊かれて、マルチはようやく、微笑む面を上げた。

            Cパートへ つづく