【承前】
「……わたし、人と対等にいることなんて、どうでも良いんです。……わたし、人が好きなんです。人に尽くすことが何より好きなんです。……人がいつまでも優しく嬉しそうに笑っていられる姿を見ていたいんです」
にっこり笑うマルチ。決して繕うことのない純真な本心。
竹田は、そんなマルチを見てどこか寂しげな顔で微笑んだ。
「……判った。そこまでいうなら、もうこの件は言及しない。それより、だ」
「?」
「……今日の俺たちだが……そのぅ…………どんなふうだったかな、と思うかな?」
「どんな……ふう……だったか……?」
照れくさそうに訊く竹田に、マルチは少し戸惑った。
「どう……って……」
まさか恋人同士、とでも言いたいのであろうか。マルチは赤面して返答に窮する。
「……うん。俺たち……」
(……もしかしてわたし……この人に口説かれているのかしら……ううっ、ご主人様ぁ、どうしましょうぅぅぅぅ?(汗))
「……親子連れに見えない?」
にこり、と微笑んで言う竹田の言葉に、マルチの顔が凍り付いた。
「……親子連れ……っすか?」
「うん」
と竹田、やけに嬉しそうに照れて言う。
「……い、……いや……ま……まぁ、見えないコトも無いとは……ぷっ」
竹田のあまりの予想外の言動に、ついにマルチは吹き出してしまった。
「ご、ごめんなさい……くすくす、やっぱりわたし、子供に見えますか?」
「……いや」
そういうと竹田は微笑みながら、マルチの頭を優しく撫でた。
「……キミは立派なレディだ。――彼女に良く似ているよ」
「?彼女?」
「――いや、なんでもない」
竹田は不明な言を誤魔化すようにマルチの頭を撫で続けた。頭を撫でられて気持ちよさそうにいるマルチだったが、竹田が、彼女、と言った時、妙にその顔が寂しげであったのを見逃していなかった。
もしかすると竹田は、彼女と呼ぶ存在と自分を重ねてみているのかも知れない。竹田にとってそれが複雑な事情で負い目となっている場合もあろう。マルチはそのコトについて言及することをあえて避けた。
「……そうだ、竹田さん、なにか飲み物を買ってきましょうか?」
「?あ、ああ、それなら俺が自分で……」
「いえ!今日のお礼をさせて下さい!」
「あ……、ああ、わかった。時間が時間だ、丁度良い、缶ビールをお願いするよ」
「はい!マルルン、竹田さんのお相手をしてね」
マルチは嬉しそうな顔で席を立つと、売店のほうへ掛けていった。
竹田はそんなマルチの背を見送りながら、はぁ、と溜息を吐いた。
ふと、竹田の視界に、マルチの隣に座っているマルルンが入った。マルルンは竹田のほうを、あのアルカイックな眼差しでじっと見つめていた。
「……いい娘に育っているね。本当、千鶴さんに良く似ている」
竹田がそういうと、マルルンが頷いた。
「……本当なら、俺はあの娘が闘いに出るコトを許しちゃいけないのだろう。だけど今の俺には、何も言う資格はない」
竹田が哀しげにいうと、急にマルルンがテーブルの上に飛び乗り、竹田の胸元へ駆け寄った。そして首をぶんぶん横に振り乱したのである。まるで、そんなコトはない、と言いたげに。
「……ダメだよ。俺は、千鶴さんも梓も楓ちゃんも救えなかった。ましてや、みんなを襲ったEI−01の正体が――?!」
そこまで口にした途端、竹田は突然立ち上がって振り返った。
「……やはり、あんたか」
「……こんな所で何をしている、柏木耕一」
竹田を柏木耕一と呼んだのは、スーツ姿の柳川裕也であった。
「それはこっちのセリフだ。なんでお前、遊園地にいる?」
苦笑混じりにいう竹田に、柳川は黙り込んでしまった。
「……そうか、今日、マルチを護衛していたのは、楓ちゃんじゃなく――――」
竹田の視線は、柳川の更に背後に居た女性に注がれていた。
「……芹香さん、か。先日は失礼しました」
オレンジ色のワンピースを着ていた芹香は、こくん、と頷いて挨拶した。相変わらず無口のままである。
「ずうっと視線を感じていましたが、まさか来栖川財団の会長自らがお出ましだったとは思いませんでしたよ。――いや、マルチの護衛は、モノのついで、でしたか?」
竹田が妙に意地悪そうに笑って言うと、芹香は頬を赤らめて少し俯いた。
「柏木耕一、そこまでにしておけ」
柳川は憮然としながら言う。
「言っておく、柳川。今の俺は、竹田輝夫だ。――柏木耕一はもう死んだンだ」
「……誰が納得するか。貴様はそこにこうして、のうのうと生きている。それが全てだ」
「納得出来ないのは無理もないが、もう俺は柏木耕一として生きる資格はない」
「黙れ。……柏木初音は今もお前を想っているのだぞ」
「……ふっ。妙に丸くなったな、あんた」
竹田が鼻で笑った途端、怒相の柳川は竹田の胸ぐらを掴み上げて引き寄せた。
「――貴様……この場で決着を着けても良いのだぞ」
「……貴様との決着には異存はないさ。――お前は俺の千鶴を殺したのだからな」
竹田は柳川を、きっ、と睨んだ。竹田に見据えられた柳川は、歯噛みして沈黙してしまった。
「……だがな、今は……EI−01との闘いが済むまでは、お前と争っている場合じゃない。それは前にも、京香さんの仲介で宣言したコトだ」
「――くっ」
柳川は竹田の胸ぐらを押しながら手を離した。
竹田は乱れた着衣を直しながら、テーブルのほうへ視線を移した。テーブルの上では、マルルンが竹田をじっと見つめていた。
「……おいで、マルルン」
竹田がそういうと、マルルンは竹田の胸に飛び込んで来た。竹田はマルルンの頭を優しく撫でると、大きく深呼吸した。
「……いや……それすらどうでもよいコトなのかも知れない……今の俺には……EI−01を葬り去ることが……すべての贖罪なのだから…………ん?」
寂しげにいう竹田は、ふと、そんな自分へ優しい視線をくれて首を横に振っている芹香に気づいた。
「……生きなさい?……それは時として辛い場合もあるよ。特に俺のような……ん?人は誰も何らかの罪を背負って生きている生き物だから、深く悔やんでも仕方がない、って?」
芹香は、こくり、と頷いた。
竹田は暫し黙り込むと、憮然としていた柳川のほうへ向いた。
しばらく柳川の顔を見つめていた竹田は、何かを悟ったかのように、静かに頷くと、ふっ、と微笑んで見せた。
「……判りました。芹香さんがそういうなら、肩を張って生きるのを改めるよう善処します。――しかし、柏木耕一として生きるのは、もう出来ません。……初音ちゃんには悪いとは思っているが……俺は……俺自身が……それを許せないんです」
「……勝手にしろ」
柳川は呆れたふうにいうと、踵を返してその場から離れていった。芹香もその後を追うようにトコトコとついていく。
「……警護はこれで終わりにしますから、後は俺に任せます?……判りました。――おい、柳川」
「あぁ?」
柳川はぶざまな男に向ける顔など無いと言いたげに、振り向きもせず応えた。
「……初音ちゃんのコト気遣ってくれて、済まない」
「……知るか」
罪を背負っているのは、お前だけじゃないんだ。
柳川は、それだけは決して口にしまいと誓っていた。
やりきれない想いにかられた柳川の腕を、後ろからトコトコとついてきた芹香が引いた。
「……芹香。お前、俺にあいつと会わせる気で呼んだのか?」
柳川に睨まれ、芹香は面を横に振った。
「……何?機嫌を損ねたお詫びに、夕食につき合うって?やめとけ、そろそろあの豪快な執事が迎えにやってくる頃だろうが……って、え?セバスチャンも承知?」
芹香がこくり、と頷くと、柳川は腕を持て余してその場に佇み、暫し考え込む。
「……但し、金は俺が持つ。莫迦にするなよ、お前一人くらい食わせる金はある。……水道橋の先に美味いラーメン屋を知っている、って?妙に庶民的な所もあるんだな、って綾香から訊いた?ほう、あいつのオススメならマシなほうだろう。いいだろう、そこにしよう…………ん?」
不意に、柳川は小首を傾げて黙り込む。1分24秒後、ようやく柳川は重い口を開いた。
「……もしかしてお前、これ、デートのつもりだったのか?」
呆れ気味にいう柳川に、芹香は俯いて赤面した。
それを見た柳川は、やれやれ、と肩を竦めて見せた。それにしても、柳川が今頃になってようやくこれがデートであったと気づくような、今日一日のこの二人の行動は一体どんな内容だったのか、とても気になるところではあるが、それはまあ、野暮と言うコトで。
竹田が二人を見送った後、再びテーブルの席に着いた。それからしばらくして、マルチが缶ビールと枝豆を持ってようやく戻ってきた。
「ついででしたので、おつまみも買ってきました……って、あれ?」
「……ん?どうした、マルチくん?」
竹田は、自分を見るマルチの顔が、妙に険しくなっているコトに気づいた。
訊かれて、しばらく黙り込んでいたマルチがようやく口を開いた。奇しくもそれは、柳川が芹香に「デートのつもりだったのか?」と訊いた時刻と一致していた。
「……もしかして……泣いていらしたのですか?」
言われて、初めて竹田は自分が涙ぐんでいたコトに気づいた。
「……ああ。ちょっと、昔を思い出してた」
そう応えると、竹田は涙を拭った。
そんな竹田を見ていたマルチはいたたまれなくなっていた。
そんな時、ふとマルチは以前、あかりから聞いた話を思い出した。
それは昔、浩之が飼っていた犬が死んでしまい、浩之が泣き止まなかったコトがあった。その時、浩之の母親が浩之の身体を抱きしめて、悲しみに暮れる息子をなだめたらしい。泣く子にはこれが一番というこの話が、マルチには妙に印象的にメモリーされていたらしい。
だから、半ば無意識ではあったが、マルチは竹田の許に歩み寄り、座っていた竹田の頭を優しく抱きしめたのである。
「……竹田さん。辛いときに泣けるなら、泣いたほうが楽ですよ」
まるで母親のようなマルチの言動に、竹田は唖然としたままであった。
やがて、ふっ、と笑みを零した竹田は、マルチの背中に手を回して、その背を優しく撫でた。
「……気遣ってくれてありがとう、マルチ。でも今は、泣く時じゃない。大丈夫さ」
「……そう……ですか……」
「……なぁ、マルチ」
「はい?」
「しばらく……こうしてていいか?」
「……はい」
マルチは躊躇わず、微笑んだ。その時マルチは竹田から懐かしい匂いを覚えたが、メモリーに無いコトだったので、気の所為だと思った。
* * * * * * * * * *
再び、TH参式艦橋内。
まだ、ミスタは一人将棋を続けていた。
突然、ミスタは将棋盤を掴み上げてそれをひっくり返そうとした。
しかし、掴んだだけで、ミスタの身体はその体勢を維持したまま凝結してしまった。
「……ダメですよ、拓也さん。勝負は勝負」
どうやら、勝敗はいつの間にか逆転していたらしい。
* * * * * * * * * *
「ちわぁ、なっちゃん弁当ですぅ!弁当箱の回収に……ってあら?」
昼に納品した弁当箱を取りに来た雛山理緒と、理緒を主人と認めるセリオタイプの黒髪のメイドロボットのテキィは、昼は整然としていたメインオーダールームが、いつの間にか「料理の鉄人」よろしく、どこから持ってきたのか判らないがコンロや食器、冷蔵庫が軒を並べるキッチンスタジアム化していたコトに、暫し呆気にとられていた。
「うらぁっ!バイクごときに後れをとってたまるかぁっ!!」
「見とれよぉ、二人とも!!人間の底力、みせたるわぁ!!」
「大和撫子のウーマンパワーで、レベルアップするわヨ!!」
殺気を漂わせながら、綾香と智子とレミィはすっかり料理に燃えていた。いったい何があったのだろう、と理緒とテキィが冷や汗をかく中、三人に怒鳴り声で指示されながらキッチンスタジアムの中を、困った顔で忙しく動き回っているしのぶとアルトに気づいた。
「……しのぶさん。これって喜ばしいコトなのでしょうか?」
「……私に聞かないで下さい、トホホ」
同じ頃。TH壱式にある研究所では、すっかり忘れ去られていた製作途中のロボットが、ぶつぶつと文句を言い続けていたとは、誰も知る由もなかった。
番外編 了
MMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMM
東鳩王マルマイマー 第11話
「希望の消えた日」 プロローグ
MMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMM
(アヴァンタイトル:エメラルド色のMMMのマークがきらめく。)
暗闇の中で、男女が営みを続けていた。
喘ぎ声がやがて静まると、男は女を胸に抱いて、荒くなった息を整えようと深呼吸を続けていた。
「……もう少しだよ、美紅。――もう少しで、お前にも心が宿る」
男が抱きしめている女は、人間ではなかった。
来栖川電工製の、通常の生産ラインで作られたタイプではなく、オーダーメイドされた特別製の万能女中機、KHEMM−AS型。セクサロイド機能も搭載している、高級品であった。
「……3年前から止まったままのお前の刻(とき)が、もうじき甦る。お前を生み出した、あのマルチがお前をきっと、『にんげん』に直してくれる……!心配するな、美久のTHライドは、選ばれたものだからな。そう、あの勇者メイドロボットのTHライドの中に眠っている柏木姉妹と同じものだから――――」
To Be Continued
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