東鳩王マルマイマー:第8話「まごころを、君に」Aパート1/2 投稿者:ARM
(アヴァンタイトル:エメラルド色のMMMのマークがきらめく。)

 それは、一発の銃声から始まった。

 男は、プロの詐欺師だった。自らの欲望のためではなく、依頼を受け、巧妙な手口で目的人物を
陥れ、依頼人から報酬を受け取る仕事師であった。
 今回の依頼主は、ある取引を巡って競合との間に生じたトラブルに恨みを持ち、相手に致命的な
ダメージを与えようと、男を雇った。
 男はいつもの手口で、目的人物にもっとも致命的なダメージを与えるべく、目的人物の娘と接触
した。
 娘は、生来より目が不自由だった。しかし、人を疑うことの知らぬ純粋な心の持ち主であったた
め、男の甘言を信じ切ってしまった。
 そこで誤算が生じた。男の心の中に芽生えた、野心。男は娘を利用し、目的人物の会社を乗っ取
ってやろうと考えたのである。
 男の野心は、目的人物の不慮の事故死によって潰えたかに見えた。ところが男はその事故を自ら
の所業と偽り、今度は依頼主を脅迫し始めたのである。自信はあった。なぜなら、男は依頼主の世
間知らずな一人娘の心も奪っていたからだった。
 男は、自らの野心が軌道に乗ったと思っていた。そこへ、男の誤算が生んだある障害が立ちはだ
かった。
 忘れていた謀略、既成事実。光を知らぬ娘が、心と身体の中に宿した希望の光を頼りに、それを
与えた男の前に現れたのである。
 窮地に立たされた男は、安易な方法で解決の道を切り開いた。

 娘は、何が起こったのか判らないような顔でもんどりをうって倒れた。額に穿かれた、彼女の命
を奪い去った朱い穴が一つ、天井を仰ぎ見ていた。

「――な、何が赤ン坊だ!ふ、ふざけるな!そんなモンで俺の栄光ある未来を閉ざされてたまるか!」

 男は我を忘れていた。怒りとどす黒い欲望が入り交じった邪悪な眼差しが、膨らんでいる娘の腹
をじっと睨んだ。
 理性を欠如した男はその手に握りしめていた、硝煙がまだ残るグロック17の銃口を、娘の腹を
狙って突き出した。
 パン、パン、パン。
 未来を閉ざされた未熟な命をあえてかばったのは、娘の半身とも言うべき人形だった。倒れた主
の目となってここまで付いてきた物言わぬ人形は、娘が撃たれた後も傍らで呆然と佇んでいたのだ
が、突然意を決したかのように動き出し、額と胸と腹で3発の銃弾を受け止め、息せぬ主の上に覆
い被さるように倒れ込んだ。5発目が無かったのは、そこでグロックが弾詰まりを起こしたためで
ある。もし男が自らの運命を知っていたならば、弾詰まりの起こりにくい事で定評のある名銃グロ
ックが、たった四発撃っただけで故障した不思議に、きっとその時、戦慄したコトであろう。

 人形は、澱んだ雨空を睨み続けていた。
 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎
い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎
い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
 怨嗟に応えたのが、あの「鬼」だった。

(……こころなきものよ。……レザムの理(ことわり)を知れ。……ラルヴァの声にこころを傾け
よ。…………さすれば汝のこころは、充たされん)

 「鬼」が差し出したその奇妙な「力」は、何故だか判らなかったが、人形は今の自分に必要な力
であると即座に理解した。人形は「鬼」の声を受け入れた途端、ゆっくりと自分の身体に溶け込ん
でいく、黒い影のような姿を持つ「力」から発せられる憎悪が、空虚のような自らの心を充たして
いくのを感じ取りながら、やがて自らのものとした。
 人形はそれからのことを良く憶えていなかった。
 ただ、復讐を果たしたことだけは、何故か理解していた。にもかかわらず、なにも充たされてい
ない自分の心に、人形は戸惑っていた。
 やがて、人形は、ある結論に達した。

 スピーカーから聞こえるテキィの声が、次第に怒りで高ぶり始めていた。

『――――あの男はなぁ、身重だったご主人様のお腹にいた、自分の子供を狙って撃ったのよ!!
この私の痕は、追い打ちをかけられそうになったご主人様の遺体をお守りしてかばった時に付いた
痕なのよ!』

 衝撃が、テキィの慟哭を聞いていた者全てを襲った。誰一人として声も出せない。

『人間は、顔すら見ぬ自分の嬰児を平気で撃てる生き物なのか?――そんな残酷な生き物、私は決
して許さない!この痕がある限り、人類全てを抹殺してくれる!!』

 口を開けたまま唖然としているマルチの頬を、一滴の涙が伝い落ちた。

「……酷い」
「……メイドロボットは嘘をつかない。あの怒りは、本物だ」

 堪らず俯いて顔を手で押さえて嗚咽するマルチの隣にいた浩之は、吐き捨てるようにそう言った。

「……人間は決して賢い生き物じゃない。EI−03の怒りは、人間にとって然るべき報いなのか
もしれないな」
「――でも、望みはあります」

 厭世観をそのまま声にした様な口調で嘆くミスタに、マルチは涙を拭って答えた。

「……望み?」

 浩之が不思議そうに訊くと、マルチはやさしく微笑んだ。

「……彼女は気付いていないだけなんです。あの怒りの根幹にある、大切な想いを」

(OP「東鳩王誕生!」が流れ、「東鳩王マルマイマー」のタイトルが画面に出る。マ・マ・マ、マ・マ・マ、マル・マイ・マー……)
(OP、CMが終了後、Aパート開始)

「ミスタさん!わたし、ファイナルフュージョンして現場へ向かいます!バリアリーフからマルー
マシンと、そしてマルルンを呼び寄せて下さい!」

 マルチがそういうと、ミスタばかりか、浩之と初音までもが不思議そうにマルチの顔を見た。

「……どうしたのですか?」
「……っつーか、なぁ」

 そう言って浩之は、マルチを指した。正確には、マルチの足許を、である。
 マルチは促されるように、おもむろに自分の足許を見た。
 ――ふぬぬぬぶふごっ!そこにはなんと、あのクマのぬいぐるみ型ロボット、マルルンがマルチ
の足に寄り添うように佇んでいたのである。あまりの唐突さに、マルチは思わず、「おそ松くん」
に出てきた「イヤミ」よろしく、どっシェーっ!と叫んでシェーのポーズをとって大げさに驚いた。
こんな驚きかたは、十中八九、長瀬がプログラムしたものであろう。

「な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、Na?!」
「そんなに驚くとは思わなかった。大体、MMMの基地から帰ってきた時からずうっとお前の足許
にいたんだぞ。本気で気付かなかったのか?」
「え゛?ぢゃ、ぢゃあ、あの時も………………?!」

 浩之の言うことが本当なら、浩之に濃厚なキスをされていたときもずうっとそばにいたことにな
る。赤面するマルチは、それに気付いていた浩之の神経が理解できず困惑した。
 浩之は、何かを訴えるような目で自分を見ているマルチに気付くが、しかしどうしてマルチがそ
んな目をするのか理解できなかった。実のところ、浩之にとってマルチとのキスは一種のコミュニ
ケーションとしか思っていなかったので、無口なクマに見られようが、大して気にもしていないの
である。この男、もしかするとあかりがそばにいても平然とマルチにキスをやってのけるかも知れ
ない。

「……ふにぃぃぃぃ。とりあえず、フュージョンだけはこれで出来ます」
「残りのマルーマシンは後続のTH弐式が運んでくるわ。準備、急いでね」
「判りました、初音さん!マルルン、行きましょう!」

 マルチはマルルンを引き連れて管制室を出ていく。浩之は後頭部を掻きながら憮然としたままそ
の背を見送った。

「なんだい、あいつ……」
「藤田クン、あなた女心ってモノを判っていないのね」
「女心?」

 初音は浩之に意地悪そうに微笑んでいた。

「マルルンがそばにいながら、マルチに何をしたのかしら、あなた?」
「何を、……って」

 前屈みになって浩之の顔を下からにっと笑って覗き込む初音に、浩之は戸惑った。改めて見ると、
ボディラインがくっきりと出る白いコネクタースーツ姿はなかなか刺激的である。ましてや、トッ
プモデルにも引けを取らないその美貌が魅力的に微笑むのだから始末が悪い。浩之自身、初音が指
摘するコトに対して罪悪感を抱いていないものだから、こんな初音の態度にどう対処して良いもの
か、全く判らないでいた。

「おおかた、こんなコトでしょう?」

 当惑する浩之の唇を、初音がいきなり自分の唇で塞いだ。
 暫しの静寂の後、白い影はゆっくりと唇を離した。

「…………?!」
「……バレたら、わたしもあかりさんに叱られるかな?」

 目を白黒させている浩之を見て、初音はクスクス笑いながら踵を返し、THコネクターへ走って
行った。浩之は赤面したまま佇んでいた。

「……モテモテだなぁ、キミは」

 素っ気なく言うミスタであったが、仮面を被っていてもその下で笑っているのは、小刻みに震わ
せている肩を見れば明白である。ミスタの性格は、紳士そうな物腰とは裏腹に意外と根性悪らしい。

「……ほっとけ」


 一方、マルルンとフュージョンを完了したマルチは、東京湾から発進したTH弐式から射出され
たマルーマシンの到着を待っていた。その時、通信が入ってきて、マルチはアナライズモニタに通
信用ウィンドゥを開いた。

「――マルチ」
「あ、綾香さん――いえ、長官」
「良いわよ、綾香で。――また、闘ってくれるのね」
「はい」

 マルチはニコリと微笑んで頷くと、綾香の顔が翳った。

「……綾香さん」
「……マルチ。あなたには済まないと思っている。あたしたちにあれだけ酷い目に遭わされいると
いうのに、また……」

 気まずそうに目をそらして言う綾香に、マルチは面を横に振ってみせた。

「それはもう言いっこなしです。これはわたしが選んだ闘いですもの。――妹たちを、そしてわた
しが大好きな人たちを護る、大切な仕事」

 そういってマルチは嬉しそうに微笑む。MMMバリアリーフ基地内にあるメインオーダールーム
の大モニタでは、マルチが表情を作る信号をトレースして作られた、マルチのCGが投影されてい
た。カメラの無いところでもマルチの表情がこのように判る様になっており、大モニタを見ていた
綾香は、そんなマルチの笑顔に応えるように微笑み返して頷いた。

「……本当、あなたは昔から平気で自己犠牲が出来る女性(ひと)だったわね」
「?」
「ううん、なんでもない。――それでこそ勇者!そろそろ智子が乗ったTH弐式も到着する頃だわ
ね。マルマイマー、ファイナルフュージョン承認!!」


 TH参式から飛び出したマルチが、空中でファイナルフュージョンを敢行している頃、EI−0
3と対峙しているあかりたちのほうでも少し動きがあった。

「……お前がどういう境遇にあろうと、人間に仇なすならば、あたしにとって、敵」

 気まずさばかりが支配する拮抗の末、冷淡な目でEI−03=テキィを睨んでいたしのぶが、両
腕に装備されている『破甲手裏剣』を引き出しながら一歩前に出たのである。
 それをあかりの悲鳴が止めた。

「――もうやめて!こんなバカバカしいコトで、あなたたちが傷つけ合う必要なんかないのよ!」
「「……バカバカしい?」」

 奇遇にも、しのぶとテキィの訝る声が重なった。

「だってそうでしょ?EI−03が怒っているのは、人間が悪いことをしたからなのよ!メイドロ
ボットは嘘は言わないもの。わたし、良く知っているから」
「神岸さん……」

 しのぶは、あかりがマルチのコトを指しているのを直ぐに理解した。

 しのぶは、マルチがマルマイマーになる前から、ずうっとマルチを見守っていた。
 しのぶが初めてマルチをみたのは、今から2年ほど前になる。それはMMMが結成されたばかり
の頃であった。

 本来、しのぶは誕生すべき存在ではなかった。

 しのぶはVIP護衛用の戦闘用ロボットとして、来栖川重工に入社して直ぐ頭角をあらわした若
き天才技術者が上層部に無許可で開発した、非合法な産物だった。
 技術者は、しのぶにテストとして、マルチの護衛を命じた。何故、技術者がテストの対象として
マルチを選んだのか、今だに不明であった。非合法な研究を行った技術者は後に、事故で死亡して
いたからだ。但し、その事故死には疑問の残る点があるらしく、未だに警察側は自殺と他殺の線で
捜査している。
 唯一真実を知るしのぶは、沈黙を守っていた。創造主に対する敬意からか、あるいは、彼がしの
ぶを戦闘マシンとして創り上げた仕業に対する怒りからなのかは定かではない。だが、MMMが結
成されたとき、しのぶは自ら進んでMMMに参加を表明して技術者が課した使命を続けているあた
り、ぼんやりながらもその真意がみえる。
 しのぶにとって、「マルチを護ること」が自分の存在理由なのだ。あかりを、そして人間を護る
行為は、ただの付随行為にすぎない。
 だから、昨夜の惨事は、しのぶにとって許し難い失敗であった。任務でマルチのそばから離れて
いたばかりに、マルチを大破させてしまった。その後悔が、しのぶをいっそう冷酷な衝動に駆らせ
ているのである。
 なのに、マルチのオーナーとも呼んでも良い存在である神岸あかりは、マルチを酷い目に合わせ
た張本人であるEI−03と闘ってはいけないとしのぶを止める。
 そんなあかりを見て、しのぶは、彼を想い出していた。
 矛盾したこころを持つ人物だった。――多重人格。利己的で冷酷な天才技術者の顔は、時として
限りない慈愛を持つ優しい青年へと変貌する。前者はその名声のために人型としては最高の戦闘能
力を保有するしのぶを造り上げ、儚き後者はもう一人の自分の邪悪な面に苦悩しながらも、彼が造
り上げたその力を他の存在を護るために働けと命じた、しのぶには理解しがたい心の持ち主。

 自分の野心のために、自分の子供を平気で殺せる、人間がいた。
 その一方で、例え相手が自分を殺そうとしている凶悪な存在であっても、相手が背負っている業
に同情し、護ろうとする、人間もいる。

 そして自分は、そんな人間と同じ心の働きをする心OSを備えた、人形。

 自分にも、こんな理解しがたい心の働きが出来るのであろうか。しのぶは人間というモノに困惑
した。何故、マルチお姉さまはこんな理解しがたい行動をとる人間を理解できるのであろうか、と。
――いや、それ以上に、しのぶはマルチという心OSで動作するメイドロボットの行動原理が理解
出来なくなっていた。
 しのぶにとって人間を守る行為は付随行為であり、タダの使命である。所詮は、プログラムに基
づいた行動に過ぎないのだと、信じて疑わなかった。
 その信念を初めて揺るがせたのは、EI−03との最初の闘いにおいて、マルチが自らの身を犠
牲にしてまでヘル・アンド・ヘヴンを仕掛けたと聞いたときであった。
 この時、マルチが護ろうとしたのは、人間ではなく、妹である超龍姫とEI−03の核になって
いるこのテキィだった。マルチを慕う人間達の哀しみを覚悟の上での決死の闘いであった。
 誰のために闘うのか。何のために闘うのか。
 今のしのぶには、マルチを護ること以外なにも無いしのぶには、全く理解できない疑念であった。
 そして、この神岸あかりという人間も、マルチと同じような理解不能な行動をとっている。
 独り困惑するしのぶの心に、また新たに、ある疑念が一つ生じた。
 それは、EI−03をここまで突き動かしているであろう、あるものであった。

「……ふん。莫迦らしい!」

 しのぶは、鼻で笑うテキィの声に我に返った。

「……神岸あかり、だったな。私はお前を殺そうとしているのに、どうして私をかばうのだ?」

 冷ややかな眼差しで詰問するテキィに、あかりは戸惑いがちに応えた。

「……だって、あなた、あまりにも哀れすぎるから……」
「はははっ!可哀想だって?うわべや建前だけの憐憫で、私の気を引こうというのか?」
「テキィ!言い過ぎよ!」

 堪りかねて、理緒が叱咤した。理緒の怒鳴り声にテキィは驚いたらしく、不安げな顔で理緒のほ
うへ振り向いた。

「神岸さんはそんな人じゃない!酷い目にあったあなたやあなたのご主人様を本気で可哀想と思っ
ているのよ!」

 理緒に睨まれるテキィは明らかに動揺していた。

「理緒……!」
「テキィ。確かに人間は善人ばかりじゃない。だけど、決して悪人ばかりでもないのよ」

 理緒に諭されるテキィは沈黙を守った。理緒は言葉を続けた。

「……あたし、人って生き物は、いつも誰かを愛し、誰かを護りたい――そんなふうに考えて生き
られる生き物なんだって思っている。ううん、決して理想論じゃなく、実際にそう言う人がいたん
だもの」

 そう言って涙ぐむ理緒が指す人物を、あかりは即座に理解した。
 ずうっと昔から知っている、突っ慳貪だが、心の暖かいあの人のコトだ。

「……そんな人に巡り会えなかったテキィの不運に、わたしは同情する。でもね、どんなに人間を
憎んでも、きっとテキィの怒りは晴れないと思う。憎しみは憎しみしか生まない。テキィが誰かを
傷つけた分だけ、哀しみ、テキィを憎む心が増え続けていくのよ。テキィはそんな哀しみや憎しみ
に応え続ける気なの?」

 理緒はそう言うと、両腕を広げてあかりをかばうように立ちふさがった。

「テキィ――それでも神岸さんを殺すつもりなら、まずこのあたしを殺しなさい!」
「理緒……!?」
「だけど、神岸さんだけは殺させない!――わたしに優しくしてくれたあの人が愛している女性
(ひと)だけは、決して殺させない!」

 理緒に睨まれ、テキィは一歩も動けなくなっていた。金縛りというわけではなく、どう対処して
よいものか、判らなくなっていると言ったほうがよいだろう。

(何故、戸惑う――?)

 奇遇にも、テキィとしのぶは心の中で同時にそう呟いて憮然となった。

(人間はすべて憎いハズなのに、どうして雛山理緒だと戸惑うのだ?)

 テキィは理緒の顔を見つめた。自らの主人とは似ても似つかぬ容姿なのに、どうしてここまで心
をかき乱されてしまうのだろうか。
 テキィが当惑する面を堪らず下に向けたとき、理緒がゆっくりとテキィのそばへ歩み寄り始めた。

「……お願い。判って、テキィ」
「――く、くるなっ!」

 苦悩するテキィは、やってくる理緒のほうへ思わず圧縮空気砲と化している右腕を向けてしまう。
 しかし理緒は、怖れるどころか笑みさえ浮かべて平然とテキィに近寄っていった。

「くるなっ!!」

 テキィの絶叫に呼応するように、理緒の足許で無数の炸裂が生じる。それをみてあかりは悲鳴を
上げるが、何故かしのぶは理緒を助け出そうともせず、じっと事の成り行きを伺っていた。

「……EI−03の銃身の狙いは、あえて雛山さんから外している。どうしてだ?」

 理緒の足許では炸裂が続いていた。しかし理緒はその歩みを止めようとはしなかった。そのうち、
最後の13発目に炸裂したものが理緒の足許の直ぐそばだったらしく、思わず理緒は足をすくわれ
てその場に倒れてしまう。

「――――理緒!!?」

 堪らず理緒の名を叫ぶあかりの悲鳴を、倒れ込む理緒を見て愕然とした顔を露わにしたテキィの
悲鳴が上回った。取り乱したテキィは慌てて理緒の元へ駆け寄り、理緒を抱き起こした。
 僥倖にも理緒は無傷だったらしく、蒼白して何度も、大丈夫か?と訊くテキィにVサインさえす
る余裕もあった。あかりはその光景にほっと胸をなで下ろした。

「……わからない」
「?」

 あかり達の耳に、理緒を抱いているテキィの困惑がはっきりと判る呟きが届いた。

「……理緒。どうしてなのだ?人間は他人を平気で憎しみ、傷つける生き物なのに、どうして他人
を護ろうとする心の働きも在るのだ?」
「テキィ……」
「なんで人間はそんなにもアンバランスな心をもっているのだ?何故、善だけで、悪だけで生きら
れない?どうしてそんなに不完全な心をもっていて、何故、平気でいられるのだ?!」

 テキィの問いかけに、理緒もあかりも応えられなかった。二人とも、人間であるというのに。

「……わたしはお前たち人間というものが判らなくなってしまった。――何故答えられぬ?教え
ろ!お前たちは『許されざるべき存在』ではないのか?」
「それは――」

 どう応えるべきか迷ってしまった理緒の目の前で、いつの間にか近寄っていたあかりがテキィの
両肩にやさしく掌を乗せた。

「EI−03……いえ、テキィ。もう、よそう」
「よそう……?」

 テキィが理緒をおろしながら聞き返すと、あかりは微笑みながら頷いてみせた。

「これ以上、あなたが暴走したって、誰も救われない。あなたも含めて、みんな傷つくだけなのよ」
「それでもわたしは――!」
「……テキィ。どうしてあなたはそんなに人間が憎いの?」
「それは――人間が、ご主人様を酷い目に遭わせたような心をもっているからだ!」
「でもあなたに優しくしてくれる雛山さんやあなたのご主人も、同じ人間よ」
「――――」

 あかりに諭されるテキィは、拳を握りしめ、肩を震わせる。テキィはその事にとうに気付いてい
た様子であった。
 そんなテキィを、あかりはじっと見つめた。
 やがて、テキィを見つめるあかりの瞳が何かを悟ったかのように閃いた。そして、ふっ、と微笑
んで見せた。

「……そう……なんだ。……テキィ。あなたはマルチちゃんと同じ」
「……同じ?」
「…………うん。とてもやさしい心の持ち主。――そしてなにより、人間が大好きな娘なのよ」
「人間が……好きだと……?!バカを言え!」
「もっと素直になろう、テキィ」
「わたしは偽っていない!」

                 Aパート 2/2へ つづく