東鳩王マルマイマー:第8話「まごころを、君に」Bパート2/2 投稿者:ARM
【承前】
 確かに、しのぶが両腕を破壊されても問題ないと言った理由が、これで判るであろう。しのぶは
分身たる翼丸と狼王と合体することで、最強の戦闘モードへ移行できるのだ。

(……合体したぐらいでこの俺に叶うと思うか、人形風情が!!)

 EI−01は刃のような爪を持つ両腕を突き出し、腕を前に組んで悠然と佇む霧風丸に襲いかかる。
 疾風の如き一閃が霧風丸の胴体をなぎ払う。手応えはあった。二つになった霧風丸の身体が宙に
舞っていた。

「――遅い」
(?!)

 霧風丸の声は頭上から届いた。EI−01は斬りつけたはずの霧風丸が、さながら忍術の「うつ
せみ」が如く、ミラーコーティングを質量を持った残像代わりに残し、とうに飛んでいたコトによ
うやく気付いた。

「秘剣『クサナギ・ブレード』!」

 霧風丸は変形後背中に回っていた狼王の前足を外して振りかぶる。霧風丸モードの狼王の前足は
アルゴンガス・レーザーブレードとして使用できるのである。
 空中より稲妻の速さで振り下ろされた光の剣を、EI−01が避けなかったのは、周囲に張って
いた位相空間のバリアーがそれを代わりに受け止めるのを知っていたからである。

「――ならば!『メルティング・ハウル』!!」

 霧風丸が突き出した狼王の首が変形した左腕には、狼王の時にも使用した、位相空間を侵食出来
る指向性高周波兵器が内蔵されている。EI−01の防御する位相空間は、狼の遠吠えによって瞬
時に分解された。

「再びバリアなど、張らせはしません!」

 言うが早いか、霧風丸は独楽のように高速回転し始めた。紫色の旋風が次第に煌めき始めたのは、
全身をミラーコーティングで包み込んだからである。

「必殺!『大回転魔弾』!!」

 光の竜巻から、無数の光弾が飛び散り、EI−01目がけて降り注がれる。超磁気蒸着で全身に
張っていた超展性ハイメタル粒子が、磁気反転によって剥離され、マッハの速さで目標目がけて放
出されるのだ。光の豪雨をかわしきれなかったEI−01が纏っていた外套は散り散りに裂かれ、
その下の身体も爆ぜ割れて朱を散らす。粒子の剥離が終了して霧風丸の回転が収まったのと同時に、
EI−01はもんどりをうって地面に倒れた。

(GUEYEYEYEYEYEYEYEYEYEYEYYYYYYYYY!!)

 EI−01の咆吼が、激痛によるものであることは明白である。血が噴き出す全身をのたうち回
らせて暴れるEI−01に、霧風丸は侮蔑の眼差しをくれた。

「……もはやこれまで、だ、EI−01。覚悟!」

 霧風丸は再びクサナギ・ブレードを手にして振りかぶった。その途端、いままでのたうち回って
いたEI−01は何事もなかったかのように突然立ち上がってその場から飛び退け、霧風丸との間
合いを取ると、あの忌々しい笑い声を轟かせた。

「URYYYYYYYYYYYYY……!ここまでやるとは思わなかったぞ、紫のロボット。しか
し、――まだ甘い」

 突然、EI−01の周囲に火花が飛び散る。

「これは――――」

「まずいな」
「え?どうかしたの、主査?」

 険しい顔をして大モニターを睨む長瀬に、綾香がただならぬ気を感じた。

「……EI−01め、初音君をまた『エルクゥ波動』で暴走させる気だな!」
「暴走?」

 指揮官シートから立ち上がってTHコネクターの様子を伺うミスタの様子に一抹の不安を感じた
浩之が訊いた。

「そうだ。この間、マルチを半壊させた暴走のそもそもの原因は、EI−01が発した、エルクゥ
同士のシンクロを可能とする『エルクゥ波動』を放出したからだ」
「え?」
「EI−01がマルマイマーに『エルクゥ波動』を送り込み、それを中継された初音君のエルクゥ
の血を刺激したのだ。奴め、また初音君を暴走させる気か!」
「何だってぇ〜〜〜〜?!」

 浩之は、昨夜の初音の暴走を想い出した。鬼のような形相をする初音が制御不能になり、電脳連
結しているマルチにパルスを逆流させて半壊させていた。あれは、家族の仇であるEI−01と対
峙した初音が我を忘れたためだと浩之は思っていたのだ。
 仰天した浩之は、初音が入っているTHコネクターの前まで駆け出し、動揺の眼差しを初音にくれた。

「柏木さん!今すぐマルチと電脳連結を解除しろ!二人とも危険だ!!」

 すると初音は笑顔で面を横に振った。

『……大丈夫です』

 応えたのは、背後の大モニターから届いたマルチの声だった。

「マルチ……」
『わたし、負けません。――初音さんも!』
『……ええ。二度と屈したりはしない』

 マルマイマーと初音は同時に頷き、

『『足りないところは、勇気で補うっ!!』』

(食らえっ!!WYEEYEYEYEYEYEYYYYYYYYYYY!!)

 霧風丸が慌てて阻止しようとしたが、EI−01の咆吼がそのまま電撃と化したような錯覚に見
舞われ、EI−01から放出された電磁衝撃波にはじき飛ばされてしまった。
 EI−01から発せられたエルクゥ波動が、EI−03と対峙していたマルマイマーを頭上から
見舞った。

『「うわっ?!』」
「マルマイマー!」

 慌てて超龍姫がマルマイマーに飛びかかり、エルクゥ波動から引き離したが、直撃を受けたマル
マイマーの目から光が消えていた。昨夜の暴走と同じ人事不省状態にまた陥っていた。

 ごぼっ……!

「柏木さん!!」

 浩之はTHコネクターを両手で叩いた。昨夜、叩きすぎて血がにじむ両拳に、鈍い痛みが蘇った。
 初音は波動の衝撃を受けた瞬間、がっくりとうなだれていた。やはりエルクゥ波動はエルクゥの
血を引く者には決して抗えない悪夢の起爆剤なのか。
 初音は、ゆっくりと面を上げた。
 鬼は居なかった。
 美しくそして哀しい宿命を背負った戦士が、そこにいた。

「……あぅ……。二度と…………姉さんを……傷つけは……しない!」

 ブゥゥゥン。

「マルマイマー!!」

 超龍姫から安堵の声がもれた。マルマイマーが再起動したのである。

「……大丈夫。今度は……初音も……耐えましたよ」
「え?」
「――あう。い、痛かったですぅぅぅ」
「……あれ?いま……?」
「今?どうかしましたか?」

 きょとんとするマルマイマーに、超龍姫は戸惑った。起動したばかりのマルマイマーが、超龍姫
にはまるで別人のように見えたのだ。
 超龍姫は、何故かその顔が酷く懐かしく感じた。見慣れたマルチの顔なのに、初めて見た違和感
のある顔が、記憶の底にさざ波を立てていた。

「……姉さん…………?」
「超龍姫、行きましょう!はやく核のメイドロボットを助け出さないと!」

 マルマイマーは超龍姫に支えられながらゆっくりと立ち上がった。それに呼応して、霧風丸も起
きあがり、当惑しているEI−01に再び向いた。

「……切り札は無駄だったようだな」
(GUE!URYYYYYYYYYY!!おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれお
のれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれ――ぇ?!うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!)

 激高するEI−01が、突然うずくまって悲鳴を上げた。

(な……何だ……この……身体の芯から痺れる感覚は…………くわぁぁぁっ!身体が!身体が、バ
ラバラになりそうだ!!)
「……EI−01。お前だけは、決して許さない!」

 霧風丸は両手を背中に回し、2門装備されているクサナギブレードを取り外して構えた。

「超必殺――――」

 再び霧風丸はクサナギブレードを手に持ったまま独楽のように回転し、ミラーコーティングで全
身を包み込んだ。

「『クサナギブレード二刀流回転剣舞・百花繚乱』!!」

 大回転魔弾の体勢で瞬時にEI−01との間合いを詰めた霧風丸は、全身の回転プラス肩の回転
プラス手首の回転を加えた光の剣の超高速斬撃を、無防備になっていたEI−01の全身へ見舞っ
た。同時に剥離された超展性ハイメタル粒子もEI−01の全身に浴びせられ、EI−01の身体
が宙に舞った。百花繚乱とはよく言ったもので、空中に飛び散る超展性ハイメタル粒子が薄く広が
り、七色に咲き乱れる花びらのように飛び散っていた。煌めく極彩色の花吹雪の中、朱色を引きな
がら力無く舞うEI−01の身体は、どすん、と地面に落ちて沈黙した。

「……EI−01、完全沈黙!マルマイマー、今です!」

「イレイザーヘッド射出!行くで、超龍姫!!」

 智子の掛け声と共にTH弐式から射出されたイレイザーヘッドをキャッチすべく、超龍姫が背部
ブースターに火を入れて飛び上がった。弧を描いて迫り来るイレイザーヘッドを腰のタイヤスレイ
ブアームに内蔵されているマニュピレーターも使って見事キャッチすると、超龍姫は縮退圧縮され
位相空間コーティングを施した重水素の先端を地上に向けて落下を開始した。

「酸素濃度が38パーセントを突破している!初音さん、プロテクト・シェイドのタイミングを間
違えると大変だぞ!」

 心配そうな顔をしてみる浩之に、何故か少し頬を赤らめている初音は、くすっ、と微笑んだ。

『……大丈夫。……さっき、あなたに勇気、分けてもらったから』
「え?」

 浩之が咄嗟に想い出した「さっき」――初音の、不意のキス。

「……あ(汗)」
「顔が赤いな藤田君。今さら純情ぶるトシかね」
「るせい!!」

 ミスタの陰険なツッコミに、真っ赤な顔の浩之は本気で怒鳴り返した。

『……それに……変ね、前に受けたEI−01のエルクゥ波動とは何か違う……どうしてかしら―
―今はそれは後回し!行きますよ、マルマイマー!』
「はい!――『ヘル・アンド・ヘヴン』!!」

 両腕を広げてH&Hの体勢に入るマルマイマー。この気を逃さず襲いかかるEI−03の鋼鉄触
手は、すかさず霧風丸が放った大回転魔弾の超展性ハイメタル粒子攻撃にすべて粉砕されていた。

「『ゲル・ギル・ガン・ゴー・グフォ……!』」

 奇怪な言語を口にしながら、やがてマルマイマーの両手が正面に突き出す状態で重なった。同時
に発せられた緑色の超電磁竜巻が、EI−03の蠢く全身を捕らえてその動きを封じた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっ!!!!」

 マルマイマーの背部放熱口が咆吼を上げて火を噴き出した。その反動を利用し、緑色に煌めく光
の翼を得たマルマイマーはEI−03へ突進する。間合いを一気に詰めたの同時に、マルマイマー
は身をひねり、重ね合っている両拳をEI−03の胴体へ叩き付けた。
 拳を叩き付けられたEI−03の身体は、その接触地点から装甲の粉砕が始まり、一気に中心核
で眠っていたテキィの身体を露わにさせた。

「目覚めなさい、テキィ!!」

 マルマイマーは掛け声と共に、真っ赤に光っているテキィの左胸に、緑色に光り輝く両拳を押し
付けた。H&H、今度こそ間違いなく決まったはずである。
 なのに、テキィの左胸は、緑色に染まった世界に抗うかの如く、いっそう赤みを増して光り輝いた。

「どうして?!」

 マルマイマーが悲鳴を上げた途端、テキィの両目が、かっ、と見開かれた。

「――やはりわたしは、人間が憎い」
「どうしてなの?!」

 マルマイマーは必死にテキィの胸に両拳を押し付けて暴走を鎮めようとした。
 だが、次の瞬間――――

 光が、緑色の宙(そら)に散った。
 それは、テキィの涙。
 遠くから見ていた霧風丸の両目にも、まるで一緒に泣いているかのように、その光が映えていた。

「――だけど――それ以上に――――わたしは――――――人間が、大好き」
「テキィ?!」

 微笑みながら涙を流すテキィのあれほど真っ赤だった左胸が、瞬時に緑色へ変色した。
 しかし、それは色が変わっただけであった。周囲のそれよりもなお緑色に光り輝くテキィの左胸
に内蔵されているTHライドの暴走は、あろうことか正常な状態で暴走しているのだ。

「――だから――わたしは――――わたしが――――わたしが犯した過ちは――決して――――許
されない――――だから!!」

 テキィは唖然としていたマルマイマーを両手で押し飛ばし、その反動を利用して、まだ身体と直
結しているEIメカとともに背後へ飛び退いた。

「いけない!やっぱり、あのメイドロボット、自爆する気だったんだ!!」

 浩之はやりきれなさそうに叫んだ。TH参式管制室の大モニターは、次々と爆発しながら遠くへ
流れていくEI−03の無惨な姿を映していた。
 最後の大爆発。同時に立ち上がったマルマイマーは、その衝撃波に飛ばされそうになり、慌てて
プロテクト・シェイドを展開させるのが精一杯だった。

「うおおおおおおおっっっっっ!!イレイザーヘッド、発動!!」

 ARF内に展開する爆発エネルギーを、超龍姫のイレイザーヘッドが位相空間に包み込み、大気
圏外へ放出される。重力レンズを貫く巨大な光の柱に、都内に巨大な戦場が形成されていたとも知
らない多くの都民が目撃し、その後しばらくの間、警察やTV局への問い合わせが殺到していた。
昨夜にも同様の光の柱が目撃されていたこともあり、こうなっては、いつまでも報道管制で緊急事
態を伏せていく訳にはいかないだろう。

「……やれやれ。まだこっちはどういう言い訳を発表しようか思案中だというのに」

 霞ヶ関にある高層ビルの一室の窓からその光景を見ていた偉丈夫そうな中年の男は、はぁ、と溜
息を吐いて後頭部を掻いた。
 そんな時、後ろにある扉が叩かれた。

「――きたか。入りたまえ」

 扉が開かれた。入室してきたのは、スーツに身を包み、シャギーが入った、ショートのウルフカ
ットカットの美女であった。

「藤田室長、昨夜の横須賀の宇宙資源開発センターの件ですが……あ?」

 美女は、藤田室長と呼んだ中年の男の肩越しに、イレイザーヘッドがもたらした光の柱を目撃し
て絶句した。

「……あれが、イレイザーヘッドの閃光……綺麗……」
「別名、核殺しの光、だ。こう一日のうちに立て続けに使用されると、ペンタゴンに対する返答に
窮する」

 肩を竦める藤田に、美女はくすくすと笑い始めた。

「……丁度、ヒロが現場にいるそうですよ。ご子息にご相談されては?」
「莫迦を言え。あいつには俺の職業はプログラマーと言うことで通しているのだぞ」
「よもや、本職が内閣調査室室長とは思いませんでしょうね」
「ああ。あいつは莫迦だからな、そんなこと考えもしないだろう」
「でもヒロは、量子工学で博士号を取られたのでしょう?――いまだにあたしも信じられませんが」
「奇遇だな、長岡班長。わたしもだよ。だからエルクゥなんぞが地球で暴れるのだ」

 その時浩之は、まさか自分をダシにして、自分の父親とあの長岡志保に嗤われているとは露も知
らなかった。


「……マルマイマーの反応を確認。無事でス」
「……そうか」

 綾香はとても気が重かった。この上ない苦い勝利に、心からとても喜ぶ気にはなれなかった。

「……あたしたち人間の業の深さが生んだ悲劇……ね」

「――てきぃぃぃぃぃ!!てきぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 ARFの崖っぷちでうずくまっている理緒は、声を張り裂けんばかりに泣きわめいていた。

「――どうして?どうして、あんないい子が不幸な目に遭わなければならないの?わたしたちは、
誰ひとりとして救えないぶざまな生き物なの?」
「……そんなコトない」

 うずくまる理緒に、あかりが優しく肩を抱いて言う。

「――だって!」
「見て」

 一緒に悲劇を目の当たりにしているハズのあかりが何故微笑んでいるのか、理緒はその理由が在
ると思しき、あかりが指すARFの中心を見た。
 理緒は、超龍姫のイレイザーヘッドによって生じた光の柱の中から、左腕を突き出してプロテク
トシェイドで身を守っているマルマイマーの姿に続き、中心のほうからゆっくりと歩いてくる人影
らしき姿をみるなり、みるみるうちに笑顔に変わっていった。
 あかりだけが、あの大爆発のさなか、テキィを追って飛ぶ紫色の閃光に気付いていた。爆発の影
響を少なくするべく張っていたミラーコーティングを解いた霧風丸が抱きかかえているテキィの無
事な姿を最初に想像していたのはあかりだった。

「……大切な人を救う闘い、か」
「……帰ってきたら、みんなを誉めてあげなきゃね、神岸さん」

 あかりは嬉しそうに頷いた。きっと今度は、心から頷けるだろう。

「テキィ!――それと、えーと、……しのぶさん?」
「今は霧風丸と呼んで下さい、マルチお姉さま」

 あの儚げな美少女の姿をするしのぶが、まさかこんな無骨な鎧武者のような姿へ変貌するとは、
マルマイマーは予想外だった。

「……」
「?あれ、霧風丸、どうしたの、黙り込んで?」
「…………テキィをお願いします」
「あ?あ、ああ、判りました」

 マルマイマーは霧風丸から昏倒しているテキィを受け取った。
 テキィの体表は少し焦げていたがそれだけで、特に身体のパーツが破損している様子もなく、人
工皮膚を張り替える程度の損傷で済んでいた。
 マルマイマーが、ほっ、と安堵の息を吐いた途端、霧風丸が合体を解き、そのままうつぶせに倒
れ込んでしまった。

「し、しのぶさん!?」

(Bパート終了:エピローグへ つづく)