東鳩王マルマイマー:第10話「約束はメロディの彼方に」Bパート1/3(正) 投稿者: ARM
(武装強化を施され、緑色のロボットの印象を増した新生マルマイマーの映像とスペックが表示される。Bパート開始)

「電脳連結を利用してオゾムパルスを送り込むなんて!!このままじゃ、初音の精神が持たないわ!!」

「やらいでかぃ!!ミラー粒子砲斉射!!」

 TH弐式の管制室にいた智子が、TH弐式のミラーカタパルト口から香奈子めがけてミラー粒子を放出する。それはミラー粒子を超振動によって高温液化された粒子砲である。香奈子は位相空間バリアで弾き返すが、流石に高熱波まではレジストしきれず、堪らずマルマイマーから離れた。マルマイマーは沸騰するミラー粒子雲の中で力尽きてうつぶせに倒れた。

「うふふ。やるわね。でも、そのメイドロボットのパイロットはつぶさせてもらったわよ」
「初音さん!?――よくも!!」

 レフィが香奈子に飛びかかった。しかし香奈子はまたも手の先から電撃を放ち、レフィを前よりも遠くへ吹き飛ばした。

「次は、お前よ、うふふふふ」

 香奈子は笑っていた。目は笑っていない。狂気の微笑に、レフィは歯噛みした。

「……くぅっ!アルトさえいればこんなヤツ!!――――?!」

 瞠るレフィの瞳に映っていたのは、ゆっくりと起き上がったマルマイマーの姿であった。

「――――初音さん!大丈夫なの?」
『「……汚したな』」
「?」
『「……許さないから』」
「……え?」

 眉をひそめるレフィは、マルマイマーの口から零れた呟きに不吉なものを感じとっていた。


「初音――」

 綾香はTHコネクター内にいる初音を見て絶句した。
 緑色に煌めくその姿は、鬼を想起させるモノへと変貌していた。エルクゥ化するコトで逆流してくるオゾムパルスをキャンセルしたのだ。
 しかしその鬼の姿は、綾香ばかりか浩之たちにも、怒り以上に、どうしても泣いているように見えてならなかった。


『「……何が、狂気よ。……何が、大切なモノを守りきれなかった不甲斐なさよ…………!!』」
「……何ぃ?」
『「――――その挙げ句、10年間も自分の殻に閉じこもって恨み節?笑わせるなっ!!そんなお前のわがままな10年間と、大切なものすべてをこの手で傷つけてまで耐えてきた、わたしの8年間を一緒にするなっ!!』」


 ――失語症?
 ――はい。…無理もありません。目の前で家族を惨殺されてしまったのですから。食事もほとんど摂ろうともしません。会長、このままでは……。

 ――うふふ。まるで姉さんが二人になったみたい。いいのよ、何も言いたくないのならずうっと黙っていたって。あたし、そんな初音さんも好きよ。……だから、もっと笑って。

 ――へえ。珍しいね、初音が男の人をじっと見つめているなんて。へ?あの人に似ている?……うーん、あたしは耕一さんのコト知らないから良く判らないけど。……どーなんだろ。姉さんも彼のコト気に入っているようだけど。

 ――凄ぉい。エクストリームに出ていたら、とてもじゃないがあたしや葵でも太刀打ちできないわよ。……え?もっと強くならなきゃいけない?どうしてなの?


『「――わたしはこれ以上、大切なモノを失うわけにはいかないのよ!!』」

 初音に動かされている怒相のマルマイマーは、香奈子を指して張り裂けんばかりに怒鳴った。

『「わたしはお前の怒りを否定する!!そんな自分勝手な怒りなど、狂気にすべて呑み込まれてしまうがいい!!覚悟しなさい!!――ヘル・アンド・ヘヴン!!』」

 言うが早いか、マルマイマーは身構えて両腕を開き、ヘル・アンド・ヘヴン起動体勢をとった。


「人間相手にH&H?やめろ!あんな凄まじいエネルギーをぶつけられたら、生身の相手は粉砕してしまうぞ!!やめるんだ、柏木さん!!――綾香も止めさせろ!!」
「ダメよ!こうなったら、外部からの制御は無理なのは、浩之も承知しているでしょ?」
「くっ――」


「ほざけ――――くっ!」

 H&Hの体勢にあるマルマイマーを迎え撃つように睨んだ香奈子だったが、再び激しい脱力感に見舞われ、しかし今度ばかりは抵抗しきれず両膝を地に落として呻き始める。10年間に及ぶ入院生活が著しく体力を奪い去っていたこの身では、やはりここまでが限界であったらしい。

『「覚悟――――?!』」

 右腕の攻撃力エネルギーと左腕の防御力エネルギーを組み合わせようとしたその時、マルマイマーの前に両腕を広げて立ちはだかる人影が出現した。

「……はぁ、はぁ……香奈子を……もう苦しめないで!!」

 それは瑞穂であった。息も絶え絶えのその顔は香奈子から放出されているオゾムパルスに苦しみ焦燥し切っていたが、それでも香奈子を救おうと必死の形相でマルマイマーを睨み付けていた。


「誰だよ、あんな危険な場所へ生身で行くヤツは!オゾムパルスが充満しているんだぞ!脳がイッちまうぞ!!」
「彼女は太田香奈子の主治医、藍原瑞穂よ。なんて無茶な……!レフィ!藍原さんをその場から離しなさい!

「ラジャ!藍原さん――あ」
「近寄らないでぇ!!」

 苦悶の相を浮かべる瑞穂は、しかし激痛に必死に耐えながら香奈子のそばへ駆け寄った。

「……香奈子を……誰にも……いじめさせない!」
「そんな…………!?」

 盾となる瑞穂に、レフィは手出しできず当惑する。


「くそっ!何なんだよ、あの人!」
「友達を守りたい一心なのよ。――とくに藍原さんは、10年間の想いがあるから」

 苛立つ浩之に、複雑そうな面もちの綾香が諭すように応えた。

 一方、瑞穂に間に入られたマルマイマーたちは、手出し出来なくなった現状に苛立っていた。

「……くっ!レフィ、何とか後ろに回れない?」
「EI−04がいます。それにうかつに動いて、藍原先生がよけい彼女に近づけてしまう恐れも……」
「ううっ……。――あっ!」

 それは突然だった。両手を広げて香奈子をかばっていた瑞穂を、背後から羽交い締めにした者がいた。

「――か、香奈子!?」
「……うふふふ。瑞穂……瑞穂…………好きよ」

 荒い息をする香奈子が、瑞穂を羽交い締めにしていた。いや、羽交い締めと言うよりは、抱きついたと言ったほうが適切だろう。香奈子は両手で瑞穂の身体をなで回した。白衣の上から香奈子に胸や下腹部をなで回され、瑞穂は堪らず赤面する。

「か……香奈子……よ、よして…………!」
「……うふふ……いいじゃない……可愛いわぁ…………好きよ、好きよ瑞穂……」
「あ……い、……いやぁっ!」


 大モニタに大写しされた突然の痴態に、浩之は口を開けたまま呆気にとられている。隣では赤面するあかりが、見るなと浩之の腕を引っ張っている。


「あぁん…………あぁ………香奈子…………ぁあっ」

 涙目の瑞穂は、自分を背後から蹂躙する香奈子に抵抗しながらも感じてしまっている自分を恥じているようにも見えた。

『「色狂いが……』」
「初音さん、どうします……?」

 淫靡な光景を前にして、レフィはどう言って良いのか困ってしまった。

『「どうする……ったって……ねぇ。とりあえず、隙を見てふたりを引き離す』」
「こういう密着状態を引き離す方法、ボク、知りません(汗)。初音さんなら方法、知っているでしょ?」
『「……レフィ、わたしに喧嘩売ってない?』」
『なにやっとんぢゃあ、ふたりとも!!』

 上空から、ブチ切れた智子のが怒鳴り声が降ってきた。

『こないな青カン、いつまでもほったらかしにしとくンやないっ!』
『「……あお……かん……って、と、智子、なんつーコトを……(汗)』」


「見事にブチ切れてるネ、智子」
「……あのバカ。(汗)なにも弐式の外部スピーカー全開でゆーコトないでしょ……(激汗)始末書、覚悟しなさいよぉ……」

 頬を赤らめて苦笑するレミィの後ろで、綾香が頭を抱えながら苛立っていた。
 気まずそうな顔で拱いている浩之に、あかりが小声で智子が言った単語の意味を訊いてきた。カマトトぶっているわけではない。本気で知らないらしい。無論、いくらナイロンザイルのような図太い神経の持ち主である浩之でも、簡単に答えて良いものと悪いものの区別は付く。とりあえず笑って誤魔化すしかなかった。


 一方、現場。香奈子の淫靡な手は、瑞穂が着ているシャツやスカートの隙間を抜き、直に乳房や下腹部に触れて揉みし下していた。瑞穂は何とか香奈子のいやらしい手の動きを止めようとその手首を掴むが、抵抗できない快感にどうしても力が入らない。

「……うふふ。瑞穂……瑞穂……好きよ…………好きよ……誰にも渡さないから……!あなたはあたしのものよ…………!うふふふふふ、…………ん?」

 香奈子の手が突然止まった。
 瑞穂が何か喘ぎ喘ぎ呟いているコトに気づいたのだ。

「……香奈子…………あの時みたいに……わたしを好きにして良いから……お願い……だから…………帰って…………来て…………」
「――――瑞…………穂…………?!」

 香奈子は虚ろげな顔で、瑞穂の耳元で囁いた。
 そのとき不意に、瑞穂の頬を伝う涙が、瑞穂の胸を揉み続けていた香奈子の手の甲に落ちた。
 それに呼応するように、香奈子の顔に緊張が走った。

「……香奈……子…………?――あっ!!」

 陶然としていた瑞穂が顔を少し後ろへ向けた途端、全身に激痛が走った。今まで自分の身体を愛撫していた香奈子の手に、急に力が込められるや、瑞穂の身体を力一杯抱きしめ始めたのである。

『「くっ!しまった!』」

 再び一同に緊張感が走る。

『「……レフィ。もしもの事態になった時は、覚悟を決めなさい』」
「……」

 レフィはマルマイマーの口から出た初音の言葉にぞっとする。無論、覚悟とは自決ではない。マルマイマーの視線を追うと、その先には正気を失っている香奈子の顔があった。そこをねらえ、と言っているのだ。

(…………なんて……女性(ひと)……)

 不断の初音はとても優しい女性である。レフィはそんな初音を尊敬していたのだ。初音の過去が血塗られたものであったコトも承知の上である。
 レフィは悔しかった。しかし初音に裏切られたと思ったからではない。
 こんな闘いをしなければならない自分たちが、とても悔しかった。
 苛立つレフィは、瑞穂達のほうを睨んだ。
 ところが、またもや瑞穂達の様子がおかしくなっていた。

「香……奈……子……?」

 瑞穂は、今まで人間離れした力が込められていた香奈子の両腕から、急速に力が抜けていくコトに驚き、顔を後ろへ向けた。
 香奈子は涙を流しながら震えていた。

「あ……あ………………あ………………!」
「――か、香奈子?」

 身体を縛り続けていた香奈子の腕を引き剥がした瑞穂は、慌てて振り返り、震えている香奈子の身体を抱き留めた。

「香奈子?香奈子ぉ――――!?」

 ……思い出しちゃったんだね。

「え?」

 ……あの夜のコト……せっかく…………黙っていようとしていたのに……

「……香奈子ちゃん?」

 …………オルゴール。……ごめん、壊しちゃったね。

 瑞穂は香奈子が地面の一点を見つめているコトに気づいた。
 何事かと思った瑞穂が香奈子の視線を追うと、そこには、壊れて鳴らなくなった、瑞穂の父の形見であるオルゴールが転がっていた。瑞穂が懐に入れていたそれは、香奈子になぶられているうちに地面に転がり落ちたのであろう。
 不意に、瑞穂の眉が、ぴくり、と動いた。

「………………え?」
『「……………え?』」

 瑞穂が気づいたある現象は、マルマイマーも気づいていた。

 ……ホロン…………ホロン……リン…………ホロン…………。

『「…………これは……オルゴールの……音…………?』」

 壊れているハズのオルゴール。メロディを忘れたこの小箱が、甦っていた。落ちた弾みで治ったのであろうか。10年間の沈黙を発散するように、オルゴールは歌い続けた。

「……鳴っているね…………鳴っているね…………」

 香奈子はオルゴールの音を耳にしながら泣いていた。とても嬉しそうな顔をして。

「――香奈子ちゃん!!」

 感極まった瑞穂は堪らず香奈子を抱きしめた。

「……本当だ……鳴っているよ……鳴っているよ…………!」
「……ごめんね…………ごめんね…………瑞穂…………」

 まだ正気を取り戻しているとは言い難い貌ではあるが、少なくともその瞳は、狂気をすべて涙で洗い流されていたかのように、次第に暖かみを取り戻していった。
             Bパート 2/3へ つづく