東鳩王マルマイマー:第10話「約束はメロディの彼方に」Aパート1/3 投稿者: ARM
(アヴァンタイトル:エメラルド色のMMMのマークがきらめく。)

 東京郊外にある私立西大寺女子大学医学部付属病院は、狂気に包まれていた。
 激痛と淫靡な快感が、院内にいるすべての人間の脳を交互に襲う。体力のない者はそのまま昏倒していったが、意識が残っている者たちは、魂の底まで侵食せんとする奇怪な声に、理性が吹き飛ばされそうになって苦しんでいた。

 犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せぇ〜〜〜〜!
 汚せ汚せ汚せ汚せ汚せ汚せ汚せ汚せ汚せ汚せ汚せ汚せ汚せ汚せぇ〜〜〜〜!
 呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪えぇ〜〜〜〜!!

『――オゾムパルス反応、増大』

 フォロンの報告と同時に、隣にいた瑞穂がまた頭を抱えて苦しみ出してうずくまった。ミスタは慌てて香奈子のほうをみた。
 香奈子の周囲に、激しい放電現象が生じていた。

「…………〈鬼界昇華〉の第一段階――オゾムパルスブースター化が始まったか!」

 事態は、最悪な局面を迎えていた。
 ミスタは、決意した。

 突然、院内から狂気が消失した。人々は、まるで今までの苦しみが、夢だったかのように呆然と辺りを見ていた。

 瑞穂は、突然頭痛が収まったコトに驚きつつ、ゆっくりと身を起こした。呆然とする意識はいつしか、ゆっくりと揺れるある物体に注目していた。
 ミスタの左手が掴んでいるそれが、ミスタの仮面であるコトにようやく気づくと、瑞穂は慌てて紅潮する顔を上げた。

「長――――」

 瑞穂は声を無くした。

 月島拓也。

 喪失していたハズのあの忌まわしき記憶が一気に浮上した瞬間、瑞穂は絶叫した。

(OP後、「東鳩王マルマイマー」のタイトルが画面に出る。Aパート開始)

 しのぶは、敗北感に打ちひしがれたままシステムダウンしていた。システムダウンした理由は、破壊されたダメージよりも、まったく反撃できなかったコトに対する屈辱感のほうが、大きかった。
 そんなとき不意に、しのぶは宙に浮く感覚に見舞われた。システムダウンは視界制御を不能にするため、何が起こっているのか目視できないのだが、誰かが自分を抱き起こしているのだ。その何者かは、ソファの上にしのぶの身体を静かに寝かせた。

 ……すまない。

 システムダウンで聴覚さえも失っていたハズなのに、しのぶの聴覚センサーは、何者かのその呟きを確かに知覚していた。
 ひどく懐かしい、やさしい声であった。


 瑞穂は声にならない絶叫を上げていた。
 月島拓也。10年前、自分を、香奈子を、奇怪な力、毒電波で凌辱した魔人。
 瑞穂は、全てを思い出していた。先ほど部屋が爆発したときに見た夢が、現実のものであったコトを完全に思い出したのだ。

 なぜなの?なぜ、あなたは長瀬くんじゃないの?

「……藍原さん?」

 拓也に名前を呼ばれた途端、瑞穂は、ひっ、と驚いて恐怖のあまり腰を抜かしてしまった。拓也はそんな瑞穂の反応を見て、瑞穂が記憶を取り戻したコトに気づいた。

「……やはり、先ほど太田さんの意識が爆発したときに、意識がシンクロしたらしいな。詳しいコトはあとで説明します。今は、下がって下さい」

 拓也は慇懃にそういうと、戦慄いている瑞穂を背にして、破壊された壁から外へ向かおうと進んだ。

「……待って」

 怯える声で拓也を呼び止めたのは、瑞穂であった。

「……香奈子に……何をする気ですか?」
「?」
「あ……あんな……酷いことをしておいて……いまさら……いまさら……何をする気なんですか!?また、香奈子を苦しめる気なの?!」

 激しい口調で瑞穂は拓也を叱咤する。拓也の顔には戸惑いがあった。

「あんたなんかに……あんたなんかに――――」

 その10年間の無念が報われる資格は、今の貴女にはある。約束しましょう。長瀬祐介に代わって。

 瑞穂はそれ以上、罵ることが出来なかった。
 瑞穂は、どうしても判らなかった。今の香奈子を救えるのが、この憎んでも憎み足りないこの男しかいないと思う自分が、判らなかった。
 視界が、悔し涙でぼやける。
 歪んだ視界の中で、瑞穂は錯覚を見ていた。
 月島拓也が佇むハズのその場に、かつて高校時代に出会った学生服姿の長瀬祐介が立っている幻を。

「太田さんは、必ず元に戻す」

 幻は、そう言った。瑞穂は、いつの間にか怒りが晴れている自分に驚いていた。

 拓也が視線を再び香奈子のほうへ戻したその時――。

「――――ディバイディング・クリーナーぁっ!!」

 それは上空から飛来してきた。緑色の鋼をまとう少女が起こした空間歪曲は、周囲に苦痛をもたらすオゾムパルスの発現点を、病院から一気に遠くへ追いやるコトに成功した。

「これ以上は、許しません!!」
「マルマイマー!よく来た!」
「あれ、ミスタ……仮面を外しているのですか?」

 きょとんとした顔で訊いたのは、吹き飛んだ香奈子の病室の向かいで、両足のリフターユニットの推進力で滞空していたレフィであった。

「――あ?し、新城さん?!」

 瑞穂は素っ頓狂な声を上げて驚いた。

「……へ?」
「新城沙織さんでしょ?ほら、同じクラスだった藍原瑞穂です!――な、なんて格好しているンですか?」

 どうやらレフィの容貌は、瑞穂の同窓生にそっくりらしい。レフィは戸惑いながらミスタをみた。

「……ミスタ。どなたですか?」

 すると拓也は、ぷっ、と吹き出し、

「どうやら、レフィをデザインした水無月氏の奥さんと勘違いされているらしい。データバンクにも登録されているだろう?」
「……ありました。旧姓、新城沙織。私のモデルになられた方ですね。……するとこの方は、あの藍原瑞穂先生ですか」

 瑞穂は何が何だか判らなくなっていた。

「失礼。彼女は我々MMM機動部隊に所属する、勇者メイドロボット、コードナンバーMMM−SDQ−L02FR、レフィです」
「メイド……ロボット…………はぁ?」

 とりあえず納得するしかなかった瑞穂であった。後日、瑞穂は意外な場所で新城沙織と再会するのだが、この件について訊いたところ、「旦那が、酔った勢いで設計した」と能天気に笑いながら教えられ、開いた口が塞がらなくなるのであった。

「ところで、アレスティング・レプリション・フィールドの規模が小さいが……」
「病院の敷地内というコトで、出力を出来る限り押さえています。最大半径は1200メートル。OPBが放出するオゾムパルス有効範囲が半径400メートルであるコトと、フィールドの周辺部における空間の潮汐力を考慮してのコトです」
「空間に圧し潰されるプレッシャーが患者に与えるダメージを考慮してか。賢明な処置だ」
「まぁ、押さえよう、って最初に言いだしたのはあのマルチなんですけどね」

 そういって、レフィはマルマイマーがいるARFの中心へ、アゴをしゃくって見せた。その仕草は、どこか自慢げであった。

「よし判った。レフィはマルマイマーのバックアップにまわれ」
「了解しましたが、しのぶは?」
「しのぶとは更新が途絶している。おそらく、EI−01にかなり酷いダメージを受けた為だろう」
「え?な、なら、ボクが!」
「狼王が現場へ駆けつけている。私が向かう。しのぶは私の指揮下にある勇者メイドロボだからな。それよりも、マルマイマーだけでは心許ない。急げ」
「は、はい……」

 レフィは不承不承頷いた。拓也に敬礼したあと、レフィはマルマイマーのいる方向へ反転するが、ふと、何かを思い立ったかのように拓也のほうを見返した。

「どうした?」

 するとレフィは、くすっ、と微笑み、

「……ミスタって、もう少し怖い顔の人かと思っていたのですが。……優しそうな人でよかったです」
「何を呑気なコトを言っている。さっさといけ」
「はい!」

 呆れ気味にいう拓也に、レフィはもう一度、くすっ、と微笑んで見せてからマルマイマーの元へ飛んでいった。
 拓也は、手にしていたマスクを口元に寄せて、TH参式との通信回線を開いた。

「フォロン。しのぶの現在位置をトレースしたか?」
『はい。狼王と翼丸が病院の1F、フロントで確認しました。現在システムダウンにつき経緯は不明ですが、破損率43パーセント。四肢を完全に破壊されています』

 2体いるエルクゥに同時攻撃でやられたのか。拓也はそう推測したが、たった一人のエルクゥの女に圧倒的な差で敗れたとは、知る由もなかった。

「判った。フォロンはしのぶとのトレースを継続しながらARFの直上へ移動後、メインオーダールームへ戦場分析の自律報告を行え」
『了解』

 拓也はそう指示したあと、瑞穂のほうをみた。

「藍原さんはこの場から離れないように」
「ど、どこへ行く気なの?」
「部下を迎えに。――それから、太田さんを助けに」
「――やめて下さい!」

 瑞穂は悲鳴のような声で怒鳴った。

「もう、香奈子には構わないで!あなたが香奈子に近づくだけで、香奈子はよけい苦しむのだから!」

 一瞬の沈黙。罪を後悔するのにはあまりにも短いようで永すぎる時間だった。

 だが、拓也は応えた。

「……それでも、わたしは彼女を助けなければならない。それが、月島拓也が犯した罪の贖罪であると同時に、彼女を救えなかった長瀬祐介の贖罪でもあるから」
「え…………?」

 拓也の顔を持つミスタの言葉の言わんとしているコトが理解できない瑞穂は、自分に一瞥もくれずに廊下のほうへ走っていたミスタの背を、呆然と見送るばかりであった。

 ……危険です!

 黙するばかりの瑞穂は、ミスタを怒鳴ったあとに、そう続けて言いそうになった自分に戸惑っていた。
 やがて瑞穂は、思い出したように外を見る。巨大なクレーターの中心では、新城にそっくりなロボットと、緑色のロボットが、身体から奇怪な放電を起こしている香奈子がいた。
 瑞穂は、ゆっくりと立ち上がっていた。


 マルマイマーとレフィは、戸惑っていた。
 相手は、太田香奈子。オゾムパルスブースター化してはいるが、人間である。
 マルマイマーたちメイドロボットのAIには、ロボット三原則は適用されていない。メイドロボットのAIのもつ思考論理パターンは、基本的に半自律性のプログラミングで設計されている。それは人間の命令を第一に優先するためであり、独自の意志を持たないように作られているからでもある。マルチたちのようにTHライドを臨界点にまで稼働させて、ブラックボックスの「こころOS」の発動に成功しても、ベースとなるAIに劇的な変質は起こらない。つまり、「こころOS」はその発動前のAIに対するサプリメントシステムに過ぎず、たとえ自我を持っても人間の命令は第一に優先するようになっているのだ。
 但し、すべての人間の命令を優先するワケではない。彼女たちが主人(オーナー)と認めた人間の命令を最優先にする。マルチの場合なら藤田浩之の命令を。レフィとアルトはMMM長官、来栖川綾香の命令を。しのぶは上官であるミスタの命令を、最優先するようになっている。
 従って、例え相手が生身の人間であろうと、主人の命令ならば、攻撃を仕掛けざるを得ないのである。
 それ故に、マルマイマーとレフィは、太田香奈子に対する攻撃を躊躇する自分と、人類に害をなすオゾムパルスブースターの殲滅命令の狭間で非常に苦しんでいた。
 マルマイマーの場合は、浩之の命令ではないので、このまま対峙している行為はあまり苦にならなかった。しかしレフィは違う。
 その事は、綾香自身も良く判っていた。だから、太田香奈子に対する直接攻撃命令は下せずにいた。

「アレスティング・レプリション・フィールド閉塞まで10分を切ったワヨ!どーするの、長官?」
「どうするったって……手を下すわけにはいかないだろ、レミィ」

 憮然として大モニタを睨んでいる綾香の代わりに、浩之が応えた。

「今回の空間歪曲は、開放規模を押さえてフィールドの維持時間を延ばしているが、これでは意味がないぞ……!」
「相手が人間なら、麻酔ガスみたいなので眠らせる、というのはダメかしら?」
「おう、あかり、いいコトに気が付いた!そうだよ、非殺傷用の武器かなんかで沈黙させてみてはどうだ?」

 浩之は笑って言うが、しかし綾香は、どこか辛そうな面を横に振った。

「……オゾムパルスに冒されている人間は、一種のトリップ状態にあるの。――『エンジェル・ダスト』と呼ばれる麻薬の話、知っている?」
「ん?あぁ、あの、『漫画の麻薬』だろ?」

 綾香が口にした麻薬を、浩之は知っていた。
 漫画や小説などで時折出てくる、伝説の魔薬、エンジェルダスト。それを投与した人間は想像を遙かに越えた興奮状態に陥り、骨折や人体の欠損が生じても全く痛みを感じないようになる。――と言われているが、実のところ、怖れられているような効果は望めず、小説のネタにおもしろおかしく誇張された麻薬であるコトをあまり知られていない。確かに、エンジェルダストを投与された人間が、全身に何発も銃弾を受けても平然と立っていたという報告もあるが、しかしそれは間違いなく即死しており、体内の麻薬成分が劇的な死後硬直をもたらしたのに過ぎない。筋組織の能力限界および防衛本能を無視して常人以上のパワーを発揮するという話も本当のところ誇張された伝説に過ぎず、人間の身体は薬の成分程度で超人になれるほど、都合良くは出来ていない。

「エンジェルダスト自体はヨタ話に過ぎないけど、オゾムパルスはそんなヨタ話を実現させる驚異的な効力を持っているのよ。それは薬物ではなく、人間の精神そのものに作用できる性質を持っているからなのかもしれない……」

                Aパート 2/3へ つづく