東鳩王マルマイマー:第9話「素粒子OZ(オズ)」Bパート2/2 投稿者: ARM
【承前】
「TH伍号のサテライトビューによる現場の映像を映しまス」

 レミィがコンソールパネルを操作し、大モニタの右上に衛星軌道から超々望遠レンズカメラが捕捉した現場の映像ウィンドウが開かれた。そこには、病院内にある噴水の横に立つ、寝間着姿の二十代らしき女性が映っていた。

「……あれは、…………たしか、太田……香奈子?」
「知っているの、綾香さん?」

 あかりが訊くと、綾香は頷き、

「今日、ミスタは妹さんの見舞いがてら、同じ病院にいる彼女の許へも訪れていたのよ。試作品の小型OZPキャンセラーを持ってね。……よりにもよって、そんな日に……!智子!」
『わかっとるわ!現場へ到着まで、あと3分』

 大モニタの左上に開かれた、TH弐式からの通信ウィンドゥに憮然とする智子の顔が映し出された。

『とりあえずレフィとマルチを先行させる!えぇな、二人とも!』
『『了解!!』』

 TH弐式のミラーカタパルトにいるマルチとレフィが返答した。レフィの両足には短時間の滞空を可能とするリフターユニットが装備されている。これでアルトのホバーモードを必要とせずにミラーカタパルト発進が可能になる。

「マルチはミラーカタパルトは初めてよね」
「ええ」
「なら、一つだけ忠告するわよ」

 そう言うと、レフィは、にぃ、と意地悪そうに笑って見せて、

「……とぉっても、痛いわよぉ、ふっふっふっ」

 相変わらずマルチには意地悪なレフィであった。相変わらずマルチのコトを名前で呼んでいるが、決してマルチを認めていないワケではない。姉さんと呼んだのは、あのシンメトリカルドッキングに初めて成功した時だけだったが、多分、照れくさいだけなのだろう。親しみを込めてそう呼んでいるのは、マルチにも判っていた。

「まぁ、この前と違って、装甲面も若干改良されているようだし、ダメージはそれなりに少なく感じるとは思うけど」

 レフィが指しているのは、改良されたマルルンとフュージョンしているマルチの出で立ちである。剥き出しだった腰の辺りを補う、前掛けの装甲が追加されたのだ。小型のスラスターも内蔵されたそれは、ファイナルフュージョン前でも短時間だが、空を飛べるように設計されている。他にも、マルマイマー時にも、胸のマルルンの顔の両側にたてがみのような装甲が追加された他、以前は青系統だった各部装甲のカラーリングが、別にマルチの髪の色に合わせたワケではないが、濃緑色の耐熱コーティングを施されて、一層、緑色のロボットという印象を強めた。

「レフィ!マルチ!ミラーカタパルト、連続射出!!」

 智子の号令と共に、レフィ、マルチ、そしてドリル・バルーン両マルーマシンを機体下部のパイロンでホールディングしたステルスマルーが発射される。

「マルマイマー、ファイナルフュージョン、承認!!」

 綾香の号令を受け、マルチは射出後に身体を覆っていたミラー粒子が剥離したのと同時に、後追するマルーマシンでファイナルフュージョンを行った。マルチが緑色の超電磁竜巻に包み込まれ、再び姿を現したとき、マルマイマーに変わっていた。

「レフィさん!手に掴まって!」

 レフィは、背部ブースターで一気に加速して追いついてきたマルマイマーが差し出した両腕に掴まった。レフィをキャッチしたマルマイマーは現場まで一気に飛んでいく。

「続いて、デバイジングクリーナー射出しまス!」
「レミィ、アルトのほうは?」
「さきほど、国会議事堂前を出た、と報告を受けてまス。汐留で『戦術砲艇・弾丸TH六号』と合流し、現場へ向かうとのコトでス」
「『弾丸TH六号』?――姉ぇ――いえ、〈特戦隊〉が動いたの?」
「?何だい、弾丸なんとかって?特戦隊?」

 当惑する綾香に、浩之が訊いてみた。

「え?え、ええ、MMM内で特殊任務を行う、勇者メイドロボたちとは別の機動部隊のコトよ」
「別の機動部隊?」
「一応、あたしの統轄下にはあるけど、実質、お母様が指揮する部隊なのよ。……でも、あんなものを持ち出して、いったい…………はっ?!」

 綾香の顔がみるみるうちに蒼白した。

「――レミィ!回線、8823をオープンにして!」
「8823?ラジャ」

 綾香の指示で、レミィはコンソールのキーをタイプする。しかし何も反応が返ってこない。

「ダメ?なら、回線4126は?――ダメなの?」

 レミィが肩を竦めて応えると、綾香は歯噛みして苛立った。

「……まだ……あれは……早いわよ……いったいお母様や姉さんは何を…………?」
「姉さん?」

 綾香の呟きを、浩之は聞き逃さなかった。しかし何を言っているのか、こんな状況下では流石に訊けまい。綾香の姉と言えば、現来栖川財団の会長の芹香しかいない。綾香を苛立てる弾丸TH六号との関係とは、いったい?


 クルージングモードのアルトは、汐留の路上で、ゆっくりと降下してきた弾丸TH六号が開けた乗降ハッチへ、ホバーモードで飛び込んだ。

「総代、到着しました」

 アルトが乗せていたのは、あの来栖川京香であった。京香は颯爽とアルトから飛び降りると、上にある管制室のほうへ歩いていった。アルトもそれにならい、フィギュアモードへシステムチェンジして後を追った。
 京香は、TH弐式のような、他の大型戦術飛空挺より一回り狭い管制室にやってきた。管制室は三名の人間で操縦するようになっている。左右そして中央に、正三角形に配された三つあるシートには、MMMのヘルメットと制服に身を包んだ女性と思しき三名が収まっていた。

「……エルクゥ反応は?」
「EI−01の所在が確認された地点と、そこへ接近する、おそらく柳川氏であると思われますもの、あとはバリアリーフ基地の初音さんからの、その三つだけです」

 京香の質問に応えたのは、右側のシートに座っていた隊員であった。

「……そう。やはり『彼』はまた、現れなかったのね」
「『彼』?」

 聞き返したのは、後から入室してきたアルトであった。しかし京香は何も応えようとはしなかった。


 太田香奈子は、狼王と対峙していた。狼王は唸り声を上げ、今にも香奈子に飛びかかりそうであったが、香奈子は平然と佇んでいた。
 澱んだ香奈子の瞳には狼王の姿など映っていなかった。まるで心ここに在らずというべき状態にある、そんな雰囲気であった。
 狼王は、しのぶからの指令を待っていた。半自律型AIで動作する狼王の行動を最終的に決めるのはしのぶなのである。しのぶからの応答が在れば、こんな人間など、一瞬にして倒すことなど造作もなかった。


 しのぶは、狼王からのフィードバックを受けられる状態になかった。
 EI−01と思しき女は、風閂でその動きを封じている。しかし、この女から覚える奇怪なプレッシャーが、しのぶの超AIを機能させる論理中枢を含めたすべての動作にストレスを与え、思うように稼働できないのだ。

「……何なの?この女は……?」

 違和感。しのぶは、プレッシャーの正体が何となく判り始めてきた。

「……そうか。お前、EI−01ではないな?!」
「EI−01?くすくす……!」

 女は口元を右手で押さえてクスクス笑い始めた。

「……お前から、オゾムパルス反応が感じられる。生粋のエルクゥであるEI−01は、オゾムパルスを放出する能力はないハズだ!」
「……ふぅん。『ガディム』様を、お前たちはEI−01と呼んでいるんだ」
「――『ガディム』」

 女が口にしたその名は、しのぶのメモリーバンク内にも存在していた。
 EI−01の本当の名前。情報源は初音であった。恐らくは、8年前に柏木姉妹が惨殺されたとき、その名を耳にしていたのであろう。

「……そうか。ガディム、とやらが、人間であるお前らにエルクゥ細胞を移植し、また影武者を立てたという訳か」
「影武者?」

 女は鼻で笑って見せた。

「……見くびられたモノね。仮にも、〈鬼界四天王〉の一人たるこの私が、ガディム様の目と耳にしか過ぎない傀儡どもと同格にされるとはね」
「――〈鬼界四天王〉?!」

 しのぶは思わず瞠る。初めて耳にした情報であった。
 慄然とするしのぶをみて、〈鬼界四天王〉の一人と名乗る女は、呆れたように溜息を吐いた。

「……人形風情が、いっぱしに驚くか?まぁ、所詮はお前も『あの女』の傀儡に過ぎないのだからな。――それにしても、目障りだな、その顔」

 身動きのとれないハズの女が、右腕を上げた。チン!と金物が弾けるような音が鳴り響き、女の周りに光が散った。

「風閂を素手で断った?!」
「こんな小細工で、エルクゥの女を倒せると思ったか、紫のロボットよ。――ますます赦せないな」

 しのぶは歯噛みし、力を振り絞って両腕の破甲手裏剣を引き出し身構えた。
 格が違う――しのぶの正直な感想であった。果たして霧風丸にシステムチェンジしても勝てるかどうか。

「手駒は叩けるうちに叩いたほうが良い。それが鉄則だからな。それに何より――」

 女がそう言った途端、女は変わっていた。
 外見はそのままに。
 中身だけが、まるでこの世ならぬ――いや、的確な表現はあった。
 鬼。角はないが、しかしそれ以外の表現はなかった。

「私の『昔の顔』を模していること自体、許し難い所業。――壊れろ!!」

 言うが早いか、鬼女はしのぶ目がけてダッシュし、しのぶの胴体へ拳の一撃をくれる。凄まじいパワーが繰り出した衝撃波に、しのぶの身体は4メートルも後方へ吹き飛ばされていた。MMMのメイドロボ中、最速のスピードを誇るしのぶをして、よけ切れぬ速度。確かに現在、ストレスが原因で機能的にダウンしているコトもあったが、本調子でも果たして避け切れていたかどうか、まったく自信がなかった。
 鬼女はしのぶを吹き飛ばした拳を引き戻し、憮然としていた。

「……やるな。殴られる瞬間、後方へ飛んでダメージを半減させたか。そのボディ、なかなか戦闘能力は優秀みたいだな、――楓」

 ビクッ!床に倒れていたしのぶは、鬼女が口にした名前に反応するように起き上がった。

「ふふっ。身体は失くしても、こころが覚えていたか。私にとってはその名は、不快以外の何ものでもないのだがな」

 鬼女はゆっくりとしのぶのほうへ近寄り始める。しかし、しのぶのダメージはことのほか大きかったらしく、なんとか起き上がるので精一杯であった。

「逃げられぬか?ならば今度こそ引導を渡してくれよう」

 間合いを詰めた鬼女がゆっくりと再び身構えたその時――

「エディフェル!いつまでもそんながらくたと遊んでいる場合ではないぞ!」

 新たなる女の声が、しのぶの後方から届いた。しかし鬼女を呼ぶその名は――!?

「……アズエル姉さまか。〈OZP適合者〉のほうは大丈夫なの?」
「犬と向かい合っている」
「犬?」

 エディフェルと呼ばれた鬼女は、ぷっ、と吹き出した。

「なかなか可愛い犬だったぞ。このあたし自らが壊したくなるくらいにな」
「それは楽しみだわ。――じゃあ、ね」

 それは一瞬だった。エディフェルの残像がしのぶの身体を通過した瞬間、しのぶは破片をまき散らしながら宙を舞い、砕け散った。

「な――――」

 何一つ手も出せぬまま四肢を砕かれてダルマも同然になったしのぶは、愕然とした眼差しを虚空に飛ばしていた。エディフェルは一瞥もくれず、アズエルと呼ぶ女と共に、それを耳にしたすべての者に、今宵の夢を全て悪夢に塗り替えかねないような戦慄をおぼえさせる嘲笑を残して、その場を去って行った。


 しのぶがシステムダウンしたのと同時に、狼王は香奈子に背を向け、その場から駆け出して離れていった。

「――何?――!しのぶがダメージを受けたのか!」

 ミスタは、狼王のこの行動が、本体であるしのぶが緊急事態に陥った時に、自動的に発動する回避行動プログラムであることに気づいた。

「フォロン!EI−01の所在は?」
『MMM−SNB−N06からのフィードバック途絶の為、確認不能。但し、エルクゥ波動の重合化反応を確認』

 ミスタは、TH参式メインコンピュータのフォロンに、マスクに内蔵されている通信マイクで呼びかけ、その回答に慄然となった。

「……重合……複数いるというのか?!」
『波動パターンを分析した結果、推定2名の反応を感知しました』
「2名――」

 エルクゥが2名。それは、諜報部参謀のミスタをして、予測し得なかった事態であった。
 困惑するミスタに、フォロンが更なる追い打ちを掛ける。

『――オゾムパルス反応、増大』

 フォロンの報告と同時に、隣にいた瑞穂がまた頭を抱えて苦しみ出してうずくまった。ミスタは慌てて香奈子のほうをみた。
 香奈子の周囲に、激しい放電現象が生じていた。

「…………〈鬼界昇華〉の第一段階――オゾムパルスブースター化が始まったか!」

 事態は、最悪な局面を迎えていた。
 ミスタは、決意した。
 おもむろに、被っているマスクに手を掛け、それをゆっくりと外す。途端に、マスクから周囲に凄まじい放電が放たれた。
 すると同時に、ミスタがいる部屋を中心に、オゾムパルスに苦しんでいた人たちが、奇怪な頭痛から開放され始めたのである。
 オゾムパルス・クリア・マスク。ミスタが被るその仮面から放たれた放電は、彼の周囲にあるオゾムパルスを次々と対消滅させていた。

 瑞穂は、突然頭痛が収まったコトに戸惑いつつ、ゆっくりと身を起こした。呆然とする意識はいつしか、ゆっくりと揺れるある物体に注目していた。
 ミスタの左手が掴んでいるそれが、ミスタの仮面であるコトにようやく気づくと、瑞穂は慌てて紅潮する顔を上げた。

「長――――」

 瑞穂は声を無くした。

 月島拓也。

 喪失していたハズのあの忌まわしき記憶が一気に浮上した瞬間、瑞穂は絶叫した。

                   第9話 了

【次回予告】

 君たちに最新情報を公開しよう!

 〈鬼界昇華〉によってオゾムパルスブースターと化した太田香奈子。エルクゥに匹敵するその恐るべきパワーにマルマイマーたちは苦戦する。怒りに燃える初音の前に、香奈子をかばう瑞穂が立ちはだかる。鬼界四天王が嘲笑う、混迷する闘いを打破出来るのは、一体誰であろうか?

 東鳩王マルマイマー!ネクスト!
  第10話「約束はメロディの彼方に」!

 次回も、『ファイナル・フュージョン』承認!

 勝利の鍵は、これだ!

 「瑞穂のオルゴール」

http://www.kt.rim.or.jp/~arm/