(ミスタのOPCマスクの映像とスペックがでる。Bパート開始)
「……このあいだは影武者で誤魔化されましたが、今日はそうはいかないわ。ここで決着をつけます!」
しのぶは右腕の破甲手裏剣を突き出して身構える。そのまま一気につっこむかと思いきや、しかししのぶは一歩も前に進もうとしなかった。
しのぶの顔は驚愕の色に染まっていた。
しのぶ自身、何に驚いているのか判らなかった。異変はそれだけではない。いくら四肢の各部モーターにパルスを送って動作を促しても、まったく身体が動かないのである。
「……これは……EI−01の……攻撃……なの……?」
まったく動けず苦悶の相を浮かべるしのぶの脇を、EI−01は悠然と通り抜けていく。やがてしのぶはAI回路への過度のストレスにより力尽き、その場にうずくまってしまった。
「――しのぶより入電!西大寺女子大付属病院にEI−01が出現した模様!」
突然MMMメインオーダールームに鳴り響いた緊急アラート音に、くつろいでいた綾香たちが色めき立った。
「現時刻より、各員、EI−01迎撃終了までA級臨戦態勢!マルチおよびレフィは保科参謀の指揮下の元、TH弐式で出撃!初音はTHコネクターへ!」
「「「「了解!!」」」」
レフィとマルチはエプロンを外し、先に駆け出した智子の後を追って西ゲートへ走り始めた。
「おい、マルチ!」
浩之が心配そうな顔でマルチを呼び止めた。
「……気を……付けろよ」
「はい!」
マルチはにっこり微笑んで頷くと、もう先に行っているレフィの後を追って出て行った。
そんなマルチの背を、どこか寂しげな顔で見送る浩之の横に、静かに微笑むあかりが寄り添ってきた。
「……浩之ちゃん、大丈夫よ。マルチちゃん、しっかりしているから」
「……あ……ああ」
このあいだマルチが出撃した時とまったく正反対の反応を示す二人を見て、初音は少し複雑な思いに駆られた。
(――俺の大切な、俺が愛している、俺の女だ!)
図らずも知ってしまった、浩之の本心。とてももろく、はかない、こころ。
今でこそ平静を保っている浩之ではあるが、再びマルチがボロボロになるような事態に陥ったとき、彼が醜態をさらすのは目に見えていた。
しかし初音には、浩之の気持ちが痛いほど判っていた。
愛する者を失ってしまう哀しさ。
しかし自分は、それを乗り越えてきた。
その代わり、失ったものも決して少なくなかった。
浩之にもそれが出来るであろうか。複雑な思いの初音は、浩之が大切にしているもう一人の女性を見ていた。
あかりは、かつてマルチの出撃を嫌がっていた時とは別人のように、狼狽えるコトなく毅然とした態度をとっている。しかし決してマルチに冷たくなってワケではない。マルチを見送るその瞳に宿る辛い光を必死に堪えるは、端から見ている初音にも充分判るモノであった。吹き出したい哀しみを堪えるコトが、みんなを護りたい気持ちで一杯のマルチにしてやれる精一杯の優しさなのだ。一番誰よりもマルチのコトを理解していると思われていた浩之より、いまのあかりのほうが、よほどマルチを理解しているといえるだろう。
あかりの、この心境の変化は、あの不幸なメイドロボット、EI−03ことテキィと対峙したコトに始まる。心OSを開放したメイドロボットたちが持つ、人に負けないくらい暖かいこころに触れたコトで、自分の浅はかな考えにようやく気づいたのであろう。メイドロボットたちの意志が、プログラミングの産物ではなく、一つの命の想いとして素直に聞き入れるようになったのだ。メインオーダールームの整理が終わり、全員にお茶を煎れにいこうとするレフィに、あかりはそれを当然の義務のように手伝いたいと申し出たとき、初音はあかりの微妙な変化を確信した。
先日来よりレミィが申し出ているコトをあかりが受諾してくれたら、きっとあかりはマルチだけでなく、レフィたちのこころの支えになってくれるだろう。初音はその実現をこころより願った。
いづれ、確実に滅び行く運命にある勇者たちに、短くとも幸せな時を与えてやりたいから。
THライドの真の力を開放せざるを得ない、最強の敵の胎動を、初音も感じ取っていたのだ。
「THライド…………滅びの……力……か」
初音はそう呟くと、次第に昏くなっていく想いを頭を振り乱して打ち消した。
EI−01の進撃は、攻撃できないしのぶの横をすり抜けてから13歩進んだところで止まった。
EI−01の進行を阻んだのは、しのぶが仕掛けていた風閂であった。いつのまにであろうか通路一杯にチタン綱の超極細綱断糸が蜘蛛の巣のように張り巡らされていたのだ。
「……それ以上は……進ませない……!」
風閂に戸惑うEI−01の後方で、ようやくしのぶが壁にもたれるように立ち上がり、EI−01の背に弱々しげな声を注いだ。
ところが、EI−01は、ニィ、と笑って見せた。
(…………無駄よ。とうに素粒子OZの射程距離内だから)
受話器を戻したミスタは、『アンチ素粒子OZ領域発生装置』が入ったトランクケースが置かれたテーブルに戻ると、その蓋を閉じた。
「藍原先生。緊急事態が起きました。至急、太田さんを安全な場所へ移動させます」
「安全……って」
「敵です。――狙いは恐らく、太田さん」
瑞穂は、ミスタの言わんとしているコトが理解できず戸惑う。
「敵は〈OZP適合者〉と認めたものを狙っている」
そう言われて、ようやく瑞穂はミスタが何を言っているのか判った。
「――何故?!」
「〈OZP適合者〉は、人類が〈次代〉へ進むための重要な要因(ファクター)だからです」
「〈次代〉……?」
「ただし、新人類、いうべき存在ではない。遙か太古の時代にとうに成立している、人類種があるべき本来の姿だ」
「人類種のあるべき本来の姿……?」
「その名も――――」
ミスタがそこまで口にした瞬間、瑞穂の視界が歪んだ。
いや、正確には、瑞穂の身体に凄まじい衝撃波が襲いかかり、脳震とうのような症状に見舞われたのである。
「あ゛?あ゛た゛ま゛か゛わ゛れ゛る゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!」
瑞穂は頭を押さえて倒れ込み、やがて襲ってきた激しい頭痛にのたうち回る。
ところが、隣にいた仮面の男は平然と立っており、扉のほうをじっと睨んでいた。
「――これはオゾムパルス?!奴め、この病院内に入り込んだか!フォロン!多摩地区GG3エリアにオゾムパルスキャンセラーネットワークの稼働を――?!!」
仮面に内蔵されている通信機で、西大寺女子大付属病院近辺の上空で待機していた、MMM諜報部の中枢を司るメインコンピューター、フォロンにアクセスしようとしたミスタは、ある重大な事実を思いだして絶句する。
「……まて、フォロン。OZPキャンセラーの使用は中止だ」
ミスタは歯噛みする。ここは生命維持装置や手術などで電子精密機器が多く設置・使用されている病院である。今回持ってきた出力の弱い小型の試作品ならいざしらず、OZPキャンセラーネットワークの使用で生じる高出力電磁波が、それらの機器に与える影響は計り知れないものがあった。
「……マルマイマーのディバイジングクリーナーを待つしかないのか―――はっ?」
その時ミスタはもっと早く気づくべきであったと後悔した。ある考えが過ぎり、背後にいる〈OZP適合者〉――太田香奈子のほうへ慌てて振り返った。
太田香奈子は、ベッドの上に立ち上がっていた。
そのやつれた顔は薄ら笑いしていた。
「うふふふ……ふふふふ……ふふ……………ははは……URYYYYYYYYY!」
「しまった――――!」
「――What’s?!現場のオゾムパルス反応、急激に増大!」
レミィに言われるまでもなく、メインオーダールームの正面大モニタにCGグラフ化されたOZP反応が爆発したかのように膨れ上がるさまは、その場にいた者を瞬時に戦慄させた。
「……Noh!病院の中で狂気の根元が発現しているなんて……!」
「オゾムパルス……って、以前あたしも受けたコトがあるけど……あんな苦しい目に遭わせてしまうモノが、病気で弱っている人を襲ったら……!?」
あかりは自分の考えに思わず身震いする
それと対照的に、綾香は軽く舌打ちすると気を取り直し、大モニタを睨み付けた。
「――ミスタ!『オゾムパルスマスター』の名が泣くわよ!なんとかしなさい!!」
悪夢だった。
凌辱される自分。身体がこころに逆らい、快楽に反応する。
喘ぐ、喘ぐ、喘ぐ。悶える、悶える、悶える。哭く、哭く、哭く。
まるで獣のような自分。
自分を犯す者。
香奈子だった。香奈子の舌がねっとりと自分の身体をなめ回す。香奈子の指先が、魂にまで絡みつくように熱く全身を這いずり回る。
いやらしい。激しく拒絶した。やめてやめてやめてやめてやめて……!
――本当は、とても気持ちよかった。途方もなく気持ちよかった。何もかも忘れてしまいたくなるくらいの快楽だった。
男にも犯された。
長瀬祐介。
香奈子が狂気に走った事件の真相を知ろうと動いた同窓生。どこか暗い陰をもち、いつも不満そうな顔をしていた少年。いつ爆発してもおかしくない、そんな少年だった。
しかし、彼は優しかった。彼は私の身を案じ、拘わらないよう警告してくれたのだった。しかし感情に流されていた私は、彼の警告を無視してしまった。彼に犯されるのは当然の罰だったのかも知れない。
だが彼の身体も、支配されていた。アの男が放つ毒電波が、彼の四肢の自由を奪い去っていたのだ。
長瀬祐介が自分の中に入り込んでくる。激痛。――即座に襲う快感。
快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感快感〜〜〜〜〜〜!!。
狂う理性。壊れる理性。……理性?快感に忘却されてしまうようなもろいモノがそんなに大切なの?おかしいわ、くすくすくすくすくすくすくすくすくすくす……。
次第にこころが澱んだ白さに染まっていく。これは長瀬祐介のこころの色なのか。
何度も注がれる、長瀬祐介の雫。止まらない。何度も奥に激しく当たり、顔を汚し、全身にねっとりとまとわりつく。満杯になって自分の中からもあふれ出てくる。
でも汚いなんて、とても想えない。そう、彼のだから。
恐くなかった。彼の命の雫なら、悪くはないと想った。
――悪くない?どうして?どうしてそう割り切れるの?
あたしは、怖かったのよ。あなたが汚されていく姿を見ていなければならないなんて。
しかも、あたし自身の手で、あなたを汚してしまった……!
あなただけは護りたかった。なのに、何もできなかった自分が、どうしても赦せなかった……。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
赦せない。
赦せない赦せない。
赦せない赦せない赦せない赦せない。
赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せないぃ〜〜〜〜〜!!
頬になにか注がれているような触感が、ゆっくりと浮上するような感じでよみがえる瑞穂の意識が覚えた最初の現実感であった。瑞穂は激しい頭痛に見舞われた末に悶絶してしまったらしかった。ゆっくりと瞼を開くと、頬に注がれていたのは崩れた壁から零れてくる砂状の破片であるコトに気づく。凄まじい衝撃波が壁を粉砕したのであろう。ただ、先ほど自分を見舞った衝撃波とは別のものであろうとは判った。同一のモノならば、こうやって生きているコトなど叶うはずもない。
まだ視界がぼんやりとしていたが、かけていた眼鏡が無事だったことから、先ほどの脳震とうが響いている証拠であろう。次第に輪郭を取り戻してきた視界が認識したものは、四方の壁が吹き飛び無惨な姿になり果てた病室であった。
「――か、香奈子!?」
「まだ、起き上がらないほうが良い」
そういって瑞穂の身体を支えたのは、仮面の男ミスタであった。
「な……なにが…………」
「凝縮されたオゾムパルスは、局地的なプラズマ現象をもたらす。部屋の中央で生じたプラズマ光球が安定を失い、病室の中で爆発を起こした」
「じゃ、じゃあ、香奈子は?」
「太田さんは外へ逃げた」
瑞穂はミスタの説明にほっと胸をなで下ろすが、即座に瞠って顔を上げた。
「逃げたって……どういうコト?!」
「まだ病院の庭の中に居るようです。今、部下に追わせています」
「だから、何故逃げたって?!」
「太田さんは、敵によって力を開放されてしまった。今の彼女は〈OZP適合者〉が可能とする、オゾムパルスブースターに変化しつつある」
「オゾムパルス……ブースター……?」
Bパート 2/2へ つづく