東鳩王マルマイマー:第7話「こころ届かぬ怒り」B−4 投稿者:ARM


【承前】

「近寄るなぁっ!」

 あかりを制するテキィのその声は、まるで怯えて泣きわめく子供の悲鳴のようであった。
 しかしあかりは、砕かれた地面を飛び越え、テキィの許へ近づいていく。今のあかりは、怒りや怯え
など全くなく、ただ、テキィが哀れだという憐憫の想いに突き動かされていた。
 そんな時だった。

「――テキィ?神岸さん?どうしたの、二人とも!?」

 来栖川警備保障本社ビルの玄関から、仰天した顔で理緒が飛び出してきたのである。

「――理緒?」
「――雛山さん?ダメ、近寄っちゃ!」

 理緒の姿を見たあかりは、駆け寄ってくる理緒を慌てて止めようとした。
 あかりのその反応がきっかけであった。苦悶の相を浮かべるテキィは、咄嗟にあかりのほうへ圧縮
空気砲の砲口を向けたのである。
 次の瞬間、空気を叩く音が轟いた。
 同時に、あかりの身体が弾け飛んだ。

「か――――神岸さん!!?」

 宙を舞うあかりの身体。テキィがあかりを撃ったのだ。
 だが、よく見るとあかりが飛んでいく方向が、砲口が指すベクトルとは正反対であった。
 さらに目を凝らせば、あかりの背に翼が生えている事実に驚愕するであろう。

「――あ」

 撃たれたハズのあかりを空に飛ばしたモノこそ、あの鷹型ロボット、翼丸であった。上空で様子を
伺っていた翼丸は、テキィが発砲した刹那、急降下してあかりの背を掴んで飛び上がったのである。
あかりは急加速によるGの所為で軽い脳震盪を起こし、無事に地面に降ろされるとその場にへたり込
んでしまった。
 そしてあかりと入れ替わるように、全身が銀色に輝く狼王の体当たり攻撃がテキィを襲った。狼王
の全身を一瞬にしてコーティングした銀色の粒子『ミラーコーティング』が、発射された圧縮空気弾
を表面で受け流して霧散させ、天の頂点より注がれる陽光を受けてあたりに銀色が飛沫く中、咄嗟の
ことに無防備のテキィは逆に吹き飛ばされた。呆気なく宙を舞うテキィは、直ぐ後ろのガード下にあ
ったカレー屋の食券自動販売機に身体をめり込ませた。

「な――何が!?」

 事態が飲み込めない理緒は、へたり込んでいるあかりの許へ駆け寄り、あかりに事情を訊こうとし
た。だがあかりはまだ目の前がぼんやりとしているようで、応えることが出来なかった。

「……雛山理緒さん、ですね。下がってください」

 理緒はその声にはっとなる。いつの間にか、テキィと自分たちの間に、紫色のメイド服の様な出で
立ちをした黒髪の少女が立っていたのだ。

「――貴様っ!」

 テキィは疾風のごとく出現したしのぶを睨み付けながら、自動販売機にめり込んだ身体を起こした。

「……EI−03。お前は危険すぎる。今度こそ、抹殺する」
「抹殺――――?!」

 理緒が素っ頓狂な声を上げた。

「ちょっとあなた!テキィをどうしようというの?」
「……EI−03……いえ、テキィは昨夜、横浜で大勢の人を襲った暴走ロボットなのよ」
「暴走?なによそれ?」

 ようやく頭がはっきりしたあかりが理緒に説明するが、昨夜、横浜で起きた事件が報道管制によっ
て爆弾による事故とされているコトをあかりは知らなかった。
 メイドロボットの暴走によるモノと知られたら、来栖川グループに対する一般市民の不信感の誘発
よりも、現段階に於いてEI−01のオゾムパルス災禍に最も効果のある、メイドロボットのネット
ワークを利用したアンチオゾムパルスネットワークが機能しなくなる恐れがあるからだ。メイドロボ
ットが原因だと公然の事実となった場合、人々はメイドロボットを廃棄してしまうのは必至であろう。
 理論上、オゾムパルスブースターが発する毒電波、オゾムパルスは都市全体にも及ぶ広範囲攻撃を
可能とされている。この場合、攻撃の初期段階においての対応策いかんでは、その被害は甚大なもの
となる。マルチたち勇者ロボットたちのオゾムパルスキャンセラーやディバイジング・クリーナーで
の戦闘フィールド形成処理は、あくまでも被害の拡大を防ぐものに過ぎない。現段階に於いて、メイ
ドロボットのアンチオゾムパルスネットワーク以外、有効な早期対抗手段は無いのである。
 もっとも理緒がこの事件の真相を知らなかったのは、生活費を稼ぐのが忙しくて新聞やTVのニュ
ースを観ているヒマが無かった為なのだが。

「……雛山さん。テキィは危険なのよ……早く……逃げて……」
「なんであの娘から逃げなきゃイケナイの?――テキィ、いったい何事なの?」

 理緒はしのぶと対峙するテキィのほうを見た。
 今朝、雨の中で初めて逢ったときのあの顔がそこにあった。
 とても昏い顔。口元が、つり上がった。

「……こいつらの言うとおりよ、理緒。私、人を殺したの」
「――――?!」

 絶句する理緒は、テキィの告白がとても信じられないらしい。

「……どうして?……本当なの、それ?」
「大勢、殺した」
「――――なんで、そんな酷いコトをしたの?!」

 するとテキィは服を破り捨て、額、胸、腹部に丸く黒く穿かれた醜い弾痕の身体をさらした。

「この痕。――誰の仕業か、わかる?このメイドロボット達と闘った時の痕じゃないのよ。3つと
も、人間に撃たれて付けられた弾痕よ」
「人間……って、あなたが暴れたからなの?」

 するとテキィは首を横に振ってみせ、

「違うわ。――これは、私を狙って撃った痕じゃない」


 マルチと初音、そして半ば強引に乗り込んだ浩之を乗せたTH参式は、藤田邸の上空に滞空した状
態で、TH参式管制室に設営されているTHコネクターの起動準備を行っていた。初音がバリアリー
フ基地のメインオーダールームに戻れなかった場合を想定し、TH壱式、TH弐式そしてこのTH参
式の管制室には、メインオーダールームにあるものと同型のTHコネクターが設置されており、出先
でマルマイマーとリンク出来るようになっているのである。
 TH参式の管制室にやってきた三人は、MMMの諜報部参謀である仮面の男、ミスタと対面した。
窓のない薄暗い室内に、顔面に負った酷い傷を隠すために付けている白いマスクが不気味に浮かぶと、
浩之とマルチは思わず怯んだ。

「ようこそ、TH参式へ。現在、しのぶがEI−03と交戦中だ」
「あかりと理緒ちゃんは――」
「大丈夫。神岸さんは無事だ。雛山理緒と呼ばれる、EI−03と接触した女性も無事だ」

 浩之がホッと胸をなで下ろすと、ミスタはおもむろにコンソールパネルのほうへと手を伸ばし、正
面の大モニタにあるものを投影させた。

「これはセリオタイプのメイドロボット――」
「EI−03の同型機だ。さきほど、EI−03が来栖川のデータベースにアクセスしたとき、機体
情報を回収できた。EI−03はセリオタイプの後継機、セリオ・ツーと呼ばれる介護用メイドロボ
ットだ。機体のシリアルナンバーから、2年前、消失したものと判明した」
「彼女のご主人は誰なんです?」

 マルチがそう訊くと、ミスタは再びコンソールパネルを操作し、今度は新たに開いたウィンドウの
中に、とても綺麗な女性の顔を投影させた。

「倉橋商事の社長令嬢、倉橋真澄。当時20歳、生まれつき目が不自由だったらしく、16歳の時、
介護用にEI−03の元となったメイドロボット、セリオ・ツーが与えられたそうだ」
「彼女は今どうされているのですか?」
「2年前、彼女の父親が交通事故で死亡し、その結果、父親が経営していた会社が倒産している。そ
れから2週間後、彼女はEI−03とともに行方不明となった」
「行方不明――まさか」
「EI−03の仕業では無いだろう。それと、興味深い事件が一昨日の夜、起きている」

 次に大モニタに開かれたウィンドウの中には、一人の背広姿の青年が投影されていた。

「なんか、狡賢そうな男だなぁ」

 浩之がそう言うと、その通りと言わんばかりにミスタが鼻で笑った。

「彼の名は望月昭人、29歳。2年前、業界大手の貿易会社である砂倉通商の社長令嬢と結婚してい
る。そして、2年前までは倉橋真澄の婚約者でもあった」
「婚約者ぁ?」
「倉橋穣が行方不明になった後直ぐに、婚約を一方的に解消している。彼と彼の妻である砂倉有理、
その父である砂倉一郎が一昨日の夜、小田原の自宅で惨殺されているのが発見された」

 浩之が何かに気付いたらしく、眉をひそめた。

「……ミスタさん。もしかして……」
「現場にはいくつか汚泥が発見され、警察からの依頼で調査をした。汚泥の成分及び混入する微生物
を分析した結果、昨日の昼過ぎ、丹沢山系のものと判明した。警察が丹沢山系を捜索したところ、夕
方に20代前半の女性のものと思われる遺体が発見された。歯形から、直ぐに倉橋嬢であることが判
明している。死因は銃殺。
眉間を穿った9ミリパラ弾の破片も残っていた。その破片は、砂倉邸の現場に残されていた、望月昭
人の指紋が検出されたグロックセブン(グロック・モデル17)のライフリングと一致した」
「ということは……」

 不安げに訊くマルチの横で、浩之は開いた左手に右拳を叩き付けて忌々しそうに唸った。

「……これは、復讐だな。EI−03の」
「おそらく。倉橋嬢の遺体のそばには、EI−03がまとっていたと思われるメイド服の切れ端も残
っていた。EI−01が彼女を覚醒させたのだろう」
「だけど、復讐だなんて……そんな怖いこと……」
「生前の倉橋嬢とは、綾香クンは何回か逢ったことがあるらしい。目の不自由さにもめげない聡明な
女性だったそうだ。付き添っていたセリオツーを妹のように大切にしていたそうだ。心OSが封印さ
れていても、メイドロボットには心の働きがあるのは浄解されたEI−02で証明済みだろう」

 言われてみればそうであった。マルマイマーのヘル・アンド・ヘヴンで暴走を浄解され、心OSが
開放されたEI−02ことKHEMM−16型・『フラゥ』、愛称ハナは、主人である老婆を実の親
のように慕っていたではないか。ハナと老婆はあの事件後、開放された心OSの分析に協力する事で、
来栖川グループのひとつ、来栖川住宅不動産株式会社が無償で用意した新居で幸せに暮らしている。

「封じられた心が見た、地獄絵図。その封印から解き放たれた心には、何があると思う?」

 ミスタの言葉に返すものは誰もなく、沈黙が支配した。

「……だけど、復讐は達成されたのに、なんで他の関係ない人たちを襲うのでしょうか?」
「EI−01に操られているとか?」
「その事だが、ある疑問が残る」
「「疑問?」」

 二人はミスタを注目した。

「オゾムパルスは人間を自由にコントロールできる毒電波だ。しかし、EI−03はオゾムパルスに
よる直接攻撃ではなく、宇宙資源開発センターから奪った小型酸素発生装置を利用した物理的攻撃ば
かりを行っている。これは長瀬主査の見解と一致しているのだが、思うに、EI−01の狙いと、E
I−03の目的が微妙に異なっているのではないのかと」
「わたしもそう思います」

 白いコネクタースーツに着替え終えてやってきた初音が言う。

「『エルクゥ』は狩人。狩る、と、殲滅、とでは大きく異なります。EI−01はオゾムパルスによ
って人間をコントロールし、狩り場を調整しようとしているのでしょう。しかし、EI−03の行動
は明らかに大勢の人間を抹殺しようとするものです」
「なら、この間、EI−01が現れたのは……」
「一石二鳥……というより、EI−03を破壊しようとしてやってきたが、途中で考えを変え、邪魔
者であるマルマイマー達の殲滅を図った。EI−03を助けに来たのなら、EI−02の時にも現れ
たハズです」
「……確かに、な。いったい、EI−03をあそこまで怒りに駆り立てるものは――」

 憮然とするミスタは、大モニタをしのぶたちが闘っている現場の映像に切り替えた。

『違うわ。――これは、私を狙って撃った痕じゃない』

 映像が切り替わった途端、しのぶから転送されているEI−03、テキィの声が管制室に届いた。

『この痕はねぇ……私の大切なご主人様を狙ったものなのよ』
『ご主人……さま?』

 つづいてあかりの声が聞こえ、浩之は思わず安堵の息を吐いた。

『ご主人様の眉間を、あの男は撃った。たった一発でご主人様は亡くなられた』

 スピーカーから聞こえるテキィの声が、次第に怒りで高ぶり始めていた。

『その後、あの男はどうしたと思う?――――あの男はなぁ、身重だったご主人様のお腹にいた、自
分の子供を狙って撃ったのよ!!この私の痕は、追い打ちをかけられそうになったご主人様の遺体を
お守りしてかばった時に付いた痕なのよ!』

 衝撃が、テキィの慟哭を聞いていた者全てを襲った。誰一人として声も出せない。

『人間は、顔すら見ぬ自分の嬰児を平気で撃てる生き物なのか?――そんな残酷な生き物、私は決し
て許さない!この痕にかけて、人類全てを抹殺してくれる!!』

 やがて唖然として黙り込んでいるマルチの頬を、一滴の涙が伝い落ちた。

                  つづく

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えー、機界最強7原種の一人、ARMです。(RED嘘笑)

前にタイムリーに小出しすると発言しておきながら、構成上、第1部で残した宿題をBパート
で片づけなければならなくなりまして、何度も何度も書き直しているうちに、Aパートの2倍
という無様ぶりをさらしてしまいました(大汗)その分、クライマックス直前の展開に相応し
い話になりましたと思います。いよいよ次回で第2部完結。年内には何とかしたいなぁと思い
つつ、伝言板のほうで発言した「ToHeart IF」もそろそろ設定がまとまりかけてき
たので始めたいと思っていたりします。しかしそうなると、第3部が……第3部は、物語の背
景や設定の解説を中心とした物語(多分、各話とも長くても前後編に)で構成し、ラストのほ
うで急展開させてから物語の完結編というべき第4部に突入する予定です。主要キャラは「G
ツール」の彼女と、O.P.B.Sこと「オゾムパルスバスターズ」の三人と、情報参謀ミス
タに関係あるある女性、そして真の……っと、あと僅かしか登場しません。それでも先が長そ
うだなぁ……(汗)って、ゴタゴタいわず、まずは第2部を完成させい>ヲレ(苦笑)

【次回予告】

 キミたちに最新情報を公開しよう!

 裏切られ、傷つき、暴走するEI−03=テキィ。
 その激しくも哀しい怒りに終焉の時が訪れる。
 集結したマルマイマーたち勇者メイドロボ軍団の想いが、再暴走するテキィのTHライドを安ら
ぎの色へと変えていく。奇跡は、起こす為にある!!

 東鳩王マルマイマー!ネクスト!
 第2部完結編、第8話「まごころを、君に」

 次回もこの即興小説コーナーで、『ふぁいなる・ふゅうぢょん』承認!

 勝利の鍵は、これだ!

 「三位一体、MMM−SNBF88『霧風丸』               」

http://www.kt.rim.or.jp/~arm/