東鳩王マルマイマー:第7話「こころ届かぬ怒り」B−1 投稿者:ARM


【承前】(狼型アニマノイド・MMM−SNB−F11『狼王(ろうおう)』の映像とスペックが
リストされる。Bパート開始)

「い……EI……ゼロ……スリィ…………?!」
「?神岸さん、どうかしたの」

 蒼白して身じろぐあかりに、理緒が心配そうに訊いた。

「……お客がどうかしたの?」

 額にバンダナを巻いたテキィが、理緒の低い頭越しにあかりのほうを見る。

「……どうか……したの?」
「――あ?」

 テキィに訊かれて、あかりはようやく我に返る。

「そ……そうよね……!EI−03がこんなところにいるワケないものね!メ、メイドロボット
なんだから同じ顔の娘が居てもおかしくないか。……ごめんね雛山さん、驚かしちゃったみたい」
「え……?」

 きょとんとする理緒は、後ろにいるテキィのほうを向いた。

「……あれ?もしかして神岸さん……メイドロボット……苦手だったの?」

 訊かれて、あかりは頭を横に振り乱してみせた。

「え?いえ!そんなことない!わたしもメイドロボットは大好きよ!働き者だし、可愛いし、
妹みたいだし……」
「……あれ?テキィのこと、わたしの妹みたいに見える?」

 二十歳を過ぎても中学生にしか見えない小柄な理緒に対し、175センチのテキィとの対比は、
どう見てもテキィのほうが姉にみえるだろう。その事を感じている理緒は思わず苦笑した。

「いや、そうじゃなくって……!浩之ちゃんとこのマルチちゃんのことよ!ほら、高二の時、
一週間だけ学校に実地試験で来ていたメイドロボットのこと、憶えていない?」
「メイド……あぁ!いたいた、うん、いたよね!」
「あの娘、いま浩之ちゃんがオーナーになっているのよ」
「えぇっ!?だってあの娘、聞いた話じゃテストが終わったら機能を停止させられるってコトじゃ?」
「うん……。あの後、いろいろあってね、あの娘のデータを記憶したDVD−ROMを来栖川電工の
長瀬さんっていう責任者から譲り受けて、今じゃ浩之ちゃんがオーナーなのよ。あたしもあの娘、大
好きなんだ」
「ふーん、そうなんだ。……藤田クン、そういえば彼女に色々親切にしていたっけ。彼女、藤田君の
ことをとても慕っていたみたいだから、よかったね。藤田君、親切な人だから、きっと神様がまた巡
り合わせてくれたのよ、きっと。
テキィも藤田君がご主人様だったらあんな酷い目に遭わずに済んだかも――――」

 そういって笑う理緒がテキィのほうへ再び振り向く。
 テキィの様子がおかしかった。

「……来栖川……マルチ……マスター……?!」
「テキィ?何を言ってるの?」

 理緒の声に、テキィははっと我に返る。

「……あ?どうか、したかしら?」
「どうか……って、どうしたの?あんな怖い顔して……?」
「あ?ああ、済まない、ちょっと情報整理を行っていたの」
「……そう」

 理緒は不思議そうな顔をしていたが、それ以上は訊こうとはしなかった。

「すぐ、注文の品を用意する」

 テキィはにべもなくそう言って、あかりが注文した弁当のおかずをスチロールの箱にてきぱきと
詰め始める。
その手際の良さに、カウンターの外にいるあかりも思わず感嘆の声をもらした。

「はい、お待ちどうサマ」

 出来上がった弁当をテキィから受け取った理緒は、あかりに代金と引き替えで手渡した。

「いま昼前だから忙しいんだよね、雛山さんゴメンね話し込んじゃって」
「いいのよ。またご贔屓(ひいき)に!」

 あかりの背が見えなくなると、理緒は、よっしゃ、と腕まくりして奥へ戻ろうとする。
だが、テキィがカウンターのそばで黙り込んでいる姿をみて、小首を傾げた。

「……マルマイマー……藤田……E……I……ZERO……ONE……」
「どうしたの、テキィ?」

 聞こえるか聞こえないか、何かを呟いているテキィに、理緒は不安そうに訊いた。

「……あ、すまない。そうだな、早く大口の注文を片づけよう。……それからでも遅くはない」
「遅くはない?なにか用でも思い出したの?」

 あの女、何故だか判らぬが、私のことを知っている。――抹殺せねば。

「……いや。なんでもない」

 それから12分と37秒後。丁度、調理室に備え付けのラジオから12時の時報が鳴ると同時に、
ようやく大口注文の弁当が全部詰め終わった。
 弁当屋の主人がやれやれと自分の肩を右手でポンポンと叩く傍らで、理緒はあたりをきょろきょろ
見回していた。

「あれ?テキィが居ない?」
「へ?あれ、さっきそこでおかず詰めてたよなぁ」

 弁当屋の主人が指したテーブルの上には、テキィが担当していた分の弁当が全部詰め終わっていた。

「トイレかね?」
「なに言ってんですか(^_^;――とりあえずお弁当を届けてから探してきます」

 弁当屋を後にしたあかりは、そのあと駅前のスーパーで夕食の材料の買い物を済ませ、浩之の家へ
足を向けた。
 閑静な住宅街のほぼ中央にある藤田家への道に行き交う人の影は皆無であった。この時間帯に住宅
街にいるのは主婦や子供ぐらいで、皆、今頃は昼食を取っている最中である。独り道を行くあかりは、
ソファに身を沈めて、腹へったぁ、と情けない顔をしている浩之の顔を連想して破顔した。
 やがて角を右に曲がれば藤田家まであと200メートルという十字路に入ろうとしたとき、ふとあか
りは悪寒を感じて足を止める。
 そしてきょろきょろとあたりを見回し、小首を傾げてひとり不思議がった。

「……うぅん?なにかしら今の悪寒……?なにか、誰かにじっと見られてるような気が………?」

 しかし周囲には誰もいなかった。人の気配など、藤田家へ向かう道の反対側、左向かいにある家から
、恐らくTVで芸人がくだらないネタでもやっていたのであろう、主婦のものと思しきケタケタ笑う声
ぐらいしかない。

「……気の……所為……ね」

 ふう、と溜息をつくあかりが、十字路を右に曲がろうとその方向へ向いたとき――

「……あら、あなた……さっき……」

 藤田家へ向かう路上に、割烹着を来たテキィが立っていた。

「探した」
「あれ?何かわたし、忘れ物した?」

 あかりがそう訊くと、テキィは額に巻いていたバンダナを外した。
 額には、醜い弾痕がひとつ。

「――――あぁっ?!」

 あかりにはその傷の見覚えがあった。
 忘れもしない、マルチが昨夜闘った、あの暴走メイドロボットの額にも穿ってあった――

「――イっ!?…………E……I……03…………!?」
「その呼称、来栖川のデータベースにあった。……『えるくぅ』の呼び名」

 見る見るうちに蒼白するあかりに差し伸べるように、テキィはゆっくりと右腕を差し出す。すると、
テキィの右腕がめりめりと不快な音を立てながらねじれ始め、巨大な砲身に変化したのである。

「なぜ、知っている――とはあえて訊かない。それよりも今、優先すべきコトがあるからな」
「あ……ああっ!!」

 あかりはテキィの狙いを即座に理解し、恐怖のあまり腰が抜けてその場にへたり込んでしまう。
腕に抱えていた夕食の材料が路上に散らばり、テキィが詰めたお弁当も路上にこぼれる。

「……もったいないな」

 こぼれたお弁当を複雑そうに見下ろすテキィは、腰を抜かしているあかりのほうへ大砲をゆっくりと
下げた。

「……死んで」

 カチリ。テキィの肩のあたりから引き金を引く音が聞こえ、ブォン!と空気を叩く音が静かになった。
 十字路の先にある郵便ポストが歪んだ。郵便ポストの側面には発火もなく一瞬にして巨大な穴が穿かれ
、中に入っていた手紙やハガキが周囲に吹き上がった。その中のハガキの一枚が、腰を抜かす無傷のあか
りの膝に降る。TVの視聴者クイズ宛のものだったようで、その願いもむなしいかな、笑顔でアサルトラ
イフルを構えたアニメ絵の女の子のキャラが「当たれ!」というセリフを口にしたイラストが描かれてい
た。

「――なにっ?!」

 愕然とするテキィは、大砲の狙いを狂わしたものが、いつの間にか砲身の先に巻かれていた超極細の綱
糸であることに気付く。

「……神岸さんを狙うとは」

 その気怠げな声が発せられたのは、テキィの背後からであった。
 テキィは大砲を振り上げ、慌てて背後へ振り返る。

「あ――あなたは!」

 またしてもあかりに見覚えのある顔が居た。
 紫系の色でコーディネイトされた戦闘服に身を包む、物静かな美少女。

「…………あたしはMMM諜報部所属機動部隊メンバー、正式コードMMM−SNB−N06、しのぶ。
……EI−03、お前を制圧する」
「くぅっ!」

 テキィは咄嗟にしのぶのほうへ砲身を向け、またも無発火の砲撃を行う。ところが、その大砲が一瞬に
して肩から輪切りになり、バラバラになってしまった。しのぶの両手甲からリニアガンで吐き出される、
『風閂(かぜかんぬき)』と呼ばれる150分の1ミクロンの細さしかない超極細綱断糸は、相手を捕獲
するばかりでなく、僅かな振動を与えることで増幅する波動によって鋼鉄をまるでチーズを斬るように簡
単に分断する破壊力を保有しているのだ。
 しかし、分断されたテキィの右腕は地面に落ちると直ぐに飛び上がり、再び右腕を構成し直した。

「……再生力が復活しているのね。……充電済み、というわけ?――『破甲手裏剣』!!」

 あいかわらず無表情のしのぶは淡々とそういうと、今度は両腕に装備されている手甲を展開し、腕の先
に古代インドの武具カタールを想起させる大きな幅広の剣を出現させてテキィに斬りかかった。
 しのぶが繰り出す剣舞を、テキィは斬られては即再生を繰り返しながら耐えてみせ、しのぶが突きを放
ったタイミングを利用して後方へ飛び上がって撤退する。間合いを取られたしのぶは直ぐにあかりをかば
うようにその前へ立った。
 間合いを取ったテキィは再び右腕を大砲へ変形させ、二人のほうへ狙いを付ける。今度は綱断糸が巻き
付いていない。テキィはにやり、と笑った。

「『狼王(ろう・おう)』!『翼丸(つばさ・まる)』!」

 全く臆しないしのぶがその名を叫ぶと突然、背後と上空から疾風が走った。

「――ぬっ?!」

 二陣の疾風がテキィの身体を激しく撃ち抜く。上空からは鷹(たか)を象った飛行ロボットが、そして
路上を駆け抜けたそれは体長2メートルはあろう巨大な狼を象ったロボットであった。その2体は体表よ
り高熱放射を行っていたらしく、体当たりを受けたテキィの身体は吹き飛ばされながら燻っていた。
 体当たりでテキィの攻撃を防いだ2体は、即座にしのぶのそばへ駆け寄る。しのぶは狼王と呼ばれる狼
型ロボットの頭を左手で撫で、右手で右肩に留まった翼丸と呼ばれる鷹型飛行ロボットの喉をくすぐって
みせた。

「……充電で再生能力が戻っても、攻撃力は前とは比べものにならないくらい劣っている。……あなたは
あたしには勝てない」
「黙れっ!」

 テキィは大砲をしのぶのほうへ向け、発射する。
 狙われた三体のロボットはそれを瞬時に避け、三つの影が僅かに残る路面を粉砕した。またもや火の気
のない、奇妙な破壊であった。

「……圧縮空気砲ね。酸素発生装置は体内に取り込んだのか」
「だからこういうコトも出来る!」

 宙を悠然と舞いながら感心したふうに言うしのぶめがけて飛び上がったテキィは、腕の形状を留める左
腕を突き出した。
 ぶわぁん!またもや空気を叩く音が鳴る。同時に、しのぶの紫色の戦闘服が、右胸から右肩にかけて一
気に裂けた。
 奇怪な攻撃に動じないしのぶの目は、テキィの左手の先、つまり指の隙間から凄まじい勢いで放出され
ていた圧縮空気がもたらした急激な空気の断層現象、つまり「かまいたち現象」によるものと見抜いてい
た。テキィの攻撃を布一枚でかわしたしのぶが着地すると、右肩から胸の布がめくれて右胸を露出した。

「――なんてヤツ!本体には傷一つ負っちゃいない!」

 テキィはここにきてようやく相手が途方もなく強いことに気付いた。なぜなら先手で攻撃を仕掛けたし
ていたハズの自分が、いつの間にか逆にしのぶと同じ、右胸から右肩にかけて本体もろとも裂かれるダメ
ージを負っていたからである。

「……これ以上の抵抗は無意味よ。さもなくば、EI−03、お前を危険な存在とみなし、――破壊する」

 しのぶはテキィを冷ややかに睨み付け、淡々と告げる。クールな戦闘マシーン。いまのしのぶを形容す
るのならば、これ以上のものはあるまい。
 そんなしのぶの後ろで、腰を抜かして地面にへたり込んだままのあかりは、コトの成り行きを複雑な顔
で見届けていた。
 テキィは、戸惑っていた。このまま闘うべきか、それとも逃げるべきか。しかし、いま逃げることは理緒
に迷惑をかけてしまうことに――――?!

「……何故?何故、理緒の迷惑になると……人間の迷惑なると…………Yei!」

 テキィは苦悶の相で頭を抱える。自分の中で目覚めた奇妙な感情。――そう。いままで眠っていたものが
ようやく目覚めた、あの感情だった。

「Ba――――ばKaなっ!!」

 テキィは絶叫のような声でそれを否定する。同時に、足首から発射した圧縮空気で地面を粉砕して粉塵を巻
き上げ、しのぶの目を眩ました。テキィは即座に逃走する。

「……逃さない!」
「やめなさい!!」

 慌てて後を追おうとするしのぶを止めたのは、ようやく立ち上がったあかりの声であった。

        B−2 へつづく