東鳩王マルマイマー:第6話「逃亡者テキィ」Bパート 投稿者:ARM


【承前】(メイド服姿の「セリオ・ツー」EI−03の映像とスペック(3サイズ付き)がリストされる。Bパート開始)

 凄まじい情報量がマルチのAIに流れ込んできた。全て暴走した初音から強制送信されてきたも
のである。あまりの情報量に、マルチのAI保護回路が悲鳴を上げながら強制的に外部回路を遮断
した。その為、マルチは一時的自閉モードに入り、外界からの情報が一切カットされてしまった。
そしてマルチのAI保護回路はこの自閉モードを利用し、大量に入ってきたデータの整理を開始した。
 要するに、マルチは人間で言うところの「昏倒し、夢を見ている」状態に陥っていた。
 但しこの夢は、初音のものであった。

 千鶴姉さんが、私たちを呼んだ。
 声ではない。「こころ」が呼んだのだ。
 梓姉さんと楓姉さんも、千鶴姉さんの「こころ」が届いていた。

 到着した裏山の水門には、何故か裸の耕一お兄ちゃんと、――冷たくなっていた千鶴姉さんが横
たわっていた。

 ごめん。俺、千鶴さんを護れなかった。

 耕一お兄ちゃんは、泣いてあたし達に詫びた。
 梓姉さんはその場にへたり込んで呆然とする。
 楓姉さんはうずくまって泣き出した。
 初音は呆然と「わたし」を見つめていた。泣いていいのかどうか困った顔をしていた。――何故、
初音(私)が初音を見られるの?――この「夢」は誰のなの?

 その時だった。

 突然、裏山全体に激しい振動が生じた。とても立ってられない物凄い地震だった。
 だけど、ものの1分も経たずにそれは収まった。
 同時に、私が持っていた叔父さんがくれたお守りが激しく光り始めた。
 やがてその光は一点に集中した。
 そこには、大きな洞穴があった。さっきの地震で出来た穴だろうか?

 彼は、ヨークと名乗った。酷く、懐かしい。

 ダリエリは、千鶴姉さん「だったモノ」を耕一お兄ちゃんに手渡した。これが最後の希望だった。
これで、千鶴姉さんが甦るのなら、賭けてみよう。

「……また、来世で逢おう、次郎衛門――いや、柏木耕一」

 ダリエリの別れの言葉。私の胸が酷く痛む。

 洞窟を出てきた私たちの頭上を横切った、巨大な光球体。
 ダリエリが警告した、『奴』がついにやってきたのだ!

 梓姉さんが死んだ。心臓を一突き。

 楓姉さんも殺された。壁に叩き付けられて、首が在らぬ方向に折れ曲がっている。

 血塗れの耕一お兄ちゃんが、私をかばうように立ち、『奴』と対峙している。
 勝てない。勝ち目はもう無い。
 でも耕一お兄ちゃんは私に笑いかけた。

「初音ちゃんは俺が絶対護ってやる。……約束、したもんな」

 天まで届く耕一お兄ちゃんの絶叫。
 その時、お守りが発動した。

「大丈夫か?」

 耕一お兄ちゃんの友達という人が、放心している初音の頬を優しく撫でた。――また。どうして
「初音(私)」が初音を見ることが出来るの?

 『奴』はどうなったのか判らない。ヨークが私を護ろうと『奴』もろとも自爆したのだ。『奴』
と闘っていた耕一お兄ちゃんもあの後どうなったのか判らない。山ひとつ消滅させたあの爆発に巻
き込まれた以上、多分、――。

「あとはわたしたち来栖川財団に任せなさい」

 綾香ちゃんのお母さんが哀しげな顔で私にそう言った。おばさんの隣には、耕一お兄ちゃんの友
達と、そして彼と一緒に来た長瀬さんという学者さんが千鶴姉さん「だったもの」をじっと見つめていた。


「やめて!お願いぃっ!!」

 メインオーダールームに、あかりの悲鳴が轟いた。
 浩之は声にならない声を上げて、THコネクターをずうっと叩き続けていた。浩之の拳は皮膚が
裂け、血塗れになっていた。
 長瀬は綾香に支えられながら、レミィと連係して必死になってTHコネクターとマルマイマーと
の強制回線を遮断しようとコンソールパネルのキーを叩き続けていた。
 現場上空にいるTH弐式と参式の智子とミスタは、一刻も早く超龍姫の再起動作業を続けていた。

 マルマイマーの制御が、暴走した初音に乗っ取られてから、まだ2分も経っていない。

 無惨な光景だった。
 マルマイマーの右腕は粉砕され、肩のジョイントから火花が散っている。
 左足はすでに『エルクゥ』の本性を剥き出しにした初音とのリンクに耐えきれず、立っているの
が精一杯、今にも引きちぎれそうであった。
 マルマイマーの顔の特殊皮膚が引き裂かれ、金属の顔を剥き出しになっていた。
 壊れかけの機械人形。それが今のマルマイマーを形容する言葉であった。

 相手はEI−01。奴は全くダメージを受けていない。マルマイマーのダメージは奴に受けたと
言うより、マルマイマーのボディが、エルクゥ化した初音とのシンクロに耐えられず自滅した結果
である。
 いつのまにかEI−03はその場から逃走していた。
 そして最悪の事態が迫りつつあった。

「アレスティング・レプリション・フィールド閉塞まであと3分!このままでは、超龍姫もマルマ
イマーも空間閉塞によって消滅するネ!!」

 マルマイマーがデバイジング・クリーナーによって開いた戦闘フィールドは、量子制御システム
の調整不良により、最大領域を5分ちょっとしか維持できなかったのである。閉塞は4分前から始
まり、十数キロもあった直径がいまや700メートルしかない。この場はひとまずEI−01の殲
滅より戦闘フィールドから脱出するコトが優先であった。
 だが、マルマイマーはEI−01の出現に我を忘れて暴走する初音の強制制御下にあり、頼みの
綱の超龍姫もシステムダウンしたまま身動きがとれない。
 そして、EI−01は、戦闘フィールドが閉塞し始めているにも動じることなく、ボロボロにな
ったマルマイマーの攻撃を軽々とよけながらその周囲を飛び交い、まるでからかっているかのよう
に振り回していた。

『EI−01の狙いはわかっとる!マルマイマーと超龍姫を空間閉塞で消去させる気なんや!――
初音のタコ!ええ加減に目ぇ覚ませっ!!』

 通信で来た智子の罵声がメインオーダールーム内に響きわたる。しかし、THコネクター内の初
音には全く聞こえていない様子である。

 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺
す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺
す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!

 今の初音はEI−01に対する殺意で一杯だった。

 ――殺すな!マルチを殺す気か!!

 THコネクターの向こうから聞こえる声。でも、私は気にしない。

 殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺
すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな
殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな殺すな!

 次第にあの声が大きくなってくる。

 ……何故だろう。……私……大切なことを……忘れている……気が――――

「――柏木さん!俺の!俺のマルチを殺さないでくれぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!」

 浩之の慟哭がTHコネクターを激しく震わした。――その時。

「「「?!!」」」

 THコネクタが爆発した。
 否、正確にはTHコネクターからの発光がさらに輝度を増し、爆発したように見えたのだ。
 そして――。

「……こ……これ……は………………?!」

 唖然となったのは浩之だけではなかった。メインオーダールームにいた者全てが、ある一点に視
線を注いだまま、唖然となった。
 幻か。なんと、THコネクターの正面の虚空に、半透明の発光する全裸の美女がTHコネクター
の方を向いて両手を広げて漂っていたのである。

「だ……誰だ?何なんだ、これは!!」
「まさか……彼女は…………」

 まるで幽霊のような半透明の美女を見て、綾香は激しく動揺していた。綾香は彼女の正体を知っ
ているようである。
 そしてもう一人、謎の美女の正体を知る者がその場にいた。

「……ああ。紛れもなく千鶴くんだ」

 何故、長瀬がその名を知るのか。長瀬はとても懐かしいものを見るような目で感慨深げにその名
を呟いた。
 やがて千鶴と呼ばれた半透明の美女は、ゆっくりとTHコネクターに近寄り、唖然としている浩之
の横をすり抜け、更にTHコネクターの隔壁をすり抜けたその手で、突然の美女に出現に呆然と
している初音の頬を撫でた。よくよく見ると半透明の美女は初音を鏡に映したようにそっくりであ
った。

「千鶴……お姉ちゃん……?」
(……初音。もう、おやめなさい)

 直ぐ側にいた浩之にも、その声は聞こえた。
 何故だろう。見知らぬこの美女の気配が、浩之にはとても身近に感じられてならなかった。

「……What’s?!マルマイマーシンクロ率、20パーセントまで低下!」

 驚嘆するレミィが思わずTHコネクターを見ると、いつの間にかあの莫大な発光が収まり、エル
クゥ化していた初音が元の姿に戻っていたのである。
 半透明の美女はまだTHコネクターの正面にいた。初音は半透明の美女をとても懐かしそうに
笑顔で見つめ、やがて力つきたかのようにうなだれて気絶した。

 呼応して、ゾンビのように動いていたマルマイマーも、ついに力つきてその場に突っ伏した。

 初音が気絶した後、半透明の美女は浩之のほうを見つめた。浩之はどう対処していいのか
判らないようで、呆然と彼女を見つめるほかなかった。
 やがて、半透明の美女は浩之に微笑んで見せた。

(浩之さん。……大丈夫。あの娘(こ)が来てくれます)

 そう告げると、半透明の美女は光の粒子となって霧散した。浩之は彼女が何故、自分の名を知っ
ているのか?と考える前に、大モニタ内で突っ伏しているマルマイマーの様子が気になり、そちら
の方へ向いていた。

「あかん!前より始末が悪い!」

 まだ再起動出来ない超龍姫。半壊して戦闘不能のまま倒れ込んだマルマイマー。
 その目前には、強敵EI−01が迫っていた。智子が絶叫して言うまでもなく、絶体絶命であった。
 だが突然、EI−01の前進が止まった。
 そればかりでなく、EI−01が被っている外套に無数の線が浮かび上がり、身じろぎひとつ取
れなくなってしまったのである。

「――『しのぶ』、ようやく到着したか!!」

 外套の下にある澱んだ瞳に映る、閉ざされつつある戦闘フィールドの縁の上で、白い幅広帽とワ
ンピースを着た少女。ミスタはこの少女の到着を待っていた。

「しのぶ!マルマイマーと超龍姫を回収しろ!!」
「……了解」

 ミスタから届いた通信に、ささやくように応えた少女は、戦闘フィールド内に飛び込むや、まと
っていた帽子と服を一気に脱ぎ去った。
 その下から現れたのは、メイド服を想起するレフィの戦闘服と色違いの紫色の戦闘服に身を包み、
メタリックパープルのアーマーを装着したボブカットの美少女であった。
 紫色の美少女は高さ20メートル以上もあるその段差を苦もなく着地し、常人離れした加速度で
マルマイマーと超龍姫を両手で抱えるや、一気に戦闘フィールドから離脱したのである。

「綾香!だ、誰なんだ、あの娘は?!」

 マルマイマーが助けられて思わず相好を崩した浩之が笑顔のまま訊いた。

『今のは、正式コードMMM−SNB−N06、コードネーム『しのぶ』や!MMM機動部隊、諜
報部の切り札ロボットやで、藤田クン!!』

 代わって応えた智子の口調も実にうれしそうだった。

『へへっ!EI−01め、もがいとるなぁ!無理無理、あんたを縛っているしのぶの特殊武装「超
極細綱断糸『風閂(かぜ・かんぬき)』」は、百五十分の一ミクロンの細さまで延ばした特殊チタ
ン綱なんや!へたにもがき続ければ、身体バラバラになるでぇ!ざまあ見さらせぇっ、このへたれっ!!』

 喜びのあまり、下品な口調になっている智子に綾香は頭を抱えた。

「……まぁ、喜び具合は人それぞれだからよしとして……!よもやEI−01をこのまま空間閉塞
で葬れるとは思わなかったわ!覚悟しなさい、EI−01!!」

 一同はこの奇跡の逆転劇に喜び勇んだ。
 だが、逆転劇が再び逆転されるなどと、その時に勝利を確信した者なら誰も思わないのが普通で
あろう。
 突然、EI−01から煙が立ち上り始めた。なんと、EI−01を縛り上げている超極細綱断糸
『風閂』が真っ赤に加熱して、ピン、ピン、と音を立てて千切れだしたのである。

「EI−01周辺に強力な空間振動波を確認!」
「これは!EI−01め、分子振動で『風閂』の構成分子を破壊しているのか!!」

 閉塞する戦闘フィールドがあと直径30メートルのところで、EI−01は縛っていた『風閂』
を全て破壊し、一気に飛び上がって脱出した。飛び上がったEI−01は「URYYYYYYYY
YYYYYY!!」と人外の嘲笑をその場に残し、夜の闇の中へ消え去っていった。

「――センサー反応消滅!追尾不可能、NOOOOOOOOOH!!」

 レミィは絶叫してコンソールパネルを両手で叩いた。

「……EI−03にも逃げられ、マルマイマーは完膚無きまで破壊され……」
「我々の完敗だな」

 そう言って深い溜息を吐く長瀬の横で、綾香は唇をかみしめ、右拳で床を殴りつけていた。


 夜空の奥から、雨が降り始めていた。
 マルチは曖昧な意識の中で、自分の横に立つ紫色の人影を見つけた。
 確か、しのぶ、と呼ばれる、MMM機動部隊のロボットメンバーであったと記憶していた。そし
て、しのぶの横顔が、初音から流れてきた記憶の濁流の中にあった、ある人物のそれに良く似てい
るコトに気付いた。

 柏木楓。初音のひとつ上の姉。いつも物静かな美少女。

 マルチの意識はそこで深い闇に融け落ちた。

*   *   *   *   *   *   *   *

 EI−01に助けられてあの場から逃亡したEI−03は、現場から遠く離れた住宅街の路上で
力つきていた。やはり充電しない限り、あのパワーは流石に発揮できないようである。かつて身じ
ろぎも叶わず、ただ呪詛を吐き続けた山中の光景が蘇るように、空からは雨が激しく降りしきって
いた。
 ここで、終わりなのか。人類全てに復讐を誓ったあの怨念だけでは、どうにもならないのか。

 あと数分で夜明けを迎える雨の中、濡れないようビニル袋に包んだ新聞誌を小脇に抱えて走る新
聞配達員と思しき人物か、路上でうずくまっている人影に気付いた。

「ちょっと!あなた、大丈夫ですか?」

 この声からして新聞配達員は女性のようである。背格好はまだ子供のようにみえるが、口調から
成人した女性であることが伺える。被っている帽子の下から突き出ている、まるで昆虫の触覚を想
起させる前髪が、ぴくん、と何かに反応した。

「あれ……これ、ロボット……だ!ねぇ、どうしてこんなトコロに転がっているの?このままじゃ
錆びちゃうよ!ねぇ、起きて!」

 新聞配達員がEI−01を揺さぶると、EI−01は残ったパワーを使って再起動した。

「……わ……たしは……」

 人類が憎い。

「わたしは…………」

 人類に敵意を抱く者。そう、

「……わたしは、テキィ」

                   つづく

それでは、次回予告。

「キミたちに最新情報を公開しよう!

 奇妙な運命が動き出した。自らを拾った雛山理緒との出会いは、人類に激しい憎悪を抱くEI−
03=テキィのこころに変化をもたらすのか?
 MMMが再びテキィと対峙するとき、マルマイマーたちにその憎悪の真実が明らかになる。涙す
るマルマイマー。テキィの怒りは誰にも止められないのか!

 東鳩王マルマイマー!ネクスト!
 第7話「こころ届かぬ怒り」

 次回もこの即興小説コーナーで、『ふぁいなる・ふゅうぢょん』承認!

 勝利の鍵は、これだ!

 「炊いた白米がびっしり詰まった、仕出し弁当屋のご飯箱を抱える雛山理緒」
                                                」


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