東鳩王マルマイマー:第6話「逃亡者テキィ」Aパート 投稿者:ARM


(アヴァンタイトル:エメラルド色のMMMのマークがきらめく。)

 MMM(スリーエム)はTHライドの暴走による災禍を防ぐ為に結成された超法規秘密防衛組織
である。だが通常の使用ではTHライドは暴走しないそれを暴走させる存在、「エルクゥ」と呼ばれ
る謎の敵の存在を彼らは認識しており、本質的にエルクゥとの闘いを前提に結成された組織と言
える。

 認識コード、「EI−○○」。

 E……EXTRA
 I……INTELLIGENCE

 訳すると、「地球外知的生命体」となる。

 しかし、MMM内部では、

 E……ELQUE(エルクゥ)
 I……IDENTIFICATION(同一、同一と思しき)

 訳すると「エルクゥと確認されたもの」、というもう一つの解釈がある。これは「エルクゥ」
と呼ばれるモノが異星人であるというコトを示している。
 しかし今まで認定された「EI−02」および「EI−03」は、来栖川電工が生産した地球製
のメイドロボットである。それをどうして「エルクゥ」と呼ぶのか。
 EIナンバーの認定基準として、MMM長官の来栖川綾香が、暴走したメイドロボット=オゾム
パルスブースターが出現し、それがオゾムパルスを発する存在と認めたときに認定呼称しているこ
とから、オゾムパルスの放出するものを「エルクゥ」と認めるのかも知れない。
 しかし、それを否定するある事件が十年前、関東のL高校(仮名)で起きている。
 「月島事件」と称されているその事件に関する顛末は、特定の人間がオゾムパルスを制御し
た陰惨な局地的災禍であったらしい、とまでしか知られていない。それは、MMMのデータベ
ースで公開禁止を示す「X指定」にされている為であり、詳細を知る者はMMM内部でも数名
しかいない。但し、少なくともエルクゥの直接干渉による災禍でないことははっきりしている。
つまり、オゾムパルス=エルクゥという図式が必ず成立するわけではないのだ。

 物語最大の謎、「EI−01」。名こそすでに何度か、物語の登場人物達が口にしているが、そ
の全容は今だ闇の中にあった。EI−01と呼ばれるモノもまた、メイドロボットなのであろうか。
それとも――?

 数多くの謎を残すこの物語。しかし今回、その謎の一部が明らかになろうとしていた。――――


「――What’s happen!?強力なオゾムパルス反応を確認!場所は、A・R・F中央、
――マルマイマーからでス!!?Why?!」

 正確には、マルマイマーからではなかった。レミィが誤認識するのも無理もない。なぜなら――

 ギンっ!!マルマイマーが抱えていた、EI−03の核となっていたメイドロボットの両目がカ
ッと見開かれ、ヘル・アンド・ヘブンによって正常に戻っていたハズのTHライドが再び血の色の
ように紅く燃え上がった。

 ―――EI−03、再暴走。

OP「東鳩王誕生!」が流れ、「東鳩王マルマイマー」のタイトルが画面に出る。マ・マ・マ、マ・
マ・マ、マル・マイ・マー……♪)
(OP、CMが終了後、Aパート開始)

 突然のコトに、マルマイマーも超龍姫もどう対処すればよいのか判らなかった。動揺する二人の
隙は、再暴走を開始したEI−03がマルマイマーの腕から飛び上がってその後ろに回り込み、超
龍姫目がけて蹴り飛ばす反撃を許してしまった。


「ば、ばかなっ!?」

 両目を瞬く綾香は、床にへたり込んでいる長瀬の背を睨み、

「EI−03のTHライドはヘル・アンド・ヘヴンで浄解されたハズでしょ!何故、再暴走を!?」

 しかし問われた長瀬自身も、信じられないものを見るような目で唖然としていた。

「……ばかな?!EI−03のTHライドにまだエルクゥ波動が残っていたというのか……?」
「エルクゥ波動?なんだよ、そらぁ」

 長瀬の呟きを浩之は聞き逃さなかった。
 長瀬はモニタの光景に唖然としたまま応えた。

「藤田君。THライドが何故、暴走するか、前に言っただろう?」
「……ああ。THライドを造り出した『鬼』、またの名を『エルクゥ』と呼ばれる地球外知的生命
体が、何らかの手段でTHライドを暴走させると」
「暴走のプロセスは大体判っている。簡単に言うと、目標の心OS未発動THライドに対し、ある
特定の波長を照射するコトで制御不能にし、暴走するのだ」
「その波長、って、例のオゾムパルスなのか?」
「……否、違う。エルクゥ同士の意志疎通に使用する特殊な脳波なのだ。我々はそれをエルクゥ波
動と呼んでいる」
「脳波……?って、テレパシーみたいなものか」
「……ああ。よくテレパシーを知っているな」

 すると浩之は苦笑いし、

「知り合いに能力者がいてね。もっとも念動力(サイコキネシス)だったけどな」

 それを聞いた長瀬は、どこかしたり顔で微笑むが、ふう、と少し苦しげな溜息を吐くだけであった。

「でも、何故、エルクゥの脳波と知っているンだ?そもそも、EIナンバーはメイドロボットだ
ろ?まるでエルクゥと呼ばれる宇宙人を調べたことがあるような口調だな?」

 浩之がそう訊くと、長瀬は失笑し、

「嫌と言うほど良く知っているからな……」
「まるであんたがエルクゥみたいな言い方だな。その方が俺にとっちゃ自然に感じるが」
「彼女を見たまえ」

 そう言って長瀬がアゴをしゃくって指した先には、メインオーダールーム内の綾香の指揮席の後
ろにある、コネクタースーツに身を包んだ初音がいるTHコネクターがあった。
 THコネクターを見た浩之は、しばらくの沈黙の後、かっ、と瞠った。

「……まさか……柏木さん……が?」
「初音くんはエルクゥの末裔なのだ」
「末……裔……?」

 そう呟いて浩之は初音をまじまじと見つめた。身体のラインがでる色っぽいコネクタースーツに
身を包む初音の唯一伺える素顔は、浩之が想像したような鬼のイメージは全くなかった。先刻のヘ
ル・アンド・ヘヴン発動時は大モニタのほうに釘付けになっていたので、鬼の形相に変貌した初音
に気付いていなかった。

「……時は室町の時代。星々を渉り他の生命体を狩る、地球外高度知的生命体の乗る宇宙船が、
この地球の日本に不時着した。彼らは自らをエルクゥと呼称している」
「エルクゥ星人、ってやつか」
「いや。彼らは母星をレザムと呼んでいる。正確にはレザム星人と呼ぶべきだろうが、固体の特有
名称があるため、MMMでは狩猟民族エルクゥと呼称している。エルクゥたちはその狩猟民族の本
能に従い、室町の日本で暴れ回った。それが現在、伝承として伝えられている『鬼』なのだ」
「『鬼』……でも柏木さんには角なんて」
「女性体には角はない。男性体が戦闘体型をとったときのみ、角が生える。人間と交配し生まれた
子孫にもそれは受け継がれている」
「……てことは、柏木さんの家って……」
「……代々、男に生まれたものには不幸な末路が待っていた。初音くんの父上も、叔父上もそうだ
った。エルクゥの男としての本能に恐怖し、自ら命を絶っている。しかし、本能にうち勝った者もいる。
その能力を活用して社会的成功を収めた初音くんの祖父、そして最近では彼女の従兄弟である、
柏木耕一がいる」
「柏木……耕一…?………どんな人なんです?」
「彼は――」

 長瀬が言いかけたとき、メインオーダールーム内が突然どよめく。

「――EI−03の動きがおかしい」

 再暴走を開始したEI−03はメイドロボットの姿のままであったが、疲弊していたマルマイマー
と超龍姫を圧倒していた。ところが突然、そのパワフルな動きが凝固し、ビデオのコマ落としの
ように動きが遅くなったのである。
 一番驚いているのはEI−03本人であった。彼女自身、自分の身に何が起きたのか判ってい
ないようである。やがて力が抜けたように、その場にへたり込んでしまった。

「……『マグロの心臓』現象だ」
「あ!そうか!」

 浩之は相槌を打ち、

「THライドはある程度出力を行うと急激に電圧が下がる。再び出力を上げて維持するためには、
充電が必要なんだよな。あいつ、致命的なコトを忘れていたらしい」

「今や、二人とも!今のままなら捕らえられる!」
「「了解!!」」

 パワー不足で苦戦を強いられていたマルマイマーと超龍姫だったが、この好機を逃すワケにはい
かない。二人は一斉にEI−03へ飛びかかった。
 ところが――

 次の瞬間、一同は、唖然とした。

「……なんだ……あら……」

 浩之は、現場を映す大モニタを見つめたまま呆然とした。

 飛びかかっていたマルマイマーと超龍姫が、ビデオの巻き戻しのように吹き飛ばされていた。
 しかし、EI−03は力無くへたり込んでいたままである。
 二人を苦も無くはじき飛ばした、薄汚れた外套。
 それは突然、EI−03をかばい立てするように出現した。

「……まさか……あれは……」

 TH参式の管制室にある指揮官席に腰を下ろしていたミスタが、奇怪な外套の主を見た途端、思
わず立ち上がっていた。

 メインオーダールームにいた長瀬も、これ以上ないくらい大きく瞠っていた。

「……やはり……『奴』は……生きていたのか……!!」
「『やつ』?」

 浩之が訊くが、長瀬は大モニタを食い入るように見つめたまま、何も応えない。
 応えたのは、別の人物であった。

『……間違いない……!8年前とあの時と同じ姿……「EI−01」!!』
「?!」

 メインオーダールームにいた一同が、そう呟いた初音を驚いた顔で見る。

「あれが!?EI−01ンっ?!」
「そう……あれが……あれが――――――」

 一同はその時になってようやく初音の形相が変わろうとしていることに気付く。
THコネクターはその変貌に応えるように、次第に発光を増していく。
 増大するエメラルド色の中で、あの穏やかで美しかった初音の顔が、エルクゥの末裔に
相応しい『鬼』の顔へと変化していった。

「――梓姉さんを――楓姉さんを――――耕一お兄ちゃんを――――私が愛したみんな
を殺した!『E』!『I』!『ZERO』!『ONE』!!!!!!!URYYYYYYYYYYYYYYYY
YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!!!」

 絶叫の終わりはもはや人外の雄叫びであった。獣のような瞳。コネクタースーツを突き破って刃
物のように長く鋭く伸びる爪。肉食獣を想起する鋭い乱ぐい歯。そこにいるモノがあの初音であろ
うとは。その姿に一同は絶句していた。

「……Oh!THコネクター内……出力増大!いけないネ!!マルマイマーにパルス逆流中!!」
「えっ!」

 レミィの悲鳴に最初に反応したのは綾香であった。

「まずい!このままではマルマイマーとのシンクロ率が増大して、マルマイマーの自由が初音くん
に奪われる!!」
「なんだと!――あっ?!」

 浩之は長瀬の言葉に驚き、そして大モニタの方を見て一層驚く。


「……あ……あ……ダメ……です…………!」

 EI−01にはじき飛ばされ、ようやく起きあがったマルマイマーの動作が突然凝結する。やが
て苦しげな表情になると小刻みに震えだしてその場にうずくまってしまったのだ。

「マルマイマー!」

 続いて起きあがった超龍姫がマルマイマーの元へ駆け寄ろうとする。
 すると、今まで自分の十メートル先のEI−03の前にいたEI−01が、瞬時に超龍姫の目前
に現れ、外套の下から放出した凄まじい電撃波を超龍姫に叩き付けたのである。

「ぐはっ!!」

 再び吹き飛ばされる超龍姫。先程の一瞬の攻撃はこの電撃波によるものに相違あるまい。しかも
先程より威力が増していたらしく、宙を舞う距離は倍以上あった。それはダメージも比例していた
らしく、超龍姫のAIはシステムダウンしてしまった。人間で言うところの気絶である。

「な、なんて奴……?!超龍姫の頑丈さは半端やないのに!!」
「保科参謀!TH参式から超龍姫のダメージトレスを行ったが、稼働制御ワークエリアに一部消去
された後がみられる!再起動に最低7分必要だ!」
「なんやて?!」

 ミスタからの通信に智子は仰天する。

「電磁キャンセラーが正常に作動していなかったらしい!フォロンが強制回線を用いてデータ補正
を行っている!それよりマルマイマーのほうを!」
「あっ!」

 智子の驚嘆は、メインオーダールームにいた綾香たちのそれと一致していた。

 苦悶の相でうずくまっていたはずのマルマイマーが、いつの間にか立ち上がっていた。まるで先
程ののたうち回りが嘘のように、マルマイマーは俯いた状態でEI−01のほうを向いて鷹揚に構
えていた。

「――マルマイマーシンクロ率、287パーセント!マルマイマーサイドのAI制御回路強制遮断!
マルマイマーのボディは完全に初音に支配されていまス!」
「そんな!――柏木さん!!」

 血相を変える浩之は、THコネクター目がけて駆け出した。

「柏木さん!落ち着いて!このままじゃ、マルチが暴走する!!やめるんだ!」

 浩之はTHコネクターを叩いて初音の暴走を鎮めようとするが、しかしエルクゥの本性を剥き出
しにした初音の耳には全く聞こえていなかった。

「浩之ちゃん!あれ!」

 背後から、あかりの悲鳴が届く。蒼白したままの浩之が、あかりが指す大モニタのほうへ再び顔
を向けた。
 大モニタに映るマルマイマーの俯いた面があがった。
 日向の似合うあの優しく儚げな顔はそこになかった。

「……エルクゥ……!!」

 マルマイマーの顔もまた、『鬼』の形相に変貌していたのである。

(Aパート終了:MMMバリアリーフ基地の全体図の映像とスペック表がリストされる。)