東鳩王マルマイマー第5話「その名は超龍姫」Dパート 投稿者:ARM


【承前】(超空間振動メガトンツール、開発コードMMM−EH『イレイザーヘッド』の映像とス
ペックがリストされる。Dパート開始)

 現場でマルマイマーたちがEI−03と苦戦している中、MMM本部でちょっとした騒ぎが起きた。

「――長瀬主査?!」

 素っ頓狂な声をあげて驚く綾香が見たものは、小脇に携帯端末を抱えて西ゲートから現れた、焦
燥しきった顔の長瀬だった。

「おっさん!何やってたんだ、今まで!」

 長瀬は今にも倒れそうだったので、慌てて浩之が駆け出し、その身体を支えた。

「……長官!マルチたちは出撃……しているのかね……?」
「え?え、ええ、現在EI−03と交戦中よ」
「そう……か。藤田君、済まないが向かいのあの席まで…私を運んでくれないか?」
「?あ、ああ、わかった」

 浩之の支えられて長瀬は自分の席に着くと、抱えていた携帯端末を正面のコンソールパネルに接
続し、そしてそのおぼつかない指先で端末のキーボードを叩き始めた。

「おっさん……何を?」
「……マルマイマーの左肩に内蔵されているTHライド『木蓮(もくれん)』は……通常、空間の
量子制御を行っている。……しかし…プログラミング上でのテストが不十分だったため……今回の
ようにディバイジングクリーナーやプロテクトシェイドの使用に影響を与えてしまった……早く…
…プログラムの補正を完了しなければ……!」

 一心不乱にキーを叩く長瀬をしばし呆然と見ていた浩之だったが、ふと、何げなく長瀬の額に手
を当てて思わず瞠る。

「――おっさん!何だよこの熱!?」

 顔が赤いので妙だとは思っていた浩之だったが、長瀬は高熱を押して補正作業を行っていたので
ある。

「そんな!昨日、何回かくしゃみしていたのは知っていたけど……主査、無理はダメよ!」
「無理は……マルチたちのほうが上だよ、長官……」

 相変わらずの不敵そうな笑みを浮かべて応える長瀬だったが、次第にキータッチが遅くなってい
るあたり、かなり辛そうであった。やがて前のめりに倒れそうになるが、慌てて両手をついて堪える。

「おっさん!?」
「まだまだ……!あと……6パーセント出力アップさせて安定出来なければ……DCが使用できな
い……から……!」

 その長瀬の悲壮な姿を、智子は腕を前に組み、TH弐式の管制室にある本部との通信用モニタか
らじっと黙ったまま見つめていた。そのモニタの下で現場の闘いを映し続ける大画面モニタがあった。
 大モニタに映るマルマイマー達の闘いは、先程までのマルマイマー抜きの闘いよりかなり動きが
良くなっていた。マルマイマーを中心に、両側からアルトとレフィが突進する。火器が使えない打撃
戦ではあるが、襲いかかる触手を粉砕し、本体に対して一定のダメージを与えて離脱する。その
繰り返しを続けていた。

「……しかし、このままではただの消耗戦で終わってしまう。ちぃっ」

 舌打ちする智子は、大モニタの横にあるアナライザーが表示している酸素濃度のCGグラフを睨
んだ。高酸素濃度のエリアは先程より一回り広がっていたのだ。

 再びMMMメインオーダールーム。高熱を押して補正作業ほ続ける長瀬だったが、吹き出る冷や
汗にメガネがずれ、指先で押し戻そうとしたところでついに限界を迎えた。長瀬は激しい眩暈に見
舞われ、コンソールパネルに突っ伏しそうになった。
 それを支えたのは、先程から長瀬の隣に立っていた浩之だった。

「――おっさん、もういい!」
「はぁはぁ……しかし……あと12パーセントの補正が」
『――えぇ加減にしてくれ!』

 悲鳴を上げたのは、TH弐式に居る智子であった。

『今、プログラム補正値を1パーセント上げるコトは、あいつらの危険も1パーセント上げるも同然
なんや!これ以上、うち、見ておられへんっ!!』

 涙目でこちらを睨む智子の悲痛な叫びに、一同は声を失くした。
 大モニタに映るマルマイマー達の闘いぶりは一見、優勢に見える。しかし実はEI−03に決定
的なダメージも与えておらず、肝心の酸素発生装置の破壊さえ出来ていない。疲れ知らずのロボッ
トも、こんな不毛な消耗戦ではいづれ限界が来る。

『頼む、主査!ディバイジングクリーナーを使用させてぇなぁ!』
「はぁ、はぁ……だが……いま……のまま……では……」
「――あとは俺がやる」
「?!」
「心配すんなよ。大学院へは遊びに行ったわけじゃないんだ。量子工学の博士号は伊達じゃない。
あかり、おっさんを頼む」

 そう言って浩之は長瀬を通路に寝かせ、長瀬の代わりに席に着いた。慌てて駆け寄ったあかりが、
水に濡らしたハンカチを長瀬の額に当てた。

「……ふむ。シュレディガークラス位相空間の同期調整と、THライドの臨界稼働時に炉心内に生
じる真空の揺らぎに対するエネルギー位相の補正のみ、か」
「……完全補正には時間がなさ過ぎる。……あと…最低でも……同期はプラスマイナス3コンマ7
76、エネルギー位相はあと16パーセント差を縮めるだけだ。……やってくれる……か」
「カチカチ山の泥船に乗ったつもりでいてくれ」

 浩之はキーを叩きながらにやりと笑った。
 後を継いだ浩之を見て、綾香はほっと胸をなで下ろし、

「ミスタ!『しのぶ』は出せないの?!」
『しのぶは現在、要救助者の回収で直ぐには回せない』
「くそっ……――え?」

 綾香が驚いたのは、メインオーダールーム正面の、ディバイジングクリーナー稼働時にデータが
表示されるアナライズモニタを見たからである。今まで「補正中」というメッセージが表示されて
いたそれが突然閉じ、稼働可能を示す初期画面になったのだ。

「藤田君――は、早い!」
「微調整だけだったから。ソフトはこれでオッケー、っと。問題はハード面の補正だけだがな」
「……ハードのほうはよけい時間が必要になる。……現行で、破損覚悟で使用するしかない」

 長瀬が喘ぎ喘ぎ言うと、綾香は右手を前にかざし、

「足りないところは勇気で補えばいい!ディバイジングクリーナー、起動承認ん!」
「了解!目標座標、横浜NE22地区、X−HI!――射出!マルマイマー、受け取ってネ!!」

 レミィがDC起動ボタンを叩くと、来栖川邸の噴水からDCが発射され、マッハで現場を目指す。

『マルマイマー!DCを送ったわ、受け取って!!』
「え?初音さん、でもまた上空でしょ?今ここでスラスターを使うと……」
「自分たちに任せて下さい!」
「マルマイマー、上に乗って!」

 見ると、アルトとレフィが両手を井の字に組んでいた。二人のパワーを使ってマルマイマーを上
空へ押し上げようと言うのだ。

「30メートルも飛べば空気も薄くなっているわ!そこからスラスターで飛び上がればいいわ!!」
「わ、わかりましたぁぁぁぁぁ」

 二人の力技に感心するも、マルマイマーは内心びびっていた。しかし四の五の言っている場合で
はないため、マルマイマーは組まれた二人の腕に乗る。
 次の瞬間、マルマイマーは自分の身体が軽くなったような錯覚に見舞われる。二人のパワーはマ
ルマイマーの想像を遙かに越えたものだった。一瞬にして50メートル上空にまで吹き飛んでいた
のだ。
 ゆえにバランスなど取っている暇など無かった。ましてや、マッハで飛来してくるDCをナイス
キャッチなど出来ようもない。またもやDCの刷毛先がマルマイマーの顔面にめり込んだ。

『……どうもあたしたち……DCと相性良くないみたいね……痛たた(泣)』

 初音はシンクロしているマルマイマーから届いた打撃に、顔面をさすった。

「み……たい……ですね(汗)――い、いきますよ!」
『どうぞ!』
「ディバイジング・クリーナーぁぁぁっっ!!」

 マルマイマーはDCの刷毛先を地上に向け、スラスターを一度吹かして落下する。5秒で地上に
到達したマルマイマーは、EI−03の正面にDCの刷毛先を突き立て、一気にアレスティング・
レプリション・フィールドを形成した。

「A・R・Fの固着を確認!空間湾曲開放カウントダウン、――No!?320second!?
What’s happen?」
「ンだと?!」

 思わず浩之は立ち上がり蒼白する。

「5分でヤツを倒さなきゃならないのか?それじゃバキュームで周囲の高濃度酸素を散開させてい
るヒマなんかねぇじゃないか!!」
「ハード面の調整遅れが……災いしたか」

 長瀬は寝かそうとするあかりを押しのけてゆっくりと起きあがり、コンソールパネルにもたれか
かった。

「もはや……EI−03の核となっているメイドロボットを放棄するしかあるまい」
『そんなこと、出来ません!!』

 長瀬の言葉にマルマイマーが強い口調で反発した。

「「マルマイマー!」」

 アルトとレフィは、A・R・Fの崖っぷちから呼びかけた。

「―いけない!マルチ姉さん、『ヘル・アンド・ヘブン』を仕掛けるつもりです!」
「それは無茶よ!外周はA・R・Fで爆発の影響は無くても、中心にいるマルマイマーは爆発に巻
き込まれてしまう!――やめなさい!マルチ!!」
『……ごめんなさい、レフィさん』
「マルチ!?」

 マルマイマーからの通信にレフィとアルトは驚く。

「…あなたには、犠牲になるのは自分一人で充分、なんて考えはダメよ、なんてえらそうにいった
けど……わたし、どうしても他人が辛い目に遭うのが許せなくって…」
「マルチっ!なに、バカなこといってンの!早く戻ってきなさいよ!!」

 するとマルマイマーから、くすっ、と笑う声が届き、

「…やっぱり、レフィさんの言うとおり……わたし、バカでダメなロボットですね」
「マルチ!!」
「まずい!マルチ姉さんがH&Hを仕掛ける体勢に入りました!」

 アルトの望遠カメラが、両手にエネルギーを集約し始めたマルマイマーを捉えた。

「マルチ!!やめろ!!」

 浩之の制止の通信がマルチに届く。

「オーナーの命令を聞け、マルチ!!とっとと戻ってこい!!」
「……ごめんなさい、ご主人様。これ以上、被害を増やすわけにはいきません。被害が増えればそ
れだけ哀しむ人たちが増えるコトになりますし……?」

 そう呟いてマルマイマーは、接続している初音との回線を遮断しようとする。しかし回線へのア
クセスが出来ず戸惑うと、初音からアクセスしてきた。

『悪いけど、回線へのアクセスはこちらからカットさせてもらったわよ』
「初音さん……!ダメです、もし私が爆発したとき――」
『プロテクトシェイドの制御をこちらからやります。ぎりぎりまで、最後まで希望は捨てないで、
マルチ。あなたは一人で闘っていないコトをこれからも忘れないでね』
「ご……ごめんなさいぃぃ……!」                       ・・・
『詫びは明日聞くわ。今は全てをH&Hに集中して!!……二度とあなたを失うわけには行かない
から』
「?」
『――何でもない!行きますよ!!』
「はい!!『ヘル・アンド・ヘブン』!!」

「マルチ!――離して、アルト!!」

 血相を変えてA・R・Fの穴へ飛び込もうとするレフィの身体を、アルトが慌てて抱き止めた。

「ダメだ!我々ではもうどうすることも出来ない!!」
「何を言っているの!!このまま手をこまねいていたって、マルチを助けられないじゃないの!!」
「今飛び出しても、爆発の衝撃で身体を粉砕されてしまうだけだ。それこそ、マルチ姉さんの意に
反する」
「バカぁっ!!」

 涙を流すレフィの罵倒は、A・R・Fの中心に向けられたものであった。

「哀しむのを見たくないって!?なに、寝ゴト言ってンのよっ!あなたが死んだら、それこそいったい
どれだけの人が哀しむか、判って言ってるの?!あなたのご主人様やMMMのメンバーや――
――ボクやアルトまで哀しませる気!?そんなのだから、平気で自分を犠牲に出来るあなただから、
ボクはあなたを戦場に出したくなかったのよ!!――――マルチ姉さんの、大バカぁっ!!」

 レフィの心からの慟哭がメインオーダールームにも響きわたる。その声にあかりは堪らずうずく
まって嗚咽し始める。

「ミスタぁ!」
「判っている!しのぶ、現場へ急げ!」

 泣き声の綾香の指令に、TH参式のミスタは怒鳴り声で指揮するが、大モニタの脇にあるしのぶ
の現在位置を示すCG地図の距離は現場から4キロも離れた場所にあり、とても間に合いそうもな
かった。

「あんたらっ!なんとかしぃやぁ!!」

 TH弐式から降ってきた智子の泣き声に、レフィとアルトがビクッとなる。
                  ・・
「自分たち――いや、自分ならこれ、なんとか出来るやろぅが!」
「「!!」」

 智子が言わんとしているもの――

「「超空間振動メガトンツール、『イレイザーヘッド』!!」」

 アルトとレフィの声が重なった時、その異変は起きた。

「……なんや……!?シンパレード値を示す……二人のグラフが――!」

 呆気にとられる智子が目にしたものは、大モニタの隣にある、アルトとレフィのAIシンパレー
ド値を示す赤と青の棒グラフであった。なんと見る見るうちにその二色の柱は急上昇し始め、一気
に100パーセントをマークしたのである。

「あぁ――!!シンメトリカルドッキング、オッケーやで、あんたら!!」
「――それでこそ勇者!!アルト、レフィ、シンメトリカルドッキング承認!!および超空間振動
メガトンツール、イレイザーヘッド起動承認!!マルマイマーを助けなさい、勇者『超龍姫』!!」
「「了解!!」」

 綾香の指令を受けた二人はA・R・Fの穴へ飛び込む。同時にアルトはクルーザーモードへ変形
し、その上にレフィがまたがった。

「「シンメトリカル・ドッキングっ!!」」

(Dパート終了:前後の車輪を左右にスライド展開させたホバーモードのアルトの映像とスペック
表がリストされる。エピローグへ続く)