東鳩王マルマイマー第5話「その名は超龍姫」Bパート 投稿者:ARM


【承前】(ホーンクラウンとサイバースコープが装備されたイークイップ(戦闘形態)モードのレ
フィの映像とスペック(3サイズ付き)がリストされる。Bパート開始)

 EI−03が出現した場所は、JR横浜駅前であった。突然ビルの上空から降ってきたEI−03
は、ロータリーに停車していたタクシーを運転手と乗客ごと粉砕し、起きあがって周囲を見回し
た。そして不敵な笑みを浮かべると、暴走によって真っ赤に燃えるTHライドからオゾムパルスを
周囲に放射したのである。
 突然の出来事を見ていた野次馬たちはオゾムパルスを受けて激しい頭痛に見舞われ、その
場に倒れ込むが、しかし1分も経たぬうちに全員けろっとした顔で起きあがった。

「……お前たちの策略に何の手だてを打っていないと思っていたようだが、2度も黙ってやられは
せぬ」

 その嘲笑は、JR横浜駅上空に漂っていた巨大な気球船の中からであった。
 「クルスガワ・サテライト・ネットワーク社」が保有するその巨大気球船は、気球船を利用した
空飛ぶ通信網中継基地である。気球船を利用したエアサテライトネットワークとは、地上波や通信
衛星からの衛星波をキャッチし、電波の届きにくい地域へ中継配信する画期的なサービスであり、
97年に実用化に向けて実験が開始され、KSNWCが最初に商用化に成功した。現在においても
シェアのほとんどをKSNWCが占めており、日本上空にはKSNWC所有の16基の気球船が活
動している。
 しかしその気球船の中に、3基、MMM所属の特殊偽装を施した戦略機動空母が存在するコトを
知る者は、来栖川SNWC内でもホンの一握りしか居ない。
 その3基のうちのひとつが、この気球船――多次元諜報飛空艇・TH参式である。全長87メー
トルという現時点において世界最大を誇るこの巨大気球の本体には、飛行に必要なヘリュウムガス
は詰まっていない。代わりに、北半球の全てを同時に監視可能な高次元センサーと新世代AIによ
るウルテクコンピューター『フォロン』のサーキットで一杯になっており、この巨大な質量の物体
を気球のようにふわふわと上空を浮き上がらせている物こそ、THライドを核にした5基のウルテ
クエンジンである。最大出力時においてはマッハ2をマークし、戦略活動時においてはMMMの
最前線基地としてその機能を余すところなく発揮するよう設計されている。
 そしてこの最前線基地には、このウルテクエンジンと新世代AI『フォロン』を開発した人物が
常時待機している。
 彼の名は、ミスタ。酷い火傷を負っているために白い奇妙な仮面を決して外さないと言われてい
る彼が男性であることと、日本国籍を保有しているコト以外、彼に関する情報は封鎖されており、
MMM内部でも謎の多い人物であった。
 ミスタはたった一人しか居ないTH参式の管制室の中で、大画面モニタ内の、あたりを不思議そ
うにきょろきょろ見回すEI−03の映像を見てほくそ笑んでいた。大画面モニタには、CGで描
かれた横浜駅周辺の地図の上に幾層に色分けされて重なった円グラフがあった。

「メイドロボットにTHライドが搭載されているのは、お前たちに暴走を許すためではない。他の
メイドロボットに搭載されている暴走していないTHライドは、このTH参式から配信される『オ
ゾムパルス・キャンセラーネットワーク』の起動シグナルによってオゾムパルスキャンセラーを全
点放射させることが可能になっている」

 TH参式では、国内のTHライド内蔵メイドロボットを常時監視している。監視、といっても衛
星から配信されるデータとネットワークを管理する為に行っているのだが、非常時にはこのネット
ワークはMMMの管轄下におかれ、対オゾムパルスブースター防衛網として機能するようになって
いた。EI−02との戦闘では、TH参式はある事情で京都方面のネットワーク管理に出ていたた
め、この防衛網が使用できず、今回が防衛システムの初陣となった。
 しかし、この防衛網はあくまでもオゾムパルスブースターのみに有効で、EI−03が大切そう
に抱えていたボール状の物体を腹に取り込んで吸収するや、周囲の車や建物にあるガラスが次々と
粉砕されてEI−03の体内に取り込まれていく事態にはまったく手だてがなかった。


「――現時点より、JR横浜駅前に出現したオゾムパルスブースターをEI−03と認定・呼称す
る!初音はTHコネクターへ!マルチ、アルト、レフィ!出動せよ!」

 EI−03の出現に、顔に緊張の走った綾香はジャージ姿でオーバーアクション気味に出動命
令を下した。

「現場へは、TH弐式で向かうわよ!3人とも、うちの後について来ぃや!」

 智子は自分のテーブルの上に置いていたヘルメットを脇に抱え、開かれた南ゲートを指さした。
アルトはふくらはぎからタイヤを降ろしてローラーダッシュの体制に入った。
 慌てて割烹着を脱ぐマルチはその後についていこうとするが、それをあかりが引き止めた。

「マルチちゃん、これを着て」

 あかりが差し出したのは、かつてマルチやあかりが通っていた海葉高校の女子生徒用制服であっ
た。戸惑うマルチにあかりは、にこりと笑って見せ、

「これはMMMが造ったマルチちゃん専用の戦闘服よ」
「抗光学熱学兵器用に開発された超高分子ポリマーと防弾チョッキで使用されるアラミド繊維で織
られたものだってよ。こんなもので絶対安心とは限らないが、俺たちを少しでも安心させてくれる
シロモノと思って着ていってくれ」

 浩之にも促されると、マルチはジンと来たらしく、ホロっと涙を零しかけた。

「あ、あかりさん……ご主人様……ご迷惑をお掛けしますぅぅぅ!!」
「いいのよ、別にあたしたちが造ったわけじゃないんだけどね。でも、もし闘いが辛くなったら直
ぐに逃げ出すのよ。マルチちゃんに無理強いなんて、あたしが許さないから!」

 あかりはまだマルチが闘う事を納得していない様子である。隣では浩之が苦笑しながら肩を竦め
ていた。
 そんな光景を、遠くから見ていた者がいた。

「――マルチ!あんたみたいな足手まとい、来なくていいわよ!」

 レフィであった。マルチは先ほどの彼女の冷たい言葉を思い出し、ビクッ、と肩を震わす。

「レフィ!えぇ加減にせぇ!」

 堪りかねて浩之がレフィを怒鳴りつけようと睨み付けたとき、先に智子がレフィを叱咤していた。

「保科参謀……」

 レフィはつかつかと歩いて戻ってくる智子を戸惑い気味に見る。

「レフィ!あんたの今の仕事は、マルチをうたわすコトや無いやろ?!とっとと弐式へ行かんかい!」
「しかし……」
「しかしもおかしも東鳩のキャラメルコーンもないわい!それともなにか、そんなにマルチと一緒
に闘うのが嫌か?」

 智子の最後の言葉に、カチン、と来たらしく、レフィは智子を睨み付け、

「――嫌です!あんな、なよなよしたのが戦場に来ることは、ボクの主義に反します!――あっ?!」

 そう言い切るとレフィは、はっ、と我に返り、慌てて口を押さえる。言ってはならないコトを思
わず口にして動揺しているようだった。
 そんなレフィを見て、智子は腕を前に組み、ニヤリ、と笑う。

「……悪いが、マルチは現場へ連れていくで。暴走したTHライドを元に戻す『浄解』はアレしか
出来んしな。ほら、とっとと来んかい」

 智子は狼狽するレフィの腕を掴み、半ば引きずるように歩き出す。
 レフィも仕方なくついて行くが、一瞬だけマルチのほうを見た。
 その横顔を見たとき、マルチは、どきっとした。

「……どうして……あんな哀しい顔を……」

 当惑するマルチのスカートを、マルルンが引っ張った。

「あ、マルルン?……行こう、って?――判った、行こう!ご主人様、あかりさん、行ってきます!」
「あ?ああ、がんばってこいよ!」
「無理はダメよ、マルチちゃん!」
「はーい!」

 南ゲートへ走っていくマルチとマルルンを見送ると、あかりは浩之の袖を引っ張った。

「……浩之ちゃん。マルチちゃん、あんな娘(こ)と一緒で大丈夫かしら?」
「あんなもんだろ」

 ふっ、と微笑む浩之をあかりは不思議そうに見た。

「……似てるな、保科と」
「似ている?智子と?」
「不器用なところが、な」

 きょとんとするあかりをよそに、浩之は何かを理解したかのように、うんうん、と頷いた。
 浩之も、レフィのあの横顔に気付いていたのだ。

 MMMバリアリーフ基地を外側から見たとき、クルスアイランド・ファーストを支える巨大な柱
から4本の筒型の建造ブロックが突き出ているのが判るが、その建造物をよく見ると、気球船の形
をしているコトに気付いたであろうか。
 現在、横浜上空に出動しているTH参式を入れると合計5隻の戦略機動空母がバリアリーフ基地
に接岸出来るようになっている。時計回りに、通常は技術・戦略面での研究所として使用されてい
る機動整備巡航艇「TH壱式」、飛行甲板空母「TH弐式」、多次元諜報飛空艇「TH参式」ら弩
級戦略機動空母が接岸され、TH壱式の左側に一回り小さい30メートルクラスの機動空艇「高速
巡航空艇TH四号」、現在離れているTH参式の右側に、同クラスの戦術砲艇「弾丸TH六号」が
接岸されている。
 そのうちのひとつ、実戦時においてTH参式と同様、最前線基地として多用されるTH弐式がバ
リアリーフ基地から離岸する。離岸後、少し沈みかけたTH弐式の船体からゆっくりと現れた3基
のメインスラスターに火が入り、海中を高速で突き進みながらぐんぐんと海上に浮上する。浮上し
た地点は東京湾中央、一般航路から離れた地点である。
 海中から飛び出した、気球船に偽装してあるTH弐式は一気に上空400メートルまで上昇しな
がら、その形態を気球船から戦略行動形態である飛行甲板空母へと変えていく。気球の中央部が左
右に分かれてそれぞれの中にある内包甲板が露わになり、先端部が開いた胴体部を塞ぐようにゆっ
くり後退する。正面からみるとY字を想起する形態だ。

「船体、面舵!目標、横浜NE22地区上空、――発進!」

 智子の号令とともに、ウルテクエンジンを搭載した3基のメインスラスターが再び火を吐き、現
場へ向かっていった。


 再び、JR横浜駅前。
 周囲の建造物からガラスを吸収し続けるEI−03はその胴体をゆっくりとではあるが増大を続
けていた。
 避難勧告の出たJR横浜駅前は今だ警察による一般市民の避難が続いていたが、突然彼らに
異変が起きた。次々と人々が喉を押さえ始め、その場に倒れ込んだのである。

「キャンセラー包囲網はまだ有効のハズ!?毒ガスか?!フォロン、現場の空気汚染状況のチェッ
クはどうなっていた!」

 突然の出来事に、TH参式にいるミスタは舌打ちして、現場の監視を行っていたハズのフォロン
に怒鳴りつけた。

『化学兵器反応、ゼロ。但シ、EI−O3ヲ中心に、酸素濃度が高まッてイまス』
「酸素濃度……?」
『現時点にオけるJR横浜駅前周辺の平均酸素濃度、34パーセント。被害者たちは酸素中毒によ
る呼吸障害と思われまス』
「呼吸……障害……!」

 地球上に生命体が生息する上で不可欠な物質とはなにか?と問うと、大抵の者なら酸素を最初に
挙げるであろう。しかしその酸素でも、その量によっては生命体の生体活動を妨げる猛毒にもなる
事実をご存じてあろうか。通常、大気には20.8パーセント(体積比)の酸素が含まれている。
しかしこの量が30パーセント以上を越えると、この横浜駅の惨状が証明するように、呼吸障害や
頭痛、めまい、吐き気をもたらし、最悪の場合、死亡に至る。
 だが、これ以上に恐ろしい問題が存在する事実に気付いた者はいるだろうか。

「――!?フォロン!船体を至急300メートルまで上昇後、北東方面へ2キロ戦略的後退!監視
は継続!酸素濃度を第一優先とし、35パーセント以上の地域をピックアップ、グラフ化しろ!」

 ミスタはその事実にようやく気付いた。フォロンは命令通り後退しながら、管制室の正面にある
大モニタへ酸素濃度35パーセント以上の地域を赤く色分けした。EI−03の固着地点を中心に、
半径1.4キロに及ぶほぼ真円の赤い円が横浜地区の地図と重なった。
 TH参式の突然の後退は、ようやく駆けつけたTH弐式にも不自然に見えた。

「ミスタ!なんで後退するんや?」

 訝る智子がTH参式のミスタを呼んだ。するとTH弐式の管制室正面にある大モニタの中央に、
仮面の上からも緊迫した事態であることがわかるミスタの顔が映し出された。

「TH弐式もそれ以上接近してはならない!」
「なんで?駅前じゃ人々が次々と倒れているやないのぉ!?」
「現在、EI−03を中心に半径約2キロにわたり、酸素濃度が35パーセントを越している」
「酸素濃度ぉ……?」

 戦闘服に着替え、マルルンとフュージョンを完了しているマルチがミスタの返答にきょとんとし、
智子のほうをみた。
 智子の顔は青ざめていた。

「……なんやて?!それじゃ……!!」
「ねぇ、保科さん。それって酸素が濃い、ってコトですよね。それがどうして……?」
『マルチ。火はどうやって燃えるのか、判る?』

 突然、初音がマルチにアクセスしてきた。

「火、ですか?はい、火は燃えるものが燃えて、」
『そうじゃなくって。(苦笑) 火は、水の中でも燃えるかしら?』
「いいえ。火は点きませんよ」
『なら、真空では?』
「はい、真空では酸素がないから燃えようが――あっ!」
『そうゆうこと。――火は酸素を消費して燃え続ける。いわば、酸素も燃料の一種とも言えるのよ』
「……え……っと、てコトは…………あっ!まさか!?」
「あんたもよーやく判ったみたいね。――そう、現在の現場は、ちょっとした爆発ですら大爆発に
なってしまう巨大な爆薬庫も同然なのよ!」
「――フォロンの計算が出た。現サイズのオゾムパルスブースターが爆発した場合、その破壊力は
高濃度の酸素によって増幅され、――半径12キロ四方がわずか13秒で焦土と化す。これは広島
型原爆の破壊力の82パーセントに相当するものだ」

 重々しく告げるミスタのの言葉に、マルチたちに緊張が走った。

「よりによって……こんな時に……!」
「――保科さん!今直ぐ私が出て、デバイジングクリーナーで戦闘フィールドを形成しましょう!
あれなら被害は全く――」
「……あかんのや」

 歯噛みする智子に、マルチは困惑する。

「今朝がた、この前の戦闘データの分析結果が出てな、その際、あんたの空間湾曲発生装置を制御
するプログラムが動作不安定を起こしているコトがわかったんや。昼間な、うち、ちとワケアリの
長瀬のおっさんに協力して急いで補正作業しとったんやけど、まだ終わっとらんのや。発見が遅す
ぎたなぁ……くそぉっ!!」
「で、では……!?」
「現在の出力MAXはマニュアルデフォ値の54パーセントだが、うちの見立てなら実際は40パ
ーセントも出ん。おそらく、DCを使っても、被害半径ぎりぎりが関の山や。――それとな、プロ
テクト・シェイドにも影響を及ぼしている。優先して補正しておいたが、へたうつと誤作動で作動
せぇへんかもしれん……!」
「そ、そんなぁ……!」
「今回は多少の被害なら仕方ないと思ぉとった。せいぜい1、2キロ四方が焦土と化すぐらいで済
むのなら、ナンボでも始末書書いたろ、と思っとったのに……!」

 智子は怒りにまかせて手前のコンソールパネルを拳で叩いた。

「保科参謀!まずはバキュームで現場の高濃度酸素を出来る限り拡散させ、被害を最小限にくい止
めましょう!」
「レフィ。残念だが、それでは何の解決にもならない」

(Bパート終了:MMM研究部所属、機動整備巡航艇「TH壱式」の映像とスペック表がリストさ
れる。Cパートへ続く)