東鳩王マルマイマー第5話「その名は超龍姫」Aパート 投稿者:ARM


(アヴァンタイトル:エメラルド色のMMMのマークがきらめく。)

 話は、マルチがMMM(スリーエム)基地バリアリーフに訪れる前日に戻る。

 バリアリーフ内最深部にある室内周回サーキットを、一陣の疾風が走り抜けた。
 クルーザーモード(バイク形態)の「アルト」に乗る、紅き疾風――その名は、「レフィ」。

「――どうしたの?!」

 サーキットに設置されたスピーカーから、保科智子の甲高い叱咤が轟いた。
 するとレフィはブレーキをかけてサーキット上に降りて、

「……調子が悪いようです。今日はここまでにしたいのですが」
「調子?」

 管制室にいる智子はいぶかしげにコンソールを睨む。とくに異常を示すアラームは出ていない。

「唯一、異常と思われるものは、コンソールの一番上にある赤と青の棒グラフ、か。――ネットク
ラスのシンパレード(同調率)シミュレーションでは一回で100をカウントしたのに、現実空間
では60もマークしないのはどういうわけ?」

 智子は呆れた口調で訊くが、レフィは何も応えようとしなかった。
 代わって、クルーザーモードがらフィギュアモードにシステムチェンジしたアルトが返答した。

「保科参謀、レフィに多少ストレスを感知します。今日の訓練はどうかこれぐらいに……」

 アルトの言葉に智子はしばし考え込んでいるように沈黙し、軽く頷いてから、わかった、と応じた。


「……レフィ、どうしたのですか?」

 サーキットからさっさと出ていこうとするレフィに、アルトが訊いてみた。

「……別に」

 レフィは振り返りもせず乱暴な口調で応える。
 そんなレフィに、アルトは暫し沈黙する。まるでその理由を知っているかのように。

「……マルチ姉さん、ですか」

 レフィの足が応えるように止まった。

「……関係……ないわよ」
「繕っても無駄ですよ。自分とレフィは本来、同一のAIなのですから」
「――だったら、わかってもいいじゃないの!?」

 振り返らず怒鳴るレフィにアルトは戸惑う。

「……レフィ」
「いくら言っても無駄よ。――ボクはマルチを認めない!」

 ……認めちゃいけないのよ。

 アルトが当惑したまま、サーキットの出口通路を進んでいくレフィを黙って見送ったのは、彼女
のその呟きを聞いた所為なのか。


「……やれやれ」

 智子はホットココアが注がれたマグカップを両手で持ったまま肩を竦めてみせた。

「……こんな調子ぢゃ、実戦では使いモノにならなんなぁ」

 コンソールパネルのディスプレイに表示されている、グラフ化された実験結果データとにらめっ
こしていた長瀬は、苦笑混じりに頷いた。

「ストレスとはよく言ったモノだ。――へっくしっ!」
「あぁん、汚ぁ!(笑)なんや、おっさん風邪かいな?」
「最近、残業続きでな、ろくに寝ていない。マスターアップが完了してもバグ取りを済ませなけれ
ば死んでも死にきれん」
「……なんか物凄ぉ嫌なセリフやなぁ(笑)」
「嫌なセリフなら、他にも校正中の記事差し替えとか、初号試写飛ばし前日ビデオ納入とか、年末
お盆ゴールデンウィーク進行、とかがあるぞ」
「それ以上はやめぇい。(苦笑)それ聞いているとなんか知らんが胃が痛くなってくる。(笑)
しかしまぁ、ロボットがストレスたぁなぁ。そのうちレフィの胃(転換炉)に穴でも開くンか?
――アホ言いな」
「それだけ出来過ぎたAIというわけだ」
「……特別製やから?」

 智子がそう訊くと、長瀬は何故か返答をためらうかのように暫し沈黙し、

「……ああ」

 長瀬のどこか気の抜けたような返事に、智子は舌を出して呆れてみせる。そして、管制室と直結
している研究室の奥にある、ある物体を睨んだ。
 そこにあったものは、長さ三メートルほどの大きなロケットに似た筒だった。

「……超空間振動メガトンツール、開発コードMMM−EH、『イレイザーヘッド』。長さ2メートル、
直径30センチの筒状の氷の塊になるまで縮退圧縮し、位相コーティングを施した6万リットル
の重水素をエネルギー源にして、EH本体内蔵のTHライドを臨界点ぎりぎりまで全力稼働さ
せて局地的に絶対真空の筒状アレスティング・レプリション・フィールドを生じさせ、爆発のよう
な巨大エネルギーを空間ごと大気圏外に放出する最強の防御ツール。今ンところ、この巨大
なパワーを制御できるのは」
「……『超龍姫』、のみ」

 智子の呟きに応えたのは、長瀬ではなかった。
 コンソールパネルに向かったままの長瀬の隣で、今まで沈黙を保っていた、奇妙な白い仮面を付
けた人物であった。ロボコップの顔を想起させる、顔面のほとんどを覆い尽くすそれの左右に走る
ガラスのような透明のラインから外界を伺っているらしい。唯一覗ける口元と物腰、そしてその口
調から、まだ20代ぐらいのように見える。

「攻守のバランスに長けたマルマイマーや、戦略分析・速攻戦に強い『霧風丸』でも、『イレイザ
ーヘッド』をコントロールするのにはあまりにもパワー不足だ」
「かといってなぁ、あの二人がシンメトリカルドッキングせなあかんし……あのままだと、今度オ
ゾムパルスブースターが出てきたら難儀やわ」
「長瀬主査。『Gツール』の開発進度は?」
「これからだよ、ミスタ。そちらも例の『O.P.B.Sプロジェクト』、進んでいないのだろう?」
「メンバーは3名、もう選出済みです。あとは『A.L.アーマー』の実用試験を進めるだけです」
「3名?あの美人2名以外にまだ1人適応者が?」

 長瀬はミスタと呼んだ仮面の男を見る。するとミスタは不敵そうに微笑み、

「……まさか彼女が参戦を表明されるとは思いませんでしたよ」
「……彼女、か」

 軽く頷く長瀬の横顔は、曖昧な第三人称の主が動く事を予想していたかのように、
不敵に口元をつり上げていた。

(OP「東鳩王誕生!」が流れ、「東鳩王マルマイマー」のタイトルが画面に出る。
マ・マ・マ、マ・マ・マ、マル・マイ・マー……♪)
(OP、CMが終了後、Aパート開始)

 その夜の月は、不気味に紅く染まっていた。不浄の月。こんな月の夜は、どこかで誰かが悪いこ
とを考えていると言われている。――――

 神奈川県・横須賀。米軍基地近くに、日米合同による宇宙開発プロジェクトの一環として建設さ
れた宇宙資源開発センターがあった。宇宙空間における新素材の開発に必要な器材を開発・製作し
ているこのセンターでは、現在、ある画期的なシステムの実験が行われている最中だった。
 しかし、正門の警備室に詰める警備員、村井と森安は、いきなり今朝から警戒態勢が強化された
理由がその実験にあるとは思っていなかった。

「……やっぱり、昨夜、小田原であった殺戮事件が原因かね」
「ハグハグ……殺戮事件?なんスか?」

 森安は入社間もない村井の軽い口調にはもう馴れたつもりだったが、職務中に平気で夜食のハン
バーガーを喰っているこの職務態度には閉口していた。いくら大食らいしてもカロリーとして吸収
しにくい特異体質の為、常に高カロリーのものを口にしていないと警備員のようなハードな仕事が
勤まらないという痩身気味の村井の理由は、森安なりに納得しているつもりだった。村井がこの宇
宙資材開発センターの警備に配属されて間もない頃、森安は村井に何故この仕事を選んだのか?
と訊いた事があったが、給料が高いから、という身も蓋もない回答に苦笑したことを憶えている。
これだけエンゲル係数が高いのでは無理もなかろう。

「知らないのも無理もないか。日本に戻って家に下宿しているルポライターの姪が、夜が明ける前
に小田原へ取材でスッとんでいった時に聞いたんだがな、小田原で20人近い死傷者を出した猟奇
事件があったらしい。もっとも、直ぐに報道管制が敷かれて、TVや新聞にはまだ報道されていな
いようだが」
「なんでですか?それだけ凄い事件なのに報道されないなんて?」
「犯人が特別な人物らしい」
「特別?――まさか、このあいだ、佃島のほうであったのと同じ、ロボットの暴走っスか?」
「ロボットの暴走?……あぁ、あれはテロリストの仕業だって話じゃ?」
「ちっちっちっ。ダメだなぁ森安さん、インターネットじゃもう犯人が来栖川製のメイドロボット
だって情報が流れているンスよ!」

 ほくそ笑む村井の仕草が、生意気な姪に良く似ていたので森安は思わず苦笑する。

「……メイドロボット?あんな可愛らしい働き者が、どうして?」

 森安は自宅にいる来栖川ホームエレクトロニクス製メイドロボット、KHEMX−12型「マルチ・
ツー」を思い浮かべていた。妻を早くに失くし、娘と息子の面倒と家事を任せるためにローンを組ん
で買った緑色の髪の機械少女は、初期タイプと違ってオプションで疑似感情回路が装備できる
ようになっており、その人なつっこい暖かい雰囲気が子供たちにも気に入られていた。森安も娘
がもう一人増えたような想いで、もう旧型と化した彼女をとても大切にしていた。

「恐らく、今度の殺戮事件も来栖川製メイドロボットの仕業ですよ!俺はどうも昔からあーゆぅ、
なに考えているのかわからねぇ人形野郎が嫌いでね。なにより、俺より燃費がいい、ってのが気に
入らないんですよ」

 村井得意のブラックジョークだが、森安は少しシャクに障ったようで、そうかい、と苦笑するに
とどめた。
 そんな時、突然、不法侵入者の存在を告げるアラートが警備室内にけたたましく鳴り響き、二人
の顔に緊張が走った。

「――西Aブロックから侵入だと?村井、ガンドーベルを3機先行させろ!」

 森安は不法侵入者の現在位置を示すモニタを睨み付けながら、壁に埋め込まれているスタンショ
ットガンを引き抜いた。発射後、十字に広がって硬化するゴムスタン弾の威力は、過去に動物園か
ら逃亡した2メートルもあるベンガル虎を一発で無傷で気絶させた実績を持つ。人間ならあばら骨
にひびが入る程度で済むが、いずれにせよまともに受けたら即時昏倒は必至である。発砲には
国家試験による免許が必要で、この場では森安だけしか持っていない。
 村井がコンソールの非常ボタンを叩き押して出動させた黒い奇妙な犬は、最近、二人が勤める来
栖川警備保障に導入された、警備犬型のアニマルロボットである。ドーベルマンを象ったそれは、
歯に強力なスタンガンを装備し、噛み付かれたらしばらくのあいだ人事不省に陥る非殺傷無力化装
備として、多くの工場やVIPの護衛用で配備されつつあった。噂では、まるっきり人間そっくり
に造られた警備ロボットも存在するらしいが、今のところ二人はそれを見たことはなく、実用化さ
れた話も聞いていない。
 スタンショットガンを抱える森安と警棒を両手で握りしめる村井は、ガンドーベルの後を追って
現場へ駆けつけた。

「……おいおい、こらぁ……!」

 二人が到着した西Aブロックの壁には、巨大な穴が開いていたのであった。
 そして、先行して現場に到着していた3機のガンドーベルが、みるも無惨に破壊されていた。

「ガンドーベルとの差は1分……わずか1分で3機、こんなふうに潰せるなんて……!?」

 唖然とする森安の横で、村井は地団駄を踏んだ。

「――やっぱ、暴走ロボットの仕業っすよ!くそっ!出てきやがれっ、このでくの坊がっ!!」
「止せ、村井!犯人を刺激しては――」

 動揺を沈めながら若い後輩をしずめようと、森安が振り向いたとき、傍らに居るハズの男が居な
かった。
 否、居た。――始め、そこにいた人物が誰なのか判らなかったのは、その人物の首が消失してい
たからであった。

「む――村井っ!?」

 応えるように朱い奔流を吹き上げ、どっと崩れ落ちた後輩の姿に一瞬怯む森安だったが、直ぐに
気を取り直してスタンショットガンを構えた。それと同時に、森本は自分の装備があまりにも非力
であることに気付き、舌打ちする。
 逃げるべきか、それとも。――戸惑う森安が、何げなく仰いでみると、そこに犯人が居た。
 血のように朱い月を背に壁の上に佇む、右手に狩った村井の首を抱え、左手にバレーボール大の
ボール状の機械を抱える、奇妙な人影。

「…………まさか……メイド……ロボット……?!」

 戦慄(おのの)く森安は、引き金を引くことも忘れ、メイドロボットと暫し見つめ合っていた。
 そのうち、なぜか不思議と森安は自分の心から恐怖心が薄らいで行くのを感じた。
 美しかった。全てを赤く染めた彼女が、とても美しく感じられた。
 そしてなにより、哀しげに見えてならなかった。理由など到底知る由もない。

 やがて、彼女の姿が消えた。魅入られていた森安は彼女がその消失後も、じっとその美の名残の
虚空を見つめていた。
 30分後、異変に気付いた会社の応援部隊が到着したとき、森安は自分がセンター内で唯一の生
き残りであることを知るのであった。
 メイドロボット――後にEI−03と認定呼称される彼女が奪ったボール状の機械は、宇宙資源
開発センターが現在、実験を行っていたある画期的なシステムの中枢装置――鉱物を化学分解して
酸素を抽出する小型酸素発生装置であった。


 MMM(スリーエム)の司令部であるメインオーダールームの整理が完了したのは、もう午後8
時を回った頃だった。
 レフィにいじめられて大泣きしたマルチは、墓穴を掘り続ける一同になんとかなだめられ、昏い
面持ちのままだったがなんとか整理整頓の中心に復帰していた。そのうち、いつものように掃除好
きの明るいマルチに戻ってくれたので、浩之たちはほっと胸をなで下ろした。
 ふう、と近くのスツールに腰を下ろした浩之とあかりは、レミィに煎れてもらったコーヒーを飲んで
一息ついていた。向こうでは、いつの間にか戻ってきた智子が、手にしていた資料を元に初音と
綾香相手になにやら討議していた。

「……やはり、このあいだのプロテクトシェイドの多用がたたったみたい。こちらでしっかり出力
をモニタしていれば……、ごめんね参謀。修復率は?」
「MAX、70%ってところやね。へたうちゃ、ディバイディング・クリーナーにもかなり影響を
及ぼすわぁ。全く、こんな時おっさんへたばりかけてるし、もう、わやや」
「……そうなると、ますます『イレイザーヘッド』の力が……」

 険しい顔をする綾香の視線は、マルチと談笑しているアルトに注がれていた。

「ネットシミュレーションでは問題なかったのに……」
「おっさんとミスタの見解やと、思い当たる要素がひとつ、らしい」

 そういって智子が見たのは、割烹着姿のマルチであった。

「……レフィの、戦士としての、プライド?」
「ちゃうわ、ンな事あらへん。逆にあいつは戦士としてのプライドが高いからこそ、その辺りはち
ゃんとわきまえとる」
「ならなによ、智子?」

 訝る綾香に、すると智子はどこか涼しげに微笑み、

「……あいつの気持ち、何となく……わかるンや」
「「?」」

 きょとんとする初音と綾香を見て、智子はくすくす笑う。

「何よ、智子」
「いやな、レフィのやつな、きっとマルチのコトを――!?」

 和やかな雰囲気を突如打ち破る、非常サイレン。

「――Oh!長官!TH参式のミスタより入電ネ!横浜NE22地区に、強力なオゾムパルス反応
を確認!」

(Aパート終了:MMM諜報部所属「多次元諜報飛空艇・TH参式」の映像とスペック表がリスト
される。)