What’s マルチュウ?:第9話 投稿者:ARM
【承前】
(アヴァンタイトル:エメラルド色のはっぱマークがきらめく。)

 時は、ポケモンワールドリーグ戦が開催される初日から一週間前にさかのぼる。
 無人のクルスガワポケモンジムの前に、一人の少女が立っていた。
 沈黙を守っている少女からは、凄まじい闘気が立ち上っていた。

「……ぶざまね」

 そう呟くと、少女は踵を返して、クルスガワポケモンジムを背にした。


 ついに、第13回ポケモンワールドリーグが始まった。今日は大会初日、総勢64名の参加者が
抽選によって選ばれた対戦相手と勝負し、半数に絞り込まれる。
 我らがマルチュウの試合は、第3試合目に行われる。第1試合、第2試合はさすが各都市で勝ち
抜いてきた猛者ばかり、なかなか勝敗がつかず、朝から始まった大会ももう昼近くになっていた。

「スタジアムが4つに分かれていなかったら、全員の試合が終わらないところだったな」
「ご主人様、私の対戦相手、ってどなたですか?」

 マルチに訊かれて、浩之はポケットの中に無造作につっこんでいた対戦表を取り出して開いた。

「……え、対戦相手のチェックをしなくて大丈夫なのですか?、ってそらまあ、チェックするべき
だろうけど、こっちの手駒はマルチだけだから、いまさらあがいてもどうにもならないしね。……
えーと、ニシダイジトレーニングセンター代表、ってなっていた」

 浩之がそう言った途端、芹香が思いっきり瞠った。

「ど、どうしたの先輩?……え?トレーナーの名前を?えーと、…………来栖川綾香…………な?!」
「ずいぶんと余裕じゃない、あなた方」

 その声は、背後から聞こえてきた。声質は非常に芹香に似ているが、ハッキリとした口調からは
謙虚さがまったく伺えない。浩之たちは慌てて振り返った。

「あ?――綾香?!」
「――え?」

 声の主は、芹香の妹であるあの綾香であった。綾香は驚いた顔をして浩之の顔を見た。

「誰よあんた。どこかで会ったっけ?」
「あ……」

 浩之は今いる世界が、長瀬源五郎が造り出した『クルスガワ・バーチャル・ゲームボーイ』によ
って元いた世界と接続されている別世界であることを思いだした。この世界の綾香とは、面識がな
いハズであった。

「いや、済まない。知り合いにそっくりなモンでな」
「ふーん。その知り合いも、あたしと同じ名前なんだ」

 綾香は不敵そうに微笑んだ。

「それにしても姉さん。うちのジムの代表、この人なワケ?」

 え?と浩之は隣にいる芹香を見た。

「――このあたしを差し置いて、こんなどこの馬の骨とも判らない男を代表に据えるなんて、ヤキ
がまわったわね――」

 綾香がそこまで言った途端、凄まじい殺意が浩之たちに吹きつけられた。

「「な――?!」」
「おかげであたしは、出向先のトレーニングセンターの代表として出ざるを得なくなった。それは
別にどうでもよかったんだけどね。ふふっ、でも丁度よかったわ、この際、トレーナーとしての腕、
はっきりさせようじゃない。――次の試合でね!!」

 ザシャァァァァァァ!!突然、浩之たちのバック風景が黒ベタに変わり、稲光が走った。

「……いいだろう。但し、先輩の代わりに俺が相手だけどな!!」

 浩之の心は躍っていた。昔読んだ熱血スポコン漫画のノリにすっかり酔っていた。

「な、なんか、いつもと雰囲気か違います……(汗)」

 ホンワカ慣れしたマルチには、少しついていけない展開であった。


「それではこれより、第3試合!クルスガワポケモンジム・バーサス・ニシダイジポケモントレー
ニングセンターの対戦を始めます!両者、スタジアム入場!!」

 ついにマルチたちの対戦が始まった。スタジアムの観客席は満員。今までの野試合とはワケが違
う。浩之と一緒に入場するマルチは緊張のあまり左右の腕と足を一緒に出してしまい、観客の笑いを誘った。

「掴みはオッケーってか。――ところでな、マルチ」
「?何ですか?」
「俺は前々から気になっているコトがある」
「?」
「お前のその姿だ」
「このピカチュウ仕様、ですか?」
「ああ。お前のその姿を、誰も違和感無く、ポケモンと認識している」
「……はい。元の世界では、誰もとてもピカチュウとは思わないでしょう。せいぜい、ピカチュウ
のコスプレ程度だと」

 浩之は溜息を吐いた。

「……それがこの世界では、誰も違和感を抱かない。まるで当然のように、だ」

 マルチは浩之が言わんとしているコトが、何となく判ってきた。

「……まさか、――?」

 マルチの言葉を遮ったのは、反対側から現れてきた綾香の登場に湧く観客の喝采であった。

 綾香は不敵な笑みを浮かべて、浩之たちに手にしているポケモンボールを突き出した。

「――ふふっ。いいわね、いくわよ!」

 言うが早いか、綾香はポケモンボールを投げた。最頂点をついたそれが光り輝き、中から現れた
綾香のポケモンが舞い降りてきた。

「「……やっぱり」」

 唖然とする浩之とマルチの前に現れた、綾香のポケモン。

「いきます!!」

 気合いを口にしたそれは、浩之が通う高校の女生徒用制服を着た、松原葵であった。

「「ガビーン」」

 浩之とマルチはあんぐりと口を開ける。予測していた可能性とはいえ、かなりショックであった。

「ご、ご主人様ぁぁぁぁ〜〜っ!なんか、いやーんな事態、って気がしますぅぅぅぅ!!」
「まてまてまて、お、おれだって、心の整理をつけている最中なんだ……!」

 動揺する二人を余所に、芹香だけが葵をじっと見つめていた。

「……え?あれは格闘ポケモン、アオイ?ピカチュウでもなんとかなるから安心して、だって?い、
いや、べつにそう言う意味でビビっているワケじゃないんだけど(^_^;」
「ど、どうしましょおおおおっ!わたし、葵さんと闘いたくありません…………!」
「うーむ……。いや、あれは葵ちゃんの形りをしたポケモンだからなぁ……って、え?もう迷って
いる場合じゃない?」

 みぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。闘いの開始を告げるブザーが遂に鳴ってしまったのだ。

「どーしましょぉぉぉぉぉぉぉ!!!???」
「え〜〜〜〜〜〜い!もう、どうとでもなれ!いいなマルチ、出来るだけ音便に、出来る限りあの
娘を傷つけないように決着をつけろ!」
「ふわぁぁぁぁい……。わたしも夢見の悪くなるようなコトだけは避けたいです……」

「――――ファィト!!」

 ジャッジの掛け声とともに、マルチと葵がスタジアムの中央へ飛び出した。

「……こ、こうなったら、スタンガンで気絶させるしかなそうです――へっ?」

 思わず瞠るマルチが目視したものは、突然膝をつき、地面目がけて右拳を叩き付けようとしてい
る葵であった。
 何となくどこかで見たような光景とマルチが思った刹那――

「パワーウェェェェェェェェェェェェェヴッッ!!」

 葵の拳が叩き付けられた地面から突然光が吹き上がり、地上を走る衝撃波となってマルチに襲い
かかった。突然のことにマルチは避けきれず、衝撃波の直撃を受けて吹き飛んでしまう。

「――――」

 浩之は唖然となる。

「……待てよ、おい。形意拳ならまだしも、あれは餓○伝説のテリー某が使う……」

 浩之がそう呟いた瞬間、

「ばぁぁぁぁぁんなっこぅぅぅぅぅぅ!!」

 今度は、葵の拳が光り輝き、まだ宙に飛んでいたマルチの背中にあの気光拳を叩き付けたのであ
る。その衝撃は凄まじく、マルチは葵の拳が突き出したベクトルの先にある壁に激突した。

「…………おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいお
いおいおいおいおいおいおいおいおいおいおおいおいおいおおいおいおいおいおいおいおいおいお
いおいおいおいおいお〜〜〜〜〜〜〜〜〜い(瀧汗)まてまてまてまて、こ、こんなのありかぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁ?」

 愕然となる浩之の脳裏に、あの長瀬源五郎の不敵なツラが浮かんだ。

(ふむふむふむ、解説しよう)
「……ちょっと待て。おっさん、俺の回想じゃないのか?」
(ゴタゴタ言わないの。つまりだ、この世界はポケモンの世界が現実になっているだけでなく、ど
うやらビデオゲームの設定も現実化している世界でもあったようだ)
「そ、そんな無茶な……(汗)」
(しかし、安心したまえ)

 そう言って、回想の長瀬が指したものは、むくりと起き上がったマルチであった。

「あーん、酷い目にあったですぅぅぅぅぅ…………(泣)」
「あ」
(伊達にマルチはロボットじゃないんだよ。それぢゃ!)

 そういって、回想の長瀬は勝手に消え去った。

「……精神的ショックに弱いのは判っていたが、物理的なダメージには強いのか、あやつ(汗)お
ーい、マルチ、大丈夫か?」
「な、なんとか大丈夫ですぅぅぅぅぅぅぅ」

 遠目で見てもマルチに物理的ダメージが無いコトがわかり、浩之はほっとする。
 逆に、慄然としていたのは、葵と綾香であった。

「う、うっそぉぉぉぉぉっ!今の連続攻撃でまったくダメージを受けていないなんて……!」
「あ、綾香さん!ど、どうしましょ!?」

 ぴょんぴょん飛び跳ねて不安がる葵が、綾香に指示を仰ぐ。

「あんなにタフじゃ、通常攻撃も訊かないわね。よーし。こうなったら、あのピカチュウが飛び込
んだ瞬間を狙って、超必殺技、行きなさい!!」
「はい!」

 元気よく応えた葵は、マルチのほうへ振り向き、四方に構えてマルチがやってくるのを待った。

「おっと、待ちできたか」
「ご主人様ぁ、どうします?」
「構わない。つっこめ。お前の打たれ強さなら、恐らく使ってくるだろうあの切り札にも耐えられ
るハズ。硬直状態になったらスタンガンで痺れさせな」
「は、はい!」

 マルチは頷いたものの、それでも、浩之と時々遊んでいたあの格闘ゲームの主人公が使用する超
必殺技の威力に少しビビっていた。最悪、三連続で来る可能性だってあるのだ。

「よーし、こうなったら……」

 マルチは葵めざして駆け出した。葵はマルチが飛び込んできた瞬間を狙い、切り札を仕掛けよう
とタイミングを待っていた。

 タッタッタッタッ!マルチと葵との差があと3メートルにまで詰まる。葵は1メートルにまで迫
ってきたところで、超必殺技を仕掛ける気でいた。
 それを挫いたのは、突然マルチが蹴つまづいて床にべたん!と倒れたからである。必殺のタイミ
ングを計って緊張していた葵は、この光景をみて気が抜けてしまった。

「――今です!」

 マルチはその隙を狙い、尻尾を葵の左足に巻き付けた。つまづいたように見せかけて、マルチは
ヘッドスライディングを仕掛けて自分の間合いを詰めていたのだ。

「しまった――――」
「漏電、しまぁ〜〜〜〜すっ!」

 びりびりびりびりびりびりびりびりびりびりびりびりびりびりびりびりびりびりびりびりびり。
マルチの電撃が葵の全身に行き渡る。葵の身体は、白抜きの輪郭に黒いドクロという、昔の漫画の
手法で電撃に痺れていた。
 マルチのスタンガン攻撃が収まると、葵はアフロヘアになって黒い煙を吐き、ばたり、とその場
に倒れ込んだ。

「へっへっへっ。一丁あがり」
「ば、ばかな……アオイが…………敗れるなんて…………」
「どうする、綾香?俺としてはこれ以上葵ちゃんを酷い目に遭わせたくないんだが……」
「――何を言う!まだ負けたとは言っていないでしょう!アオイ、戻ってきなさい!」

 綾香は懐からポケモンボールを取りだし、葵を回収した。

「そんなに頑強なヤツとは思わなかったけどね、次はそうは行かないわよ!」
「「次??」」

 綾香は新たなポケモンを繰り出した。
 新たに出現したポケモンに、マルチは戦慄した。

「……せ、セリオさん?!」

 来栖川電工製メイドロボ試作品、HMX−13「セリオ」。綾香が新たに繰り出したポケモンであった。

「こ、これは…………!?え?あれは綾香の持つ最強のポケモンだって?しかもマルチュウと同じ
電撃系…………ライチュウ、いや、メカタイプのライチュウ、その名もセリチュウ?!」

 ビシャァッ!!またもバックに稲光が。エレキングのコスプレと見紛うほどのその姿は、紛れも
なくライチュウをモチーフにしたものであった。しかしセリオをメカ呼ばわりするのもアレである。

「うう……電撃系対電撃系…………しまった、電撃系とは初めて闘うぞ。……え?コレはまずい、
って?同じ電撃系とはいえ、能力的にはセリチュウのほうが上だって?そ、それは判っているんだ
けど…………なんか、それ以前にやっかいな気がするんだけど」
「セリチュウ!バトルモード!」

 綾香の命令に、セリオもといセリチュウは頷いた。

「プログラム、バトルモードセットアップ開始。米国国防省より戦闘データをロードします………
………ロード完了」

 きゅぴぃぃぃぃん!!セリチュウの目が光った。

「ファランクスカバー・オープン」

 言うが早いか、セリチュウの四肢が突然開き、中から無数のミサイルが顔を出した。

「セリチュウ・オールレンジショットカノン、発射!」

 綾香の命令が飛ぶと同時に、セリチュウの内蔵ミサイルが一斉に火を噴き、発射される。

「「な――――――――」」

 仰天するマルチ目がけて、ミサイルの雨が降り注ぐ。凄まじい爆発がマルチの身体を飲み込み、
その爆風が観客たちを驚かせた。

「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁっっっっ!?ど、どこが電撃系なの、先輩!!?……って、へ?電
気仕掛けで動くから電気系……?まぁ……そう言われてしまうとマルチも同じなんだが……って、
マ、マルチ!?」

                    第10話 へ つづく