今月の読ませましょう・ToHeart版「いいひと。」 投稿者:ARM
※「これまで」
 海葉高校二年生の、藤田浩之のモットーは「そのうちなんとかなるだろう」ということ。彼はな
ぜか関わった人々を浩之流に感化していく。神戸から転校してきた保科智子は、そんな浩之への気
持ちを抑えられず、北海道へ一人旅に出た。が、偶然、クマ狩り(笑)に来ていた浩之の恋人・神岸
あかりと再会した智子。一緒に温泉へいくハメに!?


「……藤田クンと……したことある……?」

 一緒に入った露天風呂の中で、智子からいきなりとんでもない質問が飛び出た。あかりはあまり
のことにどう応えて良いモノか戸惑い、赤面するばかりであった。

 ドキドキドキ……

「あ、あの……」

 ドキドキドキ……

「……え?……う、うち…………ご……ごめん、神岸さん。う、うち、何ゆうてはるのか。(汗)」

 やっと我に返る智子。酔った勢いでとんでもない質問を口走ってしまったコトにようやく気づく
と、智子は狼狽して顔を横にぶんぶん振り乱した。

「いややわ、うち、けったいなコト訊いてもうた……まだ酔ってるみたいやわ。ごめんなぁ、神き
……ぎょっ!?」

 詫びながらあかりの顔を見た智子は、真っ赤にのぼせ上がり、やがてばったりと卒倒しようとしていた
あかりであった。

「あ、あかりさん!?」


 すっかりのぼせてダウンしたあかりを、智子は温泉の従業員の協力でなんとか自室まで連れ戻し
た。のぼせたときは安静が第一。智子は、あかりを浴衣に着替えさせ布団に寝かせたあと、まだ顔
の火照っているその顔を、すまなそうにウチワで扇いでいた。

「――ごめんなさい、保科さん」
「いいえ、悪いのはうちや。神岸さん、お酒飲めないのに飲ませたり(注:飲酒は二十歳になって
から(笑))、露天風呂に無理矢理連れてったり…………その上、あんな恥ずいコト…………」
「……ううん、それより……」
「え?」
「せっかく保科さん、ゆっくり休むために、北海道まで来たのに……」

 智子は、はっ、となる。

「こんな無神経で……足手まといで……お風呂でのぼせて、ひっくり返っちゃうよーな女がついて
きちゃって……」

 違うのよ。違うのよ、あかりさん。智子は次第に沈痛な面もちになっていった。

「せっかく、のんびりと過ごす時間をだいなしにしちゃって…………ごめんなさい……ごめんなさい……」
「……うち…………あかりさんに、嘘、吐いとりました」
「……え?」
「……海葉高校に転校して来てからのこと……。――うち、よう笑うようになったの……」

 智子は溜息を吐いた。

「神戸にいた頃はホントお転婆で、幼なじみの友達と一緒に遊び回って、ホンマ楽しかった……。
……でも両親が離婚しておかん(母さん)について行ってから、神戸にいる友達の元へ帰りたい一
心で、東京で友達も作らず、殻に閉じこもって一心不乱に勉強してたけど…………結局、気の合っ
ていた神戸の友達同士がデキてもぅて、うちの居場所がどこにも無ぅなってもうたんや…………」

 熱でまだ視界がぼんやりとしているあかりだったが、智子が涙ぐんでいるコトは判っていた。

「……八方ふさがり……頼りたいモノにも裏切られ……けど、頼りたいモノは全部自分の意志で拒
絶したんや…………それでも後悔はしてへん……。うちが心を鬼にせなんだら……いつか東京を去
るつもりでいたんやし……その為に誰も辛い目にあわせとうなかったんや…………これは誓ってホ
ンマや……」

 智子が瞼を閉じると、隙間から哀しい色の雫がこぼれ、頬を伝い落ちた。

「でもいつの間にか…………また…よぅ笑うようになってもうた……」
「……あ」
「……ひどい女……薄情な女……たとえ行き場が無くなっても……神戸の友達はうちのこと暖かく
迎えてくれるのになぁ…………ホンマ、うち……神戸の生活を少しずつ忘れて始めていたんや……
友達と出会った神戸の学校。友達と遊びに行った神戸の街。沢山の風景。沢山の楽しかったこと。
――そして、哀しかったこと。少しずつ、少しずつ……月が雲に隠れていくよぉに……」

 不意に、あかりの朦朧とする脳裏に、孤立している智子を陰ながらに見守っている浩之の姿が過
ぎった。

(……そうか……保科さん……きっと……)
「うちは……うちは、怖い。神戸に住んでいた頃の大切な想い出が無ぅなってゆくコトが…………
うぅん……それよりきっと……うちが……まるで生きるために足らんモンを充たすよぉに……。う
ちを慰めるように……。…………浩之……いえ、藤田クンにすがる…………。そんな得体の知れな
い……情けのぅ生きもンなんやってコトが……」
「……智子……」

 あかりに自分を名前で呼ばれたコトに、智子は、ドキっとなる。きっと自分のこの告白に憤りを
覚えてしまったのだろうと智子は思った。
 だが、あかりの口調は、智子が考えていたものとは少し違っていた。

「……気持ち……」
「え?」
「……気持ち……よかったよ……」

 穏やかな口調であった。まるで幸せな想い出を語るような。
 のぼ逆上せているあかりは微笑んでいた。

「浩之ちゃん……と…………た……時」

 そう言ってあかりは、掛布団を口元まで引き寄せた。照れているのである。
 智子は、泣いていた。理解しがたい涙が、ぼろぼろとこぼれていた。

「……あ……」
「……智子は…………憶えている?…………浩之ちゃんと…………」

 智子の心の中が真っ白になった。もう、何も偽る気にはなれなかった。

「……うん。……気持ち……よかった。……憶えとる……憶えとるわ」

 嬉しかった。ただ、嬉しかった。泣いている自分がとても嬉しかった。

「……よかっ……た……」

 あかりは、ほっ、としたような顔をすると、そのまま寝入ってしまった。
 智子はあかりの顔を扇ぎ続けながら、部屋の窓から見える夜空の月を見上げた。
 とても静かな夜空であった。


「あ――っ、えぇ天気やわ」
「絶好のクマ狩り日和ね」
「……なんや、そのクマ狩りっつーのわ(^_^;」
「いや、別にライフルで狩るんじゃなくって、クマグッズを買い漁るのにいい天気だって……あ
ー!あれあれ!ほら、覚えていない?修学旅行で来たお土産屋さんよ!」

 あかりは「熊や」と書かれた看板の土産物屋を指してはしゃいだ。

「え?だって来たのって、ここやないでしょ?」
「え?」
「うーん、なんやお土産屋のチェーン店?(笑)道産子は無茶しよるのぅ」
「あ、本当……(汗)」
「……不思議よね……」
「?」
「大切なコトはどんどん忘れていくのに、こないなつまらンコトばかり憶えとる……」
「……」

 智子はそう言うと、どこか悔しそうな顔で俯いた。
 あかりはそんな智子をじっと見つめると、ふっ、と微笑み、土産屋の店頭に並んでいた、なにか
この世ならぬモノを凝視しているようなアルカイックな瞳を持つクマのぬいぐるみを抱き上げた。

「クマさん。私の大好きな友達の智子には、今、きっと好きな人がいます」
「な……?!」

 いきなり突拍子もない行動に走ったあかりに、智子は思わず狼狽える。

「か、神岸さん、何を……?まだ、のぼせてとるンか、あんた(汗)」
「ふふっ、クマさんには判らなかったでしょ」
「だ、誰がわかるんかい(苦笑)」
「……寂しがりやで、しっかりしようとすればする程、自分を責めて……」

 周囲の目を気にして、顔から火が出るような思いでいた智子は、そこでようやくあかりが何を言
っているのか判り、思わず、はっ、となる。

「傷つきやすくて……泣き虫で………………そして、女だから」
「――――」
「その上、智子はちょっと惚れっぽいのよね。人を好きになるのが、きっと好きなんだね」
「……神岸さん……あの……」
「智子は今日も元気だって、神戸の友達に届くと良いな」
「!」

 瞠る智子の瞳の中で、微笑んでいたあかりの顔が翳った。

「……人にとって一番辛いのはきっと……大好きな人が、自分のために何かを諦めること」
「……」
「わたしは、ひろゆきちゃんが何かを諦めるほうが、わたしが何かを諦めるよりずっと辛い。まし
てや、わたしのために夢を諦めた人とはきっと…………辛くって…………一緒になんか暮らしてい
けない……。だからわたしは、寂しくっても辛くっても、浩之ちゃんの後ろを黙ってついていくの」

 そこまでいうと、あかりはクマのぬいぐるみを青空にかざした。

「……神戸の友達……今までちょっと辛かったんじゃないのかしら?笑うのが大好きな智子が泣い
ていて、人を好きになるのが大好きな智子が自分を責めて…………」

 ぬいぐるみクマの影が落ちているあかりの顔が、華が咲いたように、くすっ、と笑った。

「でも、安心して。智子、笑えるようになったって。――好きな人が出来たって」
「あかり…………!」
「もう、神戸の想い出を、辛いカセにしなくていんだよ」

 にこりと微笑むあかりの背で、智子は嬉しそうに泣いていた。

「――でもね……でも……」

 あかりはその智子の呟きに気づき振り返った。

「うちは……ひどい女や。……うち、忘れてきとんのや、みんなと一緒にいた頃を。あんなに楽し
かったのに。あんなに辛かったのに。みんなと出会ったあの桜の木の下の風景も……桜の花が散る
ように、少しずつ……少しずつ……」
「……智子」

 智子は、微笑んでいた。

「……でもな、安心してぇなぁ、みんな」
「……」
「……憶えてとるからな。たとえ時間が楽しい想い出をすべて忘れさせたって、たとえ心がすべて
忘れたって…………みんなと心を通わせて一緒に笑っとった時は絶対忘れない…」

 あかりは涙ぐみながら微笑む智子を嬉しそうに見つめていた。

「………だって……な。うちらは女やから」

 あかりも涙ぐみながら頷いた。

「……女っちゅう生き物は、大好きな人と一緒にいた……気持ちいい瞬間を……憶えているよう出
来とるんやからな。――そう、それだけは、なんて幸福な記憶を持つ――」

               了

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 えー、こん○○は、腕原種(笑)ことARMです。元ネタは、つい先日でた「週刊ビッグコミック
スピリッツ」98.3.23号の高橋しん先生の「いいひと。」っす。扉ページ見た途端、真理子
=智子、妙子=あかりという妙な図式が頭の中で完成し、マママ9話&正調幻相奇譚書いているつ
いでに、即興で作成(笑)まさか2時間弱で描き上げるとは(笑)二人を当てはめると若干無理な設定
もあったのだが、そこは力技でねじ伏せてみました。(笑)元ネタのラストは「めぞん一刻」のあの
名シーンとつい比較しちゃいそうになりがちですが、ヲレ的には共に甲乙つけがたい。それにして
も浩之、おのれいつの間に二人とも喰っちゃったんだ?(爆)

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