東鳩王マルマイマー:第4話「碧と紅」Aパート 投稿者:ARM


(アヴァンタイトル:エメラルド色のMMMのマークがきらめく。)

 降りしきる、雨。
 それは涙雨か。
 泥の中から雨空を掴もうと延びる右腕を、雨は激しく打つ。
 人の腕ではない。豪雨によってだいぶ洗い流された地面の下からむき出しになった
顔は、とても綺麗だが生気のない、人形――メイドロボットであった。
 額。胸。腹部。3つの丸く黒く穿かれた痕。。
 そしてメイドロボットに下敷きになるように眠る、半ば白骨化した遺体――服装から
女性と思われるそれの眉間にも弾痕がひとつ、穿っていた。
 ここは丹沢山中。登山ルートからだいぶ離れた場所である。二人が見つかるまでに
はまだかなりの時間が必要だろう。埋めた人物の狙い通りであった。

(URYYYYYYYY!)

 いつからあの外套の主はその場に佇んでいたのであろうか。降りしきる雨さえ、
その外套に当たっている気配さえない。あらゆるものからその存在を無視されているのか。

(こころなきものよ…………?)

 不意に外套の主は、まるでその場に居合わせていたかのような、リアルな幻視を覚えた。

 美しく優しい女性は、目が見えないという生来のハンデを背負っていた。
資産家の一人娘として生まれたのは僥倖であった。
彼女には目の不自由さを補うサポートがあたえられた。
 最初は盲導犬。賢しく優しいオスのシェパード犬であった。彼の寿命が尽きた時、
少女は半身を失くしたかのように深い哀しみにくれていた。
同時期に母親も病気で亡くしていた事もあって、その哀しみは計り知れないものであった。
 少女の新たな半身は、来栖川製のメイドロボットであった。
形式ナンバーKHEMM04、『セリオ・ツー』。セリオシリーズの第2弾である。
来栖川ホームエレクトロニクスが医療福祉市場向けに開発した身体障害者用サポートロボットで、
少女に与えられた機体は市販機を特別に調整した専用カスタム機であった。
 少女は半身を得ると同時に、妹を得たような気分だった。組み込まれた教育型AIは、
のんびりとした性分の少女には既製のプログラミングで行動するメイドロボットより
つき合いやすかった。
 立ち直った少女にやがて華が咲いていく。美しき女性へ変わっていっても、
彼女の半身は掛け替えのないもう一人の自分であった。
 女性は運命の出会いを遂げた。
 青年。笑顔の優しい青年。
 だが、女性は知らなかった。彼女の父親が事故死し、その結果父親が経営していた会社は倒産し、
女性には半身しか残されなかった時、彼が裏切ることを。
青年が愛したものは、彼女の家の資産であった。
 女性に残された最後の希望。それは、彼女の中に芽生えた新たな生命。
 しかし青年はそれを拒絶する。事実を知ったとき、青年は鉛色の破滅を女性に与えた。
パン。彼はまさに女性の運命を握った者であった。
 パン。パン、パン。3発は、女性をかばったメイドロボットに与えられた。
 青年は二人を山中に埋めた。新たな食い物を手にしている彼は、その権力を使い、全てを清算した。
とても汚らわしい、清算。

 にくい。

(その想いが、力つきたハズのその身で天を狙い、我を呼んだか)

 にくい。

(……こころなきものよ)

にくい。にくい。にくい。にくい、にくい、にくいにくいにくいにくいにくいにくい
にくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにく
いにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいに
くいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくい―――――――――憎悪。

(……否。こころ怒れしものよ……汝に我が力、授けようぞ……URRYYYYYYYYYY!)

 ガパッ!全身を覆い被さっていた汚泥が周囲に吹き飛び、不幸な女性の半身は身を起こした。
 どくぅんっ!再起動。エネルギーを抜かれたはずの内蔵THライドは血の色のように
真っ赤に燃えていた。臨界点突破、暴走。
 その目に宿るは、黄昏よりも昏い光。
 全てを破壊せずにはいられない。怒りの色。

「にんげん――みなゴロしィっ!!」

 後に『EI−03』と認定・呼称されるこの暴走メイドロボットの呪詛の咆吼は、
マルマイマーたちにとって生涯忘れることの出来ない悲劇の幕開けを告げるものであった。

(OP「東鳩王誕生!」が流れ、「東鳩王マルマイマー」のタイトルが画面に出る。)

「……あれから、8年、ですか」

 心地よい日差しが指す窓辺に置かれた安楽椅子に背もたれする、スーツ姿の風格のある老人は、
悲しげな口調でそう言った。

「……ご実家のほうは?」
「いまは、伯父様が会長職も兼務していただいております。
あの方なら安心して鶴来屋をお任せできます」

 老人の質問に、日なたのような声が応えた。

「……それに、わたしでなければ、姉――いえ、あの娘(こ)の力になれませんから……」

 継いだ言葉には、日なたが黄昏に染め変えされたようなそんな哀愁があった。

「……これも、宿命……ですかな?」
「はい」

 凛然とした、頑なな覚悟が伺える短い返答だった。
 老人は、ふぅ、と溜息を吐き、

「……初音さん、貴女のお爺様には大変お世話になりました。孫の綾香はきっと貴女の力になれるはず。
来栖川グループの総力を上げてのバックアップをお約束しましょう」
「ありがとうございます」

 初音は、隠居した来栖川グループの前会長に恭しく頭を垂れた。

 マルチが来栖川邸を訪れたのは、これで3度になる。
 1度目は綾香の成人祝いパーティに招待された浩之とあかりについていった時。
 2度目は長瀬主査に頼まれて同行した時以来である。
漫画の世界にしか登場しないと思われていた、とても都内にあるとは思えぬ大豪邸に、
しかしマルチはまるで見慣れたかのようなひょうひょうさで驚くこともなく、
これといった印象は特に抱いていなかった。
特に2度目は、とある事情で来栖川邸に集まった長瀬主査の一族とのちょっとしたドタバタ劇があり、
マルチにはそちらのほうが印象深かった。
 それでも行きつけぬ他人の門の前では、マルチも流石に少しばかり緊張していた。

「……ふぅ。この家、訪れ辛いんですよねぇ。なにせ、『あの人』がいらっしゃるから――!?」
「喝ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!」

 災難が声とともにマルチの頭上へ降ってきたのはそんな時であった。
振り下ろされたハリセンをマルチはよけきれず、そのまま地面にうつ伏せに倒れてしまった。

「何だ何だ何だ!?あの『怪タンク』を倒した勇者が、こうも簡単に倒されるとは、
はぁ、嘆かわしいぃぃぃぃぃっっっっっっっっっっっっっっ!!!」
「……ひーん、セバスチャンさん、いきなりなにするんですかぁ?」

 叩かれた頭をさすり半ベソをかくマルチは、現来栖川グループの会長を務める来栖川芹香に仕える執事、
長瀬老の不意の狼藉を非難する。ロボットを「タンク」と呼ぶあたり、
子供の頃は杉浦茂の漫画を読んで育った戦前・戦中派らしい発言である。
それにしても、もうじき米寿だというのにこの筋骨隆々とした体格は、その難のある性格と同様、
常識を欠如しているようである。

「泣くでない、勇者よ!これしきのことで泣き言をゆうようでは、メイドロボットの、
ひいては人類の未来を守り通すことは出来ぬぞ!ええぃ、その軟弱な性根を鍛え直してくれようぞ!」
「マスター、それぐらいで勘弁して上げて下さい」

 長瀬老の背後から苦笑混じりの助け船を出したのは、
ブルー系のカラーリングボディを持つ戦闘用ロボット、アルトであった。

「あ、アルトくん!――?あ、おしゃれですねぇ!」

 半べそをかいていたマルチの顔に笑顔を取り戻させたものが、
バイクに変形する戦闘ロボットのアルトが、上半身だけだがフォーマルのジャケットを
着ていたからである。マルチだからこそ素直に感心するのだが、
どう贔屓目にみても違和感ばかりは拭えまい。
アルトはとうに自分の不格好さに気づいていたらしく、肩を竦めてみせた。

「なんだね、ギャリソン!」
「ぎゃ……ぎゃりそん?」

 その名に思わずマルチが目を丸めると、アルトは頬を指先で掻きながら、

「芹香様がおつけになられた『愛のニックネーム』だ、そうです」
「不服なのか、ギャリソン!?言いたいことがあるなら、上司であるワシに言わぬか?」
「いえ、そうでは……」

 どうやらアルトは不断、セバスチャンの下で働く執事ロボットらしい
。さぞや扱いづらい上司であろう。マルチは心の中でアルトの境遇を哀れんで泣いた。

「ところで何故お前がここに来たのだ?」  ・・
「あ――そうでした、綾香様からマルチ姉さんたちをご案内するよう仰せつかっておりました」
「おう、綾香お嬢様のご用か。ならばいたしかたあるまい、
勇者よ、闘い方のレクチャーは今度の機会にしようぞ、わはははははははははははははは〜〜〜〜〜!」

 セバスチャンは高笑いしながら屋敷の中へ入っていった。
 姿が見えなくなるのを認めてから、マルチは、はぁ、と深い安堵の溜息を吐いた。

「相変わらず変なひとですぅ……。アルトくん、いつも酷い目に遭っていない?
大丈夫?仕事、辛くない?」

 とても働き者のメイドロボットであるマルチが、
アイディンティティを否定するような発言を口にするとは。相当あの執事が苦手らしい。

「乱暴な面もありますが、豪放磊落(ごうほうらいらく)な方です。根本的に善人なのですよ。
――現に、『彼』はなにもしなかったでしよう?」

 そういってアルトが指したものは、マルチの足許にべったりとしがみついていた
クマのぬいぐるみ型ロボット、マルルンであった。

「マルルンは姉さんのボディガードですが、姉さんに対する悪意が無い者へは決して行動しません。
不器用なマスターなりの親愛表現だと判って下さい」

 いわれて、マルチは足下のマルルンをみる。
 マルルンは相変わらず無表情のままであった。マルチに視線に気づいたらしく、
ひょい、と顔を上げてみせた。
あかりがみたら思わず飛びついて抱きしめたくなる仕草である。マルチは憮然とするほかなかった。

「さて、綾香様――MMM長官がお待ちしております。行きましょう」

 アルトに連れられて来栖川邸に入ったマルチとマルルンは、本邸ではなく離れに案内された。
離れとはいえ、流石は来栖川邸内の建築物、一戸建て高級住宅と見紛うものであった。
 やがてマルチたちがシャッターの降りたガレージのような入り口の前に立つと、
ひとりでにシャッターが開き始めた。
 その中は、まるで駅の改札口のようなゲートがあった。そこが本当に駅であったコトが判るのは、
奥に流線型のモノレールが在ったからである。ここから天王洲の先に作られた人工島上に建てられた、
来栖川電工の本社ビル地下に設置されたMMM本部へ直行できるようになっている。

「ところで、どうしてMMM本部がある階数が『M階』なの?」

 マルチはほとんど貸し切り状態の車内でシートに揺られながら質問する。

「ああ、その理由は――これです」

 アルトが答えるのど同時に、今まで真っ暗闇に包まれていたモノレールの外が一転し、
蒼色に変わる。

「ここは――海の中?」
「モノレールが走っている海中レールは量子強化結合を施した超超硬アクリル製のパイプに
守られていますから押し潰される心配はありません。
――MMM本部があるM階とは、『海中(マリーナ)階』という意味なんです。あれを見て下さい」

 アルトが指した、モノレールの終点と思しき先には、海面を覆い尽くす人工物を海底から支えている
巨大な柱のような建築物があった。

「通常の埋め立て方式で生じる海洋汚染を改善すべく、来栖川建設グループが開発した人工島
『クルスアイランド・ファースト』の土台柱、『MMMベイタワー』。
あの最深部にMMMの中枢ともいうべき司令基地、『MMMバリアリーフ』があります」

 モノレールがベイタワーに近づくにつれ、アルトがいうバリアリーフ基地の全容が明らかになる。
その形はイチジクの葉を想起させる形状をしており、柱から水平に突起する4本の建造ブロックは
息吹のように明滅を繰り返していた。
マルチたちが乗るモノレールはそのうち一番手前の建造ブロックに吸い込まれていった。
 深き碧に染まるアルトの青色が室内光を受けて白く晴れる。戦闘用に開発された特殊合金綱に
耐熱耐光学兵器の体表コーティングを施し、光を受けてきらめく青色のボディは、
まるで宝石のようであった。
 こんな綺麗なボディを持つロボットが自分の弟というのが、未だにマルチにはピンとこないでいた。
無論、メイドロボットの弟が戦闘用ロボットというのもかなり無理もある。
 大体、その容貌からしてマルチとは全くかけ離れている。真っ先に上げられるのがこの顔であろう。
人間やマルチのような目鼻立ちは全くない。中世の西洋兜を想起する頭部の中央にぽかっと穿かれた
長四角の穴はマルチセンサーで、ここから周囲を見渡している。口に当たる部位は変形して
必殺兵器「速射破壊砲」になる。頭部には、クルーザー(バイク)モードでのハンドルがツノのように
突き出している。
この顔で、セバスチャンの許で執事を勤めているというのもかなり無理があるような気がする。
戦闘性能自体から見ても、これ以上危険な適役な上司は居まい。
「この世でもっとも危険な執事コンビ」と言う言葉が、自然に思い浮かんでしまうくらいである。
しかしある意味、来栖川家の器量の大きさが伺える良い証拠でもあるが。
 マルチはしげしげとアルトを見つめているうち、やがてあるコトを思い出した。

「ねぇ、アルトくん。長瀬主査から教えてもらったのですが、確かあなたにはもう一人兄妹が……
えーと、『レフィ』さんでしたっけ?」
「はい。もう基地で待機しています。それがなにか?」

 アルトがそう答えると、マルチは神妙な面持ちで暫し沈黙し、ややあって、

「……いえ、いいの」

 女性型AIを搭載しているメイドロボットと聞いていたマルチだったが、
その姿がピンクハウスのドレスをまとった厚化粧のアルトをどうしても想像してしまうのである。
ともかく会えば全て判ることなのだが、今のマルチは期待と一種の恐怖が混ざり合う複雑な心境に
あった。

「到着しました。――あ、初音さんですよ」

 いわれて、マルチはプラットホームに佇む一人の美女を見つけた。
彼女とは先のEI−02との闘いの最中、電脳レベルでアクセスしてきた時のイメージと
全く同じ姿をしていたので、すぐに初音だと理解できた。

「はじめまして――というのも変ですね、マルチ。MMMバリアリーフ基地へようこそ。
私が柏木初音です」

     *     *     *     *     *

 朱い世界が広がっていた。
 その足下に転がるは、女の首。
 その鋭い爪が握るのは、女の父親からえぐり出された心臓と肺。
 その昏い両目に映るは、腰を抜かして戦慄する、男。
 復讐するは、三発の呪いが撃ち込まれた、美しき人形。

「ままままま――まってくれ!おおおおお――俺が、俺が悪かった!だだだだだ――
だから、助けてくれっ!」

 爪が開かれた。ぷしゃ。恐怖する男の顔と無表情の人形の顔に朱色が飛沫く。

「お、おい!き、きいているのか?」

 人形は、口元をつり上げた。笑っているのだ。
 とても美しい貌であった。
 それは、この人形を愛してくれた、あの美しく儚げなご主人に良く似ていた。

「……ダ……メ……」

 絶望は美しき貌を横に振った。

 男が最期に見た光景は、横殴りに吹き飛ぶ血塗れの景色と、
自分が喰いモノにしたあの女に良く似た人形の笑顔。
 女の名を、男はもう忘れていた。

 1時間後、殺戮は近所の通報によって白日のものとなり、現場に近い駐車場で警官隊が人形を
包囲していた。
 人形は、狩り獲った外道の首を警官隊の前へ放り投げた。
それが警官隊たちに発砲のきっかけを作った。
 だが、硝煙の煙を上げる穴が穿かれたのは、警官隊だけであった。
 オゾムパルス。人間からあらゆる自由を剥奪する毒電波。
発信源は、人形であった。同士討ちの輪の中で、オゾムブースターは歓喜のような咆吼を上げていた。

「URYYYYYYYY!にんげん、みなゴロしィっ!!」

(Aパート終了:「Leaf」の広告で偽装されたMMM戦略部所属「二式飛行甲板空母」
の映像とスペック表がリストされる。)