【承前】 浩之とあかりが激しく口論する光景を、マルチは初めて見た。 「マルチはロボットだろう?だったら、電気系に決まっているじゃないか!」 「そんなコトないモン!マルチちゃん、緑色がピッタリだから、植物系のほうがマッチしているわ」 一向に平行線をたどる二人の間に、ちょこんと正座している、 来栖川エレクトロニクス製HMX−12型 ……現在はさらに「カスタムPKC」というコードナンバーが付く、メイドロボットのマルチがいた。 二人が激しく口論するたび、マルチは新しく装備されたオプションの、 兎の耳のような黒と黄色に塗り分けられた耳カバーと、稲妻を想起させる尻尾を困ったふうに 振ってみせた。あかりが来るまで、マルチの両頬には、浩之がサインペンで描き込んだ 赤丸、電気袋があったのだが、浩之に呼ばれてやってきたあかりがそれを見た途端、 「女の子の顔になんてコトを!」 と、叱咤されてしまい、やむなく今は消されている。しかしその代わりに、 あかりが赤色のフェルトを丸く切ったものを張られていた。四面楚歌のマルチは、 この件はもう諦めている様子である。 「…………あのぅ。いい加減、喧嘩はやめて下さいぃ……」 マルチはほとほと困ったふうな顔で二人を仲裁しようとするが、おずおずと した弱々しい口調であったため。まったく口が挟めないでいた。 「大体だなぁ、あかり、なんだそら?」 「なによ、って、見ての通り、『フシギバナ』ちゃんじゃない!」 ふくれっ面のあかりが浩之に突き出してみせたものこそ、前回のラストであかりが縫いながら 悦に入っていた「フシギバナ」の着ぐるみであった。 「着ぐるみじゃありません。マルチちゃんの為に作ってあげたピーコートです!」 失敬。 「……おい。それのどこが、『フシギバナ』のピーコートなんだよ?」 「え?」 「合わせの部分が、巨大な花の飾りで縫いあわされているじゃないか」 「あ゛?」 浩之が憮然としながら指摘すると、あかりはようやく……信じがたいが、この期に及んでようやく、 自分の致命的ミスに気づいたのである。 「大体、フシギバナの花は背中だろ?腹じゃ『アストロモンス』になっちまう」 浩之、その歳で…………貴様、特撮マニアだったか(笑)。 「ひぃぃぃぃぃぃん!あたしったら、なんて間抜けなコトををををを!」 ショックのあまり半べそを掻くあかりに、浩之は呆れつつ、実にあかりらしいドジだなぁ、 と、いつしか怒りも収まっていた。 「…………まぁ、よく考えてみればあかりの言い分ももっともだな。 固定観念に囚われないその考え方も案外、佳いかも」 「……くすん。ありがとう、浩之ちゃん」 あかりは涙を拭って微笑んでみせる。今までもこんなふうに口げんかしても、 何だかんだ言いながら最後には浩之が折れていた。 あるいは始めから最後には折れるつもりでいるのかも知れない。あかりと口喧嘩するときに、 ときおりみせる浩之の困ったふうな顔は、浩之が自分の意見が正しいと信じても、 絶対勝てないものがこの世にあると信じているような印象を見たものに強く与える。 無理もない。 あかりはその見返りに、自分を慕ってくれるこんな可愛らしい笑顔をみせてくれるのだから。 すっかりラブラブモードに突入した二人の横で、マルチはただ、呆然としているほかなかった。 終始、蚊帳の外であった。 「……そうだよなぁ。ロボット、イコール電気というのはあまりにも短絡だよな。 そーいえば、マルチの場合、『水系』ともいえるしなぁ…………」 ピシッ………………………………! 世界が突然、白く染まった。 「……浩……之……ちゃん……?」 地の底から響くようなその声の主は、あろう事かあかりであった。 「……なんかあたし……いま……もの凄く……むかついたんですけど」 「「へ?」」 冬の吹雪も似た、寒々とした殺気を肌で感じ取った浩之とマルチは堪らず慄然とする。 「……なんで……マルチちゃんが……『水系』……なの?」 「い、いや、だって、マルチは水を出せるしぃ(笑)――――はっ!」 浩之は墓穴を掘ったコトにようやく気づいた。あかりは浩之とマルチの一夜の出来事を 知らないはずだった。おそらく、女の感、と言うヤツであろう。(笑) 「……ねぇ……おしえて……?なんでマルチちゃんが水系……なの……?」 「いや、そらぁ、なぁ――なぁ、マルチ?!」 蒼白する浩之は慌ててマルチにフォローしてもらおうと振るが、ギザギザの尻 尾を真っ直ぐ立ててびびっていたマルチは、すでに腰を上げて逃げの体勢に入っていた。 「あ!いや!わたし!ごめんなさい!ご主人様! これからマルマイマーの第5話の本撮りがありますから!急いで逃げ……もとい、行かなきゃあ!」 「コラ待て!ナニをワケの判らなンコトをゆうか!」 浩之はその場から逃げようとするマルチの腕を掴もうとするが、 背後から、滝のような涙を流し続けるあかりに両肩を掴まれて身動きがとれなくなる。 「ねぇぇぇぇぇぇぇぇ、ひーろーゆーきーちーゃーぁーんー?!何なの、マルチちゃんが水系って? ――全然話が見えないのに、どうしてあたしの心がこんなにくるしぃのぉぉぉぉぉぉぉ?! どうしてこんなにむかつくのか、説明してよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっっ?!(T_T)」 「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!マ、マルチぃ!何とかしてくれぇぇ!!」 「あ゛あ゛あ゛! いや、これから『夏への扉』のラストシーン撮りがあるので急がなきゃいけないんですぅぅぅぅぅ! ARM監督、とてもアレで怖いヒトなンですぅ!」 「――それはもうとっくの昔に描き終わった話だろぅ!!(笑)こらまて、逃げるな、マルチュウ!」 絶叫する浩之であったが、すでにマルチは声の届かぬ遠くへ逃げ去っていた。 ただ、「わたしはマルチですぅぅぅ!」という声ばかりがドップラー効果で残るばかりであった。 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!この薄情者ぉっ!」 「ね゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っ゛!゛?゛ひーろーゆーきーちーゃーぁーあーんー! おーしーえーてーどーおーしーてーあーたーしーのーいーかーりーがー 沸ー々ーとーたーぎーるーのーおぅ?」 「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!」 ちゃんちゃん(笑) http://www.kt.rim.or.jp/~arm/