What’s マルチュウ? 投稿者:ARM


「長瀬が、壊れた。」

 マルチの開発者の一人である新城から、マルチのオーナーである浩之のもとへ電話が入ったのは、定
期メンテナンスを受けているマルチが来栖川電研から帰宅する前夜であった。

「……壊れた?」

 そんなの、毎度のコトじゃないか。――と浩之は言いかけて辛抱した。長瀬の変人ぶりは
半ば公然のことではあったが、流石に辛辣な浩之といえども、その男の婚約者に向かってどうどうと
悪態をつくのは気が引けるらしい。
 それにしても、新城の口調が妙であった。なにか、こう、必死に笑いをかみ殺しているような
苦労が忍ばれる口調なのである。浩之は複雑な顔で聞き返した。

「……壊れた、って、毒電波でも受けたんですか――?」

 浩之が電波と言った途端、電話越しに、ピピピ、と電子音のような奇妙な音が聞こえた。
どこかで聞いたような音だな、と思いつつ、浩之はますます険しい顔をする。

「い、いえ、そうじゃなくって……!と、ともかく、
その所為で、長瀬がマルチに少し細工を施しちゃってね。でも別に実害はないから。
外装面のマイナーチェンジだから。もし気に入らなかったら……いえ、そんなことは絶対ない!
本当に可愛いモン!」
「…………?」
「――あ゛?ご、ごめん!と、と、ゆーわけで、本当ぉに気に入らないようだったら連絡ちょうだいね。
直ぐ元に戻すから。――ぢゃ(笑)」

 なんだ最後の「(笑)」は?と聞き返そうとした浩之だったが、
新城はさっさと電話を切ってしまった。一瞬だが、電話の切れる直前、
爆笑する新城の声が聞こえたことが、浩之の不安を一層駆り立てた。

「……まぁ、新城さんがあぁゆうんだから、大丈夫だろう。まさか、飛行機や
ドリル戦車とドッキングして戦闘ロボットになるようなことはないだろうな」

 それはまた、別の物語である。(笑)

 翌日、浩之が一人昼食を取っていると、玄関のチャイムが鳴った。
どうやらマルチが帰宅してきたようである。しかし、いつもなら、

「ご主人様、ただいま、帰りましたぁ」

 と、元気の良い声が玄関から届くのだが、今日ばかりはなにも聞こえてこない。
浩之の脳裏に、昨日の新城からの電話が過ぎり、不安になって慌てて自室から玄関へ駆け下りた。

 マルチは、三和土に、ぽつん、と佇んでいた。その顔には元気がない。
 そんなマルチを見て、浩之は思わず、ぽかん、となってしまう。
 やがて浩之はゆっくりとマルチを指し、

「……なんだ、そら?――その耳カバーは?」

 浩之の視線が釘付けになったものこそ、マルチの両耳に装着されている耳カバーであった。
 そこには、見慣れた銀色のものはなかった。
 代わりに、先端が黒く塗られた黄色い三角すいのような物体が装着されていたのである。
それはまるで――

「……ピカチュウの、耳」

 浩之はそこまで口にすると、とうとう大爆笑してしまった。

「あぁ――――っはっはっはっはっはっ!ひぃぃぃぃぃぃぃっっっっっ!
な、な、なんだ、そりゃあ、まるちぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっっ!!!」
「あ〜〜〜〜ん!ご主人様まで笑いのですかぁ、ひどいですぅぅ」

 マルチはうんざりとした顔でいじけてみせる。
おそらく帰宅するまで、周りの人間にも同様に笑われたのであろう。
 浩之は涙を流して大笑いしていたが、やがてマルチの背後で慌ただしく動く黄色い物体に気づくと、
笑うことをやめ、再び唖然とする。

「……おい。その、うしろの…………まさか?」
「……はい。クスン」

 しょげ返るマルチは、自分の腰のあたりからメトロノームのように左右に揺れる奇妙な物体を
掴んで突き出してみせた。

「……ご主人様、何なんですの、この稲妻みたいな形のは?」
「シッポだ、尻尾。……ピ、ピカチュウの。……ぷぷっ」

 浩之はまた吹き出しそうになり、必死に堪えた。

「ピカチュウ……道行く人達が皆、口を揃えてあたしのこと、そうゆうんです。
メンテナンス中に長瀬主任が、新オプションだ、ってゆって、勝手に装着したの
ですがもいったい何なんですか?」
「そ、それはな、これだ」

 と言って浩之が差し出したのは「ゲームボーイ」であった。
しかも初期の、液晶が切れやすい厚手のタイプ。
 ゲームボーイをみるなり、マルチは思わず瞠る。

「それです!研究所のみなさんが持っていた携帯ゲームです!」
「そーか、そーか」

 浩之はようやく今回の謎が全て解けて破顔する。

「どうりで新城さんの電話から『ポケモン』のBGMが聞こえたわけだ」
「いやです、ご主人様。わたし、ボケてません」

 ボケてる、ボケてる。(笑)

「なるほど、長瀬のおっさん、このあいだ暇つぶしに貸してやったポケモンの
青カートリッジがすっかり気に入ったようだな。――しかし、ここまでするか、普通?」


 そういって浩之はマルチをまじまじと見つめる。
浩之に見つめられたマルチは堪らず俯いて恥じらう。

 ごくり。

「な、なんですの、今のつばを飲んだ凄い音は?」
「…………う〜〜む。これはこれでまた……うーむ」

 そういうと浩之はいきなりマルチの両肩を、わしっ、と掴んだ。

「え?え?え?え?な、なんですの、ご主人様?!」
「えーい、大人しくせい!」

 にぃ、とほくそ笑む浩之の、なんと禍々しいことか。
突然、浩之は、狼狽するマルチをいきなりその場に押し倒したのである。

「ご、ご主人様ぁ!や、やめてください!だ、ダメですぅぅぅ!いくらこのホームページに18禁
ネタが少ないからって、部外者がこんな暴走しちゃダメですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!(爆)」
「えーい、なにをワケのわからんコトを。(笑)へっへっへっ、愛いヤツよのぉ(笑)」
「いやぁぁぁぁ!なんですか、その手に握っている棒わ?――あ〜〜〜ぁれ〜〜〜
ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっっっっっ!」

「……ふう。堪能した」
「しくしくしく」
「……なに、いつまでも泣いているんだよ」
「だって……しくしく」
「あー、顔を拭くな。まだサインペンが乾いていない」

 そういって浩之はマルチの両手を掴んだ。
 泣き顔のマルチのほっぺには、一対の可愛らしい赤い丸があった。

「やっぱりピカチュウには、ほっぺの『電気袋』が必要だよなぁ、へっへっへっ、
これでカンペキだ(笑)」
「しくしくしく……折角、帰る途中で消しておいたのに……しくしくしく」

 長瀬たちも同じように描き込んでいたらしい。流石は、このマルチを造っただけのことはある。

「うーむ、ここまでやると、徹底的にやるべきかな。そうだ、あかりに頼んで、
マルチの服もピカチュウと同じ黄色系のものに作り替えてもらおう。
あいつにはこのあいだ緑カートリッジを貸してすっかりハマったクチだから、
喜んでノってくれるハズだろう」
「え〜〜〜っ!ま、まだ、あたしのこと、いぢめるのですかぁぁぁぁ?」
「いぢめる、だぁ?――そーゆーことゆうと、こっちにも考えがある」

 そういって浩之は、ニヤリ、と笑い、

「よーしぃ、今日からマルチは『マルチュウ』と命名する!拒否は許さん!(爆)」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!やぶ蛇でしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 その時、マルチが「東鳩王」と名乗ったほうが遙かにマシだ、と思ったかどうかは定かではない。


 一方、あかりのほうでは――。

「ふーんふーんふーーん、ふふふふふふふふふふーん……!よーし、出来た!」

 なにやら楽しげに衣装を縫っていたあかりが、完成した緑色のそれを両手で広げて見て、
ひとり悦に入っていた。

「きっとこれ、マルチちゃんも気に入ってくれるわ」

 あかりお手製の衣装。顔のようなフード付きのそれこそ、ポケモンに出てくる、
背中に巨大な花を背負った奇妙な生命体、フシギソウの着ぐるみの相違なかった。
どうやらあかりは、ポケモンの中でフシギソウがえらく気に入っているようである。
 もはや四面楚歌のマルチ。明日にでもあかりの餌食(笑)となるのも時間の問題であろう。
どうでもいいがあかりよ、フシギソウの花は背中に生えているのだぞ。
この腹部に花が生えている着ぐるみでは、「アストロモンス」になってしまうぞ(爆)

                   終わりだ、終わり(笑)

http://www.kt.rim.or.jp/~arm/