東鳩王マルマイマー第3話「奇跡の心(Dパート)」 投稿者:ARM


【承前】(Dパート開始:アイキャッチ、MMMサテライトネットワーク機動衛星
「TH伍号」の映像とその仕様が表示される)

「いきます!『デバイジング・クリーナー』!!」

 マルマイマーは左手に持ったDツールを振り上げた。すると左肩の「バルンマルー」
  に内蔵されている、プロテクトシェイドを制御しているTHライドが全開作動して、
  その膨大なエネルギーを左手からDツールへ送り込んでいった。
  Dツールの穂先から余剰エネルギーが放出されている様は、さながら光のハケを持った
  モップと化したようであった。
 やがて先端に付いている炉心安定棒が、Dツールに搭載されているTHライド炉内に引き込まれると、
  左肩のTHライドは全力稼働を開始し、ついにスペック上の臨界点を突破した。

「デ・バ・イ・ジ・ン・グ・クリ〜〜〜ナ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 Dツールが全力稼働を開始するや、マルマイマーはDツールを地上目指して突き出しながら
  逆さまに急降下する。Dツールが瞬く間に突き刺さった地点はEI−02の目と鼻の先であった。
 途端に、巨大な光の柱が立ち上った。
  すると地上ではゴゴゴ、と唸り声を上げながら大地が割れ始めたのである。
 正確には、マルマイマーがDツールを突き立てた地点から、
  地面がへこみ始めたというべきであろう。いや、それでも正確とは言えまい。
  なぜなら周りの景色もならってゆっくりと圧縮されるように歪み始めていたからである。
 果たして街を空間ごと割って擬縮移動させたDツールは、
  なんと直径数十キロ強に達する巨大な円形盆地を都心に創成したのである。
 これこそ「アレスティング・レプリション・フィールド」と呼ばれる開放型位相空間であり、
  マルマイマーたちが街中で周囲の被害を考えずに安心して闘える巨大な戦闘空間なのである。
 理論上では、この空間の中心で戦略核爆弾を爆発させても被害は通常の0.1パーセントにも満たず、
  残留放射能でさえ空間が閉じたら完全に消失するという。
  これにもう一つ平行して同時開発された「ある量子制御機器」を併用して使用することで、
  核爆発時の衝撃波や致死量放射線の影響さえ全くなくなり、
  事実上核兵器の無効化が可能となるのだが、それはまたの機会に説明しよう。
 遠くからマルマイマーの闘いを見ていた野次馬たちも、
  自分たちの身体が次第に視覚的に細くなっていくコトに驚き、慌てて逃げ出し始める。
  しかし擬縮移動した空間に取り込まれても特に悪影響は無く、
  むしろ擬縮移動した空間内は位相空間にコーティングされているため逆に安全地帯ともいえる。
  浩之たちはマルマイマーの闘いを見届けようとその場に残っていた。
 その逃げまどう野次馬の群れの中にひとりだけ、動じない白い影があった。
 鍔広の白い帽子を深々と被る白いワンピース姿の少女は、周りに反して微動だにせず
  どこか魂の抜けたような生気のない眼差しでマルマイマーのほうをじっと見つめていた。

「アレスティング・レプリション・フィールドの固着を確認!空間湾曲開放カウントダウン、
  1062second!」

 レミィが向かうコンソールのディスプレイが時計を表示しカウントダウンを開始する。
  Dツールが造り出した巨大な円形盆地は最大17分42秒まで最大直径を維持できる。
  最大直径に固着後23分後には何事もなかったかのように空間は閉じられてしまうのだ。
  この巨大な戦闘フィールドでの戦闘可能時間は最大20分とされている。
 つまりマルマイマーたちは安心して闘える空間を得る代わりに、EI−02との決着を
  あと20分たらずでつけなければならないのである。
  広大な戦闘空間の中央に残されたマルマイマーとアルトは、
  最初に遭遇した時より10倍にまで巨大化したEI−02を前にして慄然としていた。
 EI−02は再びレーザー砲を形成し、マルマイマーとアルト目がけて連射する。
  マルマイマーはブースターによる加速で、アルトはタイヤを降ろしてローラーダッシュで
  高速移動を開始して、時にはマルマイマーのプロテクトシェイドの防御によって
  何とか交わし続けるが、二人とも反撃出来ずにいた。

「くそっ、どうして反撃しないんだ!」
「効果のあるブロゥクンマグナムと速射破壊砲をもってしても、すぐに再生されては
  まったくの無意味だからな」

 舌打ちする浩之に長瀬が淡々と応えた。

「一瞬にしてEI−02の全身を完全粉砕できればなんとかなろうが」
「一瞬――完全粉砕!?」

 長瀬の言葉に老婆は絶句した。

「そ、そんなことしないでおくれ!ハナが悪いんじゃないんだよ、
  悪い奴がハナに変な電磁波か命令電波みたいなのを送って操っているんだよ!」
「……命令電波?」

 途端に険しい顔をする長瀬に、老婆は一瞬怯むがすぐに頷き、

「……ああ。あの娘がとつぜん頭を抱えだして苦しみだしてね、
  すると見る見るうちにハナの身体に電化製品や壁の中から飛び出してきた電線が絡みつきながら
  あんな姿になっていったのさ。――だけどね、火花が漏れだしたコンロのガスに引火したとき
  ハナは苦しんでいたにもかかわらず、あたしの身体を包み込んでガス爆発から守ってくれたんだよ!
  あたしにはわかるんだ、あんな姿になってもハナはハナだって……
  きっとハナはあの中であたしに助けを求めているに違いないんだ、
  だからそんな残酷なコトだけはしないでおくれ……うううっ」

 老婆は嗚咽混じりに愛機を必死にかばっていた。
 ここにもまた、偽りも打算もない機械と人を超越した絆が確かにあるコトを、浩之はひしと感じた。

「……大丈夫だよ、おばさん。マルチなら、きっと何とかしてくれます」

 浩之の口をついた老婆を慰める言葉は、浩之自身ですら不思議だとおもうくらい自然に出た。
  無意識に老婆に、自分と同じ何かを感じたからなのであろう。機械と人を超越した
  不思議な絆を信じる者同士の連帯意識がそうさせたのであろうか。
  不思議なものを見るような目の老婆に、浩之は話を続けた。

「言っちゃなんだが、うちのマルチは主体性が無いというか
  すぐ人の言いなりになってしまうお人好しでね。
  ロボットだから仕方がないとはいえ、でもこちらが悪くてもすぐ自分が謝ってしまうくらい
  臆病者すぎるものだから、その小心者ぶりをなんとかしたいと常々思っていたんですが……。
  まさかこんな状況下で確固たる『自分』を見せつけるとは思わなかった。
  俺はあいつのオーナーとして未熟でした。今ならわかる。
  マルチならきっとおばさんの大切な『娘』を助け出してくれるハズですよ!」
「そう……そうかい……!あの娘(こ)ならハナを助け出してくれるのかい!」

 出会ってまだ数分しか経っていないのに、
  浩之の励ましの言葉が老婆にはとても頼もしげに感じてならなかった。
  老婆は喜悦しながら何度も、うんうん、と頷いた。つられて微笑む浩之の右腕を、
  不意に、背後から取った温い手があった。

「……あたし……くやしい……」
「あかり……」

 浩之が振り向くと、浩之の右手を両手で掴んで俯くあかりがいた。

「……浩之ちゃん」
「……あかり。まだ納得が――」
「――そうじゃないの」

 そう答えたあかりの顔は、先ほどまで泣いていたのか目を赤く腫らせていたが、意外や微笑んでいた。

「浩之ちゃん……マルチちゃんの優しいこころをそこまで理解していたのに、
  あたしはただ戸惑っているばかり……あたしの狭い心がとてもくやしかったの」

 あかりはそう答えると、闘いの中心へ目をやり、

「みて、浩之ちゃん。マルチちゃん、さっきから必死にあの怪物と闘っているけど、
  けっして攻撃していないよね。
  ――あれは攻撃が無駄だってコトだけじゃないと思うの。
  きっと、浩之ちゃんやおばさんの願いを果たすために、出来るだけ相手を傷つけずに、
  必死に活路を見いだそうとしている。そんなふうにあたし、見えるの」
「あかり……」

 先ほどまで困惑していた姿が嘘のように今のあかりは満面の笑みを浮かべていた。
  いつものように、大好きな聡明でのんびりとしたあかりの笑顔が戻ったコトを認めた浩之は、
  あかりの頭を右腕で包み込んで引き寄せ、胸に抱きしめた。

「はぁ、見せつけてくれる」

 その光景を見ていた智子はどこか悔しそうな口調で言って肩を竦めた。

「……でも、悪くはないわ、お二人さん。ひゅーひゅー」
「保科参謀、野暮はよしたまえ」
「えぇやんか別に。ノロケを冷やかすのは当然の義務やさかいな。それよか長瀬主査、
  あのまま進展せんと、アレスティング・レプレション・フィールドが閉じてまうわ。
  何とかならへんのか?」
「全てを解決するのはマルマイマーの切り札のみ」

『――しかし、EI−02の動きや攻撃を封じないと使用できない!』

 思わず舌打ちする初音は焦りを感じ始めていた。
  再生・巨大化したEI−02は、すでに無数の足を生やし、
  今やマルマイマーとアルトの高速移動についていくようになり、次第に圧倒し始めたからである。

「引きつけていなければ外へ逃げてしまいます。
  やはりブロゥクンマグナムと自分の速射破壊砲であの足を封じましょう!」
『ダメです!これほど巨大化しては破壊力が足りません!』
「初音さん、本部から送信されている空間湾曲固着限界カウントダウンが5分を切りました!
  ど、どうしましょう〜〜〜!?」
『足りないところは勇気で補う……って、これは流石にちょっと無理があるか。……ここまでなの!?』

 ヒュゥン!!手の打ちようが無くなり困却するばかりの三人の横を突然、銀色の閃光が駆け抜けた。
  なんとその閃光はEI−02の足を全て一撃で分断・粉砕したのである。
  高速移動をしていたEI−02は突如支えを失い、勢い良く地面に転がる。

「今のは――まさか!」

 驚いたアルトは、EI−02に一撃を加えた閃光をカメラで追う。
  高速回転していた問題の閃光は次第に回転速度を落としつつ、それが飛んできた方向へ戻って行く。
 閃光はやがてその正体たる人の背ほどあろう巨大な十字手裏剣の実像を結び、
  やがて位相空間との境に生じた崖縁で、それをなんと片手で捉えた人影とともに
  頭上の太陽から注がれる日差しを背にして地面に影を落としていた。
 巨大十字手裏剣を投げたと思しき主が、まさかあの白いワンピース姿の少女とは。

「やはり今の一撃は『シルバークロス』!――『しのぶ』か!」
『EI−02の中心にTHライドの反応を確認しました!熱源トレスで人体らしき影も確認したわ。
  本体の完全融合は免れている模様よ。良いですか、マルチ。
  ――『ヘル・アンド・ヘブン』を仕掛けます!!』
「判りました!THライド、五行連結制御、開放!」

 応えたマルマイマーは、内蔵する5つのTHライド全ての全力稼働を開始する。

「おおおおおっ――――――!『ヘル・アンド・ヘブン』!!」

 マルマイマーは両腕を広げながら咆吼する。すると両手の先に高エネルギーが集中し始め、
  次第にマルマイマーの周囲の空間が歪み始める。

 同時に、MMM本部にあるTHコネクター内でも異変が起きた。
 MMM本部を天井から床まで貫くように設置されている巨大な筒のようなTHコネクター内には、
  フル稼働する2基の内蔵THライドから放出されるエメラルド色のエーテル粒子が充満して、
  パルス波による神経接続によってマルマイマーのAI電脳とシンクロしている初音が漂っていた。
 マルマイマーが「ヘル・アンド・ヘブン」を発動させた瞬間、
  THコネクター内のエーテル粒子が爆発したかのように猛烈に輝き出す。
  それは2基の内蔵THコネクターが爆走を開始し一気に臨界点にまで出力したためではあるが、
  その光景を見たものは皆、原因はそれだけではないときっと思うことだろう。
 THコネクター内に漂う初音自身も猛烈に輝きだしたからである。
  それは決してエーテル粒子の光の跳ね返りではない証拠に、
  初音の美しい身体は周囲のエーテル粒子以上に白光色に近いエメラルド色に輝いていたからである。
 そして、突然見開かれた初音の瞳の変貌に、誰もが戦慄するであろう。
 とても人間のものとは思えぬ、獣のような対の瞳。
 それを例えるものとしてもっとも適したものがあった。
 そう、まるでその瞳は――その相貌は――『鬼』。

「Oh!マルマイマーとのシンクロ率、99.9パーセント!アンビリーバヴォ!」

 歓喜とも悲鳴ともつかぬ声を上げるレミィの目前で、THコネクターはさらに発光を増していく。
  綾香とレミィを包み込んでいた暗闇はエメラルド色に塗り替えられていた。

『ゲル・ギル・ガン・ゴー・グフォ……!』

 美しき鬼はTHコネクター内で奇怪な言語を発しながらゆっくりと両手を重ね合わせる。
 一方、戦場においても、マルマイマーも全く同じ言語を発しながら動作をトレスしていた。
 両手が組まれたとき、マルマイマーの右手に集中していた攻撃のためのパワーと、
  左手に集中していた防御のためのパワーはひとつとなった。
 つぎの瞬間、その両手からエメラルド色の稲妻が生じて八方に拡がり、
  マルマイマーの背後からEI−02のいる方向目がけて水平方向に巨大な渦巻きが走り抜けた。
  渦巻きの正体は超電磁の竜巻であった。
  超電磁竜巻は体制を整えようとしていたEI−02の全身を飲み込んだ瞬間、
  その動作を電磁波によって全て押さえ込んで静止させた。
 EI−02が動きを完全に封じられるや、マルマイマーの背部である「ステルスマルー」
  の機体に内蔵されている12箇所の放熱口が開く。
  臨界点にまで達する5基内蔵するTHライドの全力稼働による余剰熱を
  体内から開放するためであるが、放熱と呼ぶにはあまりにも凄まじい勢いで放出され、
  さながらスラスターが火を噴いたかのようであった。
 その放熱の勢いはやはりスラスター出力に匹敵するものであった。
  マルマイマーはパワーを集中させている両手を突き出した格好で、
  放熱の勢いで押されるように足場を削り滑りながら前進を開始する。
 次第にその前進は加速していき、ついに高速度のままEI−02目がけて突進した。

「うおおおおおおおおおおおおっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」

 身動きのとれぬEI−02の目前にまで移動したマルマイマーは、身をよじってひねり、
  その勢いを利用して組み合わせた両手をEI−02の胴体に叩き付ける。
  すでに防御用の位相空間は、さきほどの強力な電磁波とマルマイマーの全力稼働する5基
  のTHライドのオゾムパルスキャンセラーの二段攻撃によって中和され、無効化されていた。
 マルマイマーの両拳を受けたEI−02の体表が、直撃を受けたところから剥離するように
  次々と吹き飛び抉られていく。マルマイマーの攻防全てのパワーを集中して敵に叩き付ける
 「ヘル・アンド・ヘブン」は、分子レベルの粉砕を可能とし、
  これを受けた敵は空間ごと粉砕されるのである。

「おおっ!」

 浩之が驚嘆の声を上げたのは、究極の粉砕がEI−02の中心に閉じこめられていた
 「ハナ」の機体をむき出しにした瞬間であった。
 このままの勢いならばハナの機体も空間ごと粉砕されるハズである。
  なのに、マルマイマーの両手が、深紅に輝くハナの左胸――
  暴走するTHライドの上に突き刺さった途端、あれほど燃えるように光っていた
  ハナのTHライドが一瞬にしてエメラルド色に煌めき、
  その機体をくわえ込むように取り込んでいた醜悪な電化製品の塊を拒絶するように、
  一気に吹き飛ばしたのである。瞬間、マルマイマーの背部放熱口から排出された余剰高熱が
  フレア現象を起こし、12本の光の柱が吹き上がった。
  最大出力の余剰エネルギーが放出されるその姿は、まるで12枚の翼を持つ天使を彷彿とさせ、
  神々しささえ感じる美しい光景であった。
 緑の天使の一撃を受けたEI−02の核たるハナが、ついにその醜悪な檻から解き放たれた。
  まとっていたボロボロの服もEI−02を構成していた機械群と一緒に吹き飛んで
  裸になってしまったハナの機体は、EI−02の体内から放り出されるように飛び出された。
  マルマイマーはすかさずハナを抱き留めた。

「中心核のメイドロボットの回収を確認!マルマイマー、すぐに離脱――ああっ!」

 歓喜する綾香がそう指示した刹那、残っていたEI−02の機体が大爆発を起こしたのである。
  マルマイマーと抱きかかえられているハナの機体が一瞬にして爆炎に飲み込まれてしまった。

「マルチ!?」
「マルチちゃん!!」
「マルマイマー!」
「姉さん!」
「ハナぁ!」

 その光景に浩之たちが絶叫するが、一人だけ、まったく動じていなかった。

「――勝った」

        エピローグへ つづく