東鳩王マルマイマー第3話「奇跡の心(Cパート)」 投稿者:ARM


【承前】(Cパート開始:アイキャッチ、来栖川電工製ホームメイドロボット
「KHEMM−16型『フラゥ』の映像とその仕様が表示される)

 長瀬の言葉に老婆ははっとなる。

「あ、あなた、ど、どうして……?」
「藤田クンの部屋に飛び込んできた時はまだそんなに大きくなかったからな。EI−02の中心には、
 マルチと同じTHライドを内蔵するメイドロボットが取り込まれている。
『鬼』が何らかの手段で、フラゥに内蔵しているTHライドを暴走させ、
 あのような姿に変えさせたのだろう」
「あれが来栖川電工製のホームメイドロボット……わたしの妹が変化した姿なのですか?!」

 マルマイマーはEI−02を改めて見て唖然となる。
 マルマイマーに見られていることに気づいたか、EI−02は再び右腕を
(いまや右腕と呼んで良いものか判らないくらい変形していたが)マルマイマーたちのほうへ向け、
 レーザーを射出する。

「きゃあっ!」

 悲鳴を上げるあかりをかばうように前進したマルマイマーはすかさず左腕を上げ、
 プロテクトシェイドを展開させてそれを防いだ。
 跳ね返されたレーザーは周りの建物に次々と当たり、
 粉塵と爆発音がマルマイマーたちを飲み込んだ。
 建物の外壁が崩れ落ちて生じた粉塵がマルマイマーたちの姿をうまく隠し、
 EI−02はレーザー発射を止めた。

『マルチ。ブロゥクンマグナムを撃って!』
「――初音さん!?」

 突然、マルマイマーの内蔵音感サーキットに初音の声が届いた。

『わたしはいま『電脳連結』によってあなたとシンクロしているのよ。
 ブロゥクンマグナムでレーザー砲を粉砕すれば、しばらくは撃ってこないハズ』
「わ、判りました!ブロゥクンマグナームっ!」

 マルチは再びブロゥクンマグナムを発射する。粉塵を巻いて飛来するブロゥクンマグナムに驚いた
 EI−02は慌ててレーザーを連続発射するが、ブロゥクンマグナムは次々と飛んでくる
 レーザーを跳ね返しながら直進し、見事EI−02のレーザー砲を粉砕され、
 さらに衝撃波によってEI−02の胴体は押し倒された。

『マルチ。再度プロテクトシェイドを全点展開して。今、本部で衛星軌道にある『TH伍号』
 からのサテライトビューによるEI−02の構造分析を行っているわ。
 SS回線をオープンにしたままでいてね』

 初音の指示に頷くマルチは左腕をかざしてプロテクトシェイドを作動させる。
 するとマルチを中心に半径10メートルほどの位相空間バリアが張られた。

「アルトはプロテクトシェイド位相空間を離脱し、攻撃を継続!」
「ラジャ!」

 アルトは内蔵するTHライドで、プロテクトシェイドで張られた位相空間を中和しながら外に出る。
 そして出た直後、再び自己修復を開始したEI−02を狙い、
 アゴを開けて内蔵されている銃口を突き出した。

「速射破壊砲!」

 アルトに内蔵されていた「速射破壊砲」は高速振動による高熱で液化した金属弾を
 一度に最大3発まで連射可能なリニアレールガンである。
 その破壊力は凄まじく、厚さ80センチのチタン合金板を一撃で撃ち抜いてしまう。
 アルトは迷うことなく3連発する。
 再生中がゆえに弱まっていたEI−02の位相空間障壁は2発目の着弾で完全に撃ち抜かれ、
 最後の一発がEI−02の頭部と胸部の4割を完全に吹き飛ばした。

「3発目が命中。――しかし」

 EI−02はまたもや再生を開始した。
 完全に沈黙させるには全身を吹き飛ばさなければなるまいが、
  アルトの速射破壊砲ではこれが限界であった。何より、速射破壊砲は3連発を使用した場合、
  最低でも4分51秒の砲身冷却を要する。一撃必殺の切り札はやはり切り札に過ぎないのだ。

「……やはり、EI−02の完全殲滅が出来るのはマルマイマーのみ、か」
「おっさん!」

 EI−02の攻撃におびえていたるあかりを抱きしめてなだめていた浩之は、
  あかりがようやく落ち着きを取り戻した確かめてから、長瀬を睨んで言った。

「あれが来栖川のホームメイドロボットが暴走した姿だと?」
「正確にはTHライドが暴走した姿だ。量子制御をも可能とするTHライドの暴走は我々の推論を
  遙かに凌駕する反応をもたらす。その事に気づいていたから、我々はOEM供給を制限し、
  リミッター機能のブラックボックスを組み込んだのだ。
  だが、我々の技術力では完全に封じることは出来なかった。
  だから、我々はその暴走に対抗できる力をもって闘いをする決意をしたのだ」

 そう語る長瀬の顔には、浩之がいつも感じている胡散臭さは全くみられなかった。
 ただ、それがどうして悲痛な面持ちに見えてしまうのか、浩之には不思議でならなかった。

「……何故、マルチに闘いを強制するんだよ?」
「さっきも同じコトをいったハズ。キミも気づいているのだろう。
  マルチが他のメイドロボットとどこか違う、というコトに」
「……」

 長瀬の指摘はまさに、暗然とする浩之が常々抱いていたものであった。
 初めてマルチにあった時、確かに浩之は、マルチに他のロボットとは違う何かを感じ取っていた。
 機械なのになんと人間以上に人間くさい言動をするロボットであろう。
  プログラムの擬態とはとても思えない、確かに「こころ」あるロボット――
  いや、命あるモノ、にしか見えなかった。
 マルチをみていると、人と機械の境界線がとてもあやふやになっていく。

 いったい、彼女は本当に機械なのか。――「なにもの」なのか。

「その差が、我々がマルチに闘いを要求する理由なのだ」
「――そんな……!酷いっ!」

 その時、いままで怯えて震えていたあかりが、突然立ち上がって長瀬を睨んだ。

「マルチちゃんは、たとえどんな相手であれ、争いが出来るような娘じゃありませんっ!
  他人が傷つくコトをとても悲しむ、優しい心を持った娘なんですよ!
  そんな娘に闘いを強制するなんて、そんな酷いコトを……勝手なコトを……よくも平気で……!」

 長瀬を怒鳴るあかりをみて、浩之は唖然とする。
  マルチ以上にひとの良いあかりがここまで激怒した姿をみたのは初めてであったからだ。
  おそらくは激高するあかりが我に返ったとき、彼女自身、
  生まれて以来こんなに怒ったことはなかったと気づくかもしれない。
  長瀬に殴りかからないだけまだあかりらしいといえた。
 だが、ついにあかりは周りの認識を越える行為に及ぼうとした。
  突然振り上げた右手が長瀬の頬に延びようとしたのだ。
 その怒りを込めた右手を掴む者は、ただ一人しか居なかった。

「浩之ちゃん――」
「長瀬のおっさん。今だけは、あんたの言葉を信じよう」
「そんな――」

 信じられないようなものを見る目のあかりに、浩之は無言でゆっくりと面を横に振ってみせた。
  そしてその真摯な面をマルマイマーのほうへ向けて、

「……マルチ。正直、俺自身もお前には闘って欲しくない。
  これはお前の主人としての命令ととってもいい」
「ご主人様……」

 マルマイマーが困ったような顔をして、背後を覗くように少し振り向いた。
  そのベクトルの先には荒れ狂うように蠢きながら再生中のEI−02が居た。
 浩之は、ふっ、と微笑んで見せた。

「……それでも……闘いたいか?」

 笑顔で闘いの意志を訊く浩之に、マルマイマーは暫し俯いて考え込み、
  やがてゆっくりと首肯してみせた。

「……自分でも信じられないくらい……です。
  ――わたしは大好きな人たちが困っている姿を見ていると放っておけないのを、
  ご主人様はご存じですよね」
「それでいつもマルチが損しているのもな」
「……バカ……ですか?」

 浩之は首肯した。

「……ああ、バカだとも。――俺やあかりが大好きになるくらいにな」

 そう言って浩之はマルマイマーの頭をくしゃくしゃに撫でた。
  マルマイマーは照れくさそうに赤面してはにかんだ。

「……俺にはマルチにどんな力があるのか知らない。自分では知っているのか?」
「……いえ。……でも、何となく……知っているような気がします」
「何となく?どんな?」
「……今のままでは……どう言って良いのか……わかりません」
「ではその答えを見つけられるというのか?――この闘いで?」

 訊かれて、マルマイマーは今度は智子のそばでへたり込んでいる老婆を見た。
  老婆はEI−02の無惨な姿にひとり嗚咽していた。
 そのうち、老婆は自分を見ているマルマイマーに気づいた。すると老婆は嗚咽を止
  めてマルマイマーのほうを、不思議そうにじっと見つめた。

(……なぜこのロボットは自分を見て微笑んでいるのだろう?)

 何より、この微笑みは、身寄りのない自分に与えられた大切な機械仕掛けの娘が
  する擬態の笑みに良く似ていた。

(確か、このロボットはハナを、妹、と呼んでいたね)

 老婆はどう応えて良いものか判らなかった。心の自然な働きが無意識に、
  マルマイマーに微笑みを返している自分に気づいていないようであった。

 この二人の無言のやりとりを、あかりはじっと見つめていた。
 浩之はそんなあかりに気づき、この心配性が、と心の中で呆れた。
 だがその反面、何故なのか判らないが、戸惑いを隠しきれない不安げなその眼差しが、
  先ほどみたいにまた爆発するようなコトはない、と浩之は根拠もなしに確信していた。
  強いて説くのならば、あかりはそこまで愚かではない、と、浩之が信じていたからであろう。
  浩之は家族ぐるみの長いつきあいで、あかりという妹のような
  ――否、妹のようだった女性の心理は理解出来ているつもりでいた。
  無論、そう言うことはあかりのほうが一枚上手であるが、互いに身も心も繋がっている今なら、
  鈍い浩之でも理解できる、と信じ切っていた。
 やがてあかりがマルマイマーに何か言おうとしたとき、
  マルマイマーは再び浩之のほうへ向いてしまったために、声をかけそびれてしまった。
 浩之のほうに振り向いたマルマイマーは、今度は力強く首肯してみせ、

「……今言えることはただ一つ……あの中に捕らわれているわたしの妹をどうしても助けてあげたい。
  それがご主人様の意に反することであっても」

 マルマイマーは浩之の目をじっと見据えてそう答えた。
 暫しの沈黙。
 やがて浩之は頷いた。

「……よし。では命令する。お前の妹を助けろ!」
「はいっ、ご主人様!――後方の位相空間を開放しますから、みなさん急いで離れて下さい!」
「――マルチちゃん!」

 慌ててあかりがマルマイマーに声をかけるが、満面の笑みを浮かべるマルマイマーに撤退を
  促された浩之に手を引かれてその場から離れてしまったために、結局言えず終いであった。
 浩之たちが開放された位相空間から撤退した時、再び初音がマルマイマーにアクセスしてきた。

『マルチ。このままでは被害が拡がるばかりよ。『Dツール』の使用するわね』
「『Dツール』?」

「……来栖川電工研究所に世界中の量子工学の英知が結集して開発した、
  究極の量子制御方式空間湾曲発生機器、正式コードMMM−DVC88、
  通称――『デバイジング・クリーナー』!起動承認!」
「了解!目標座標、城東地区SSE1093、X−HI!――射出!」

 レミィは正面のコンソールの上部で点滅していたボタンを押した。
 それに応えたのは、来栖川邸の中庭にあった噴水であった。突然吹き上げていた噴水が止むや、
  中央から噴水が割れて煙を上げ、その中から飛び出した黄金色が
  遙か上空へと向かっていったのである。
 正体不明の黄金色は、マッハ1.3の速度で、
  マルマイマーとEI−02が対峙している現場を目指していた。

『マルチ、あと38秒で上空に『Dツール』が到達するわ。それをキャッチして』
「ええ?上空って……『Dツール』とかゆうやつが、ですか?」
「マルチ姉さん!」

 いきなりマルマイマーを姉と呼んだのは、あのアルトであった。

「姉さん……って、わたしが……ですか?」

 マルマイマーが困惑するのも無理はない。バイクが人型に変形したアルトのその姿をして、
  どこにマルチと共通点があるのか。

「はい!自分はマルチ姉さんのAIをベースに、長瀬主査の手によってプログラミングされています。
  こころ上での姉弟、というわけなのですよ」
「へぇ。……姉弟……なんだが、くすぐったく聞こえます――――ぶっ!」

 マルマイマーは照れくさそうにしていると、再生したEI−02から発射された
  レーザーの直撃を食らい吹き飛ぶ。プロテクトシェイドによって着弾は免れたが
  空間振動による衝撃波の伝達をまともに受けてしまったようである。
  幸いにもマルチの身体を覆っていたのはプロテクトシェイドばかりではなく、
  耐熱防弾コーティングされているマルーマシンの鎧のお陰でかすり傷一つ負わずに済んだ。

「大丈夫ですか、姉さん!」
「ふにぃ〜〜〜〜〜〜痛く聞こえますぅ〜〜〜。……何とか無事みたいですぅ」
「マルチ姉さん、自分が援護している間に早く!背部のスラスターで空が飛べるはずです!
  それを使って下さい!」
「わ、わかりました〜〜」

 マルマイマーは背部のスラスターを稼働させた。するとマルマイマーの身体は、
  ふわっ、と宙に浮き上がると、いきなり加速して上昇していった。

「……まるでロケット花火」

 近くのビルの影へ避難した浩之がその光景に思わず苦笑していると、
  まさか上空から、ドン!と、本当に花火が爆発したような鈍い音が届くとは思わず、
  ぎょっ、とする。
 みな驚いて上空を見上げると、なんとマルチの顔面に奇妙な棒が突き刺さっているではないか。
  いや、よく見るとその棒は黄金色のモップであった。色はともかく、モップと呼ぶにしては
  肝心のホコリをとるハケもないが、じつにモップに良く似たT字型の棒であった。

「……ふにぃぃぃ……痛いですぅぅ……くすん」

 マルマイマーは顔面にめり込んだ黄金色のモップを左手で引き抜き、
  赤く腫れた顔面を右手でさすりながら呻いた。
  顔面を強打した物体は飛行しながら減速していたので、マルマイマーの首を吹き飛ばすほどの
  威力はなかった。

『マルチ……』
「……あれ、初音さん、どうしたのですか、どこか苦しそうなお声ですね」
『いえ……今のわたしはあなたとシンクロしているから、
  あなたのダメージがこちらにも届いてくるの……イタタ……』
「ご、ごめんなさ〜〜い!わたし、またドジを……!」
『い、いいのよ……。それより『Dツール』は左手で持っているわね』
「はい。これって、まさかモップ……?」
『ただのモップじゃないのよ。これこそ量子制御による空間湾曲を起こして
  戦闘フィールドを形成するウルテク・ツール、デバイジング・クリーナー!』
「でばいじんぐ……あぁ、エクスプローラーのフォルダにもありましたぁ!
  これを使用すれば被害を最小限に押さえられるんですよね」
『そうよ。さぁ、EI−02がレーザー砲で周囲の建物を破壊し始める前に、
  EI−02の手前から空間湾曲を起こすわよ!』
「いきます!『デバイジング・クリーナー』!!」

(Cパート終了:アイキャッチ、量子制御方式空間湾曲発生機器MMM−DVC88
『デバイジング・クリーナー』の映像とその仕様が表示される)」の映像とその仕様
が表示される)                   Dパートへ続く