東鳩王マルマイマー第3話「奇跡の心(Bパート)」 投稿者:ARM


【承前】(Bパート開始:アイキャッチ、「MMM−SDQ−R01
『アルト』クルーザーモード(バイク形態)の映像とその仕様が表示される)

「――――!!?」

 堪らずマルチはその場にへたり込む。ロボットでも腰は抜けるらしい。間欠泉のごとき勢いで
  わき上がる恐怖心と罪悪感が、マルチから悲鳴を上げる自由さえ奪い去っていた。
 血塗れの前足が、へたり込むマルチの膝ににじり寄るように乗り掛かった。
 その前足から鋭い爪が吐き出され、わななくマルチの膝を抉った。
 膝に痛みはない。無論ロボットだから、というわけではないが、
  しかし心のほうはこの世ならぬ激痛に襲われ、ようやくマルチは悲鳴を上げた。

「ごめんなさい、ごめんなさい!わたしが、わたしが――!!」

 悲鳴混じりに謝るマルチの声など無視し、血塗れの猫はマルチの身体を次々と引き裂いていく。
  そのたびに心に激しい激痛と、そして拭いがたい罪悪感がマルチの心を朱くそして昏く染め抜いていく。
 そして復讐の爪はついにマルチの顔をとらえようとしたその時であった。

「…………えっ?」

 顔を引き裂かれると思って目を瞑ってしまったマルチは、突然の静寂に気づいて目を開けた。
  するとその目の前に、刀のような爪をむき出した猫の前足を優しそうに掴む
  華奢(きゃしゃ)な右手が存在するではないか。
 マルチは目で手の先からその肘まで、そして顔をそちらへ向けて背後に佇む美しい女性の姿を認めた。

「…………あなたは……」

 わたしは、知っている。

「……あなたは…………」

 私にとって、あなたは大切な女性(ひと)。

「あなたは………………?」
「私は、初音。柏木初音」

 とても綺麗な女性であった。20代前半だろうか。栗毛色の頭頂にピン、と立つ髪が印象深い。
  CMやグラビアにスーパーモデルとして出ていてもおかしくないこの美貌は、
  とても穏やかそうな笑みをこぼしていた。もし、この場に彼女のコトを知る者がいたならば、
  その笑顔が彼女の美しき姉に良く似ていると誰もが思うであろう。
 マルチが陶然とした面持ちで初音と名乗った美女を見つめていると、不意に初音は屈み込み、
  血塗れの猫を抱き上げた。すると、血塗れの無惨な姿であった猫の身体が初音の胸元で
  光に包まれながらその傷ついた身体が癒されていくではないか。

「……ねぇ、マルチ」
「え、あ、は、はいっ!」

 初音に突然問いかけられ、呆けていたマルチは狼狽して応える。

「心持つ者は、必ずしも完全者とは限らない。いくつもの失敗や挫折を繰り返し、そして、成長する」
「成長……ですか?」
「そう」

 初音は猫の喉元をくすぐりながら頷いた。
  猫は初音の胸の中で、機嫌良さそうにゴロゴロと鳴いていた。

「……マルチ。あなたがこの猫に対して呵責の念を抱くのは無理もありません。罪は罪。
  それを受け入れるコトも大事です。それは『こころ』が正しい働きを示している証拠ですからね。
  ……だけど、罪の重さに押し潰されているコトが、本当に罪を認めていると言いきれますか?
  ――これではただの現実逃避にすぎません」
「……そんな……そんな……でも……でも……!?」

 マルチは涙目でおろおろする。すると初音は抱きかかえていた猫をマルチに差し出してみせた。

「マルチ。この猫に触れなさい」
「……え……でも……でもぉ……!」
「……大丈夫。今のあなたに必要なのは、罪を罪と認める勇気です。さぁっ!」

 今まで笑顔だった初音の顔が豹変し、マルチを、きっ、と睨み付けた。
  思わずビクッ、となるマルチだったが、凄む初音に不承不承、猫に手を差し出して撫でようとした。
 ところが猫は差し出されたマルチの手を鋭い爪で引っ掻いたではないか。あまりのコトに
  マルチは差し出した手を引き戻し、顔をしかめて泣き出そうとする。

「マルチ、勇気を出しなさい!この猫があなたを許さないのは、
  あなたに本当の勇気が足りないからなのよ!」
「!」

 初音に叱咤された途端、震えかけていたマルチの身体かぴたりと静止する。
  それは機能が停止したものではない。
  初音の叱咤に、何故かマルチは心の底からわき上がる力のようなモノを感じ始めたからである。

 ……信じなさい、マルチ。あなたの心を。そして、私の――

 マルチは自分でも不思議なくらい心が落ち着いていた。再び猫を撫でようと手を差し出したのは、
  決して無意識にではなかった。今度は猫は何もせずマルチを受け入れた。
 暖かい。猫の身体がこれほどまでに心地よく暖かかったとは。
 なぁおぅ。頭を撫でられた猫は、実に気持ちよさそうに鳴いてみせた。
 ポロリ。ポロリ。マルチは、泣いていた。

「……え?え?え?」

 マルチは自分でも判らないくらい微笑みながら涙をこぼしていた。
  やがて突き上げるような衝動に駆られ、初音の腕の中から猫をひったくって抱きしめた。

「ごめんね……猫さん……ごめんね――!?」

 突然マルチの腕が光に包まれた。抱きしめていた猫が弾けるように光の粒子と化して、
  昇華していったのである。最後の瞬間、確かに猫は微笑んでいた。
  少なくともマルチと、再び微笑んでいた初音にはそう見えていた。

「猫さん……どうなったのですか……?」
「あの猫は、今のマルチの心が抱えていたトラウマ。トラウマというものは消えるコトはないけど、
  それに立ち向かう勇気さえあれば、癒され、乗り越えるコトが出来るわ。今のあなたみたいにね。
  ……さぁ、マルチ。今度は現実の世界の問題を解決しましょう」
「現実の問題……あっ?!そうだ、わたし、怪物に立ち向かっていたのでしたっけ!」
「みんなを助けましょう。――私と一緒に!」


「初音、マルチの心OSとリンク成功!――Oh!シンクロ率64%ヨ!!」

「――ブロゥクンマグナムゥッ!!」

 光を失っていたマルマイマーの両目が閃き、起きあがりざまに発射されたブロゥクンマグナムは、
  オゾムブースター目がけて突進する。
  しかしブロゥクンマグナムはオゾムブースターのバリアシステムに受け止められてしまった。

「ブロゥクンマグナムによる位相空間破壊率、20…25…35……50!」
「よぉし、粉砕だぁっ!」

 本部で綾香が拳と歓喜の声を上げたのは、ブロゥクンマグナムがバリアシステムを
  中和して本体をぶち抜いた刹那と同時であった。

「マルチっ!」
「マルチちゃん!目が覚めたのね!」

 マルマイマーの復活に感極まったあかりは、思わずマルマイマーに抱きついて大喜びする。

「マルマイマー、やっと起きたンか」

 やれやれと肩を竦めてみせる智子は、マルマイマーの頭を鷲掴みにして撫でた。

「あ……あなたは……たしか……」
「ほう、うちの顔を覚えていたのか」
「ご主人様の学校に通っていたときお見かけしていました。
  たしか、学校の近くの商店街にあったゲームセンターのクレーンゲームを蹴っていた
  乱暴なヒトですよね」

 すぱーん!智子はどこに隠し持っていたのか、
  巨大な黄金色のハリセンでマルマイマーの頭を景気良く叩く。
  頭を叩かれたマルマイマーは火が点いたように泣き出す。

「えぇーん!やっぱり乱暴なヒトですぅぅぅぅぅ!」
「シャラップっ!言うにコト欠いてなんじゃそらぁっ!?うたわすそ、こらっ!」
「おいおい保科、相変わらず過激だなぁ。でも本当のことだろうが」
「えぇ〜〜っ?ふ、藤田クンまでそんなコトゆうのぉ?しょ、ショックやわぁぁ…」

 マルマイマーに対しては鬼の形相を突きつけていた智子であったが、苦笑しながら
  マルマイマーをかばう浩之には、涙目で思いっきりブリっ子で繕っていた。

「無理もないわよ、浩之ちゃん。マルチちゃん、一週間ちょっとしか学校に居なかったんだし。
  それだけでも覚えられているなんて良いほうよ。
  あたしなんか全然マルチちゃんに忘れられていたんだから」

 ひとの良いあかりは慌ててフォローに入るが、
  逆に後半の言葉がマルマイマーには遠回しに嫌みを言われてしまったような気がしてしまい、
  よけい泣き出してしまう。

「あかりさんごめんなさ〜〜い!あたし本当愚図で愚鈍で、
  ご主人様の大切な人の顔さえ覚えることも出来ないダメロボットですぅ……しくしく」
「ちょ、ちょっとマルチちゃん、あたしそんなつもりで言ったんじゃないのよ!
  ……あぁん、あたしのほうが気の利かない愚図で愚鈍…………くすん」
「マルチもあかりもいい加減にしろよ、もう!」

 消沈するマルマイマーとあかりに、浩之は笑いを堪えながら叱咤する。
  すると二人とも同時にびくっ、と身を竦め、瞠って浩之を見た。
  さながら双子以上にそっくりな反応をするものだから、
  浩之は呆れて良いか笑って良いのか困り果てて頭を抱える。

「保科参謀、吉本新喜劇のリハーサルはもうそれくらいにして下さい」
「あぁ、アルト!誰が吉本芸人や――って」

 皮肉を口に出来るアルトのAIに感心すべきところではあるが、
  智子は眉をしかめてアルトを怒鳴りとばそうと振り向くや、
  事態が悪い方向へ進展しているコトにようやく気づいた。

「なんや、あれ……?EI−02、さっきよりでかくなってンやないの!」
「周囲から吸収しているエネルギーの振り分けが可能になったのでしょう。
  進化したというべきでしょうか、ブロゥクンマグナムによる損傷さえ修復を完了し、
  オゾムブースターの固着姿勢から足を増やし巨大化させて、
  機動力の増加を図っていると推測されます!」
「やばぁ、また移動されたら被害が増えるばかりやないの!――マルマイマー!」

 智子は蒼白する面を戻し、

「今はあんただけが頼りや!これ以上の被害を食い止める!
  マルマイマー、EI−02の迎撃、即時殲滅を命令する!」
「え?いーあいぜろつぅ?」
「あの電化製品の塊のことや!
  はよせんと、みんなあのバケモンに殺られてまうわ!」
「み、みんなですか!?」

 驚くマルマイマーは、そばにいる浩之とあかりの顔を見回す。

「ちょ、ちょっとまてよ、保科!あんな怪物にどうやってマルチがかなうってゆうんだよ!
  変な装備が付いているが、マルチはタダのメイドロボ――」
「ただのメイドロボットではないのだよ」

 応えたのは長瀬であった。

「マルチは他のメイドロボットとは違う。その事に気づいていたからこそ、
  さっきキミはマルチが飛び降りていった時、それを引き留めようとはしなかった。違うか?」

 長瀬の指摘に、浩之は図星をつかれたらしく困惑してみせる。

「キミは自分の手でマルチのメンテナンスが出来るよう、猛勉強したのだろう?
  なら、キミも知っているハズだ」

 浩之は拳を握りしめて俯きしばし沈黙する。やがて面を上げると、忌々しげな口調で、

「……来栖川がOEM供給を拒否しているOSの中枢……ブラックボックス……あれか!?」
「あれこそ、『心OS』。THライドのリミッターでもあり、
  それと同時にTHライドの真の力を開放する『完全なる力の源』だ」
「――リミッター?」

 険しい顔で聞き返す浩之に長瀬は頷き、

「THライドの出力は我々にも計り知れないパワーを秘めている」
「なにをゆうか。創ったのはあんただろ――」

 浩之はそこまで言いかけて、ほんの数分前に長瀬が口にしたあの言葉を思い出して絶句する。

「……『鬼』……『えるくぅ』が設計した……」
「その通り。そしてその出力が暴走し、極限にまで発動すると」

 そういって長瀬が指したものこそ、うねるように蠢くEI−02であった。
  先ほどよりさらに巨大化し、次々と虫のそれのような醜悪な足を生やしていた。

「――ハナっ!?」

 突然聞こえた、しわがれた悲鳴。
  それは、いつの間にかEI−02のほうへよれよれと歩み寄っていた老婆が発したものであった。

「あかん!アルト!」
「ラジャ!」

 智子の指揮が出る前に、アルトは自律起動して背中に回っていたタイヤを地面に降ろし、
  高速ローラーダッシュで駆け出す。EI−02から老婆目がけて触手が発射されたが、
  間一髪アルトは老婆の身体を捉え、射程外にいる智子達の許まで離脱した。

「おばぁちゃん、あんたナニ考えてんのぉ!死ぬ気ぃ?」
「離して!あの化け物の中にうちのハナが飲み込まれているのよぉ!
  助け出さなきゃハナが、ハナがぁ〜〜〜!」
「ハナ?」
「KHEMM−16型……『フラゥ』のコトですね、ご婦人?」

(Bパート終了:アイキャッチ、「MMM−SDQ−R01「アルト」フィギュアモード
(自律戦闘形態)の映像とその仕様が表示される)」の映像とその仕様が表示される)
                   Cパートへ続く