東鳩王マルマイマー第3話「奇跡の心(Aパート)」 投稿者:ARM


(アヴァンタイトル:エメラルド色のMMMのマークがきらめく。)

『THライド』。
 世界で屈指の研究・技術力を誇る、来栖川電工研究所において開発された、
  画期的なウルテク・リアクターである。
 ロボット工学において、もっとも最大の問題点がなにか、判るであろうか。
 それは、動力源である。
 人間は活動に必要なエネルギーを食物摂取という形で可能にしているが、
  機械が稼働するために消費するエネルギーは、流石に現在の科学では「電気」以外効率の良い
  ものはない。それはどんなサイズの機械であろうと変わらない。
 それは人間と同サイズの機械であろうと変わらないのだが、いかんせん、リアクターの
  ダウンサイジングには限界があった。
  そのため初期の人型ロボットのほとんどは動力炉を外部に置かざるを得ず、
  電導ケーブルの長さや存在がその活動範囲を大きく制限する要因となっていた。
  技術者達はいかにして動力炉を小型化して等身大のロボットに内蔵するか、
  試行錯誤を繰り返すのだが、しかし等身大といえどその稼働を維持するだけのエネルギーを
  発生させるにはあまりにも非力な試作品の山を積み上げるばかりであった。
 その積累に終止符を打ったのが、件のTHライドなのである。

 丁度、人間の心臓と同じ大きさのTHライドを稼働させるのに必要な電力は、一日3回、
  通常の家庭用電源で30分ほどの充電だけ。
  消費電力は1充電あたり、なんと1000ワット程度で済む。
  ドライヤー並みの電力で何故動作できるのか、というと実はTHライドとは、
  ある意味、疑似的な永久機関なのである。詳しい理論は非公開な技術が多いので割愛するが、
  THライドは起動に必要な電力を与えれば、あとは絶え間なく空間の量子位相エネルギーを転換し続ける、
  THライドの核ともいうべき『量子転換炉』が発動するのである。
 だがどういうわけか、出力には波があり、ある程度出力すると下がり始める電圧を充電池から
  受ける電力によって活動領域に戻す必要がある。蓄積した余剰電力の利用も考えられたのだが、
  THライドは低電圧で量子転換を行うと異様なまでに電力を消耗するため(量子転換のさい、
  コンマ00027秒だけ転換炉の中心に生じるマイクロサイズの位相空間(完全なる真空、
  とも呼ばれている)に大量の電子が吸収されてしまうため、と言うのが定説となっている)、
  充電池に蓄積しきれない特異性質をもっていた。
 それ故にTHライドを「マグロの心臓」と揶揄する技術者もいる。だが、その彼らでさえ
  THライドの出現は第2の産業革命とまで言わしめるものであった。
  なにせ、工業用ロボットにTHライドを搭載すれば、低電力で従来の生産品質を維持できるのである。
  加えて、大量の需要はTHライド装備機器のコストを大幅に下げる要因となり、
  今ではTHライドを装備しない生産機器を探す方がむずかしいほどである。

 しかし、THライドに疑問視をする者も決して少なくない。特許を保有する来栖川グループの、
  特許保全を目的とする中枢機関の原則非公開・3次構造以下のOEM供給拒否の姿勢に、
  独禁法を盾に訴訟を起こす者もいた。
  だがいまや社会はTHライドなしでは生活が成立しないこともあり、
  彼らの声に敢えて耳を貸そうとする者は少なかった。
 そんな否定論者達の中に、興味深い発言があった。

「THライドは、全てを開放しているわけではない」

 これは構造面を指しているのではない。
  つまり、THライドのブラックBOXにはリミッターがかけられており、敢えて出力を押さえている、と言うのである。
  何故そのようなコトを声を荒らげて言うのか、というと、
「THライドはリミッターをかけるコトで、暴走を押さえている。ひとたび暴走すれば、
  その出力は恐らく――瞬間的なものでさえ核爆発に匹敵するだろう」、と。

 その言葉を裏付けるかのように、電化製品の塊のような異形オゾムブースターの中心に閉じこめられた、
  オーナーの老婆が親しみを込めて「ハナ」と呼んでいる来栖川電工製のメイドロボット
 「KHEMM−16型」の左胸に内蔵されているTHライドは血の色を想起させる紅き発光を
  続けていた。THライドが暴走するとこのように紅く発光する事実を知る者は、
  特許を保有する来栖川グループですら一握りの者だけであった。

「サテライトサーチによるオゾムブースターの推定出力、630万キロワット!
  まるで街なかに原発が出来たみたいネ!」

 ディスプレイに表示されたアナライザーの検出データに呆れるレミィは、
  いつの間にか背後に立ったMMM(スリーエム)長官の存在に気づいて振り向く。

「そんな出力、まだ序の口よ。昔、電研で測定されたTHライド暴走時の最大出力は
テラレベルまで達したわ。止める必要がなかったらもっと上がっていたでしょうけど」
「What’s!? It’s Serious?」
「Yes」

 綺麗な発音で応え、肩に掛かる黒髪を右手でたくし上げたMMM長官は
  正面の大画面モニターに映る、マルマイマーとオゾムブースターの対峙をきっ、と睨み付けた。

「THライドは爆発しても放射能の残留がないだけマシだけど、来栖川の名にかけて
  街の中で大爆発なんかさせやしないわ。――『Dツール』の準備、良い?」

 自信たっぷりに言う上司に、レミィは相好を崩していた。

「OKネ、綾香」
「こら、今は長官よ」
「Sorry――Oh!オゾムブースターの出力、増大!」


 触手攻撃をあきらめた異形オゾムブースターは、右腕を向けた。
  するとベキベキ、と引きちぎるような音を立てて右腕が花のように開く。
  これはレーザー砲に相違あるまい。
 マルマイマーはそれが発射される前に殲滅せんと、右拳を突き出した。

「いきます!ブロウクン・マグナム!!」

 その途端、マルマイマーの身体が凍り付いた。

「Oh!マルマイマーを制御する『心OS』にノイズがっ!」

 突如身体が全く動かなくなったマルマイマーめがけて、
  異形オゾムブースターの右腕から発射された閃光が殺到する…………!

(OP「東鳩王誕生!」が流れ、「東鳩王マルマイマー」のタイトルが画面に出る)
(Aパート開始)

(――させない!)

 システムダウンしているハズのマルチマイマーの左腕が、突然上がった。
  その反応速度はなんとオゾムブースターが放ったレーザーよりも速かった。
 レーザーが開かれたマルマイマーの左手のすぐ手前に達したその時、奇怪な現象は最高潮に達する。
  なんとマルマイマーを射ぬかんとしていたレーザーが、その正面で突如進行方向を変え――
  ネオンサインを想起させるハートマークの輪郭を描いた後、
  あろうコトかハートマークを描いたままオゾムブースターに向かって跳ね返されたのである。

「『プロテクトシェイド』の量子擬縮方式防御システムだ。左肩に内蔵されたTHライドが、
  炉心内での位相転移時に生じる空間歪曲現象のエネルギーを開放させたのだ」
「レーザーのような高周波エネルギーを量子位相で生じたクライン空間に閉じこめて包括・固着させ、
  量子レベルの転送で跳ね返した、ってワケか。いまさらだがTHライドって凄ぇなぁ」
「?」

 長瀬と浩之の会話にあかりはついていけず、呆然とするほかなかった。THライドが可能にした
  量子制御工学のテクノロジーは、多くの人類にはまだまだ黎明期のものであった。

「「「――むっ!」」」

 長瀬達3人が同時に目をむいたのは、「P・S」によってオゾムブースターに跳ね返された
  レーザーが、直撃せずに手前で何か不可視の壁にぶつかったかのように消失したからである。

「バリアシステムを確認!長瀬理論の通り、暴走THライドはシュレディンガークラス位相空間を
  発動させていまス!――『EI−01(イー・アイ・ゼロ・ワン)』と同じネ!!」

 険を浮かべるMMM長官――来栖川綾香は、その報告に思わず歯がみをした。

「現時刻より、暴走メイドロボットを『EI−02(イー・アイ・ゼロ・ツー)』と認定・呼称する!
  警察、公安、自衛隊および関連各省庁に非常事態クラスAを通達!
  現場より半径4キロ圏内に避難勧告要請を!――EI−02に移動の気配が見られないが?」
「現場の停電とガスなどのエネルギーバニシングポイントに変化が無いことから、
  オゾムパルス放出に固着したためと思われまス」
「マルマイマーの状態は?」
「依然、システムダウン中でス!現在、初音がクラスSからのアクセス中!」
「再起動までどうしのぐか……!」

 綾香の危惧どおり、マルマイマーは機能停止したままであった。
  かろうじて左腕のプロテクトシェイドがオゾムブースターからのレーザーを何度も跳ね返していた。
  騒ぎを聞きつけた野次馬達がこの闘いの様子を伺いに現れるが、
  空間歪曲で進行方向をねじ曲げられて飛び交うレーザーに恐れをなして、
  ほうのていで逃げ出していた。

「浩之ちゃん!」

 あかりの制止の声を振り切り、浩之は非常階段を使ってマンションを駆け下りる。
  ときおり上を振り返るとあかりと長瀬が後をついて駆けて来る姿が見えた。
  浩之は、来るな、と何度も言うが無駄であった。

「あかり!いいからそこで待っていろ!危険だ!」
「それはキミも同じだ。素手でなにが出来る?」
「知るか、そんなの!おっさん、降りたらあかりを安全な場所へ誘導してくれ!」

 いずれにせよ、いつまでもこのマンションに居たのでは危険であった。
  三人が外のぎに混乱するマンションの住人たちをかき分けながら非常階段からやっと地上に降り、
  浩之があわててマルチが闘っている場所に目をやろうとしたとき、
  轟音が三人の鼓膜を激しく叩いた。

「まさか!?――あっ!」

 轟音の正体は、マルマイマーの横に並んだバイクに載っていたライダースーツ姿の
  人物が発砲したショットガンであった。

「ちぃ!MGT弾も位相空間バリアの前には効かンかっ!」
「おっ、保科参謀、やっと到着か」
「「ほし……な……?」」

 長瀬がライダーの名をそう言うと、浩之とあかりはどこか聞き覚えのある名に当惑する。

「おぅ、長瀬主査、のうのうと――あれ、もしかして藤田クンにあかり?」

 ライダーはバイクから飛び降り、ショットガンをオゾムブースターに向けながら
  三人の許へ駆け寄る。
 フェイスカバーを開けたフルフェイスヘルメットの下から現れたその懐かしい顔は
  高校卒業後、米国へ留学していった二人の親友、保科智子であった。三つ編みのお下げと眼鏡、
  少し険の強い眼差しは相変わらずだが、時の流れはその素質を開花させるのに充分だったらしく、
  こんな無粋なライダースーツに身を包んでいても街中を歩けば男達が振り返るくらい、
  眩しいほど綺麗になっていた。

「あ〜〜っ!?保科ぁ?」
「なンや、そないな素っ頓狂な声あげて」
「いや、あ……はぁ……えらい美人だったから……」
「え?……いややわ、もう……」

 唖然として言う浩之に、智子は思わず赤面する。かたわらのあかりは嫉妬しているかと思いきや、
  さして気にもしていないようで旧友との再会を素直に喜んでいた。

「帰国の挨拶は後な。それよりも、おっさん!何でマルマイマーが動いてへんの?」
「おそらくAIが稼働拒否をしたのであろう」
「何で?」
「さぁ」

 理由を知る長瀬はとぼけて肩を竦める。理由は全てこいつにあるのだから。

「さぁ……って、あんたなぁ、仮にもマルマイマーの開発責任者やろ?」
「科学は万能じゃない。推論に必要な材料がないとな。憶測では答えられぬ」

 くどいようだが、必要な材料をもうこの男は揃えている。

「それよりも、マルマイマーのプロテクトシェイドが発動しているうちに、
『アルト』をシステムチェンジさせて応戦させておきたまえ。
 プロテクトシェイドが稼働しているということは、おそらく本部のほうから初音クンが
 電脳ダイブによって再起動干渉を行っているのだろう」
「承知。――『アルト』!システムチェンジで自律応戦や!」

 智子がそう怒鳴って命令した先にあるものは、智子が載ってきたバイクであった。

「ラジャ!――システム・チェーンジッ!」

 そう応えたのは、そのバイクであった。突然バイクが独りでに走り出し、やがて前輪が持ち上がり、
  左右に分かれたエンジン部の間を抜けて背中へ――そう、車体を起こしたバイクは変形し、
  なんと人型ロボットに姿を変えたのである。

「うへぇ、あれ、東映?それともハリウッド製?」

 バイクがロボットに変形するさまを見て浩之が感嘆する。一昔前ならこういうロボットは
  人が入った着ぐるみかアニメが相場だが、THライドによる技術革新によって
  特撮やアニメさながらのデザインをする等身大のロボットがアクターを務めるのは、
  今では珍しくない。
 だが、日本国内でこのようなデザインのロボットが実戦配備されたという話はまだない。
  確かに警察や自衛隊の爆発物処理や消防の火災現場で特殊作業用に開発された
  ロボットが採用されてはいるが、このような「いかにもヒーロー」的な、
  ましてや変形システムを組み入れた玩具のようなロボットが実働しているなど、
  浩之やあかりは聞いたこともなかった。
  しかし今、二人が目にしている『アルト』と呼ばれた変形ロボットがその第1号になるとは知る由もなかった。

「チェーン・ナッコゥ!」

 アルトと呼ばれるロボットは突然右腕らしきマニュピレーターを振り上げ、
  オゾムブースターに突き出す。すると拳と思しき部位が、
  マルマイマーのブロゥクンマグナムよろしく高速回転をし始め、オゾムブースターめがけて撃ち出された。
  高速回転しながら撃ち出した拳と手首と繋ぐ閃きは、
  マグネットコーティングされたチェーンワイヤーである。
 しかし、アルトの拳はオゾムブースターの正面に張り巡らされたバリアに弾き返されてしまった。
  拳はブロゥクンマグナムと違い、本体と結んでいるリニア式アンカーで引き戻された。
  この辺り、マルマイマーのブロゥクンマグナムが開発される以前の武器であるコトが伺える。
 チェーンナックルを弾き返された時、アルトの顔(バイク時はコンソールであった)
  に内蔵されているカメラが閃いた。

「保科参謀。
  EI−02の体表より30センチ上の空間に固着する位相空間を中和もしくは破壊しない限り、
  本体への直接攻撃は不可能です」
「……ちぃ。あんたの『速射破壊砲』でも無理か?」
「速射破壊砲による着弾確率は74パーセント。しかし完全殲滅には、現状ではパワー不足です。
  せめて『レフィ』との『シンメトリカル・ドッキング』が出来れば……」
「早い話、あかん、てことかい。
  マルマイマーのブロゥクンマグナムなら内蔵THライドで量子レベルの破壊が出来るが――。
  えぇい主査、マルマイマーの目ぇ覚まさせる手ぇ、あらへんのかぁ?」

 真横から必死にマルチの頬を叩いて目覚めさせようとしている浩之とあかりとかたわらで、
  何もせず無言で肩を竦める長瀬を見て、智子は思わず仰いだ。

「あぁっ、もう頼りにならんおっさんやなぁ!初音ぇ、あんただけが頼りやわぁ」

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「ここは……どこ……かしら……」

 マルチは、真っ暗な世界の中心にいた。
 何かを踏んでいる感触はなく、しかし宙に浮いているでもない不思議な世界であった。
  夢、と呼ぶにはあまりにも昏(くら)い世界であった。
 これがロボットの見る夢なのか。否、人でもここまで無惨なモノは流石に見まい。
 とにかく、何もない世界なのである。
 マルチは、ただ呆然としているばかりであった。
 恐怖心はない。しかし何の希望も勇気もわき上がらない。何もかも無明の世界。
 にゃあ。
 突然、足許から猫の鳴き声が聞こえ、思わずマルチは下を見る。
 猫が、いた。あの、お魚をくわえていた猫が。
 自分が手に掛けた、猫がいた。
 バラバラの姿で。

(Aパート終了:アイキャッチ、「MMM−THGR08・マルルン
(モビル(クマのぬいぐるみ形態)モード」の映像とその仕様が表示される)
                   Bパートへ続く