東鳩王マルマイマー:第2話「こころなきもの」Aパート 投稿者:ARM


(アヴァンタイトル:エメラルド色のMMMのマークがきらめく。)

 21世紀。この夕映えに包まれた未来(あした)をみた現代人の我々は、気づくか気づかないか、
そんな曖昧な違和感を覚えるかもしれない。
 空を狙いそびえる電柱が、ほとんど見受けられなくないことに気づいただろうか。都内における
電線の地中化は著しく進んでおり、あと一世代も経てば、電柱とゆう単語こそ残されているだろうが、
実物を見た事のある者は少なくなっているであろう。
 夕映えが街並みを紅く塗り替えている中、希少な電柱の頂点に足を降ろす奇怪な影があった。
 頭から顔を隠すように黒衣の外套(マント)を被るその影を、これだけ目立つ条件がそろいながら、
街を往くものたちはその存在を禁忌としているかのように、誰一人として注目する者は皆無であった。

 在らざるべき影は、街中のある一点、日の沈む方向にある遠く離れたマンションの窓を
じっと見つめていた。
 室内の質素なところからおそらくは一人暮らしなのであろう、その窓の中には部屋の主である老婆の
凝った肩を揉んでいる来栖川電工製のメイドロボット「KHEMM−16型・商品名『フラゥ』」
の姿があった。
 ホームメイドロボットの中ではもう初期型の部類に入るマルチやセリオと違い、
「ファジーハーツ・システム」とよばれる、モニターテストのシミュレーションを元に
プログラミングされた基本的擬態感情をファジー理論で組み替えることによって、
簡易ながら感情表現を実現した機種であった。だがすでにこの「FHS」の最新バージョンを採用した
後継機が市場に投入されており、この16型はもう一般には旧式、型落ち機とゆう感があった。
 そのため、値段的にはかなり安価になっており、現在では、この光景のように身寄りのない老人が
自分の身の回りの世話や介護を行ってくれるホームヘルパーとしての需要がほとんどである。
ただ、オリジンのマルチのようなおどろくほど人間くさい複雑な感情表現は出来ないが、従来機より、
より人間に近い感情表現を行えるために、ロボットという冷たいイメージは払拭され、今なお好評を
博す売れ筋の一つであった。

「あ〜、ありがとうよ、ハナ。本当、あなたって気の付く子よねぇ」

 満面の笑みを浮かべる老婆に頭を撫でられ、ハナという相性を持つ16型は、ニコリ、と微笑み
かえす。たとえそれがプログラミングされた擬態であろうと、老婆にはハナが心から嬉しがってい
るようにしか見えなかった。

 この老婆のささやかな幸せの光景を、あの奇怪な影に埋め込まれた澱んだ瞳が嘲笑っていた。

(……こころなきものどもよ。……汝らに我が力、授けようぞ……URRYYYYYYYYYY!)

(OP「東鳩王誕生!」が流れ、「東鳩王マルマイマー」のタイトルが画面に出る。)
(Aパート開始)

 マルチは、遠くで誰かが自分を呼んでいる声を聞いていた。
 笑い声のようであった。
 泣き声のようにも聞こえた。
 やがて、声のする方向から広がっていく光の中に、人影らしきものを認めた。
 長く綺麗な黒髪の下で、何かを憂いた顔をする、とても美しい女性の顔が見えた。
 ドブのように澱んだ眼光を発する、黒ずくめの影が見えた。

 本当は、どちらなのか。

「……あ!浩之ちゃん、マルチが目覚めたわ」

 再起動して瞼を開いたマルチの視界に最初に飛び込んだのは、満面の笑みを浮かべる「神岸あかり」
であった。
ベッドの上に寝かされていたマルチがゆっくりと起きあがるのを見て、
あかりは、ほっ、と安堵の息を吐いた。
 マルチと一緒になって浩之を甲斐甲斐しくする世話する可憐なこの女性は、
マルチにとってもう一人の『ご主人様』であり、また機械の身を異端視しない
心優しき良き友人であり、そして頼れる母親……いや、姉のような存在であった。
 数ヶ月後には「あかりさん」ではなく「奥様」と呼ぶようになるのだが、その切り替えがうまく
出来るかマルチには自信がなかった。もっとも、あかりならば、
「あかりさん、のままで良いのよ」
と言ってくれるに違いないなかろうが。

「お、やっと起きたか!大丈夫かマルチ?」

 居間の方から、マルチにとって最も信愛する人物の嬉々とした声が届いた。やがて顔を覗かせた
若者は、初めて出会った時に見た、腕白そうなしかしとても頼もしい笑みを相変わらず浮かべていた。
 彼は半年後には、この笑みとそれに見合った厳格さを伴って、3人の母校の教壇に立つコトにな
っている。もともと才能があったのであろう、マルチのメンテナンスを自分で出来るようにと奮起
して学んだ機械工学と物理学に開眼した彼は、ストレートで大学院まで進学した。マルチの製作者
である長瀬からその才を認められて来栖川電工の研究所へ好条件で誘われていたのだが、想うところ
があって、教師の資格を取ったのだ。
 マルチはその理由を知っていた。彼がマルチだけに教えたのではない。マルチが新たなる身体で
目覚めてから数日後のある晴れた日、二人で散歩した途中に立ち寄った母校の校門の前に、ふと立
ち止まった浩之が、無言で何気なく気恥ずかしそうに浮かべたあの笑顔が、その理由。
 別れの日に、マルチのための卒業式を行ってくれたあの時の笑顔がそこにあった。
 きっと良い先生になるだろう。――なぜかそう想わずにいられなかったマルチは、
それから数日後に、彼が学校の先生になる!と宣言して周囲を驚かせた時、
ただ一人驚かずに喜んで励ますその裏で、自分の勘に密かにほくそ笑んでいた。
無論、ロボットの勘など誰も信じるハズもないが……。
 マルチは、安心しきったように微笑む二人を認めて、つられるように苦笑した。こんなふうに、
大好きな二人の笑顔が並ぶことが一番好きなのであった。

「あ……あかりさん、ご主人様……ご、ご心配をお掛けしました……って、あれ?」
「あれ?って、どうしたの?」
「なんでわたし、ベッドに……?」
「ああ、オーバーワークでシステムダウンしていたらしくてな。
長瀬のおっさんが介抱してくれたんだ」

 長瀬、とゆう名前を聞いた途端、マルチの笑顔が凝固する。
 それに呼応するかのように、応接間の方からあのひょうひょうとした顔が現れるやマルチは口元
をひくひくと引きつらせていた。

「あら?マルチ、顔が引きっていない?」
「え゛?」

 慌ててマルチは両手で口元を押さえる。ひくひくひく。限りなく人間に近い反応が出来るようプ
ログラミングされていたとはいえ、このようなけいれんまで出来るとは、マルチには予想外であった。
 原因は明らかに長瀬にあった。今さら語るまい。「あれ」である。第一話のラスト。
 ところが、マルチはその記憶がすっかり欠如していた。

「……えーと、なにか……なにか……凄いことが……あったような……気が……?」

 マルチに搭載されているAIも、思考面の衛生上問題のある記憶は自動的に削除するように
なっている。もっとも人間のそれと違いシステム上の問題で、データにバックアップする直前で
ショックのあまりシステムダウンしてしまうと、それらの情報がメモリーにバックアップ
されないだけなのだが。

「……あのぅ……長瀬主査……今日は……何のご用で?」

 ためらいがちに聞くマルチ。何故ためらってしまうのかマルチには判らなかった。

「あ、そうそう!」

 あかりは両手を、ぽん、と叩き

「長瀬さん、マルチにプレゼントもってきてくれたのよ!ほら、こんなに可愛い!」

 満面の笑みのあかりが背後から差し出したのは、大きなクマのぬいぐるみ。

「…………あぁ、やっぱり――――」

 ぷしゅーっ。そう呟きながらも、どうして「やっぱり」なのか判らないまま、
マルチは再びシステムダウンした。


「……くすん。……こんなに可愛いのに」

 浩之は、クマのぬいぐるみを抱きしめながらすねるあかりの頭を慰めて撫で撫でしながら、
マルチの再々起動を見守っていた。
 再び、マルチが目を覚ました。

「…………あ?ど、どうして、わたし、システムダウンなんか?」

 きょとんとするマルチにほっとした浩之は、振り向きながら困惑の相へ変貌した面を突きつけた。

「――おっさん、マルチはついこのあいだ定期メンテナンスしたばかりだろ?
どうしてこんなにシステムダウンを繰り返すんだ?」
「季節がら、というわけにはいかぬか?」

 流石に原因を知っている……いや、「張本人」だけあって、長瀬は言葉を濁す。
とても涼しい顔をして。

「……あぁ?あんた何か隠していないか?」
「税金の申告漏れはないぞ」
「そーぢゃなくって……!」
「むろん、すかしっ屁もしとらん」
「やかましい」

 浩之は思わず頭を抱える。浩之が長瀬と知り合ってまだ数年だが、それなりに社会的地位を持つ
この男のひととなりを知るのは一月も要らないだろう、と思っていた。初めて出会ったときの第一
印象、あの胡散臭さは今だに払拭しきれていない。

「それはそうと、話を戻して良いかな?」
「話……って、ああ、さっきの?――マルチをしばらく借りたいって話か」

 浩之の言葉にマルチは目を瞠る。

「借りる……って、いったい?」

 マルチが視線を長瀬に向けると、長瀬は咳払いをした。

「マルチにしかできないある仕事があってな」
「マルチに、って、家事ぐらいしか……」
「別に、我が家の家事をお願いするのではない。ある緊急事態に対抗するするため来栖川グループ
が総力を挙げて行う事業に、マルチの力がどうしても必要なのだ」
「マルチの力……ねぇ」

 浩之は鋭い矛先のような不信のまなざしを、長瀬に抉るように注ぎ、

「……おっさんの胡散臭さにはもう慣れている。いい加減、素直になろうや。
もうちっとはっきりと言ってくれないか?具体的に、マルチに何をやらせたいのだ?」

 長瀬は仰ぎ、しばし何かを考えているような眼差しを虚空に漂わせてから、やがてこう答えた。

「えるくぅ」
「?」
「いや、『鬼』と言った方がよいな。
――人類は、『鬼』と呼ばれる史上最悪の敵から狙われているのだ。
マルチには、その敵と闘って欲しい」


 URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!


 ガシャァン!皿の割れる音が、嵐の幕開けであった。

「は、ハナぁっ?どうしたの?!」

 音に驚いた老婆が、台所に慌てて飛び込むと、そこにはうずくまって激しく震える愛機の姿があった。

「は、ハナぁ、大丈夫なのぉっ?――――ハナぁっ!?」

 しかしハナは何も応えず、ただわななくばかり。

「……に……て……げ……お………あ……ぁん……」
「――えっ?どうしたのハナ?何が言いたいの?」
「……げ……に……て……ば……さ――――URYYYYYYYYYYY!!」


 突如、外から爆音が轟き、窓ガラスを激しく震わす。マルチ達は一斉に窓をほうへ振り向いた。

「――ここより西北へ距離、512メートル。
……場所はハイツ高橋6111号室。何かが爆発したようです!」

 えっ?とあかりはマルチのそのつぶやきに瞠る。

「マルチ、良く判ったね?」

 するとマルチはきょとんとして、

「……え?……あたし何か言いました?」
「え?だって、いまあなた、そう言ったのよ」
「サテライトシステムが作動しているのだ」

 そう応えたのは長瀬であった。その横顔は何故か苦渋ささえ伺えた。


「Oh!」

 都内の無事平穏な状況を示すコンソールパネルのブルーシグナルを、「MMM(スリーエム)」
のマークが入ったカップに注がれているコーヒーを飲みながら呆然と見つめていた「宮内レミィ」は、
突然全てのパネルが非常事態を告げるレッドシグナルに驚嘆し、思わずカップを落としそうに
なってしまう。

「……ふぅ、アブナイネ。――じゃなぁイ、アヤぁ……いえ、長官、爆発事故を確認!
場所は城東地区……Oh!これはヒロユキの住んでるマンションの近くよ!」
「……やはり」

 気怠げな声が、レミィの背後に広がる闇の奥から届いた。

「……ついに……動き出したようね……!オゾムパルス反応は?」

 言われて、レミィは慌ててコンソールパネルを操作し始める。
やがてコンソールパネル内蔵ディスプレイに表示されたアラートメッセージを見た
レミィの顔色が見る見るうちに蒼白し、

「――オゾムパルスレベルCを確認!まさか、『EI−01(イー・アイ・ゼロ・ワン)』!?」
「……可能性は低いわ。ヤツなら、直接手を下しはしない」
「なら、またヒトがオゾムパルスに侵されて?」
「これはヒトの仕業ではない。――恐らく、『THライド』の暴走よ」
「What’s!?長瀬主査が危惧していた、アノ『えるくぅ』の侵略が始まったノ?」
「コトは急を要する。保科参謀を呼んで!」
『――あたしなら現場に急行中よ』

 コンソールパネルから落ち着きの払った高い声が響いた。

『マルチと主査を迎えに行く先で早くも『鬼』と一戦を交えるとはね。『レフィ』は出せないの?』
「Sorry、トモコ!まだ、あの娘(コ)は調整が済んでないのヨ。『しのぶ』も同じネ」
『仕方ないわね、『アルト』はあたしのほうで指揮する。『MGTショットガン』の発砲使用許可
を公安に申請(と)って!遅いと事後承諾になるわよ!――『初音』は?』
「ハイ、現在、『THコネクター』へ向かってまス!あとはマルチ次第ネ!」
『了解!』


 浩之達は爆煙が吹き上がる方向を唖然としたまま見つめていた。

「ガス……爆発にしては、火の手がないな。……ん?」

 浩之はいつの間にか携帯電話をかけている長瀬に気づいた。

「……うむ。こちらからも目視できる。『TH弐式』と『TH伍号』のサテライトビューは
このマンションを中心に半径4キロ四方の監視を継続だ。
むざむざと『りずえるの遺産』を奴らに蹂躙されるワケにはいかないからな
――うむ、『レフィ』が出せない以上、『アルト』にシステムチェンジの許可を移譲しておくといい」
「……おっさん、いいか?」
「――ん?なんだ、そんな恐そうな顔をして?」
「あんた、あの爆発の理由……知ってそうだな?」
「ああ」

(Aパート終了:アイキャッチ、MMM−THBR17「バルンマルー」の映像と
その仕様が表示される)                   Bパートへ続く