ToHeart if:幻相奇譚(Bパート) 投稿者:ARM
 放課後。浩之はJ・Bから呼び出され、校舎の裏にある神社の境内の中にいた。

「……あんたが現れた所為で、あかりはすっかり参っちゃったんだぞ」
「アカリに化けていたのは生霊。私の所為ではない」

 昼休みにあかりたちに絡んでいたあの軽さは何処へやら、J・Bは素っ気なく返事した。男に対しては容赦しないタチらしい。正直な男である。

「ところで、芹香先輩は?今日は3年生の登校日じゃないから見かけていないんだが」
「セリカは、昨夜から関西方面へ旅行されている。所用で、だそうだ」
「所用?」
「色々調べたいコトがあるそうだ。今回の事件の解決は私に一任されている」
「ふぅん……。意外と行動派だったのか、先輩」
「そう言うわけだから、私の調査に協力して欲しいな」
「ああ」

 浩之は素直に頷いた。昨秋あかりに化けて現れたあの幽霊がまた、自分の前に現れたのだから。
今朝がた見た夢は、この再会を暗示したものだったのか。

「ところで、アカリは?いつも一緒にいるンじゃないのかね」
「いくらあかりが犬チックでも、いつも俺のそばにいるわけじゃない。だいたい昼の一件で、すっ
かりビビっちまって、授業が終わったら俺に送られて帰っていったよ」
「それは残念……ジーザス」
「本当に残念そうにいうなよ。……あんた、まさかロリコンか?」
「ふっ、よせやい、照れるなぁ」

 浩之の侮蔑の言葉を歪曲して受け止めたJ・Bは、気障な仕草で斜に構えて照れて見せた。どう
やらこの男、真性のロリコンらしい。浩之はあかりが付いてこなくて正解だったと胸をなで下ろし
つつ、こんな男と知り合いである芹香の身を案じずにはいられなかった。

「……それはそーと、今回の事件。レミィからも教えて見らったが、あんた、米国内で指折りの霊
能力者なんだって?それも、生霊のエキスパートとか」
「たまに、FBIの捜査に協力しているだけさ。本職はこう見えても世界を股に掛ける、フリーの
国際ジャーナリストだよ」
「ふぅん……。まぁ、あんたの本職をとやかく言っても始まらねぇ。今はどうして、あの生霊が俺
の前に再び現れたのか、その理由を知りたいだけだ」

 肩を竦める浩之に、J・Bは境内にある鳥居に背もたれすると、あごを指先で掻きながらしばら
くなにか思案しているような仕草をした。

「……ところで、一番肝心なコトを聞いていないンだが」
「?何かね?」
「生霊、っていったい何なんだ?」
「What’s?セリカから聞いていないのかね?」
「流石にどんなものかはもう知っているさ。生きている人間の魂もしくはその一部が肉体から分離
し、物質化する現象のコトだろ?」
「魂と言っても正確には霊的エネルギーと呼ばれる生体活動の根元を司るエネルギーだがな」
「概念としてはだいたいわかる。そう言うエネルギーがあると前提した上で、だ。どうしてそんな
コトが起こる?」
「ポルターガイスト現象をご存じかな?」
「ポルターガイスト?あの幽霊が家の中で暴れ回るっていう、映画にもなった……」
「Yes。だがあの映画で一般に知られるようになったあれは、実は幽霊の仕業ではない」
「へ?」
「ポルターガイスト現象が起きた家庭には、必ずと言っていいくらい、思春期を迎えた少年少女が
いる。その共通要因に着目した心霊研究家が、問題の少年少女を調査したコトがあってな」
「調査?」
「超能力の調査だ。PSYカードやダウジングロッドなどを使用し、能力の有無を調べたのだ。そ
の結果、全体の7割が、一般人と比較して倍近い正解率を叩きだし、潜在的能力を保有しているコ
トが確認されている。そこから研究家は、ポルターガイストが彼らの手による無意識のうちの能力
発現によるものだと導き出したのだ」
「無意識…………」

 呆然と呟く浩之を見て、J・Bは口元を少しつり上げた。

「キミにも憶えがあるのではないかね?――コトネ・ヒメカワ」

 その名を言われて、浩之は愕然となる。

「彼女のコトは以前、セリカから聞いている。無意識無自覚なる念動力発現者。今では力を制御で
きるようになったらしいな。…………さぞ、苦労したコトだろう」

 J・Bは妙に感慨深げに呟いた。浩之はそんなJ・Bを見て、彼が指す人物が決して琴音だけで
ないコトを理解した。能力者ゆえの哀しみは、避けることの叶わぬ道なのか。琴音の一件を知る浩
之は、J・Bの表情にときおり伺える昏さに、彼の通ってきた道が何となく見えたような気がした。

「おそらく、今回の件も同様だろう」
「同様……って、まさか琴音ちゃんと同じ、無意識無自覚の能力者の仕業だと?」

 J・Bは頷くと、掌を下に向けた右手をゆっくり挙げる。するとその掌の中から白い泡とも霞と
もいえるような光る物質が吹き出し始め、地面にボトボトと落ちて累積していく。
 その奇妙な累積物は、人間の形を取り始めた。やがて浩之はその人間が見覚えのある人物とそっ
くりになっていくさまを見て、絶句してしまった。

「……お……俺かよ?!」

 白い光の累積物は3分も経たず、色さえも同じに、もう一人の藤田浩之となったのだ。浩之はビ
デオに映る自分を見ているような気分に陥る。腰の辺りから奇妙な光の線が、彼を発生させたJ・
Bの右手に伸びているコトに気づいた。

「これが私の能力、『霊糸』が編んだ『二重存在(ドッペルゲンガー)』だ。人間の霊的エネルギ
ーで等身大の人間をこしらえる。しかし、これだけの量の霊的エネルギーを物質化させるためには、
途方もない霊的エネルギーを消費する。何せ命を削って人間そのものを造り出すのだから、並みの
霊的マテリアルでは不可能に近い」
「……霊的エネルギーを消費……命を削る?」
「そうだ。――みえるだろう、この掌から伸びている光の糸を」

 J・Bはあの光の糸が伸びている右手を浩之に差し向けた。すると、J・Bの正面に立っていた
『二重存在』の浩之が輪郭を失い、光の霞となってその掌の中にみるみるうちに吸い込まれていっ
たのである。

「私の場合、この霊糸で繋げているコトで、分離した霊的エネルギーを接続したまま切り離さずに
いつでも回収できるようにして、無駄に消費しないようにしている。しかし無意識無自覚な能力者
には、そんな器用なコトは望むべくもない」
「じゃあ、……このままじゃその能力者が……」
「最悪、死ぬ」

 J・Bの返答を聞いた浩之は目の前が暗くなったような気がした。そして狼狽する頭で、該当す
る人物がいないか必死になって想い出そうと試みたが、琴音以外、能力者と呼べる人物はどうして
も想い当たらなかった。琴音がもう能力を制御できるようになっている以上、あとは能力を保有し
ていると思しき人物を知人の中からピックアップしていくしかない。
 あかり。委員長。レミィ。この三人は昼休みあの場に居たので、決してないわけではないが可能
性は薄い。生霊の調査を喜んでしている芹香は論外だ。
 松原葵。雛山理緒。綾香。そして肝試しを仕掛けた志保。前者たちよりは可能性があるが、肝試
しに参加していたのでいづれも可能性は薄い。
 来栖川のメイドロボット、マルチ。今は眠りについているあの可憐なロボットが霊的エネルギー
を保有しているとは考えにくい。第一、あかりに化けて出てくるような器用なマネなど出来るハズ
もなかろう。
 ……まさか親友の佐藤雅史?それだけは絶対ないと思いつつ、まさか……なぁ、とひとり冷や汗
をかく。(笑)
 結局、浩之は知り合いの中で該当する人物がどうしても想い浮かばなかった。

「……あとは……俺の知らない人間なのか?くそっ!!」

 苛立ちに地団駄を踏む浩之に、溜息を吐いたJ・Bがようやく口を開いた。

「……明日はなにかあるのかね?」
「明日?」
「明日は、何月何日の何曜日?」
「明日は……」

 浩之は左腕を上げて、掛けている腕時計が表示している今日の日付を確かめた。

「……えーと、今日は13日の金曜日……明日は、2月14日の土曜、だぜ」
「聖バレンタインデーか。日本では曲解されていると訊くが」
「曲解?ああ、そーいや、キリスト教圏では、日本みたいに好きな相手にチョコを与えて思いの丈
を告白はしないんだっけ」
「そんな妙なコトをするのは日本だけだ。正式にはメッセージカードを送る。恋の告白ばかりでは
なく、親兄弟に労いや感謝の言葉を書いて送るのだよ。無論、ホワイトデーなる妙竹林なものは存
在しない」
「妙竹林なんて言葉、良く知っているなぁ」
「こう見えても日本通でね」

 そう言われて、ようやく浩之はJ・Bが流暢な日本語を操っているコトに気づく。まるで外国人
の顔をした日本人と話している気分である。外人と何の差し障りもなく普通に話すなんて、怪しい
日本語使いであるレミィと戸惑いながら会話している不断からは想像も付かないコトであった。

「……しかし、それがどうしたんだ?」
「言っていたろう、また明日、って」
「――あ」

 先ほど、あの生霊が消滅する刹那に残していった言葉。――また、明日ね、浩之ちゃん。

「……どうやら明日もやってくるらしい。どうする、全身に経文でも書き込んでやろうか」
「『耳無し法一』かい」

 浩之は苦笑しつつ、しかし心の片隅では、冗談抜きで実行しようかと迷ってしまった。

「生霊の発生理由は、精神的不整から生じやすい。――つまりだ、どうやらあの生霊の主はキミに
密かに気があるらしく、しかし想いを伝えられずに悶々としている、と言うことになる。モテモテ
だなぁ、うらやましい」

 J・Bはからかうように言って見せると、浩之は苦虫を噛み潰したような顔で自分の頭を忌々し
げに掻きむしった。

「……悪いが、俺は八方美人じゃない。今のところ、俺みたいな男にノコノコついてくる犬チック
な奴しか相手にする気は起きないよ」
「それで、アカリにここへ来るな、と言ったのかい?」
「……へ?」

 憮然とする浩之に、J・Bは境内の奥を指すようにあごをしゃくって見せた。
 つられて浩之がその方向を見る。するとなんと、自宅にいるハズのあかりが、木の陰に隠れて―
―バレバレであったが――いるのを発見したのである。

「あ、あかり!!なんでついてきた!?さっきあれほど来るなって……」

 そう怒鳴って慌てて浩之は自分の口を押さえる。あかりは浩之の怒鳴り声に木陰でびくついていた。

「だ、……だって……浩之ちゃんが心配で……!」
「……お前なぁ……!あれほど怖がっていたのに、こんな男の近くに来たらもっと酷い目に遭うぞ!」
「今のセリフ、変に別の意味での悪意が感じられるのだが」

 憮然とするJ・Bのぼやきを浩之は無視し、あかりのいる木陰まで駆け寄った。あかりは逃げず、
自分のほうから浩之のほうへ近寄ってきた。

「あかり、お前なぁ……!」
「だって……浩之ちゃん……あの幽霊に取り憑かれているって智子がゆうから心配で……」

 潤む瞳でじっと浩之の顔を見つめるあかり。恐怖心に抗っているものはただ、浩之の身を案じる
真摯な想いだけであった。
 浩之はそんなあかりを見て、悔しそうに唇を噛みしめる。そしてあかりの身体を引き寄せて、ぎ
ゅっと抱きしめた。

「…………くそっ。J・Bさんとやら、経文でも何でも良い!こんな奇妙な事件をとっとと解決出
来る方法があるのなら教えてくれ!俺は何でもするからさ!!」

 あかりを抱きしめる浩之は、背にするJ・Bに悔しそうに嘆願する。もし浩之が後ろを向いたま
まものを見ることが出来たならば、きっとJ・Bがどこか嬉しそうに微笑みながら自分たちを見つ
めている姿を知ったであろう。

「……経文を書き込むまでもなかろう。要は、相手の正体が判ればいいのだから。――さて、質問
だ。この数ヶ月、ヒロユキの周りで何か変なコトがあったか?」
「幽霊騒動以外で、かい?」
「何でもいい。自分のコトだけでなくてもいい。家族や友人が入院したり事故にあったりとか、自
分に縁のある人物の変化も含めてもらおう。ポルターガイスト現象の時もそうだったのだが、発現
のきっかけは大抵、環境の些細な変化から来るストレスが原因らしい」
「変化、……ねぇ。あかり、お前ン家で誰か入院していたっけ」

 浩之の質問に、あかりは首を横に振ってみせた。

「そーだよなぁ。無論、俺ン家も相変わらずワーカーホリックな両親は健在だし。あとは……クラ
スメイト、か」
「でも、誰も入院したなんて話は聞いていないよ」
「……うーむ」

 浩之は腕を前に組んで唸って見せた。

「……こんな時、あいつがいたら結構役に立ったのになぁ」
「あいつ?」

 そう聞き返してから、あかりは浩之が誰を指しているのか、ようやく気づいた。

「……あぁ、志保のコトね」
「ああ。……そう言えば、そもそもあの肝試し自体、あいつのお別れパーティだったようなものだ
ったなぁ」

 長岡志保。浩之とあかりの中学生時代からの友人で、一緒の高校に入学したが、昨年の初冬、父
親の転勤で大阪へ引っ越していった、噂話がとても好きな少女であった。
 浩之にとって、あかり以外に屈託のない付き合い方が出来る異性でもあった。その時ははた迷惑
と思っていた「志保ちゃんニュース」さえ、今となっては口から先に生まれてきたような志保らし
い付き合い方だったのだと懐かしく思えてさえいた。

「……変化らしい変化といやぁ、……そうだな、志保が引っ越していったぐらいか」

 浩之がそう答えると、J・Bは満足げにゆっくりと頷いた。

「……流石はセリカ。あなたの推理通りだったようだ」
「「?」」

 J・Bの奇妙な呟きに、浩之とあかりは訝ってみせたが、J・Bはその件でそれ以上何も語ろう
とはしなかった。

               Cパートへ つづく