Z(ゼータ)―刻の痕― 投稿者:るんるん
「ふ〜ん(プシュ〜)赤ちゃんできたんだ(ププシュ〜)」

 4月になったとはいえまだ半袖で過ごすには少々寒い陽気であった。
しかし、男は薄手のTシャツ(極端にデフォルメされた人間の少女の顔とおぼしきものがプリントされている)
1枚といういでたちにもかかわらず、身体中のありとあらゆる毛穴から粘り気のある汗と腐臭を惜しげも無く
放出していた。
 黄土色に変色したハンカチーフで文字どおりにじみ出た汗を拭い取りながら男は続ける。

「やっぱできちゃったんだ〜(プシュ〜)えへへへ…(プ、プシュ〜)そうだよねぇ(プシュプシュ〜)いっぱい
したもんねぇ(ププシュゥ)キモチいいからって(プシュシュ〜)生でばっかりやってたのがいけなかったねぇ(プッシュ〜)
ハァハァ(プシュプシュ〜〜)」

「…………」

 傍らの連れとおぼしき女性はうつむいたまま何も言わない。いや、それ以前にこの女性は
本当にこの男の“連れ”なのであろうか?そう疑ってしまうくらい二人の容姿はかけ離れていた。


 男はひどく色白で、そしてひどく太っていた。髪は肩まで生えた髪の毛の根本には黄色く
なったフケが固まっていた。ヒゲはちゃんと剃っていたが青い剃り跡が白すぎる肌に映えて
かえって違和感を覚える。顔は…まぁ敢えて芸能人にたとえるなら…パーやん…といった
ところであろうか。

 一方、女の方はというと細身ではあるが出るところは出ているという申し分無いスタイル
であり、その肌は透き通るようにな白く、つややかな黒髪は腰に届くほどであった。
顔は…少々きつい感じを受けるがはっきり言って美人である。


「まぁ産婦人科の前で(プシュ〜)立話ってのもなんだから(プシュシュシュ〜)続きは
ウチに帰ってからにしようか(ププシュ〜)お、おなかの中の(プシュ〜)べいびーにも(プシュプシュ〜)
障るしね(プシュ)むふぅ〜 (プシュシュ〜)」

 男はひどく変わった嗜好の持ち主であった。彼は二次元上の記号化された女性しか
愛することができなかった。もっとも近年のフィギア界における技術革新のせいもあって
多少は三次元にも興味を示すようにはなってきたが。

 そんな彼がはじめて三次元の女性と交渉を持つようになった。
 それが“彼女”なのである。

 普通ならば『愛する』と表現すべきところを『交渉』を言わざるを得ないのは、彼にとって
彼女は“等身大フィギア”以上の意味を持っていなかったためである。



 男が彼女を見つけたのは同人誌の即売会であった。コスプレをして売り子をしている
彼女を見た。男は彼女が“欲しく”なった。

 男が彼女を手に入れるのにさして時間はかからなかった。彼女の描いた18禁の同人誌を
両親や友人にみせるという彼の脅迫とも言えない脅迫に彼女が屈したためである。

 後になってわかったことであるが彼女はさる良家の令嬢であり、幼い頃から両親の
執拗なまでの干渉を受けてきた。そのため極度のストレスを感じるようになり、中学生の
頃から親に内緒で同人活動をするようになったという。



二人は帰る道すがら一言の言葉も交わさなかった。

「ただいまー(プシュシュ〜)あぁおなかすいちゃったよぉ(プシュ〜)フィリアちゃん(プ、プシュ〜)
なんか作って(プシュ〜)」

男は女を『フィリア』と呼んでいた。無論彼女の本名ではない。

「……はい。レイナード様……」

そして男は自分のことをこう呼ばせていた。
…ちなみに彼のあだ名は『ぶたバンバラ』である。


数十分後、食欲を満たした男は臭い息を吐きながら唐突に話をきりだした。

「でさぁー(プシュ〜)赤ちゃんのなまえ考えたんだけどさぁ(プシュプシュ〜)」

…びくっ!女の肩が小さく震えた。

「もう『マルチ』しかないよね(プシュ〜)萌え〜(プッシュ〜)」

「…………」

女はただただ沈黙をもって従うしかなかった。




そして数ヶ月が過ぎ……



『まるち』くんが生まれた。



    *     *     *     *     *     *    

さらに刻は流れ……



「マルチ?女の名前なのに…なんだ男か」

「なめるな!!!」

バキッ!!!

「マルチが男の名前で何で悪いんだ?!オレは男だよ!!!」


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 こんにちは!るんるんと申します。
 みなさんは『夢雲ちゃん』という女の子をご存知でしょうか?
察しのいい方はお気づきでしょうが某美少女戦士がもとネタになってます。
数年前一世を風靡したこのアニメに精神を破壊された父親がこともあろうか
自分の娘にこの名前をつけてしまったのです。
 当時自分も「近藤さんと結婚したらどうするんだ?」などと彼女の将来を
勝手に愁いていたんですが、先日ふと「そろそろ『麻瑠智ちゃん』がでてきても
おかしくないなぁ」なんて思ってこのSSを描きました。
 今回オタクの描写にあたっては榊原薫奈緒子先生の手法を参考に
させていただきましたがやっぱむつかしいですねー(笑)。
 あ、それと最後の部分は「Zガンダム」がもとネタになってます。
知らなかった人、ごめんなさい(汗)。